作歌上の注意
実際に短歌を作る場合に、おちいりやすい欠点をあげる。良い歌はこの欠点を裏反したものとして受取れば一応いいわけである。他人から自作を批判されて「平凡」とか「古い」とか言はれても、どういふことか初めての人には理解されない場合もあるが、さういふことも次の説明と実例とによって理解されるだらう。
1 内容(見方・感じ方)
平 凡 物の感じ方、見方に詩的要素(意味)がない。自分の見たといふ内容がない。具体的な要素がなく、一通りである。「一般的」「常識的」「輪郭的」「間接的」なものなど、すべて平凡である。「只事歌」といはれる。
○街角の花屋の窓のシネラリヤ二百円と書かれ
てありし
○寂しさを打ちあける人のなき吾のペンにまか
せて若き日つづる
○なく蟬の声わびしげにやうやくに夏は去りゆ
く名残惜しげに
陳腐(古い) 一口に「平凡陳腐」といふやうに、古くさい歌は平凡でもある。見方、感じ方に自分の眼で見たといふ要素がない。型にはまった見方をして、常識を一歩も出ない。
○巷にも春は立つらし薄霜のおける垣根に来な
くうぐひす
○借り受けし傘の匂ひの懐しくふりかへりみる
紅梅の門
通 俗 物の見方、感じ方が平俗で、一通りの義理人情を出ない。「類型的」なのも陳腐で、ときに通俗になる。
○携はる仕事のつらさもらす夫に霜夜の布団か
けましてやる
○黒々と真向ひに立つ杉木立けさ一面に雪化粧
せり
○わが力小さけれども大いなる夢を描きて春山
に登る(「理窟」でもある)
理 屈 平凡な理窟で物を処理する。卒直な態度で物を見ない。従って詩としての味はひがない。
○春たてど空には雪の残るらん風さへわたりあ
わ雪のふる
○湘南は雪さへやさしく降りいでて去りたる人
を我憎しまず
○天竜の谷深くして川霧の立つあかつきにしく
ものぞなき
観念的 これも理窟と似てゐるが、既成の観念を前提として物を見る。実際を素直にいきいきと具体的に見るのがいい。
○下水道小川の如く澄みてをり製氷会社の近く
に建ちて
輪郭的 話の筋書だけのやうなもので内容がない。具体的に捉へたところ、作者の感情がない。
○稀々に街に出づれば十字路を横切ることも我
に危き
○アルバイトせねばと海女も波あらき日は稲刈
りに雇はれてゆく
不自然 わざとらしくて、現実感がうすい。姿態が目立つのも不自然である。歌は自然に流露して、物の見方も無理がなく順直なのがよい。
○普請場に手斧を使ふ物音は昼すぎしとき鮮ら
しく聞ゆ
○一原を穂に出し芒おほひゐて少なき風に片靡
きせる
煩 雑 ごたごたとわづらはしい。単純に大切なものだけを捉へたといふところがない。
○大岩に白く砕けて散るしぶき昇る朝旧に赤く
映えゆく
○おくれじとシヤベルふりあげトロッコに土満
載すればすぐ走り出す
末梢的 物の真実、中心を見ないで、どうでもいいやうな点に興味を持ってゐる。第二義的な見方、感じ方。「甘い」のも末梢的である。
○ものうげに頭めぐらすはだら牛瞳の中に夕日
は燃えつ
甘 い 物を確かに見ないで、浅い感傷におぼれる。文学少女趣味、歌謡曲程度の通俗感傷。擬人的な表現をとる場合が多い。
○忘れよと強ひて誓ひし夕空を雁の一群が鳴き
つつ渡る
○白きバス夫を吸ひこみ消え行けり泣きたいや
うな雨の日の暮
○山腹にひろがりて咲くニッコウキスゲ風と語
らふ首をふりつつ
安 易 物の見方、感じ方が通り一遍で、いいかげんの所で妥協してゐる。目分の見たといふ内容と確かさとがない。散漫で、不確実である。
○にぎりたる小さき指のその先になほも小さき
爪の生えゐる
○橋わたる人影水に映りたり清らに澄みし冬晴
の川
単 調 積極的に悪いといふほどでなくても平板で物足りない歌。一通り事柄はわかるが、内容稀薄で、強く捉へたところがない。
○耕せば鍬の先よりころげ出し石斧に遠き世々
を聞かなむ
○煙りつつ冬の雨降る構内に貨車の動くがかす
かに見ゆる
遊戯的 浅い興味で、単なる言葉の遊びにすぎないやうなもの。狂歌のやうなもの。
○森林に自由の糸を懸くる如くかすかに鳴きて
小鳥とびゆく
○ビルの谷より風吹きくればいつせいに突撃し
てゆく落葉の兵隊
Ⅱ 表 現
たるむ 言葉のつづき具合に緊りがない。活き活きとしてゐない。歌はのびのびとしてしかも緊ってゐるのがよい。
○バスに乗り遅れて歩む道にして吉見百穴眺め
行きたり
○雨が降る明日は知人の結婚日ラジオ聞きつつ
馬に水やる
俗 調 通俗の語感を持つた言葉、その連続としての調子。
○くぼみある線路の上を貨車ひとつ行きつもど
りつ止まりけるかも
軽 い 調子が滑らかに失して、軽く薄い感じを与へる。言葉が表面的で一通り。
○三階の窓に眺むる雪解の道一すぢに人の続け
り
即き過ぎ ある二つの事柄の取合はせが当然すぎておもしろくない場合。理づめに照応しすぎる。
○みそか蕎麦すすりてをればみちのくの立石寺
の鐘いんいんと鳴る
間接的 言葉が卒直でなく、気どったり、飾ったりしてゐる。
○若く見ゆと言はれしわれに白きもの目立ちそ
めつつ五十二の春
○捕はれて水族館に見せもののイルカのジャン
プ陽に輝ける
対照目立つ 対照的なものが一首の中に意識的に表はされてゐて、現実感がうすく、おもしろくない場合がある。
○雨あとの土くろぐろと光る田に白鷺一羽白く
おりたつ
○雪雲に暗き信濃の空なれど胸には熱き君の面
影
小刻み 単語を幾つもつめこんだりして、煩雑で、のびのびしてゐない。
俗 臭 言葉に通俗な厭味な感じのあるもの。悪く気が利きすぎる。
○えくぼ道ゆられつつ並ぶ灯に入れば静かにバ
スの滑りをり
○愚痴るとも何せむものを物の値のあがれば自
づ愚痴のこぼるる
○若関の優勝賜杯だきをりし新聞写真子等はき
りぬく
洋語などを安易に使用する場合もまた同じである。「プラスとなりし」「ピンクの山茶花」「グリーンの湯」「ハートの傷)「ビルの谷間」「コバルトの苔」「グレーの富士」など実に多い。