今月の作品○2019(平成31)年~  ○平成25~30年  ○平成20~24年  ○平成15~19年


      平成三十年十二月号     


癌にかかはる人らの集ひそれぞれに旗をかかげて広場をめぐる 佐藤淳子(埼玉)
厳しかる残暑の一日夕暮れて空にひととき雷のとどろく 戸田佳子(千葉)
獅子頭彫りし六角石柱の崩れしままの寺院跡ゆく 小川明(東京)
日に三度鳴るチヤイムにてわがくらし整へらるる如くにすすむ 岡田節代(秋田)
きじ鳩のこゑ谺する昼つ方老はしづかにおとろふるべし 森谷耿子(東京)
際限なく人を国土を襲ふ雨今日は音なく庭石にしむ 鹿島典子(千葉)
熊笹のおほふたをりが遠く見え南アルプス青くしづまる 大貫孝子(東京)
再開せし抗がん剤の副作用長く続きてこの辛き日々 大武智子(愛知)
子を一人連れし出戻りの娘と住みわれの余生の静かなりけり 小池サチ子(福島)
常ならぬ酷暑をさまり宵空をゆく半月のひかりさやけし 大塚秀行(東京)


      平成三十年十一月号     


四十余年ののち妻伴ひてわれの立つ断崖は再び赤き峡谷 波克彦(神奈川)
早暁のゆめにわが見し師の姿くきやかにして今日黄月忌 福田智恵子(東京)
対岸に係留されし舟ならぶ大岡川は午後の潮の香 清水雅彦(神奈川)
酷寒の地なれど故郷樺太は離れて七十年忘るる事なし 高野スエ(北海道)
父の日も母の日もなく過ごしきてわれのひと世は百歳を超ゆ 池田禮(千葉)
刷くほどの雪見しのみに事もなく冬越す光市にわれら息づく 上河内信子(山口)
とりわきて話すことなき子とわれの視線の中に紫陽花の藍 折居路子(岩手)
避難指示テレビは日すがら伝へゐて豪雨のわが街その中にあり 松永ヤスヨ(福岡)
昼の炎暑をさまらぬ宵みんなみに赤き火星の光るしたしさ 花崎邦子(埼玉)
海嘯に逝きたる友の影の顕つスーパームーンの光の道に 見沼和子(岩手)
時々は聞こえぬそぶりに横をむき米寿の友は賢く生きる 南雲ミサオ(埼玉)
活断層のはしる台地は夕暮れて遠く通天閣の灯ともる 橋本理(大阪)


      平成三十年十月号     


ことさらに暑き西日に照りながら茗荷畑は青あらあらし 四元仰(埼玉)
平成の世にわが孫として生れし汝改元前に若くして逝く 角田三苗(神奈川)
夕べ凪ぐ海を見ながら帰らんか甥の中有の法要了へて 鎌田和子(北海道)
独りにて暮せば己が生日も昨日に同じ畑に草引く 平抜敏子(宮城)
授かりし命と思ひ生きをれど夕暮ながき窓をはかなむ 檜垣文子(愛媛)
くもりつつ暮れゆく空の平安にひたりて少しあゆみゆかんか 近藤千恵(福島)
佐太郎展の図録繙きまみえたる彼の日彼の時昭和をしのぶ 田島智恵(群馬)
愚痴言はず悲しみ言はず悔い言はず八十一歳の命終へたり 岩瀬和子(愛知)
晴れやかにもみぢ葵の咲く朝夫再検査に家出でてゆく 坂本信子(宮崎)
奥鬼怒の峡をつばらにおほひたる川に川霧山に山霧 小野満朗(栃木)
止み間なく屋根打つ豪雨に山背負ふ恐怖の夜を眠れず明かす 藤原佳壽子(愛媛)
家の庭土砂に埋もると娘より電話を受くる叫び声にて 榊香壽子(山口)


      平成三十年九月号     


老びとのくらす施設のわが住居道より見れば窓々しづか 飯塚和子(神奈川)
幹にすがり枝を摑みて弱き足運びて庭に心はれゆく 田村茂子(和歌山)
静かなるひとつの生をたのみゐて動く世紀にあらがへずゐし 中里英男(東京)
大寒の晴れて風なき島の畑けふはのどかに鳶の鳴く声 原田美枝(山口)
白鳥のあまた降りたつ田の原の果おぼろにて空気うるほふ 大越美代(岩手)
二週間の絶食を経て出されたる一杯の粥しみじみと食ふ 日高惠子(宮崎)
花畑の草を抜きつつ仰ぎ見る法皇山脈黄砂にかすむ 平井直子(愛媛)
春光の下にて文明記念館佐太郎書画の展示かがやく 藤島鉄俊 (千葉)
親密なる笑みをたがひに競ひあひ板門店に両首脳立つ 巽谷一夫(東京)
ひと日暮れ何なすことのなきままに二人の一日静かに終る 國米祐子(千葉)


      平成三十年八月号     


妻逝きてひとりとなりしこの夜更け山より届くほととぎすの声 大津留敬(福岡)
うつつ世の弱者となりしさびしさか介護申請に来て言ひよどむ 鈴木眞澄(千葉)
盛り咲く紫蘭鈴蘭えびね蘭声あぐるごと午後の日に輝る 佐藤スミヱ(大分)
病名をあらためて医師に問ひし時いたく優しき眼差に会ふ 福谷美那子(神奈川)
沈丁花の花咲き出でてかをる道ゆるびし寒さを一人よろこぶ 杉本康夫(埼玉)
霧しまく内山峠の往来に会ふ山吹の黄の色潤む 依田絹枝(長野)
榛の木の幹高く立つ湿原に水芭蕉の花咲きてつつまし 竹川侑子(秋田)
貰ひたる茂吉生家のおきな草携ひ春田のにほふ道ゆく 前田弥栄子(千葉)
リニユーアルされたる茂吉記念館蔵王の晴れて今日のよろこび 上野千里(千葉)
百三歳を生きたる従姉の家族無し数人集まり葬りの終る 鈴木初代(愛知)
ニトロダーム舌下にふくむ一錠に心臓発作のしづまりを待つ 佐藤繁(青森)


      平成三十年七月号     


一本のさくらの白く咲くところまで歩まんか朝の丘道 黒田淑子(岐阜)
ペリリユーの浜に埋め来し戦友の俤哀し夜半に目覚めて 石井伊三郎(埼玉)
浜防風さく砂浜もうろくづもはるけく恋し七里長浜 浅利比査子(青森)
ながらへて四百年の臥竜梅あるかなきかに咲く白き花 中村達(愛知)
AIが短歌詠むとぞその意義を議論するさへ嘆かはしきか 仲田紘基(千葉)
海に立つ発電風車のしろき影おぼろに見えて朝の明けくる 樫井礼子(長野)
わが親に為さざる看護を子に受けて二人の絆老いて切なし 長谷川淳子(京都)
昭和五十五年短歌始めて四十年つたなき歌も七千首となる 安藤美津子(愛媛)
北海道厚岸湖にはや冬の来て大白鳥の千羽が降りる 濱口美佐子(三重)
晴れし日の視界の限り桜咲き雪の鳥海山まのあたり見ゆ 伊藤一子(秋田)
けたたましく如月月夜に交尾する白鳥の声川面ゆるがす 八木みさほ(茨城)
月の照る下にて送る三江線の最終列車の過ぎてゆく音 山崎磨爾子(島根)
波荒き神島まではわたり得ず猪海に浮かびゐるとぞ 今井順子(三重)


      平成三十年六月号     


書店にて書架に置かれしわが著作いつ売れるとも知れず鎮まる 青田伸夫(神奈川)
幸に病む自覚なく働きて残年かすかにここに営む 長田邦雄(埼玉)
冬木々も間なく芽吹かん鳥海山を越えて吹きくる東風やはらかし 佐々木勉(秋田)
パーキンソン病める娘と逢ひたりき淚あふれて言葉にならず 堀和美(香川)
夫逝き十三年かその声の象なければ如何に伝へん 米倉よりえ(岩手)
正月二日風なく晴れて海中の島の家並はひかり輝く 池野國子(島根)
夜の更けに過ぎ去る編隊機の音は七十余年の記憶を覚ます 菅千津子(愛媛)
積みたての雪の軽さをよろこびて夕べ短かく門の辺を掻く 森谷耿子(東京)
大学の講師と言へば聞こえ良し非正規暮らし果てなく続く 塩島翔(群馬)
年毎に枝剪る力衰へて雪の面に鋸を差してやすらふ 泉康二(秋田)


      平成三十年五月号     


荒海をへだてて冬の佐渡島覆へる雲の三日動かず 小山正一(新潟)
這ふことも叶はぬ妻が廊下にて倒れゐしとぞ苦しかりけん 渡辺謙(神奈川)
夜の明けのいくばく早くなりしかと行く峡の道雪明りせり 小田祐侯(島根)
杉森の上の三日月おぼろにて明日の朝の雪恐るべし 藤井永子(岩手)
集金に来し家またも人気なく月光さびしき畦道帰る 桶谷清子(千葉)
前山に並み立つ風力発電塔折々吹雪の中にまぎるる 佐々木美代(秋田)
まだ熱き義姉のみ骨にチタン製太き背骨のありて驚く 本間百々代(千葉)
雪止みし二月の空を白鳥はこゑ交はしつつおほどかに飛ぶ 山本豊(岩手)
クレーンに冬空高く吊られたる大黒柱が定位置に立つ 宇野公子(三重)
五百ベクレルの松茸食ひし老曰く命幾許かまふものかと 三浦弘子(福島)


      平成三十年四月号     


病室に年を迎へんひとりにて青松禅寺の除夜の鐘聞く 佐保田芳訓(東京)
昼すぎの強き日差しに金銀の色にひかりて木立美し 浅井富栄(島根)
工場の屋根に輝く氷塔は巌鷲山の雪のいただき 八重嶋勲(岩手)
君のつくりし白菜ひとつ重々とかかへて帰る冬の夜の道 三浦てるよ(愛知)
人住むは禁止となりぬ七十年われの住まひし田ノ浜低地 中村とき(岩手)
温暖化懸念のさるる世となりて乾期六月よく雨の降る 梅崎嘉明(ブラジル)
グループの友の夫が急逝す慰むるわれ等老の身寄せて 井上孝(宮崎)
原爆の語り部たりし従兄逝きいよいよ遠し昭和のみ世は 浦靖子(埼玉)
ロボツトにて手術を受けし病院を訪ふことのなく三年の経つ 比嘉清(千葉)
すさまじき死闘を終へて飛びたちぬ(のすり)(てん)を爪にひつさげ 高名稔(福岡)


      平成三十年三月号     


長くつづく塀のむかうは動物園人のこゑ動物の声なき午前 加古敬子(愛知)
日の落ちてにはかに寒き川風に耐へかね帰る歳晩の畑 上田婦美恵(静岡)
最後とぞ言ひ久しきが風強きひと日夫と船底を塗る 林眞須美(山口)
わが家より遠く離れし病院の個室にひと月空仰ぎ臥す 楠川和子(島根)
残りたる視力恃みて生きゆかん遠あを空の光る冬の日 荒木精子(熊本)
山小屋の夜更け仰げば皓々と水晶岳を月光照らす 関正美(東京)
流動食となりし夫がわが部屋の前を点滴持ちて行き来す 齋藤すみ子(茨城)
雪もよひ暮れゆく空のいづくにか鳴く白鳥のこゑ遠ざかる 高橋とき子(秋田)
山颪の風に真向ひ林檎捥ぐ泪鼻水たるるにまかせ 藤原チヱ子(秋田)
眠られぬ臥所に覚めゐて夜明け待つ待ちて恃まんものあらなくに 小堀高秀(群馬)


      平成三十年ニ月号     


生誕樹の栗は枯れたりわれもまたこの一年にいたく衰ふ 島原信義(宮城)
歩行器を押して歩める立冬の庭の明るさ木々紅葉して 小林智子(長野)
ひしひしと寒気身に凍む堤防に鮭の遡上の波が見えくる 佐藤良信(岩手)
強風に盆地の霧の音ひびき肱川あらしとなりて下れる 村上時子(愛媛)
暮れ残る地平に出でし月影に放射光施設ほのかに明し 土肥義治(兵庫)
高層のビル屋上に森のあり社が見えて人ら出で入る 鎌田昌子(岩手)
母在あらば千余の花をよろこばん山茶花の白庭にかがやく 草葉玲子(福岡)
唄好きなベトナム人の実習生朝な夕なに唄くちずさむ 由井里江(長野)
日本海の駅のホームに立ちをれば砂山越えて波音とどく 大柳勇治(千葉)
電気柵の点検をはる竹林に一際明るし秋の夕映 吉野芳子(千葉)


      平成三十年一月号     


    板宮清治(岩手)
庭先の花カンナさくかたはらをいくばくあゆむ自らのため
サルビアの花咲く夕べあたたかしときどきの雨杖つくわれは


    菊澤研一(岩手)
かへるでの落葉ふかるる路上には銀行の影あはく横たふ
借りし傘霽めばたづさへ道をゆく今日の歩みは昨日のあゆみ


    江畑耕作(千葉)
折り折りに点滴見つつ寂しくも遠き茜の空は消えゆく
岩の間を下りて清き滝水の暗緑のダムにいりてゆくらん


    秋葉四郎(千葉)
久々に秋晴れとなり午すぎの斜陽に街の陰影ふかし
黄葉の壮大にして盛んなる笹谷峠を今日は越え行く


    松生富喜子(東京)
雲低く心萎えつつ昏れたるが俄かに夕べ晴天となる
暑く又寒く落差のはげしきを嘆きつついつか秋深みたり


      平成二十九年十ニ月号     


七尾城本丸跡に登りこしわが脚いまだ健やかにして 青田伸夫(神奈川県)
山肌がいくつも崩れ赤土の縦の筋なす色いたいたし 古賀雅(福岡)
ケージより朱鷺の飛び立ち空を舞ひ越佐の海の沖へと向かふ 柳照雄(新潟)
万象を消して暮れゆく海原にさかる霊船おぼろに明し 森田良子(熊本)
つつがなく検査を終へて病院の明るき池のほとりに憩ふ 中村達(愛知)
病む膝をかばひて庭に立つ夕べ遠き林にひぐらしの鳴く 加藤洋子(青森)
いまはしき警報ひびく朝の町ミサイル発射にひと日怯ゆる 山内聖子(青森)
高台に見ゆる京都の夜の街めぐる山より送り火ともる 長谷川淳子(京都)
病室に姉を見舞へり現とも夢ともつかぬ話をしつつ 青木綱子(岩手)
老いしいま朝々歩む畑道にさはやかに咲く露草の花 塩原啓介(長野)
百六年前にわが祖父の来しところジエノヴアの町に今われは立つ 河野博子(岩手)
音のなく低く川霧たつ朝ゆく夏をしむふるさとに来て 上野千里(千葉)
放置して二十年とぞ先生の聴濤居訪へばはや人住めず 神田宗武(千葉)


      平成二十九年十一月号     


雨多き今年の夏の富士霊園蟬うるほひて午後の日に鳴く 波克彦(神奈川)
大通りの人も車も無き朝にさ迷ふ如く家を出て来し 大津留敬(福岡)
B29美瑛の空飛び日を経ずに終戦すなはち敗戦となる 鎌田和子(北海道)
歩みてもものに触りても冷ゆる手をあたためて長くときを失ふ 近藤千恵(福島)
権力の外に暮せば息軽しけふも一日みかんの摘果す 神田あき子(愛知)
三十年前噴火せしこの火口静かにつゆの雨降り注ぐ 仲田紘基(千葉)
運命にほんろうされて百余歳戦前戦中戦後生きこし 池田禮(千葉)
さながらに二重に折る如まがる身をやうやく杖に保つ残生 平井たみよ(三重)
遠く来し大間岬の浜辺吹く風にはまなすの香りただよふ 大貫孝子(東京)
見るかぎり汚染土壌の積み上げられし町を過ぐれば遠く虹たつ 太宰理恵(千葉)
九階のひろき窓より見ゆる空梅雨の晴れ間にひねもす青し 加藤由紀子(山形)
抉られし山肌数多その一つわれが集落はすべて埋るる 小林よしこ(福岡)


      平成二十九年十月号     


午後の日に色淡くなり見えがたき藤をはかなむ花の一連 浅井富栄(島根)
土砂崩れ被災幾日か孤立せし奥信濃路に住む人おもふ 小林智子(長野)
夏山の緑ことさら明るきは篁にして濃霧晴れゆく 檜垣文子(愛媛)
朝あけしマルマラ海は雨ふりて未だ灯ともす家群低し 後藤健治(福岡)
かたはらのほほけし麦のかすかなる香をかなしみしゆふべ帰路 中里英男(東京)
石古りし歌碑のみ歌をなぞり読む苔の香しるき八代の杜 高見セツ子(三重)
照り翳り明暗さだめなき部屋に夫と苦しき思ひを分かつ 坂本信子(宮崎)
利尻山下りゆく午後の暖かく春蟬の声森に広がる 細貝恵子(埼玉)
梅雨晴の朝の手賀沼寂しさは群れて声なき白鳥にあり 比嘉清(千葉)
神仏の加護を念じて豪雨の夜眠れず夜明けひたすらに待つ 別府美江(福岡)
神祭る船が静かに湖上ゆく小さき社を高くかかげて 仲田希久代 (千葉)


      平成二十九年九月号     


七十年交はりたりし友の逝くかなしみ淡くわが近からん 黒田淑子(岐阜)
如月の夜半冷えゆけば病院に臥しゐる妻も寂しからんか 渡辺謙(神奈川)
栗の花咲く山道は炭焼きて貧しく過ぎしふるさとの道 小田祐侯(島根)
厨辺に西日の長く差し入りて故なく寂しひとりのゆふべ 福田智恵子(東京)
土手に沿ひ花大根の咲き満つるのどけき多摩の河原を歩む 土肥義治(兵庫)
斑雪のひかりを反す畑に来て雪菜を摘めば葉のやはらかし 鎌田昌子(岩手)
ゆく春の静けき朝思ひ出はさまざまにして尽くる事なし 是永豊(大分)
残雪の鳥海山を背景に発電風車ひと日動かず 岡田節代(秋田)
護岸たかく水嵩のなき街川をひかり静かに夕潮のぼる 田丸英敏(東京)
山上より吹く風ありておのづから楓の青葉に光降りくる 前田留里(大阪)



      平成二十九年八月号     


潮のぼる堀のさきには一面に浜の離宮の菜のはなさやか 田野陽(東京)
連合ひと暮すは羨しと人言へど老ゆれば一人も二人も寂し 小山正一(新潟)
雪白き鳥海山も苗植うるひろき水田も黄砂にかすむ 佐々木勉(秋田)
田植機も人等も去りて昏れてゆく植田に長き水明りあり 安井はる子(千葉)
夕映は音あるごとくひろがりて秩父の山にあかねひろがる 杉本康夫(埼玉)
大震災よりはやも六年三陸の磯の香匂ふ若布を買ひぬ 安田渓子(青森)
如何様に使ふも自由の五百円並ぶ出店へ孫は駆けゆく 佐瀬壽朗(岩手)
手術後の合併症にて浴室に尿の零るるときの間かなし 大武智子(愛知)
代かきの終へし水張田日に映えてゆく雲の影うつる静かさ 松井藤夫(秋田)
木遣歌社の森に谺して御柱祭はたけなはとなる 笠原文子(長野)


      平成二十九年七月号     


残生に思ひ至りて古里の刈田に春の七草を摘む 石井伊三郎(埼玉)
南天の熟実ついばむは鵯か門柱のへのこの立ち乱れ 松本一郎(三重)
夜くれば胸痛みくるはかなさや舌下錠つねに枕辺に置く 池野國子(島根)
春ちかき頃の清しさひんがしに太陽柱が空染めて顕つ 竹本英重(愛知)
老いの無惨さばさば詠みて暗からず志満先生の『雨水』の歌は 渡邊久江(埼玉)
風なきに梅の花散り静かなる夕べ夫は花苗植うる 伊藤栄子(福島)
墓地ながめ胸あつくなる父ははがわれら育てしとほき日の村 伊藤一子(秋田)
生家にて日ごと眺めて親しみき八ケ岳のやま鳳凰のやま 小澤幹男(千葉)
スモン病む故に躓く二三ミリ畳の縁を今日も見つむる 岡田要二(岩手)
曇り日の遊歩道にて蕊見ゆるまでに咲き満つ声なき桜 辻田悦子(三重)


      平成二十九年六月号     


雪かづく八海山のけぶる見え雨冷々と雪原を打つ 佐保田芳訓(東京)
デイケアに夫妻はわれらのみなりし皆年とりて残りたる人 森田貞子(兵庫)
半年余気負ふ心の無きままに秋すぎ冬のすぎてゆきたり 戸田佳子(千葉)
林なす娘の庭は百鳥の楽園にしてさへずり絶えず 梅崎嘉明(ブラジル)
朝より空気優しと思ひゐて気付けば音なく春の雨ふる 早川政子(広島)
春さむき夕べの卓にひとつ置く文旦は大きひかりの真玉 森谷耿子(東京)
震災後ひたすら待ちゐし家が建つ中村ときさん百歳ちかし 八重嶋みね(岩手)
拙くも短歌学びて三十年歌碑のめぐりに梅咲く頃か 野々山聖(長野)
春近き兆しならんか晴天に鳴る雪雷は家ゆするまで 須藤武子(秋田)
たまさかにリンデンバウムの花香る風に吹かれて銀座をあゆむ 佐々木比佐子(東京)


      平成二十九年五月号     


遠き坂下りつつゆく人の群れ登る人らも声をかはさず 内藤喜八郎(神奈川)
ひそかなる喜びを何にたとへんや秋日清風の天暖かし 長田邦雄(埼玉)
末期ちかき人と思ひて別れ来し良きひとことも言ひ得ぬままに 末成和子(山口)
若き日に二年住みたる糸魚川暴風に乗り大火止まざり 林眞須美(山口)
貧に喘ぐことなく富むといふ事もなくわれ静かに終焉を待つ 川上あきこ(神奈川)
剪定のすみし黐の木のひまに見る光定まりし寒の満月 森谷耿子(東京)
死の門と呼ばるる監視塔の下つらぬく軌条堅固につづく 有馬典子(千葉)
カーテンを透きて洩れ来るきさらぎの光青白く病むわれ照らす 中埜由季子(京都)
幾度も除染をしたる校庭にて雪積みし中児童ら遊ぶ 柳沼喜代子(福島)
筑波颪に押されて歩く高浜道ひと駅往きてひと駅もどる 元木正子(茨城)


      平成二十九年四月号


金星と新月きのふより離れ雲なき寒空ただただ広し 飯塚和子(東京)
悲しみのほとりにわれは見てゐたり息子の湯灌粛々として 堀和美(香川)
幾たりも人の越しゆき残りたる仮設しづかに年暮れてゆく 中村とき(岩手)
夕飯の支度の手を止めロシアとの首脳会談つつしみて聞く 草葉玲子(福岡)
冴え返る月の光に畑中を流るる川の水面きらめく 桶谷清子(千葉)
新年の庭暖かき土に触れクリスマスローズのしろき花咲く 本間百々代(千葉)
わが窓に落暉輝きゐたりしが程なく祈りのごとき夕映 浦靖子(埼玉)
峰々を従へて奥に聳え立つ赤星山は霞にけぶる 山上茂次郎(愛媛)
四千余回の地震に耐へし町も木も家も人等もみな愛ほしき 松永ケイ子(熊本)
強風に燃え拡がれる映像を息つめて見つ故郷糸魚川 磯谷英子(千葉)


      平成二十九年三月号


あひつぎて二人の兄をうしなひし夫寡黙に昼より眠る 佐藤淳子(埼玉)
軒に積む薪の切口あきらかに飛鳥集落木の香かぐはし 佐藤良信(岩手)
青空は高く眩しき県境の日光連山白くかがやく 田島智恵(群馬)
父母夫朝毎拝むさびしさや冷たき両手にかしは手を打つ 松尾綾子(福岡)
冬空の明るき墓に花供へ横尾忠作の今日韮粥忌 加藤恵美子(千葉)
征く兄と別れに訪ひし鶴の里真珠湾攻撃ありし冬の日 槙本咲枝(山口)
工場の朝の光の中に舞ふ綿埃微かに輝きて落つ 夏目冨美子(愛知)
ばうばうと朝靄の立つ峡の空渡りの鳥ら囀り移る 藤井富子(島根)
むせるまで百合の香のたつ祭壇の遺影はわが子四十六歳 大方澄子(福島)
道内のとりインフルエンザ処理さるる鶏二十一万羽とぞ 松原洋子(北海道)
手術後の一年検診無事終り晩秋ひと日嵯峨野に遊ぶ 大塚秀行(東京)


      平成二十九年二月号


ある夜の山本成雄もクラブ茉莉のくろきピアノもとほき幻 四元仰(埼玉)
言葉少なくなりし夫か日本町におそき二人の昼食をとる 多田隈良子(米国)
目に耳に匂になべてまぎれなくわれにつばらに故里の秋 柳等(愛知)
さまざまの形の石を古ゆ神とまつれる村の明るさ 荒木精子(熊本)
沿道にアクアマラソン待ちをれば一万五千坂なだれ来る 鈴木眞澄(千葉)
黒き嶺白き嶺ありそれぞれに白馬三山青天に立つ 樫井礼子(長野)
何粁も直線道路を行き行けど家一つなし大潟村は 田中茂雄(新潟)
朝々に釦をかくる指先の震へるわれを夫は知らず 石ケ森やす子(岩手)
スマートホンゲームに耽ける人影のあまた蠢く夜の公園 橋本理(大阪)
入院の長きを覚悟し携へし「佐太郎歌集」すがるごと読む 小堀高秀(群馬)


      平成二十九年一月号


    板宮清治(岩 手)
朝の虹東の空に細くたち日のいづる頃たちまち消ゆる
朝方の雨に目覚めて何思ふその雨おとに再び眠る
    菊澤研一(岩手)
芝に立つ夕光を踏むことなかれ蜘蛛のいとなむ木下の寒さ
涸川のよこたふ街を出はづれて木犀の香は空よりきたる
    江畑耕作(千葉)
台風の余波に松の木揺れ乍ら月の光は庭に明るし
海遠く山河のなき里山に卒寿まで生き天災知らず

    秋葉四郎(千葉)
一帯が勢力圏か雄の鷹朝の日をあび峡の空とぶ
藍あはき花の立浪草が咲く谷の州をなすところを占めて

    松生富喜子(東京)
砂浜の梅林の中潮風に落ちし熟実のさむざむ匂ふ
高架下の駐車場に入日さし影をふみゆくわれと鳩二羽


      平成二十八年十二月号


暑き日の光いよいよ澄みてゆく午後四時ごろのかかるさびしさ 加古敬子(愛知)
間違ひの電話一本ありしのみわが晩年のひと日過ぎゆく 福田智恵子(東京)
空ひくくただよひやまぬささめ雪よるべなきわが心のごとし 近藤千恵(福島)
八十歳過ぎて今なほ畑に立つ思ひみざりしわれの晩年 上田婦美恵(静岡)
十九階の窓より見えて限りなく広がる街は冬の夕暮 萩原勇夫(埼玉)
台風はことなく過ぎて朝の日にハイビスカスの光かがやく 森脇幸子(島根)
烏魯木済(うるむち)戈壁(ごび)の曠野に石油汲む機械のいくつ音なく光る 猿田彦太郎(茨城)
ニホニウムと名づけられたる新元素一一三番の確かなる位置 原田美枝(山口)
老いわれを見かねて渡す竹杖にすがりて歩むヒマラヤの旅 岩本旬二(宮城)
預けたる長男の写真五十年持ちゐし九十六歳の君 高橋洋子(岩手)


      平成二十八年十一月号


永らへてしみじみ空し又ひとり心頼みし人を失ふ 大田いき子(島根)
いきれもつ梅雨の庭にて茎高く咲きゆく黄管の淡黄すがし 中野弘靖(愛知)
やみがたき生のあはれかわが灯す明かりに庭の蟬一つ啼く 中村達(愛知)
日差なくば日のひかり恋ひ雨なくば雨乞ひをして農にわが老ゆ 小野満朗(栃木)
手つかずの森に檜と椎の木と樫の常なる緑広がる 濱口美佐子(三重)
人住まず伸び放題の田や畑松川浦の辺りのさびし 柳沼ステ(福島)
遠き花火近き花火の窓に見え今宵はなやぐ老いの一人居 浦靖子(埼玉)
抗がん剤治療受くれば体調のよき日悪しき日こもごもに来る 西澤悟(千葉)
わが町の梅咲く野辺に汚染度の袋を積みてはや五年経し 三浦弘子(福島)
すさまじき雷鳴のなか降る雨は泥水となり庭に流るる 三浦宣子(千葉)


      平成二十八年十月号


確かむる如夜半覚めてわれを呼ぶ悲しき妻の心を思ふ 小山正一(新潟)
わが願ひこの一票にいま託し七夕飾れる投票所出づ 角田三苗(神奈川)
おもむろに梅雨霽れゆける青野山仰ぎて過ぎし命を偲ぶ 香川哲三(広島)
卓上に花一輪を飾り置くこの安らぎや一人の暮し 平抜敏子(宮城)
疎開して七十余年ちちははも夫も往来したるこの坂 山口たつ子(千葉)
今日一日梅雨のあめ降り常見ゆる山おぼろにてひと色の空 平田カネ子(徳島)
海遠く日は落ちゆきて湿原にさく萱草のはな暮れのこる 菅千津子(愛媛)
めぐり来し夏を迎へん施設にて仰臥五度の衣替へする 石井清惠(千葉)
田の草を引く人ひとり遠く見ゆ時の流れに逆ふごとく 山本豊(岩手)
蝦夷鹿が雪にうもれしみづ楢の芽を喰ふ寒さきびしき森に 濱口美佐子(三重)


      平成二十八年九月号


ひたぶるにただ聞く夜の虫の声闇より朝のひらけゆく時 内藤喜八郎(神奈川)
復興の土台となれる盛り土の高々としてそびゆる街区 八重嶋勲(岩手)
ノルウエ―の高空ゆけば午後の日にフイヨルドの海白く輝く 波克彦(神奈川)
役員の数より少なきJAの地区の集会しづかにをはる 小田裕侯(島根)
いつになく疲れて帰り来し宵の空にスーパーマーズの赤し 戸田佳子(千葉)
甌穴のひとつひとつに六月の空をし写す水みな青く 坂本信子(宮崎)
待望の雨一日降り水運ぶことなく静かに夕べとなりぬ 大槻和子(埼玉)
先生の歩み給ひし蛇崩の道に清しく花みづき咲く 山本尚子(神奈川)
直ちには影響なしと言はれしが五年過ぐるも除染終らず 古川祺(福島)
国道を行けば耕地など荒れ果てて汚染土の袋があまた置かるる 鈴木進(福島)


      平成二十八年八月号       


終焉に近きわれらよ微かなる命互みに支へゆかんか 渡辺謙(神奈川)
連れ立ちて行く先おほかた病院ぞ思ひみざりきかかる現実 鎌田和子(北海道)
鴨山と定めし山が杉木立の向かうきれぎれに見ゆる寂しさ 早川政子(広島)
あからさまに海より寒き風の吹く唐音の岬水仙の咲く 元田裕代(山口)
夏ながら光寂しもアルプスの雪にかすかなる入り日のなごり 渡邊兼敏(青森)
道路工事やうやく終り高々と馬頭観音うつされてくる 南條トヨ子(埼玉)
箸を宙に動かし挟むしぐさする夫に涙することのあり 松村常子(広島)
寝たきりの老の窓辺に差す月のおぼろに見ゆる風も寂しゑ 大内典子(茨城)
榛名湖の暮れなづみつつ寄る鴨の渚ほのかに水明りする 小堀高秀(群馬)
ひたひたと海水寄するベネチアの町に霧雨降るとしもなし 前野清子(千葉)


      平成二十八年七月号


黄の花に黄の蝶とまる山吹を見てゆく道の静かなるとき 黒田淑子(岐阜)
激震ののちに余震のつづきゐる熊本思ひ日々涙する 熊野育枝(愛媛)
わが身すべて地震に揺られ目ざめたり闇にまなこを開くるも恐ろし 松尾綾子(福岡)
月出でてひかる水田に塒する万羽の鶴ら声さへもなし 荒木精子(熊本)
桜島山上のぼる黒煙にひらめく雷のしばらく続く 清水雅彦(神奈川県)
通ふ船いまなき運河音のなく岸ひといろに菜の花が咲く 本間百々代(千葉)
校庭にSOSの文字描き助けもとむる避難の人ら 山形礼子(青森)
仏飯を雀に与へしばしの間津波に果てし息子を偲ぶ 及川良子(宮城)
夏野菜ならぶ店にて腕伸ばし母が手にとる赤きパプリカ 佐々木比佐子(東京)
絶間なき余震恐ろし駐車場にふるへて待てば夜明けの遠し 松永ケイ子(熊本)


      平成二十八年六月号


如月の空晴れ紀淡海峡のとどろく音の身にしみて立つ 田村茂子(和歌山)
晴れし日の三万本の梅園に白花咲きて物音のなし 古賀雅(福岡)
辛うじてつなぎ止めたるわが命いのちは心奮ひ立たしむ 水津正夫(島根)
きさらぎの空にしづまる枝々に花あたたかし河津桜は 檜垣文子(愛媛)
街路樹の枝払はれて青天の広くなりたる鋪装路あゆむ 杉本康夫(埼玉)
霧けぶる沖の空より垂直に水に届きて走る稲妻 鎌田昌子(岩手)
放射霧に都市包まれて雲に浮くごときビルデイング朝のまぼろし 中里英男(東京)
ひさびさに八ヶ岳おろしの空つ風ふるさとに来て全身に浴ぶ 小澤幹男(千葉)
被災者の帰りたるらしアパートに空部屋めだち幟はためく 桑島久子(福島)
晴れとほる蔵王連山午後の日のさしてまぶしき樹氷の原は 海保照子(千葉)


      平成二十八年五月号


東支那の海のほとりに鳴く蟬の十月なかば時の静けさ 佐保田芳訓(東京)
こじゆけいの段落のある声たのし桜の落葉散る昼の道 飯塚和子(東京)
土曜日の静かなる今の命なり妻とふたりの時はすぎゆく 高嶋昭二(秋田)
山並を田居を覆ひてひとさまに白らかの雪ふるさとの雪 柳等(愛知)
オリオン座南中せりと夫がいふわが眼に見えぬ冬の星空 大越美代(岩手)
吹かれ飛ぶ霧のあはひに氷雪の光り輝く谷川岳は 関正美(東京)
雪山を望む茶房に子とふたり心和みて珈琲を待つ 栗栖絹枝(島根)
降り立てる天の安原清らなるせせらぎが青き苔をはぐくむ 細貝恵子(埼玉)
蔵王町に蔵王連山望みつつわが過ぎゆきを思ひゐたりき 竹川侑子(秋田)
松竹を飾るすべなきこの国に華やぐ紅白のシクラメン買ふ 岩弘光香(米国)


      平成二十八年四月号


人音も車音もきこえぬ静かさは時にはわれを交々乱す 浅井富栄(島根)
母と共に植ゑて四十年仰ぎ見る木に二百キロの蜜柑実るも 神田あき子(愛知)
九十七にならねば入居できぬとふ再建の家の設計図見つ 中村とき(岩手)
冬の日の夕暮わびし灯を消しし局舎に鍵を掛けつつをれば 藤井富子(島根)
この年も病因わからぬまま過ぎん外は静かに降る雪の音 草葉玲子(福岡)
十五基の発電風車山並にひた巡りつつ日没となる 佐々木美代(秋田)
夜の更けに眠れぬわれが声かけて話をかはす人形ホルル 鈴木いと(東京)
ALS病む娘に受けし勲章を見すればまのあたり泪あふるる 佐藤充(栃木)
裸木を日がな鳴らして吹く風は岩手山より遠く来たらん 伊藤あき子(岩手)
病室より見えわたる街たなびける靄にひとすぢの夕光とほる 柘植佐知子(千葉)


      平成二十八年三月号


崖下に見ゆるモナコの国せまく秋の夕日はさんさんと照る 多田隅良子(米国)
一足ごとに水の滲みて雨あとの山道のぼる夜の明くる頃 大津留敬(福岡)
残月を見つつ歩めば雁の群明け澄む空を並び飛びゆく 土肥義治(兵庫)
岩壁の尽きて斜面となるところ夕満潮の音なくゆるる 堀和美(香川)
一杯のコーヒーを飲み力得し如くに機場に今日も働く 夏目冨美子(愛知)
かへで踏み朴の葉を踏み紅葉の深まる黒部の渓に沿ひゆく 田丸英敏(東京)
くも膜下出血をして救はれし命を思ひ歳月思ふ 大場わか(茨城)
杖ひきて畳の部屋を歩むなど思ひみざりし老の日常 菴田ふじゑ(和歌山)
一歳にて逝きにし兄の小さき墓わが手に納む母に代はりて 今井順子(三重)
冬枯のけぢめなき山からまつの木下明るきふるさとの峡 上野千里(千葉)


      平成二十八年二月号


水ひろき池畔にいこふときのまも茫々として昨日のごとし 四元仰(埼玉)
つゆじもの乾ける先の返り花ひかりに見えて芝ざくら咲く 小林智子(長野)
跡を継ぐ子はなく話す人もなしこれより十年店を守らん 長田邦雄(埼玉)
いつさいの葉を落としたる白樺の山せばまりて神の岩立つ 佐藤良信(岩手)
白鳥等まぶしきまでに輝きて月照る夜空を鳴きつつ渡る 佐々木勉(秋田)
小田朝雄銚子に在りと親しみて来し歳月の不意に終りぬ 鈴木眞澄(千葉)
獣除けの電気の線に囲まれて山の畑に蜜柑色づく 三浦てるよ(愛知)
明け暮れを看取りに過ぎていつしらず山茶花の花紅の散る 森田良子(熊本)
逆縁の悲しみ語る友とわれ互に余生の思ひに至る 細道千代子(北海道)
汚染土の入りし袋の幾千が畑を占めて四年半経つ 大方澄子(福島)
栗の実のはじけて落つる月の夜草原駆くる鹿の群見ゆ 森川小重子(北海道)


      平成二十八年一月号


    板宮清治(岩 手)
かみなりのそこごもる音遠くきき机にむかふひとりの時間
朝早く運動のため道に出づ萩散る帰路の疲れをいはず
    菊澤研一(岩 手)
墨磨人すなはち短詩の場合にも然りまねびて竟に学ばず
てのひらに顕れたりしわが顔にさやらんとして夢に手を延ぶ
    江畑耕作(千 葉)
運命に翻弄されて九十年戦前戦中戦後を生きし
人の名のすぐに出で来ぬもどかしさ老のしるしとうべなひ乍ら
    秋葉四郎(千 葉)
道々の反魂草の黄の花や八月八日人をしのばす
没後すでに二十八年門人のわれ老ゆ湖畔の榛の木の影
    松生富喜子(東 京)
湯あみする朝の一とき白雲の輝きあはく玻璃戸に映る
旅に来てはからずも踏む畳広し転ばんとするわれ幾たびも


      平成二十七年十二月号       



母逝きて久しきわれに遠く住む白寿の叔母の訃報が届く 平抜敏子(宮城)
咲き盛る浜豌豆の花揺らし師の歌碑の辺に海風あそぶ 小田朝雄(千葉)
さはやかなる磯ひよどりの声に覚め峡の朝の一日始まる 上田婦美恵(静岡)
電球のにぶき明りに葉群てる今宵みまつり四五百の杜は 高見セツ子(三重)
道のべにくれなゐの花散りしかど終るともなくさるすべり咲く 清水雅彦(神奈川)
ささやかなる歌集を編みて一世なるおもひの記録なぞらんとする 菅野幸子(岩手)
三段の輝きとなり落つる滝めぐりの音を統べてとどろく 前田弥栄子(千葉)
子等五人立ちて見守るICUに父は静かに息を引き取る 川原佳秀(福岡)
沿道の線量計は刻々と上がりて帰宅困難地に入る 太宰理恵(千葉)
夫逝き十四年経しわが庭に半夏生の葉しづかになびく 板谷愛子(群馬)


      平成二十七年十一月号


生きてをればかかる楽しさみちのくに茂吉を見んとけふ旅に立つ 小田裕侯(島根)
両親より長生きしたるわれにして静かに夜の爪切る寂し 瀧澤良子(新潟)
太陽の次第に昇りくる朝鋭き氷壁広く輝く 小川明(東京)
ふく風の音のさみしさふたたびはもどらぬ時と思ひ聞きゐし 中里英男(東京)
茂りたる蓮の葉むらの間にて水に入日のひかり鋭し 細田伊都代(和歌山)
白壁にブーゲンビレア咲き乱るグラナダの青き夏空の下 村瀬湛子(愛知)
朝霧の流るる礼文の山原に薄雪草の真白なる花 大熊吉春(東京)
為すことのなき老なれば午過ぎて風吹く日陰に再び眠る 大友圓吉(宮城)
蒸し暑き午後のひとときたゆき身を横たへゐたり田を渡る風 山本豊(岩手)
まどかなる森吉山をのぞみ立つ夏空の下歌碑のかたはら 細貝恵子(埼玉)


      平成二十七年十月号


日日老ゆる互みの命悲しむに嘆く夫の言葉を聞かず 多田隈良子(米国)
熱風のまつはる如き梅雨の日々すべなく今日も暮れゆかんとす 宮川勝子(東京)
おろそかに生きてこしとは思はねど八十六年過去は茫々 佐藤スミヱ(大分)
今年また窓下占めて日に傾ぐアガパンサスの青うれひなし 菅千津子(愛媛)
三十五年ともに学びて来る友九十二歳孤独死となる 本間百々代(千葉)
朝光の照りて明るきひとところ未央柳の黄の花開く 遠藤キク(千葉)
震災の地の轟きよみがへりわが読む歌集「みな陸を向く」 皆川幸子(青森)
あらたなる明日のあらんいさぎよく水音たてて食器を洗ふ 安田渓子(青森)
うつしみのわれに常ある悲しみは病をもちて生くる子にあり 藤田祐子(岩手)
ブラインドの向うに見ゆるブラツクマウンテン山夕昏れて紫を帯ぶ 岩弘光香(米国)


      平成二十七年九月号


たたかひをおそれつつしみ思ふべし声なき民のその声として 四元仰(埼玉)
千段のシギリヤ・ロツクの頂に見下ろす樹海の榛道すがし 後藤健治(福岡)
茎太きアガパンサスの花の咲く庭に明るく雨降りつづく 清宮紀子(千葉)
家毎に墓地反対の幟立つ千余の墓にわが子を葬る 山上蒼(愛媛)
春たけて芽吹く芭蕉の木下かげ踊り子草の花あふれ咲く 荒木精子(熊本)
梅雨さなか御裳濯川に降る雨はときに優しくときに激しく 谷分道長(三重)
磯の香のしるくたちつつ阿字ケ浦の海吹く風はいまだに寒し 桜井秀子(茨城)
五千本の苗植ゑ終へし菊畑に出で来る朝日ことさら眩し 佐々木利子(岩手)
亡き母をしのぶよすがか月の夜の空を渡りてゆく鳥の声 佐藤靜子(秋田)
昏れ方の日差を浴びて浅間嶺の残雪光る厳しきまでに 小堀高秀(群馬)


      平成二十七年八月号


兵として死ぬべき命ながらへて庭畑に摘むゑんどうの青 石井伊三郎(埼玉)
雪どけの水勢ひつつ川下る妙高高原朝霧晴れて 福田智恵子(東京)
手に触るる柿の若葉のやはらかく風にそよぎてさやかなる音 西見恒生(千葉)
吊橋を渡りゆくとき木々暗き谷に五月雨光りつつ降る 高橋緑花(岩手)
わが庭の除染やうやく終へしかば新しき芝いちめんに張る 佐久間守勝(福島)
樹木葬といひて木下に名も記さず還すそのさま清しくさびし 長谷川久子(愛知)
弟と蛍を追ひし青柳町しづかなる夜の家跡に立つ 佐藤拡子(岩手)
あたたかき庭に草取るわがめぐりそこはかとなく桧葉の香のたつ 森美千瑠(茨城)
被曝して四年を経たる今にして漸く庭の除染の終る 桑島久子(福島)
断崖に垂りて藤咲く砂鉄川吹く風若葉の香をぞともなふ 畑岡ミネヨ(岩手)


      平成二十七年七月号


夕ぐれて庭に雪積む咲く花の見えなくなれば亡き人のたつ 黒田淑子(愛知)
雪解けの路傍を来れば現れし今年の笹の青言ひがたし 角田三苗(神奈川)
風もなく隣家の灯り消ゆる頃静かに今宵の時移りゆく 高嶋昭二(秋田)
百となり祝ひの言葉多けれど高齢の孤独慰むるなし 二宮敏夫(東京)
春の夜の三河の海の潮鳴りや九十五歳の君逝きたまふ 三浦てるよ(愛知)
をりをりに日は照りながら風花の庭めぐり飛ぶ昼のしづけさ 池野國子(島根)
百四年のいのち終へたる母の辺にほつるる白髪をわが梳る 原田美枝(山口)
新緑のまぶしき道を歩みゆく終の住処となる町の道 日高惠子(宮崎)
亡き祖母の作り給ひしつるしびな百年めでたくわが家に飾る 林とも子(東京)
激しかるスコール去りてキナバルの山への道のたちまち乾く 仲田希久代(千葉)


      平成二十七年六月号


声にせぬ言葉のいくつ耐へゐしがいつか孤独になれゆくあはれ 松生富喜子(東京)
なぐさめの便り幾度書き直し春一番の吹く中を出づ 大田いき子(島根)
庭一杯梅は匂へど百歳になればひねもす家にこもれる 二宮敏夫(東京)
午後の日の差しつつ山の杉木立時をいそがぬものの静けさ 中村達(愛知)
秩父颪つよき一日杉山の鴉は風にさからはず飛ぶ 杉本康夫(埼玉)
雪氷を蹴りあげ駆くる二歳馬ら息吹逞し朝の原なか 細道千代子(北海道)
金雀枝の黄のあふれ咲く門の辺に佳き人訪ふ気配こそすれ 森谷耿子(東京)
五十畳の広間の畳張替ふるわが家はすべてこの内にあり 田丸英敏(東京)
放射線量検査終へたる峡の畑三年ぶりに青豆作る 古川祺(福島)
磯の香のかすかに漂ふ伊豆下田街の何処もアロエ花咲く 浦靖子(埼玉)
ひと方に打ちなびきゐる葦原に続く冬川流れのさみし 永山秀男(宮崎)


      平成二十七年五月号


混沌となりて省みる過ぎし日々夢ともつかず現ともなし 浅井富栄(島根)
大正昭和の境に生まれ八十八年圧縮されて過去よみがへる 飯塚和子(東京)
いくばくか低くなりたる軒下の雪のむかうに灯がともりたり 近藤千恵(福島)
十人の歌会の席に戦前の移住者一人遺物のごとし 梅崎嘉明(ブラジル)
降る雪にセシウム含まん外遊びする子らの声わが町になし 大方澄子(福島)
遣る瀬なき思ひのままに出勤す邦人殺害知りたる朝 樫井礼子(長野)
火祭の二千の松明山頂に一つ火となり天空を染む 松岡千津子(和歌山)
カーナビが点灯を告げ円かなる月はやうやく黄を帯びて来つ 神田智子(埼玉)
大寒の川に広げし白鳥の羽影ゆるる朝のひかりに 菊池せつ子(岩手)
仰ぎ見る空の青さよ北風の吹き下ろしくる坂をゆく時 林田美奈子(千葉)


      平成二十七年四月号


四十年記憶のきざむ街ならず迷ひ迷ひて街川わたる 田野陽(東京)
岬山に群れし鵯飛びゆきて海にはげしき鳥柱たつ 小山正一(新潟)
九月二十七日御嶽山の噴火の日子等は山より帰りつきたり 小林智子(長野)
午睡より覚めしひととき朝夕の定かにあらぬ老の寂しさ 渡辺謙(神奈川)
筑後平野越えて差しくる朝かげに九千部連峰雪のかがやく 大津留敬(福岡)
福島は雪とぞ友より電話きて嘆き合ひたり札幌も雪 鎌田和子(北海道)
豊かなる今の時代と子らのこと知らぬ五十年忌の夫よかなし 村上時子(愛媛)
松葉杖つく妻の靴玄関に片方のみがとりどり並ぶ 仲田紘基(千葉)
朝明の雪原遥かつづきゐる獣が残しし足跡を追ふ 関正美(東京)
セシウムの安全シールの張られたる今年の米がわが家に届く 柳沼喜代子(福島)
冬の野にいまだ残れる輝きは泡立草の黄なるひと群 今井順子(三重)


      平成二十七年三月号


裸木となりし樹海に展けたるひとつ湖青く暮れゆく 佐保田芳訓(東京)
日々しのぐわが商ひを省みて未来思へばつひにはかなし 長田邦雄(埼玉)
病む妻と老いたるわれの二人してとにもかくにも歳晩迎ふ 水津正夫(島根)
夫逝き三十七年津波後の仮の住まひに仏具を磨く 中村とき(岩手)
夜すがらの風静まりし朝の道皇帝ダリアは遠くまで散る 草葉玲子(福岡)
無関心といふにはあらずかつてなく虚しき思ひに投票に行く 坂本信子(宮崎)
センサーの光はときに優しくて凍て道をゆく足許照らす 丹下妙子(岐阜)
過去も見ず未来も問はず今日の日を支ふれば足る愛育くみて 古賀豊子(福岡)
かがやきてカムイヌプリの頂にのぼる朝日を晴ればれ仰ぐ 安藤克己(岐阜)
セシウムの不安未だに消えぬまま柔き緑の春菊を摘む 大内典子(茨城)


      平成二十七年二月号


水平に射す朝の日は土手低く咲く野の花をいまだ照らさず 内藤喜八郎(神奈川)
寝過しし午睡ののちのうらがなしく秋の光は草木に満つ 加古敬子(愛知)
南北の境界に沿ひ秋の日にあはれ紅葉のともに輝く 波克彦(神奈川)
あるときは道に出できてかへりみるあかり点せる小さきわが店 鈴木眞澄(千葉)
わが街をおそへる豪雨夜もすがらパトカー避難を呼びかけてゆく 北嶋はるえ(熊本)
綿木のひときは早き紅葉は照る日曇る日庭にきはだつ 岡田節代(秋田)
二年経し秋と言ひつつわが娘入院のなき日々に安らふ 沢田令子(岩手)
仰臥長き身に老早き当然を嘆くともなく衰へてゆく 石井清惠(千葉)
尾根道に強き風吹き雪凍る木曽駒ケ岳いただき遠し 鈴木ひろ子(千葉)
大津波に町の消えたる閖上町道がひとすぢ残るのみなり 浅沼まつ(岩手)


     平成二十七年一月号


    板宮清治(岩 手)
いづこにも彼岸花咲きてはなやぐに歩みて寂し夕暮のころ
あたたかき日よりに再び庭に出づいでて稲穂の風に吹かるる

    菊澤研一(岩 手)
詩酒に堕し病に朽ちし例ひとつここにもありて漂ふらんか
誘眠の薬効切れし午前二時ころをさかひに妄想つづく

    江畑耕作(干 葉)
揺れ乍ら群落なして赤白の花乱れ咲くコスモス畑
身辺の人等去りゆき独り寝る老の境涯「万縁軽し」

    秋葉四郎(千 葉)
よみがへり来る月蝕の放射光わが街空をおもむろに占む
哀愁のごときものなくさがり花ひと夜にて散る南海の島

    松生富喜子(東 京)
よろこびに満ちてとべらの花咲ける浜離宮に来つ君伴ひて
国産と大きく表示せし榊買ひて供ふる葉のつややけし


      平成二十六年十二月号


二人にて暮せることも限界とホームに入れしが思へば哀れ 小山正一(新潟)
具体なき不安がうちに常ありて街空遠く夕日を送る 田村茂子(和歌山)
病室の窓高ければ直接に天空の光わが前にあり 神田あき子(愛知)
今少しスーダンにゐたしといふ便り六年会はぬ息子より来し 福谷美那子(神奈川)
かすかなる島の平に草を喰ふ牛みゆ猛き夏の日の下 荒木精子(熊本)
長き雨晴れて彼岸の近づける昼間のどかに烏来てなく 長谷川淳子(京都)
支へつつ支へられつつ過ぐる日々恙なくゐて一日終へたり 小山孝子(京都)
究極のま白き光の中を行くわが持つ杖に歩を探りつつ 岩前洋子(和歌山)
熊除けの備へある板打ち鳴らし鳩待峠の峡下りゆく 元木政子(茨城)
果てしなき森林の中走りゆくシベリア鉄道にわれ揺られつつ 高橋節子(新潟)
自らの癌の再発告ぐる兄春の日差の中に聞きにき 清宮惠理子(千葉)
三百年続く店より閉店のセール行ふと葉書がとどく 板谷愛子(群馬)


      平成二十六年十一月号


引揚者たりし負ひ目もいつしかに淡くなりつつ晩年となる 青田伸夫(神奈川)
歩行器を押してあゆめば梅雨あけの路より返る光のまぶし 森田貞子(兵庫)
台風の予報に一夜怯えしが音しづかなる雨にて終る 水津正夫(島根)
教へたる生徒は享年八十歳われとの長き歳月思ふ 金田武(千葉)
裏庭の竹林の青よみがへる津波のあとの生家にをれば 藤井永子(岩手)
阿蘇連山とほくに沈む夏の日を送りをり母の逝きて一年 坂本信子(宮崎)
淡々と虹の暈もつ日の光浴みつつひとり畑の草とる 平井たみよ(三重)
潮入の蛭木の林よもすがら甘き香みちてさがり花咲く 有馬典子(千葉)
海よりの風にさながら光り舞ふ百日紅の花のゆれつつ 山下和子(佐賀)
仮設にて三年五箇月疲れ果てし友は手押しの車にたよる 柳沼喜代子(福島)
南海の闇のかなたに音もなく祭りの花火が小さく開く 横山節子(埼玉)


      平成二十六年十月号


あるがまま色錆びしこの唐三彩打馬球俑に偲ぶいにしへ 田野陽(東京)
窓外はただひと色にうす赤き夕焼の街梅雨の晴間に 飯塚和子(東京)
散り敷けるジヤカランダの花の紫を踏める頭上も花の紫 檜垣文子(愛媛)
しろたへの沙羅の花さき晴れゐたる空より昼の雷のとどろく 戸田佳子(千葉)
暑き日のやうやく暮るる竜飛崎今し沈まん紅き入日は 浅利比査子(青森)
九三歳のわれの生日来客も音信もなく一日暮れたり 佐久間守勝(福島)
ふもとまで雪に覆はるる羊蹄山四月の空に輝きて立つ 橋本倫子(福岡)
朝六時続く車列に今日も会ふ除汚現場へ通ふ人らし 吉田雅子(福島)
旅客機の撃破の惨事黙し視る梅雨あけ近き老の二人居 斎藤松枝(千葉)
散り落ちて川面にさがり花浮かぶマングローブの朝の林は 藤島鉄俊(千葉)


      平成二十六年九月号


腰痛の身をいたはりて冬晴の一日臥床に籠りたるのみ 島原信義(宮城)
車椅子に乗りゐる兄も押す婿も薔薇の香りにつつまれてゆく 三浦てるよ(愛知)
山並の青きが涯に気仙沼津波のあとの海しづかなる 五嶋恵子(岩手)
百二年の歳の差のある曾孫抱く母のよろこびわれの喜び 原田美枝(山口)
金蘭の花銀蘭の花の咲く宮森あゆむ朝々われは 本間百々代(千葉)
時かけて杏ジャム煮る窓の外しづかに梅雨の雨降りつづく 井上文子(埼玉)
鍛へんとけふの買物徒歩に行く片道三粁リユツク背負ひて 志村照子(千葉)
花ひとつ庭木ひとつに顕つ思ひありて寂しゑ去りゆくうつつ 浦靖子(宮城)
高空にあるかなきかのひと列の雁渡り来と今朝母が言ふ 佐々木比佐子(東京)
目処つかぬ除染の事など話しつつ吹雪く夕べの食卓囲む 成田光男(青森)


      平成二十六年八月号


かたばみの黄の花一つ咲きてをり踏み石よりも僅かに高く 内藤喜八郎(神奈川)
街灯の光を受けて降る雪は風のふくとき明るさを増す 渡辺謙(神奈川)
連山の夕べの空を連なりて白鷺の群声なくかへる 大津留敬(福岡)
炊飯の終りを告ぐる電子音ひとりの夕餉のほのぼの匂ふ 田島智恵(群馬)
落葉散る路地を帰りて戸を押せば迎へくれゐし子の声はなし 高山ゆき(東京)
植ゑし田に水を湛へて帰るさに遠山脈の残雪映る 高橋緑花(岩手)
山の日ははや傾きて梅林の広き株間に夕光うごく 荒木精子(熊本)
ベランダにさす有明の月明り妻の心をあたためる光 田平新太郎(鹿児島)
天地のめぐみを享けてすこやかによはひ重ねて百歳となる 池田禮(千葉)
津波にて孫を亡くししわが兄は病む三年の苦しみ言はず 高橋洋子(岩手)
アイゼンの爪音高く氷雪の尾根登り詰め剣ケ峰に立つ 関正義(東京)
今日ひとひ榛名の見えず暮れゆきて町に早々寒き灯ともる 小堀高秀(群馬)


      平成二十六年七月号


山も田も白き雪積み帰り来し古里秋田は春まだとほし 多田隅良子(米国)
兵として戦野に在りし三年の歳月哀し老いて思へば 石井伊三郎(埼玉)
海底火山の噴火に生まれし新島のささやか乍ら国土ひろがる 角田三苗(神奈川)
からうじて日々を凌ぎて至りしがわが生業の未来かすけし 長田邦雄(埼玉)
吹雪のなか点灯しゆく車見ゆ小型大型必死のさまに 蒲田和子(北海道)
風吹けばふぶく桜の花のなか娘に支へられ仰ぐ夫は 森田良子(熊本)
晴れし日の夜の噴火に火の粉見ゆわが目交の浅間の山は 猿田彦太郎(茨城)
避難終へ川内村に帰りしにみじかく病みて嫁の祖父逝く 日下部扶美子(千葉)
大寺の紅梅白梅かがよひて津波のがれし庭の静けし 浅沼まつ(岩手)
土湿りはびこる草の手に負へず百歳の母はスコツプを持つ 磯野芳枝(千葉)


      平成二十六年六月号


足弱くなりたるかなや病院を転々として身をいたはれば 黒岩二郎(長崎)
空晴れて吹く風寒き春の日の心かなしくよろめき歩む 田村茂子(和歌山)
朝の店開くると立ちしシヤツターの内の温もり春の日は充つ 鈴木眞澄(千葉)
仄かなる香り放ちてわが庭に春山茶花の咲き初めたり 林眞須美(山口)
立柱祭上棟祭のすすみゆく斎庭に春のひかりゆたけし 谷分道長(三重)
馬鈴薯を植ゑて静かなる山畑に春の雪降る昨日も今日も 小田那美江(愛知)
びはの花白やはらかく咲く庭の花一つ摘みまたひとつ摘む 遠藤キク(千葉)
飲み掛けの珈琲炬燵に冷えながらひとりの命静かに終る 藤原佳壽子(愛媛)
軒のつらら庭木のつらら月に照り日に照らひつつ光するどし 依田絹枝(長野)
この冬の雪かうむりて夕空に晴れ渡りたり鳥海山は 佐藤静子(秋田)
三日間つづきし吹雪やみし夜雪山ひとつ静かに光る 村本智英(北海道)


      平成二十六年五月号


外灯の照らす範囲に雪の降りいつしか冬至の一日暮れたり 高橋正幸(北海道)
晩秋の能登は時雨れて見渡せる棚田千枚海になだるる 福田智恵子(東京)
新聞を取りに出づれば暁のかなしきまでに落月あかし 村上時子(愛媛)
OB会九十五歳われ独り椅子に坐れど語る人なし 二宮敏夫(東京)
一面に原となりたる津波跡草枯れゆきて三度目の冬 中村とき(岩手)
先に逝きし夫と同じ肺癌を病みて残り火しづかに保つ 兼房あさ子(愛知)
蠟梅の咲く新勝寺の庭の池ひかりをひきて鯉の寄りくる 比嘉清(千葉)
帰り来し上空より見るラスベガス広くきらめく地上の灯火 岩弘光香(米国)
トラツクの荷台に一夜すごしたるわが牛の声雪原わたる 千田マス子(岩手)
高濃度となりゆく原発の汚染水なすすべもなく三年の過ぐ 三浦弘子(福島)


      平成二十六年四月号


競走馬脱走せしと人はいふおもむくままに馬は走りし 黒田淑子(岐阜)
霧のなか腕組みあひて歩むとき切なきまでに妻の息差 柳等(愛知)
脇腹を痛め歩くも思ふままならざる一日ひとひが過ぐる 西見恒生(千葉)
一万羽の雁鳴く声のしづまりて雪降る伊豆沼夕暮れてゆく 佐々木勉(秋田)
たらちねの母は正月五日朝百二歳にてこの世去りたり 平田カネ子(徳島)
餅とるとひばの菜箸割りてたつ香のすがやかに年あらたまる 森谷耿子(東京)
明けそめし朝のひかりに見下しの小川の岸辺合歓一木咲く 新宮哲雄(大分)
降る雪に森見えがたく暮るるころ白鳥のこゑ折々聞こゆ 山本豊(岩手)
大家根の雪のしづるるにぶき音独りのわれの寂しき冬日 安田秀子(島根)
まのあたり滝は轟音伴ひて一気に落つる山より海へ 太宰理恵(千葉)


      平成二十六年三月号


多摩川の広き河口に海水の満ちてことさら青の輝く 佐保田芳訓(東京)
豚などの野生化して路を歩むとぞ人の住むなき村落さびし 四元仰(埼玉)
話すことも少なくなりし妻とわれ阿吽の呼吸の中に安けし 梅崎嘉明(ブラジル)
雨あとの曇を映しさむざむと刈田の水にさざ波の立つ 草葉玲子(福岡)
新幹線色とりどりが発着す大宮駅に君恋ひて立つ 松尾紀子(東京)
夜の霧いつしか晴れて朝の日に樹氷まぶしき安曇野を行く 小林英子(長野)
左手に小さき頭支へつつ百三歳の母をし洗ふ 柳沼ステ(福島)
つぼみ多き庭の椿に霜ひかり父の逝きたる朝思はしむ 前田弥栄子(千葉)
二週間遅れの冬の兆しとふ肱川あらしに河口の煙る 佐々木加代子(愛媛)
午前九時心肺停止のわが夫一人通夜する儚く寂し 坂井君伃(福岡)


      平成二十六年二月号


身を起し動き歩むはただならぬ事と思へり卒寿となりて 浅井富栄(島根)
放射能汚染区域か人を見ず柿の実あまた光る村行く 佐藤淳子(埼玉)
雨ふらぬままに残暑の続く朝白々として韮の花咲く 是永豊(大分)
婚礼の宴に出合ひしまま過ぎてけふ弔ひの式に会ふ人 仲田紘基(千葉)
わが孫の喃語もときにあはれなり収束四十年の世を生きゆかん 大方澄子(福島)
ひろびろと渡れる霧の上に見ゆ八ヶ岳連峰ひといろの青 樫井礼子(長野)
夜の更けに目覚めて雨の音をきく家内の静ことさらにして 元田裕代(山口)
施設仰臥われは三年早々と無明無音の境涯に入る 石井清惠(千葉)
一斉に咲くも果つるも黄の色の国花ロツクーン街路を飾る 三井文恵(山口)
アベノミクス効果称へる新聞に企業倒産最多の記事あり 神田宗武(千葉)


      平成二十六年一月号    
       菊澤研一(岩手)
黄楊垣に影おくあゆみ延年の残夏ひと日のかたちつたなし
歩みつつきざしし懴語きえゆけよほほづき赤き草むらのうへ
       江畑耕作(千葉)
台風の名残りの風に庭木々の葉群はそよぐ冴え冴えとして
夢に見し母若かりき同胞の祝ひくれたる米寿生日
       板宮清治(岩手)
杉むらの枝に雀らかしましき声をのこして夕ぐれ早し
台風の去りたる朝の道歩むをりをり風の吹きくるところ
       秋葉四郎(千葉)
上り来る本堂の庭ひと隅に根菜を干す人のくらせば
雨に濁る伊予加茂川に青石がしばしば見えて青の身に沁む
       松生富喜子(東京)
日照雨降り見渡す稲田の空にたつ大き虹仰ぐ心ゆらぎて
国産と大きく表示せし榊買ひて供ふる葉のつややけし 


      平成二十五年十二月号    
猛暑なる日々かすかにも季移りしじみ蝶ふたつ土低くとぶ 田村茂子(和歌山)
引潮となりて一筋の潮の道来島海峡に音たて走る 村上時子(愛媛)
玉砂利を踏みて神前に捧げ置く白石わが手の温りのまま 山口さよ(三重)
清き瀬の底に晩夏の光射し鳥海マリモの緑かがやく 仲田紘基(千葉)
家毎に息災知らす黄の旗を掲げ安けき思ひこそすれ 西名啓子(宮城)
わが庭の除染に土の削らるる過程二階にながく見てゐし 宮徹(栃木)
降りたちし駅のをちこち鮮やかに百日紅咲く娘住む街 浦靖子(宮城)
波の立つ道を必死に運転すテールランプの明かり頼りに 鈴木静子(愛知)
穂孕みの稲田に満つるしづけさや水入るる音さやかにひびく 奈良正義(島根)
川底の砂を揺るがし湧く水は富士の雪解けはるばるとどく 神田宗武(千葉)
蔵王よりの風か谷より湧く風か駒草の咲く原にとよもす 仲田希久代(千葉)


      平成二十五年十一月号
いとけなきものの清らに身の細き六月の鮎光をもてり 黒田淑子(岐阜)
浜に入る吉浜川のほとりにて亡き子遊ぶを幻に見つ 八重嶋勲(岩手)
積りたる落葉を踏めば暖かし女良谷川に沿ふ道をきて 池野國子(島根)
診察を待つ間たちまち夕暮るる窓の街の灯異国のごとし 森谷耿子(東京)
幾ところ砂もろ共に湧き出でて音無し富士の伏流水は 前田弥栄子(千葉)
烏賊釣りの遠き灯近き灯連なりて街あるごとき海の明るさ 守屋はるみ(北海道)
父母がおとなふわれを喜びて迎へし家に父一人待つ 八鍬淳子(千葉)
子ら五人立ちて見守るICUに父はしづかに息を引きとる 川原佳秀(福岡)
女郎花咲き満つる丘黄に照りて遠き空より雷鳴とどく 土肥義治(兵庫)
蛍火にわが故郷を思ふなり幼日の丘をさな日の川 竹内朋子(東京)


     平成二十五年十月号
昨日もけふも山霧ふかく梅雨はるるなくて庭垣の夏萩は咲く 船河正則(大分)
丈伸びし稲田の土手に抜き出でて朱の鮮やかに萱草の咲く 上田婦美惠(静岡)
つれあひの死をわすれたる友にして農をはなれし掌のやはらかし 堀和美(香川)
潮ひきしあとの河口の潮だまり月のひかりに魚の飛びゐる 鎌田昌子(岩手)
傘通す俄豪雨にわが前の橅の大樹は皆滝となる 野呂三枝子(秋田)
医療費の還付申請たづさへて息つぎしげき夫に従ふ 石向登栄子(神奈川)
この年の検診終へてやすらかなる心にリラの咲く道帰る 安田渓子(青森)
夕立に騒然とする五番街たちまちにして傘売りの立つ 鹿島典子(千葉)
高炉より千二百度の炎あげローラーの上を鉄走りゆく 元木正子(茨城)
茶畑に梅雨の霧濃しゆるやかに防霜ファンの回る夕暮れ 星野彰(滋賀)


     平成二十五年九月号
公園のむらさき躑躅みしのみに靴おもき日は遠くは行かず 田野陽(東京)
昨夕に咲きし待宵花いまだすがしき道を買物に行く 森田貞子(兵庫)
つばなの種なびける道に杖つきていくばく歩む夕光の中 檜垣文子(愛媛県)
澄みとほる声に近づく三光鳥影を落して庭よぎりゆく 大田いき子(島根)
地区あげて避難し得ざる学童の一人のみなる運動会あり 大方澄子(福島)
気遣ひてうからら集ふ土曜日の夜半家内に灯の点る 元田裕代(山口)
茶摘して帰る道のへ夕闇に花明かりして卯の花の咲く 松岡千津子(和歌山)
やうやくに庭の除染が済みしとふ妹の声明かるく響く 吉田雅子(福島)
いさぎよく延命治療の拒否をして八十余年の生きはまりぬ 渡邊兼敏(青森)
三日前に退院せし義母百歳の祝ひの席に小さく坐る 田中京子(北海道)


    平成二十五年八月号
麻痺残る手足鍛へんと歩く妻歩きて日々の心支へん 小山正一(新潟)
霜解けの地靄に及ぶ朝光にわが身のまはり虹の色たつ 小林智子(長野)
家すべて流れたる浜二年経てほつほつと建つ浜小屋いくつ 中村とき(岩手)
暗室に術後の検査を待つ人ら嘆くともなし互に老いて 石川節子(岩手)
駿河湾に雲間より日の差すところ桜海老とる舟しづかなり 杉浦常子(愛知)
果てしなく続く荒野のわがゆくて氷河ひときは白く輝く 細貝恵子(埼玉)
わが家は三度水禍に遭ひしかどこの土地つひに離れ難しも 嶝公夫(和歌山)
丘山に藤の群れ咲く上の山暑さ著けく春ゆかんとす 藤島鉄俊(千葉)
荒れやまぬ吹雪に多重事故いくつありて彼岸の一日暮れゆく 原公子(北海道)
人間の意思そのままに動きゐるアンドロイドの姿かなしき 山根トヨ(岐阜)


    平成二十五年七月号
車椅子に乗りて来りし千葉公園ヘレンケラーの銅像の建つ 江畑耕作(千葉)
歌集名とりて聴濤と墓碑に彫る単純にしてつつましき墓 角田三苗(神奈川)
その生の全てを托し老を積む夫よわれも共に老びと 福田智恵子(東京)
庭に立つ亡き子の影を見しごとき冬の一日のたちまち暮るる 島田幹夫(熊本)
放射能に二年休耕せし稲田今年は作らん子が春田打つ 宗像友子(福島)
暖かき風に二月の名残あり白鳥ひとつ低空を飛ぶ 山本豊(岩手)
わが一人住む峡の家しづかにて庭の日なたにひよどり遊ぶ 河野映子(大分)
絶食の十日二十四時間点滴に細りゆくわが躰いとほし 岩前洋子(和歌山)
飯館の農家の庭に手綱なき仔馬一頭影のごと立つ 齋藤すみ子(茨城)
長病みの夫のこゑの明るきにわれやすらかにひとひを過ごす 石川英子(愛知)
春浅き坂道ゆけば寒風に篁の枝打ち合ふ音す 辻田悦子(三重)


    平成二十五年六月号
暮れがたき富士に積む雪乱反射して山容の霧らふ時あり 青田伸夫(神奈川)
耐へがたきまでの光と思へどもどうにもならず眼の手術ゆゑ 鎌田和子(北海道)
草千理の池塘凍りて雪原に青くしづけき光を反す 荒木精子(熊本)
夜すがらの雪はやみゐて玉砂利も木立も清し暁の月 谷分道長(三重)
どの家も屋根に人ゐて雪おろす休日今日のこの空の下 加藤洋子(青森)
五十ヘクタールの出水平野の一所群なす鶴のいたく静けし 日高恵子(宮崎)
わがために信号変はりありがたくひろき横断歩道をわたる 長谷康富(和歌山)
春寒き遊歩道にて放射能除染はじまる二年の過ぎて 比嘉清(千葉)
仮の町にて田植踊りをする子等は請戸の伝統守りゆくとぞ 三浦弘子(福島)
断崖に巣作りをするかつお鳥スコーガの滝突きぬけて行く 海保照子(千葉)
石畳敷く道を馬車が通りゆくフイレンツエの街いにしへの音 門祐子(北海道)


    平成二十五年五月号
ぶり返す寒さに白鳥の声きかず堤は氷にとざされてゐん 板宮清治(岩手)
車椅子の夫にまれに声をかけ診察を待つ二時間あまり 佐藤淳子(埼玉)
連載ルポ親しみ読みたる新聞記者山上浩二郎の訃報くやしも 小田朝雄(千葉)
積む雲丹の殼は雫を落しつつしづかに海辺の畑に降る雨 森田良子(熊本)
唯一の店の閉ぢたるわが峡は一際寂し人通りなく 藤井富子(島根)
湧き水は今日もしづかに透りつつ雪降る山葵の畑を流るる 樫井礼子(長野)
携帯の電話に思ひ交しつつ娘二人が冬の日々病む 沢田令子(岩手)
雪解けの水の音する午後三時かすかに揺れて地震過ぎたり 横澤悦子(岩手)
松が根の師のいしぶみに雪積みて建碑六年揺るぎなく立つ 塩原啓介(長野)
雪の壁高くなりたる朝の路地除雪の音なく雪吹き上がる 岩崎豊(福島)


    平成二十五年四月号
能登半島輪島の沖に竜巻の海移りゆく半天暗く 佐保田芳訓(東京)
腐葉土の上歩みゆく安らぎを日々重ねつつわが命あり 大津留敬(福岡)
斧入れず年経て太き杉木立五十鈴の瀬音尊くもあるか 松本一郎(三重)
帰り来し幼を抱き冬の夜のとほき風音聞きつつ眠る 鈴木眞澄(千葉)
夕光に芒なびかふ原越えてわが住む仮設灯をともし初む 中村とき(岩手)
みすずかる信濃の山はうす雪のつもり静かに新年迎ふ 細貝恵子(埼玉)
古き御代聖徳太子創建の四天王寺は古里の寺 前田瑞秋(大阪)
互みなる枝ふれあひて幾千のりんごの裸木雪にしづまる 伊藤淑子(岩手)
放射線量変らぬままに年明くる輝く日ざし窓より入りて 佐藤ツギ子(福島)
吐く息が輝きとなる氷点下二十四度の雪原に立つ 太宰理恵(千葉)


    平成二十五年三月号
百二歳の命静かに逝き給ふ君をたたへん悲しかれども 松生富貴子(東京)
いつしかに娘ら二人還暦を過ぐと思へば長きわが生 浅井富江(島根)
脱落も錯誤も常のこととして裸木ひかる夕道をゆく 四元仰(埼玉)
子のくれし紫の傘さして行く音なく冬の雨降る朝 多田隈良子(米国)
十日経て見舞へば十日衰へて母は小さくベツドに眠る 長田邦雄(埼玉)
線量計つねたづさへて学校へ行くわがをとめすこやかにあれ 近藤千恵(福島)
山峡にきのふもけふも蜜柑摘むこの世のことに疎くなりつつ 神田あき子(愛知)
夜来の雨あがりし瀬戸の釣舟は朝の光のなかに寄りあふ 菅千津子
大津波に流され家なき故郷に新しき電柱連なりて立つ 大貫孝子(東京)
退職の日の近づきて暇なくわが六十の歳晩に入る 大塚秀行(千葉)


    平成二十五年二月号
たくましくその葉伸びたる玉ねぎを照らして寒し峡の上の月 黒岩二郎(長崎)
退院の一夜は明けて聞こえ来る厨の音はわが家の音 小田裕侯(島根)
やうやくに動悸治まり寝ねんとす午後九時かかるしづけさの中 宮川勝子(東京)
目覚めては早く帰れと肺炎の夫のこゑはこよなく寂し 早川政子(広島)
避難して人影のなき小高町ときをり車通りすぎゆく 古川祺(福島)
復興の支援申請却下とぞ一二度ならず三度をなげく 君嶋威太郎(茨城)
掘り下げて成りたる地中美術館ひかり乏しき中の静けさ 金津淑子(石川)
家近き広き道路を埋めつつ一万四千の人等の走る 鈴木早苗(千葉)
常臥しのわが安らぎに吊りくれし風鈴の鳴る夕べとなりぬ 岡田要二(岩手)
地下駅の階上らんと見上ぐれば空一面に稲妻光る 前田留里(大阪)


    平成二十五年一月号
岩肌のあらはにひかる高山のなだりの木原もみぢさやかに 菊澤研一(岩手)
あけぼのの北山並にひとしきり京都ブルーの稜線が顕つ 秋葉四郎(千葉)
廃ガスを燃やす炎の午後九時に消えて静かになりし遠空 飯塚和子(東京)
夢にこし亡き子の姿やはらかきひかりの中に佇みてゐし 加古敬子(愛知)
百歳の母があれこれ指図する車椅子より指さしながら 中里秀男(東京)
白き色極まれば青く見ゆるなりグリーンランドの氷山の群 村瀬湛子(愛知)
夜の道をさまよふ牛と自動車の衝突事故のニュースのあはれ 大方澄子(福島)
荒浜の仮設住宅ま昼間に五百五十戸森閑とせり 岩本旬二(宮城)
日の入りて余光あまねく西空の富士の頂き淡きくれなゐ 石井郷二(神奈川)
朝ひらく窓より見ゆる高空にのこりて月の白やはらかし 佐々木比佐子(東京)