今月の作品○2019(平成31)年〜  ○平成25〜30年  ○平成20〜24年  ○平成15〜19年


   平成二十四年十二月号    
封鎖され人絶えし村にいつよりか野犬化したる犬ら屯す 角田三苗(神奈川)
暁を覚めゐて聞けり啄木鳥の峡を移れる簡素なる声 檜垣文子(愛媛)
氾濫の跡すさまじき熊野川碧き流れはみ山を映す 山口さよ(三重)
踊子草咲きてつつまし水湛ふ見沼用水ほとりの小径 小田朝雄(千葉)
たらちねの母は三月百超えて今なほ書を読み野菜つちかふ 平田カネ子(徳島)
車にてゆけば山間の八ツ場ダム作動なき起重機見えゐて寂し 大賀正美(神奈川)
わが町の仮設の人ら孤独死を防がんとして黄の旗かかぐ 蜿タ文子(福島)
土台のみ残る家跡に集ひたる家族ら盆の迎へ火を焚く 大貫孝子(東京)
エンジンの音を響かせひとり行く大海原にわが憂ひなし 永山秀男(宮崎)
三陸の海のべの道日の暮れて街灯のなく続くさびしさ 新村翠(岩手)
  
  平成二十四年十一月号
ゆるぎなく時間めぐりて俄にも雲のさかひの光る夕ぐれ 田野陽(東京)
対岸の土手をあふるる濁流がたちまちに家々を浸しはじむる 古賀雅(福岡)
八十八年生きて思へば過ぎゆきは音なく遠き花火のごとし 船河正則(大分)
メモ用紙求めて声を低くいふ九十余歳生き来しわれは 勝又弘子(千葉)
夏祭終りて常の歩道ありきのふにつづく月夜をあふぐ 清水雅彦(神奈川)
亡き母を見る如くにて鳳仙花赤く咲く庭姉の歩める 坂本信子(宮崎)
ぶな山をあまねく照らし白神にひと日のなごりの日は沈むなり 渡邊兼敏(青森)
  「ぶな」は原作では漢字表記
鹿除けの網に囲まれ高原の花豆畑朱の花まぶし 藪内真智子(神奈川)
耕作の出来ぬ田畑の広くありて松川浦の町静かなり 生江福子(福島)
豪雨にて避難勧告受けつつも川に囲まれ逃げ場の見えず 別府美江(福岡)
    
平成二十四年十月号
見る限り塩田平の続きゐて苗を植ゑし田熟るる麦畑 黒田淑子(岐阜)
危険水位越えて流るる筑後川泥もろともに波の逆巻く 大津留敬(福岡)
宵やみの庭ひとところ明るきは暮れのこりゐる紫陽花のはな 伊藤千代子(長野)
津波などなかりし如く晴れし日の海の青さにわが涙出づ 中村とき(岩手)
未明より目覚めて居れば吹く風に伴はれ降る雨音さびし 川上あきこ(神奈川)
風向きにて線量高き飯舘村野生化したる家畜の生きる 大方澄子(福島)
夕映は海のさなかに拡がりて津軽半島遠く暮れゆく 加藤洋子(青森)
目に見えず広がりゆきしセシウムは源とほく住む子に及ぶ 高橋洋子(岩手)
わが頭上ハンガ―銜へとぶ鴉槻の青葉のなかに入りゆく 人見ホノ(神奈川)
雲一つなき炎天下ブラックマウンテン山肌黒く見えて静けし 岩弘光香(米国)
気仙沼に再び並ぶ牡蠣いかだ夏の夕日に光を反す 山崎祥代(千葉)
宵に入りし水田の遠くにほの見ゆる暗き利根川橋のともしび 守田靖(千葉)
  
  平成二十四年九月号
心ゆらぎし一日なりしが椎森の上にかがやく円かなる月 石井伊三郎(埼玉)
火の跡と汚泥のにほひ交はりて全壊半壊ところ定めず 佐藤良信(岩手)
山葵田の谷地吹き下ろす寒風に吹かれて夕べ花芽摘みをり 藤井富子(島根)
わが村が護りて来る松虫寺つつましくして紫陽花の咲く 本間百々代(千葉)
登り来し鴨山公園の暮るる頃おもほえず聞く三光鳥の声 日高恵子(宮崎)
中空に昇りし月に遠くまで続く青田のひかり明るし 志村照子(千葉)
休日の夜の全員メールにて逃亡犯の逮捕わが知る 山上浩二郎(東京)
セシウムの及びし春野寂しけれ太き蕨を摘まず過ぎ来ぬ 安部スミ子(岩手)
九十の夫とわれは八十三九重牧の戸原生林行く 矢野洋子(福岡)
住職の朝な夕なに撞く鐘は新しき音峡にし響く 玉石薫(和歌山)
    
平成二十四年八月号
雪代の流れの岸に輝きて続く立金花の黄の花まぶし 松生富喜子(東京)
出征のわれを見送る人はなれ泪ぐみ旗を振りゐき汝は 黒岩二郎(長崎)
病棟の更けし夜空に轟々と過ぎゆく風の響ききゐし 青田伸夫(神奈川)
童馬山房主人来書をみつつゐてひたすらなりき先生夫妻は 佐藤淳子(埼玉)
ささゆり会に集ふ九名先生のみ墓に思ひを告げて額づく 小林智子(長野)
何も彼もむなしくなりてをるときに昼餉を告げて妻が近づく 水津正夫(島根)
わが母の享年まではあと二年三人の兄は既に世になし 鎌田和子(北海道)
古里は立ち入り禁止になると言ふ阿武隈川山地の静かなる村 中里秀男(東京)
みづからの移動かなはぬ病もつ妹が原発の避難にあへぐ 猿田彦太郎(茨城)
ふりさけて見れば美し紅葉の果ての雪山マツキンリーは 仲田紘基(千葉)
原発の事故の連鎖にて事件事故日々に増えゆく街にわれあり 大方澄子(福島)
畳を縫ひ畳担ぎて五十年わが肉叢の衰へゆくか 田丸英敏(東京)
一年振りに集ひ二日を共にゐし生徒らおのおの避難地に帰る 宗像友子(福島)
放射線量の少しくへりてわが孫の屋外活動三時間とぞ 古川祺(福島)
     祺は正しくは「ネへん」
菅生川と夢前川の合ふところ広き中州に鷺の群れ飛ぶ 福田照代(兵庫)
いづこより逃れ来りし一頭の馬東名の道路駆けゆく 鈴木芳子(神奈川)
    
平成二十四年七月号
わが血統の内九十を越えたるは母とわれのみ牀上に思へば 吉田和氣子(東京)
かのハウス鴉うかがひ餌をとる雪どけの庭水のかがやき 板宮清治(岩手)
雪残る駒ケ岳より吹く風に枝垂桜の輝きやまず 佐保田芳訓(東京)
激浪に飲み込まれたる歌の友電話不通の当然かなし 八重島勲(岩手)
風寒く吹く三月の和田倉濠歩めば昼の水面明るし 波克彦(神奈川)
南天の赤き実雪のうへに落ちはつかに粒の周りが染まる 柳照雄(新潟)
川沿ひの百五十世帯が全滅し広がる空地ただただ虚し 戸田佳子(千葉)
ブラジル語のみにて話す二世児になじめず阿呆の如沈黙す 梅崎嘉明(ブラジル)
先駆けの四羽の鶴が帰りゆく立春の空こよなく晴れて 荒木精子(熊本)
忘れ雪となりたる今朝は暖かしひかりある空全天の青 杉本康夫(埼玉)
放射能値高きこの地は小学生一年超えて部屋に遊べる 鈴木進(福島)
四十年暮しし街の津波跡土台残れど見当つかず 川目孝(岩手)
鍵閉めし窓の隙より風の入るその音聞きつつ一日過ぎたり 佐藤佳子(東京)
出没する熊の情報に警戒し集団登校する子ら静か 門裕子(北海道)
山肌をなめるがごとく野火走る大観峰の風のまにまに 大津留偕子(福岡)
    
平成二十四年六月号
海出づる日を浴び花のうひうひし庭に三十年育つユツカは 黒岩二郎(長崎)
雪原をいくつ越えしかふく風の未だ寒しも春なほ遠く 高橋正幸(北海道)
おろそかに過ぎし一日のむなしきに冬の夕映空に広ごる 小田裕侯(島根)
音もなく三本の川の合ふところ濁れるままに阿賀川となる 近藤千恵(福島)
家流れ海一望に見ゆる浜夕光のなか出づる船あり 中村とき(岩手)
島畑にひと日はたらき建国の日の大いなる夕日を送る 原田美枝(山口)
街いくつ巡りたりしが約りは古里に住む迷ひの晴れて 皆川幸子(青森)
修学院の離宮に望む京の街遠くかすみて古今まぼろし 長谷川淳子(京都)
亡き人の席に蝋梅の枝おきて年あらたなる歌会をはじむ 小嶋章代(愛知)
      「蝋梅」の蝋は原作では正字
大津波にわが子の無事を見とどけし母は逝きたり万歳いひて 島崎千鶴子(岩手)
    平成二十四年五月号
水満つる箱より硯とりいだし墨を磨りゐし人も亡き数 菊澤研一(岩手)
みなぎりて朝の日の差す寒の晴れ病みてこもれど心の弾む 浅井富栄(島根)
柊の真白き花のこごりつつひらく新冬の寒き日ざしに 松本一郎(三重)
手術せしわれを労はりくれし友一箇月後に逝きて声なし 村上時子(愛媛)
店に来る人の稀にて雪まじる雨のしづかさ午前も午後も 鈴木眞澄(千葉)
一時間街さまよへど知る人に一人も会はず高齢者われ 細野政子(埼玉)
老人が犬をひきつれ運動す仮設住宅六か月過ぐ 鈴木進(福島)
高層のビル群従へ高々と青空に立つスカイツリ―は 市川勢子(埼玉)
六本木ヒルズに望む東京湾霞の中に青微かなり 羽多野茂子(長野)
老い重ね弱りたる身を思ふ夜言ふべくもなしこの寂しさは 安田秀子(島根)
    
平成二十四年四月号
親しかりし人ら大方身まかりて師走過ぎゆくひとりの部屋に 荒木千春子(神奈川)
終刊となりし雑誌を手にとりて思ひは深しこの年の暮 齋藤尚子(東京)
冬の川しづかに暮れて水輪ひとつ深みにたつは魚ひそむらし 末成和子(山口)
九十を過ぎたる老の二人してカラオケうたふきく人なきに 二宮敏夫(東京)
店の番すれど為すこと何もなく照り陰りする午後の冬の日 是永豊(大分)
音信の途絶えし姉の生存を願ひ瓦礫の山を分けゆく 大友圓吉(宮城)
病室に仰ぐマンシヨンつぎつぎと明かり点りて寂しき時間 古賀泰子(福岡)
人住めぬ飯舘村の夜悲し灯ともる家無し人の香の無し 宗像友子(福島)
風紋の形をとどめ湖の水は凍りて青くかがやく 山本豊(岩手)
家内に元日の光やはらかし発電モニター時刻みつつ 小牧澄子(石川)
娘らが帰りしあとの部屋広く夫と二人の静かさもどる 海保照子(千葉)
渓流に岩魚釣る人見えをりて引く竿先に光がうごく 鈴木芳子(神奈川)
    
平成二十四年三月号
晩秋の光あつめて垣の上皇帝ダリアの花ひるがへる 江畑耕作(千葉)
おもむろに動きとどめてわが癌を写さんCT機器のしづまり 上村閑子夫(愛知)
幾たびも洗ひたりしが津波より拾ひしセーター砂光り落つ 中村とき(岩手)
震災に倒れし墓に香を焚くこの草山に鳴く蝉もなく 佐久間守勝(福島)
それぞれに離り住みゐる寂しさや妻なきわれと母なき子らと 佐藤勉(秋田)
徐染せし校舎に帰り来たる子ら互に励ます七箇月経て 宗像友子(福島)
一鍬一鍬戦後に父母の拓きたる畑も家もなべて流れし 横山光子(宮城)
風評を質すすべなく秋日照るホットスポットの街にわが住む 比嘉清(千葉)
漸くにりんごの出荷終へしとき降る雪さへも心にやさし 佐藤文子(福島)
遅くまで起きゐる日々の続けども幼らをればすこやかに覚む 仲田希久代(千葉)
彫りふかき左きみゐ寺右かうや霧の古道に道標あり 峪和祺(和歌山)
坂道を登ればわが村八十年出づることなく過ぎし歳月 坂口貞幸(兵庫)
定年を報告したる二日目にああ百二才の母は逝きたり 山上茂次郎(愛媛)
    平成二十四年二月号
土の上浄くなりつつ吹く風のうごきのままに散りしさざん花 内藤喜八郎(神奈川)
累々として一年の過去ありと思ふ夜ざむに雨降る音す 四元仰(埼玉)
点滴のしづくの動く入院のこの静けさに何思ふべし 高嶋昭二(秋田)
臥す夫と眺むる庭は枇杷の花咲きてしづかな冬に入りゆく 森田良子(熊本)
やや硬き葉群ひろげし甘藍の畑に音なく降る冬の雨 桶谷清子(千葉)
八時間列車に行きて沿線の木々低ければ空なほ広し 菅千津子(愛媛)
一時帰宅するたび諦念の増すと云ふ老の涙をわれはみたりき 大方澄子(福島)
洪水のさなかの国に戻り行く息子の日々を神まもりませ 小澤光恵(千葉)
津波にて潰えし町の処々水田の如く秋の日に照る 青木綱子(岩手)
水害に着の身着のまま避難してわが手に持つは位牌のみなり 嶝公夫(和歌山)
豊漁の幟はためくさんま船気仙沼港息吹のかへる 菊池敬助(岩手)
セシウムの濃度の高き椎茸は子等に送れず友に送れず 三浦弘子(福島)
ささやかに商ひ居りしわが店の洪水に失せ日々に寂しも 西村佳子(和歌山)
    
平成二十四年一月号
そのひと生山室山に偲ぶとき人里遠き冬鳥のこゑ 秋葉四郎(千葉)
千年に一度とならば千年をまた海の辺に住みて生くべし 島原信義(宮城)
台風のつづきて降れる雨の中秋明菊の一輪ひらく 田村茂子(和歌山)
集落の家流されて激ちくる津波のしぶき泥をともなふ 一戸みき子(岩手)
あるときは忘るるごとく日を経れど放射能禍の国土かなしき 鈴木眞澄(千葉)
親しみて名を呼ぶ山々暮れ果てて紺ひと色のかたち鋭し 樫井礼子(長野)
「がんばろう福島」の旗並びたつわが町通り閑散として 佐藤順子(福島)
新米の出荷やうやく始まりて現身かるくなりしを思ふ 桑島久子(福島)
百歳の天寿全うせし人の葬のなかに安けく坐る 米倉アサ子(福岡)
震災の夢より覚めて朝まだきしきりに雨戸打つ風の音 永野喬平(千葉)
    
平成二十三年十二月号
さながらにうつしみ天に在るやうに一千万個の星映す中 黒田淑子(岐阜)
かく思ひかく嘆きつつ残生を送る一生かうつしよあはれ 高橋正幸(北海道)
夜十一時エツフエル塔のライトアツプひととき激しき点滅となる 波克彦(神奈川)
話したきことあるごとく無きごとく秋の曇のひと日は暮るる 田村茂子(和歌山)
尾根づたひに津波逃れてきたりしと赤前集落の恐怖を語る 佐藤良信(岩手)
強震に家揺れうごき芝生より液状化せし泥噴きあぐる 西見恒生(千葉)
宿ごとに町名かかげ被災せし人らの宿りするさまあはれ 亀谷増江(神奈川)
久々に出で来て独りゆく堤過去も未来も今は思はず 佐藤みちや(神奈川)
今日もまた遺体収容されたるか大型ヘリコプタ―低く飛び行く 大友圓吉(宮城)
ひとところ黄の花咲きて震災の地表は遠き海へ続けり 佐藤拡子(岩手)
亡き父母の写真の部屋に午睡してこの世ともなき茜に染まる 坂本信子(宮崎)
他県名のパトカー多く走る日々原発近きわが町ゆゑに 吉田雅子(福島)
築きたる財を津波に失へり跡地に立てば海原が見ゆ 本田悦子(岩手)
屋根も落ち壁もはがれしわが家を目の前にしてただ立ちつくす 塩原和子(長野)
前山の土石流にて道のままわが家に向かひ土砂迫り来る 中尾光一(和歌山)
窓外を見てわが声のなし一面の水は古座川氾濫の水 宮本弘子(和歌山)
雨の日はもとの牛舎に帰るとぞよごれさ迷ふあはれ牛たち 上田春雪(東京)
つつしみて秋刀魚食ふなり津波にて店失ひし人より届く 青木綱子(岩手)
放射線被曝のことを人言へど出でて草刈る食はねばならず 伊藤淑子(岩手)
放射能如何にか稲の色づくを見つつ悲しもふるさとの農 高木輝江(岩手)
セシウムの風評によりわが牛の売り値は素値以下になりたり 千田マス子(岩手)
夜もすがら乾燥機の音聞こえ来るセシユウム濃度にわれ怯えつつ 岩崎豊(福島)
タ―ナゲン入江の潮の退きくればベル―ガの群海にしかへる 海保照子(千葉)
雨ふれば汚染を思ひ風ふけば拡散思ふ百日すぎて 比嘉清(千葉)
稲刈りは検査を終へし後といふ見えぬ粒子に心苛立つ 岡田憲子(岩手)
    
平成二十三年十一月号
午前五時余震に醒めて聞こえくるわれにやさしき郭公の声 江畑耕作(千葉)
呼ぶごとく答ふるごとく遠花火地平の方にひびきてゐたり 青田伸夫(神奈川)
夏の夜の街につづきて震災に遭ひたるねぶた轟きて行く 福士修二(青森)
道の辺の栗の結実十余りすがしみ夕の歩みを返す 檜垣文子(愛媛)
いたるところ液状化して崩れたる壁あり工業団地を行けば 西見恒生(千葉)
義援金わづかが老のこころばせ差し出して妻と慰め合ふも 柳照雄(新潟)
何はあれ支給の乾パン頒けあひて余震の続く避難所にゐつ 小田朝雄(千葉)
点のごと木々の間に人らをり津波に気力衰へ坐る 鎌田昌子(岩手)
金属の入りて重たき右足を持ち上げてよりひと日始まる 福谷美那子(神奈川)
いづこかの避難所に身を寄せをらん子よりの電話ひたすらに待つ 池野國子(島根)
わが町の前浜に着きし八戸の船は漂流三月経しとぞ 細道千代子(北海道)
夏空に青きシ―トを載せし屋根みえて地震より五箇月がすぐ 西名啓子(宮城)
避難所を三度移りて四箇月友はやうやく仮設所に入る 塚田ミツ(秋田)
東より風の吹く日は目に見えぬ原発汚染の不安がよぎる 斎藤ケイ子(福島)
放射能汚染気にして日々すごす父の新盆に家族等集ひ 吉田雅子(福島)
筍やタラの芽さへや風評の被害にて友出荷あきらむ 柳沼喜代子(福島)
    「タラ」は原作では漢字表記
ひつそりと静まる此の町放射能に脅えて子供を外にいださず 小澤光恵(千葉)
度々の強震にわれは一人居の戸を開けおくが習となりぬ 佐藤允子(宮城)
ひたすらに映像見つむ放射能飛散地域にわが千葉もあり 鈴木早苗(千葉)
新米のセシユ―ムヨ―ソの測定をするとふ放送わが町にあり 斎藤松枝(千葉)
入院の夫に鮭の一切れを包みて朝の始発者にのる 工藤チエ(青森)
杖をつき八十三の誕生日津波の瓦礫みつつ迎へり 大塚晶(岩手)
崩落の壁の修理も終りたり夏の日差を眩しく反す 猪俣聰子(福島)
原発の内部被爆の不安もち此の地離れず生きゐるわれら 小池サチ子(福島)
ひと度は泥水かぶりしわが稲田放射能被爆の検査待ちをり 佐藤文子(福島)
陸前高田の被災の松の送り火は浜の夜空に赤く燃え立つ 木村紀代子(東京)
夏来るも長袖を着て窓開けず南相馬に友は暮しぬ 藤山久枝(茨城)
  
  平成二十三年十月号
明方の余震の中にめざめしが起きてかぎりなしこの寂しさは 板宮清治(岩手)
勝つときは勝つ運のあり世界杯女子サツカ―を見守り居れば 秋葉四郎(千葉)
仰ぎ見る滝に心のしづまらん富士湧水の瀑布とどろく 佐保田芳訓(東京)
思ひ立ちて寄りしわが店しづかなり入荷の機械鉄の香のして 黒岩二郎(長崎)
菜の花の黄の輝きの中にゐて津波に逝きし友のまぼろし 島原信義(宮城)
天蓋の激しくゆるるに僧二人ひるまず葬りの読経を誦す 八重嶋勲(岩手)
原子力建屋の傷みあらはなり映像揺れて恐怖をさそふ 柳照雄(新潟)
海嘯の瓦礫つむ磯やうやくに浜昼顔は小さき花咲く 小田朝雄(千葉)
百余日つづけば余震も親しきか自らの身が震度を計る 高橋緑花(岩手)
水張田も田植も見ずにこの年の前半過ぎたり炎暑のつづく 米倉よりえ(岩手)
梅雨あけの青田やしなふ水路にてひかりと影とともに流るる 樫井礼子(長野)
わが畑に積もるセシウム幾何か夕餉の馬鈴薯掘りつつ思ふ 吉沼良子(茨城)
蕗の葉の夏のしげみに音たてて突然の雨光りつつ降る 日高恵子(宮崎)
野の蕗もタラの芽も摘まずこの年は心茫々と日々を送りつ 宗像友子(福島)
    「タラ」は原作では漢字表記
幾ところ変へて避難をせし人ら仮設の住まひに移りゆきたり 佐藤順子(福島)
青々と芝生広がる公園に憩ふ大人も子供も見えず 吉田雅子(福島)
今もなほ余震のつづくわが家は平穏のなし一日とても 柳沼ステ(福島)
ひもすがら屋根より塀にまた根屋にめぐりつつ鳴く磯ひよどりは 嶝公夫(和歌山)
節電にて土日出勤となる孫が半夏生の朝早く出でゆく 市川勢子(埼玉)
モノレ―ル降りて仰げば三日月が軌道の上に光を放つ 積田優(千葉)
墓石群ととのへられて父の名を刻む一基の墓はあたらし 佐々木比佐子(東京)
陽炎に悪臭の刺すごとくたち風吹けどなほ被災地包む 山上浩二郎(東京)
被災せし気仙沼より青葉濃き六月十日かつをが届く 安部一子(岩手)
地震にて崩れたる山眩しけれ草木生えず暑き日に照る 阿部スミ子(岩手)
さびしさはきはまりにけり夏の日の空くれそむる港のあかり 菊池敬助(岩手)
雨露をしのぐ家あり命ありこの平凡が幸せと知る 斉藤玲子(岩手)
鶯のしきりに鳴きてのどかなり被災以来の二度目の住ひ 佐々木政子(岩手)
原発の事故にて休耕となりし田にしみじみとして雨ふりにけり 三浦弘子(福島)
津波のあと残る河川のなだりにて浜昼顔が湧くごとく咲く 齋藤すみ子(茨城)
津波にて四人のいとこ失ひし義妹は古里の葬儀に向ふ 片上千恵(愛媛)
長くつづく台風六号の暴風雨激しき中を避難所に行く 飯田久代(和歌山)
震災と老にわが身の疲れつつ梅雨のころより次々と病む 田村守(茨城)
   
  平成二十三年九月号
海嘯ののちの百日錠剤をのみて死を待つごとくよこたふ 菊澤研一(岩手)
夕凪の海の入日が九十九里浜辺の町の瓦礫を照らす 江畑耕作(千葉)
かなしみのきはまりゐたる美しささくらの花は天に輝く 黒田淑子(岐阜)
放射線取りこみやすき葉菜類怖ずるなく食ふ老の身あはれ 田野陽(東京)
庭先の車にてラジオ聴きながら津波に果てし友を悲しむ 島原信義(宮城)
高台に住みゐるわれら震災の停電三日一滴の水も出ず 菅原照子(岩手)
濠沿に今年も紅き立葵咲き梅雨晴の九段坂ゆく 戸田佳子(千葉)
放射能ここにも及ぶと子のために離るる嫁を送るほかなし 鈴木眞澄(千葉)
山近く避難せるわれ強風に山鳴る音をおそれつつ聞く 中村とき(岩手)
液状化したる姪の家に来て坐る畳に体かたむく 夏梅千代子(千葉)
砂遊びする児も散歩する老もなく死の如く静かなる園 佐久間守勝(福島)
二回目の余震に打撃受けし家黄紙貼られて人影もなし 近藤やよひ(宮城)
津波にて運び込まれて田の中に鰈烏賊など泳ぎゐるとぞ 石向登栄子(神奈川)
津波にて家失ひし妹が茶釜たづさへ移り来にけり 大越美代(岩手)
一日をかけて摘みたる二十キロの生茶廃棄す汚染のあれば 吉沼良子(茨城)
流されし娘の着物洗へども津波の汚れ消ゆることなし 高橋洋子(岩手)
種子蒔けど売るるあて無しとふ隣室の声うべなひつつ点滴をする 宗像友子(福島)
丈低き黄の薔薇の咲く庭に立つ心憩はぬままの百日 山本豊(岩手)
原発事故の放送続きて窓外に幼の遊ぶ姿のあらず 白井弘美(千葉)
身の疲れ心のつかれ癒ゆるべき眠りにあらず余震つづけば 菅原伸(宮城)
余震なほつづく明け暮れときながく病める夫とかすかに在りぬ 森美千瑠(茨城)
瓦落ち壁落ち仏壇倒れたる家に三月の雪降りつづく 柳沼喜代子(福島)
ひんがしの風に運ばれ来しものか放射線量わが町高し 小澤幹男(千葉)
逝く日々に心定まりがたくゐてミリシ―ベルト朝夕に聞く 桑島久子(福島)
原発に自衛隊員と警察官朝の時間に粛然と行く 鈴木進(福島)
職人も瓦も足りずなほされぬ屋根のシートに梅雨の雨ふる 猪瀬千代子(茨城)
わが義姉の合同葬儀に参るべし割当三人と連絡のあり 本田悦子(岩手)
放射線量身近となりて新聞の特集記事追ふ昨日も今日も 横山節子(埼玉)
モノレ―ル無人駅より乗り込みて中空をゆく街音遠し 積田優(千葉)
津波にて父母とその家失ひし友慰むることばさへなし 戸田民子(東京)
をりをりに雨の降り来る空の下ぶなの林はしろく明るし 門祐子(北海道)
    「ぶな」は原作では漢字表記
やうやくに木々の萌え初めし朝歩むこの平安の時を惜しみて 浅沼まつ(岩手)
津波にてわが知る十二人逝きたりと四月十日の新聞に知る 安部一子(岩手)
見る限り瓦礫の続く街なかに友を見舞ひぬ共に老いつつ 加藤洋子(岩手)
俺だけが残つたよとの声届く津波後三月気仙沼より 菊池敬助(岩手)
果てしなき瓦礫の中に道探す姉の事なきことをねがひて 菊池昌子(岩手)
震災前従兄の住みゐし家跡は場所さへ知れぬ海中となる 佐々木利子(岩手)
隣り家に被災せし人移り来て宵々の灯を親しみて見つ 島崎千鶴子(岩手)
嫁ぎ来て五十有余年培ひし田なるに今年作らぬと言ふ 佐藤ツギ子(福島)
天災と言へど窮まる世の移ろひ一夜明くれば避難民われ 三浦弘子(福島)
被災地の有様伝ふる自衛官の夫の声のかすかに震ふ 辻田悦子(三重)
被災地のことを思はぬ日のあらずただ祈りつつ三月が過ぎぬ 大津留偕子(福岡)
放射能の汚染地浄化の願ひこめひまわりの種あまた播きたり 山垣美枝子(福島)
震災前に作付したる馬鈴薯のセシウムの降る畑に育つ 大内典子(茨城)
地震に崩れあらはに白き山膚の見ゆるもあはれ春逝く峡に 田村守(茨城)
地震後の瓦礫の中に少女立ち毛布をまとひはらから探す 平塚節子(茨城)
被災地より預かりし子ら帰りゆくやうやく新学期始まらんとして 小木野ふき(群馬)
避難せし日の食事には胡瓜一本四人にて食ひ涙も出でず 白石久子(岩手)
被災地へ届けと弁当五百食作る主婦らの熱気漲る 柳沼帝子(岩手)
  
  平成二十三年八月号
うらうらと春日さす日々放射線おそれてこもる家ぬちさむし 近藤千恵(福島)
食へることねむれることを考へるただそれだけの一日もあり 佐藤兵一(福島)
窓破れがれきの中に形のみ残るわが家に声あげて泣く 中村とき(岩手)
臘の灯を消したる外は強震の震ひし土を月光照らす 米倉よりえ(岩手)
津波すぎ瓦礫起き伏す町のうへ境もあらず春の雪ふる 石川節子(岩手)
庭畑のもぎし色よきさやゑんどう放射線気にし味噌汁とする 箱崎房子(福島)
    「もぎし」は原作では漢字表記
年内の収束絶望と云ふ記事にいよいよ心萎えゆくなり 大方澄子(福島)
幾百の松は津波に流されて遠き田の面に泥づきて積む 大友圓吉(宮城)
盲たる媼臥所に強震に逃げられる者逃げよとぞいふ 小川昌子(岩手)
津波にて歩行不能になりし友面変りゐて友とも知れず 中村リツ子(岩手)
二万余の人逝かしめし海なれど春日たたふる海うとみ得ず 沢田令子(岩手)
軒なみに塀崩るれば片付けの機械音日々街に轟く 平野里子(茨城)
折れ曲りなぎ倒さるる電柱の数をも知らぬ阿武隈川沿ひ 岩本旬二(宮城)
亡骸の娘に着するものもなし家流されし姪を寂しむ 高橋洋子(岩手)
水もなく電気もつかず五日間生きる望みも半減したり 近江あやめ(宮城)
マイクロシ―ベルトいくほどならん空気吸ひ生きねばならぬ土地の物食ふ 宗像友子(福島)
風評を払ひて蒔きし大根の芽は春遅き畑に出そろふ 斎藤ケイ子(福島)
わが庭の点景となす置石の一トン余りが地震に動く 森美千瑠(茨城)
放射線数値を知ればわが畑に胡瓜茄子苗迷ひつつ植う 小野満朗(栃木)
原発の夜のニュ―ス見るにつけ胸の動悸はをさまり難し 荒川愛子(茨城)
余震なく心安けく満月をあふげるかたへ鈴蘭匂ふ 岩谷紀子(宮城)
原子炉に溶融おこり収束の見通しみえぬ日々不安なり 桑島久子(福島)
弟夫妻の安否知れぬに焦りつつけふも不通の受話器を握る 横山光子(宮城)
揺れつづく地震に棚の陶器玻璃落下しゆくを術なく見をり 猪瀬千代子(茨城)
食器棚両手に押さへひたすらに鎮まれ地震と神に祈りぬ 元木正子(茨城)
安置所に母を捜しし手掛りとなりし時計が時を刻みぬ 本田悦子(岩手)
屋根に張るシ―トに響く雨の音かかる明けくれいつまで続く 深谷粹子(茨城)
おほひたる瓦礫の中に埋もれゐし人を探せるうつつは重く 大村泰子(岩手)
見る限り瓦礫の続く中の道送る人なき霊柩車過ぐ 加藤洋子(岩手)
非常時ゆゑ?も点さず仏前に祈りてをればまた余震あり 上川原ツル子(岩手)
大津波被りし校舎窓窓に瓦礫銜へし如く立ちゐる 菊池昌子(岩手)
飽食の現し世なれど被災すれば戦後に似たりおにぎり一個 佐々木政子(岩手)
わが畑に菠薐草が育ちしに家族ら食はぬと言ひて捨てをく 佐藤ツギ子(福島)
やはらかき木々の緑に雨の降る放射線量下がらざる日々 大内典子(茨城)
ひと月余続ける余震するどくもひびく地鳴りにこころ疲るる 田村守(茨城)
相馬より辿りつきたる兄の子を囲み安らぐ今宵わが家は 小木野ふき(群馬)
地震にて烈しい揺れに脅えつつ足の震へに床踏みがたし 稲邊しづ子(宮城)
  
 平成二十三年七月号
いひがたき不安にけふも暮れてゆく余震はなほも日々に続きて 鈴木眞澄(千葉)
いづこへと流れゆきしか姉と甥巨大津波後十日を経たり 中村とき(岩手)
震災の瓦礫の中に平穏に在り経しころの写真を探す 佐久間守勝(福島)
六日経て水道管より頼りなき音に出で来る水ありがたし 安井はる子(千葉)
給水車の長蛇の列に加はりて椅子をともなひわれすすみゆく 近藤やよひ(茨城)
連日の余震におびえ放射能汚染を憂ひひと月が過ぐ 大方澄子(福島)
帰宅困難といはるる人ら絶ゆるなく午前三時の国道あゆむ 石向登栄子(神奈川)
海みゆる松の林の松の木は津波のために一木だになし 村田英子(岩手)
九十二の父の車にて非難せしが後追ふ津波に家流されぬ 佐川和子(岩手)
断水の続く三月天の恵み名残雪降り風呂桶満たす 西名啓子(宮城)
原発の事故の白煙昇りゐてその風下にわれは住みをり 佐藤拡子(岩手)
茫ばうと地震の翌日夫とわれ仙台の街歩みてゐたり 皆川幸子(宮城)
照る波と翳れる波のゆれ合ひて大津波きし浜しづかなり 小田島貞子(岩手)
父ははの避難所近き砂浜に流れ着きたり姪の娘は 高橋洋子(岩手)
出荷せし野菜そのまま返さるる見えぬ放射能の怖さに脅ゆ 日向野恵美子(茨城)
強震に家とび出せば頭上より電線打ち合ふ激しき音す 日下部扶美子(千葉)
日に幾度余震の続く日々にして心安まる刻なく苦し 近江あやめ(宮城)
作物や刈田も被爆せしといふ今年わが農いかになすべき 菊池トキ子(岩手)
何もかも空しくなりてこの頃は屋内退避に身を委ねをり 柳沼ステ(福島)
放射能の屋内退避の圏外にあれどわが町歩む人無し 桑島久子(福島)
原発より二〇キロの境には交通遮断に装甲車あり 鈴木進(福島)
風評の被害に耐へて村人はただ黙々と田起しはじむ 猪俣聰子(福島)
わが街に支援物資のとどかねば水団ばかりが五日も続く 小池サチ子(福島)
普段着のままに起き臥しいくばくの水を分ちて命をつなぐ 深谷粹子(茨城)
麻痺のあるわが身の避難むづかしく余震のをさまり息つめて待つ 山口保(千葉)
蝋燭のあかりを頼り犬とわれ暖房絶えし部屋におきふす 折居路子(岩手)
津波にて親と家とを失ひし娘にあひて言葉もあらず 藤原オイロ(岩手)
つき上ぐる余震に怯え朝を待つ大地震の日の夜は長々し 片山佐依子(宮城)
汚染水にて汚染野菜を洗ひつつ洗ひし水のゆく先思ふ 大内典子(茨城)
裏畑に草取りをれば大地震竹山めがけにげこみにけり 皆藤充孝(茨城)
日に幾度余震が襲ふかすかなる物の音にもわが身を構ふ 柴是行(茨城)
 (折居路子さんの「蝋燭のあかり・・・」の「蝋」は原作では正字表記)
    
 平成二十三年六月号
住む家を根こそぎ津波にうばはれし妹あはれ原子炉近く 佐藤淳子
原発の町より逃れ来し人ら国道四号線にひしめく 佐久間守勝
強震度の揺れに咄嗟に外に出でて桜桃の木に縋りつきたり 佐川知子
原子炉の破壊によりてわが近辺歩く人なしくるま通らず 柳沼ステ
息子をり原子発電業務ありトラブル起り一途に働く 鈴木進
畑中に這つくばひて堪ゆる身にこの世の終りの如き地響 小池サチ子
放射能漏れ拡大の三十粁圏内退避きびしかりけり 八木みさほ
気がつけば同じ向きにて筋をなす地割れの間逃げ惑ひたり 大森育子
寒空を被災せし地に向ひゆくヘリコプターの音日もすがら 岡田紘子
激震の中に患者を抱きつつ火を消せとわが大声に言ふ 白石久子
    
平成二十三年五月号
記憶する力むざんに衰へて昨日も遠く明日さへ遠し 四元仰
歳晩の漁りにいづる船音をききつつ眠る老の揺籃 堀和美
雪はれし今日吹く風の色を問ふいかに伝へむ子は目の見えず 角掛典子
夕ぐるる連山を統べたち上る阿蘇の噴煙恢々として 荒木精子
円かにも出でたる月か行く路地に人の香のある闇みづみづし 中村達
雪の山下り来りてこの広き浜の渚は波のとどろく 菅千津子
月残る寒き二月の中空にはつかに開く河津桜は 齋藤すみ子
日を浴むる雑木の枝はむらさきに淡く霞みて雪中にあり 安部一子
転任の教師を舟にて送りたるた鮹の浜港ちひさき入江 遠藤八千代
モラル無き落札価格に憤る三千万円の機器が一円 神田宗武
    
平成二十三年四月号
朝凪の海のひかりに照らされて梢しづかにたもつたかむら 青田伸夫
ひんがしの山よりいづる太陽が大雲海の表層照らす 大津留敬
白崎の白き岩群そこここに紀伊しほぎくの花残り咲く 細田伊都代
晩秋の墓地のめぐりは寒々し柿の実ふたつ空に明るく 甲斐隆子
朝の日のさしそむるわが前の山曙杉はひときは赤し 中根寿美子
大屋根の雪のしづるるにぶき音独りのわれの寂しき冬日 安田秀子
西空の雨雲を透くひとすぢの光のありて渚を歩む 佐藤靜子
張りかへし白木の床をかろやかに巫女の二人は舞ひはじめたり 南條トヨ子
ゆくりなき縁にしたがひ遷都千三百年の冬の奈良ゆく 大塚秀行
あふぎ見る塔頂五百メートルの工事の火花青くひらめく 比嘉清
    
平成二十三年三月号
朝茜の空をひたすら餌求め飛びゆく雁の声は切なし 片山新一郎
水光る沼をめぐりて枯萱の乾くおとたつ立冬の原 田野陽
母が逝きつれあひが逝き極まれる君の心に遠く寄り添ふ 長田邦雄
それぞれに夫と病みて過ごす日々部屋の明かりに冬の蝿飛ぶ 清宮紀子
妻のなき家事にもなれて秋晴れに洗ひしシーツを高だかと干す 山上蒼
夕暮のコンビナ―トの煙突に出づる炎の朱はうらがなし 原田美枝
枇杷の花咲きて音なき峡にたつはるかとなりし人のまぼろし 本間百々代
この家に嫁ぎて早やも六十年あけびの熟るる生家の恋し 野口登久
サマワより不意に夫の帰り来る夢に目覚めてよりどころなし  辻田悦子
病室のベツドの背をば起されて一匙ごとの飲食を待つ 刎勘助
    
平成二十三年二月号
一点の雲なく青き今朝の空老の心の爽やかにして 吉田和氣子
呼応する遠き鴉の声を聴く闇なほつづく夜明けの森に 内藤喜八郎
この夜のわれに聞こゆるものあはれ現の音かまぼろしの音 斎藤尚子
むらさきの実をひたすらに啄ばめり霧の中なる山の小鳥ら 小林智子
身の巡り人居ぬ如き寂しさやかかる思ひは今日のみならず 鎌田和子
彌彦神詣で罷れば秋の日に光りかがやくすすき穂の原 松本一郎
ただよへる柳の絮や対岸の若葉かすみてうつつともなし 近藤千恵
渡りゆく前の静けさ島山の高空を飛ぶ隼声なし 山口さよ  「隼」は原作では異体字
小月町を歩く老人背の高く話す言葉に維新の香のあり 井上力
夕されば森に響ける鳥の声あまた聞こえて遠近のなし 土肥義治
    
平成二十二年一月号
からたちの実を玩びゐしときにたちて消えゆく追憶ひとつ 菊澤研一
記念館いでて蔵王の月あふぐわが残生をみちびく光 秋葉四郎
声にせぬ言葉のあれば胸深くたたみていつか時の過ぎゆく 松生富貴子
わが前にふくらむ春の靄押して人なき朝の路上を歩む 島原信義
石群を光りつつゆく水の音おぼろの闇にやさしくひびく 森田良子
刈られたる田の香刈られぬ田の匂雨のあがりし道にただよふ 大方澄子
病床に九十一歳迎へたる父の辺明るき花かごを置く 横川ます江
片翼を立て白鳥はなめらかに池の真中の夕日にむかふ 岩谷紀子
懐かしく親しき顔の集ひたるわが町の敬老者千百人とぞ 三浦弘子
わが知れる血筋にかつて無き齢母は健やかに百歳を超ゆ 小池京子
    
平成二十二年十二月号
年重ね希み失ひ生きつづく空しきひと日ひと日を送る 荒木千春子
刈り入れもすみて静かになりし田にはや渡り来し白鳥ひかる 長栄つや
やうやくにひと日の暑さ納まりて谷より赤き満月のぼる 大野悦子
薪能の舞台の向う日の落ちて北アルプスの山なみ青し 樫井礼子
放射線照射はじまる電子音きこゆる廊下にわが夫待つ 石川英子
日の暑き火葬場跡への村みちに野ぶだうの実は未だ小さし 滝口恵美子
壊される旧昭和橋両岸の市民集ひて名残りを惜しむ 別府美江
目覚めつつ聞けば寂しき山鳩の間遠に低き暁の声 日下部守
水きよき霞ヶ浦に滅びゆく水草あさざ黄の花の咲く 井上力
遠き日の夫を思ひわれもまた心優しく迎へ火を焚く 小木野ふさ
  
平成二十二年十一月号
雨だれの聞ゆる夜半にしばしばも咳こみゐしが眠りたるらし 田野陽
健かに生き給ひたる母思ふ痛むところの無き百二歳 齋藤尚子
病院に病める子思ひ目覚めをり午前三時のかかるしづけさ 宮川勝子
カーテンの間より見ゆる暁の月すがしみて再びねむる 寺沢とし子
夕庭に蜩の声やみしのちうつつのわれによみがへるもの 中村達
建物のあひに光となりて見ゆ朝の運河に潮満つるらし 清水雅彦
をだまきが咲き桧扇の目にしむる茂吉生家の庭に佇む 鹿島典子
ぬばたまの夜空に光る夏の星大三角形は天頂にあり 花崎邦子
本籍として残る砂津三三七駐車場となり夜も賑はふ 山本芙美子
葦そよぎ薊の咲ける蓼原を九重下ろしの風が吹き抜く 小池正子
    
平成二十二年十月号
梅雨寒の今宵巴旦杏食みをればたちくる遠き日々うらがなし 松生富喜子
むらさきしきぶ細かき花の個々に咲き梅雨晴暑き庭に香のする 小林智子
大漁旗五月の海になびかせて新潮丸は北洋へゆく 堀和美
川靄の一面にたつ峡の道往き交ふ車午灯をともす 藤井富子
二日眠る周期にゐる友九十六歳われを認めて眼のひかる 細田伊都代
眼帯をはづせばやさし机の上に子の挿しおきし矢車の花 廣岡佳子
梅雨霧の晴れしあしたの日の光菖蒲の花の紫にあり 桑島久子
五丈原の丘に立てれば一望に漢中平野青限りなし 榊香壽子
命あるものの如くにはやぶさはカプセル落す地球の上に 三井文恵
梅雨ぐもる夕べむくげの白き花満ちてわが住む町の明るさ 真木慶子
    
平成二十二年九月号
たましひはここにやすけく鎮まらん銀の骨壷青の骨壷 秋葉四郎
垂直に柿の新芽のこぞり立つその葉も茎も青きひといろ 内藤喜八郎
雪解水勢ふ滝のとどろきと森吹く風にわれら声なし 早川政子
梅雨晴の日の暑く照るあやめ園百万株の中にわが立つ 猿田彦太郎
ありありてかにもかくにも傘寿なり父より子よりはるかに永く 相内友子
わらび摘む山の霧はれて見はるかす早池峰連峰朝日が照らす 八重嶋みね
群集の掛声ひときは高くなり御柱の建つ降る雨の中 日下部扶美子
片付けをし終へし後にも未だ長き夏至の夕べの時過ぎゐたり 佐藤佳子
夕つ方あゆむ校庭やすらぎは夏蜜柑咲く花の香にあり 大塚秀行
同日に手術せし人十五人サングラスして食卓にをり 本田悦子
    
平成二十二年八月号
人工のゲノム新たな生物の創造可能の代に神ありや 江畑耕作
夢なるか現か判断つかずをり寒く過ぎゆく晩春の日々 浅井富栄
世間より見放されゆく心地にてこの日頃なる店の閑けさ 鈴木眞澄
朦朧としたる意識にわが聞けば優しきものか妻の呼ぶ声 仲田紘基
衰へぬ寒気に籠る四月尽雷雨のあとの夕光明し 皆川幸子
子の縁談しづかに待てば庭にとぶ蜻蛉のあをき背みづみづし 中埜由季子
納税の用紙漸く書きをへし窓にいつしか春の雪降る 山本尚子
大規模のスーパー街に竣りたれば八百屋の息子命絶ちにし 鈴木芳子
何ゆゑとなく懐かしき思ひする冬の厨に韮の匂ふは 門祐子
唐突に母逝きてより五十年すぎて安けき残生に入る 本吉得子
    
平成二十二年七月号
飢ゑ死にせし友葬り来しコロ―ルの島に照りゐん今宵の月は 石井伊三郎
外海に出でしわが船帆を挙げて風にてしまし進む波の間 波克彦
トンネルを抜け出でしかば雪消えて笹群山の騒だつみどり 佐藤良信
花満つるしだれ緋桃のところまで杖もつ散歩の足を励ます 檜垣文子
数千のひよどり上空翻り朝の光を切るごとく飛ぶ 在川道江
かすかなる呼吸確かめ寄り添ひて握る母の手温かかりき 古賀泰子
やうやくに野焼終らん火の形小さくなりて午前二時過ぐ 青木綱子
長女家族と共に住みたる安けさや長く生ききし九十二歳 稲田安
母逝きて六十八年なほ恋し甘えしわれの七年の日々 刎勘助
いにしへのふたつの総の国境川が流るるわがふるさとは 山崎幸子
    
平成二十二年六月号
旧き友長坂梗の声を聞く歌をやめたるその声清し 吉田和氣子
陸橋の上より見えて心たのし売りしわがビル午后の日に照る 黒岩二郎
草茂る川の中州はいにしへの草戸千軒栄えしところ 島原信義
午前四時おのづと覚めて本を読むかかる老後に憂抱かず 金田武
ゆくりなきチリ大地震の余波ならむ五十鈴川の水ふくれて速し 谷分道長
島々に夜のあかりが点りそめ瀬戸はやさしき日暮となりぬ 田中則雄
自らを全て委ねて入浴すこの哀れさよ慣るることなし 石井靖子
強面の鮟鱇さばく店先にひとりふたりと足止めてゆく 元木正子
目下のこぶし一木咲きそめり心あかるくカーテン開く 田原キヨ
それぞれに心に秘むるものあらん言はず分るるつれあひ故に 富山才子
    
平成二十二年五月号
雪解の水をたたふる奥多摩湖めぐれる山々全山枯木 佐保田芳訓
二日ほど吹雪に荒れし杉森はやさしき今日の曇にしづむ 菅原照子
歳晩のひと日は晴れて東天にあざやかに照るうす青き月 大立一
時雨すぎし夕べわが家のうへ低くこゑあきらかに白鳥の飛ぶ 本間百々代
俄かなる暑さに冬着脱ぎ捨てて頼りなきまで躰の軽し 坂本信子
健かに夢に顕たれし人訪へば已にこの世を出でまし給ふ 長谷川淳子
七メートルの熔岩柱をわが仰ぐ万丈窟の奥深く来て 前田弥栄子
教壇をめぐる空気のやさしさはやがて教室すみずみに満つ 金井一夫
チリ地震の津波の及ぶ刻近く海を見つめてあまた人立つ 山崎祥子
戦ひの演習重ね二十年夫の思ひわれは知り得ず 辻田悦子
    
平成二十二年四月号
木の如くかわきて目覚む温風をさへぎる白きカアテンのうち 菊澤研一
北窓に反る光にひとときの部屋の明るさ冬至の過ぎて 黒田淑子
病より癒えて出でこし高津川眼に痛きまで雪はかがやく 水津正夫
何となく歩みきたりて冬やさし凪ぎて日の差す枯草の原 山下拓男
群生の蓮のとほくは淡紅のさだかならざる花もりあがる 上村閑子夫
時かさね思ひかさねて里人の踏みこし道ぞ大輪古道は 渡邊久江
夕映のしづかに暮るる頃ほひにわが寺門灯光定まる 石井清恵
診療を終へてバス待つ停留所午後の郊外われ一人のみ 浅沼まつ
一斉に芽吹き初むる牡丹五本夫遺しし花わが植ゑし花 我孫子正子
吹く風にさわぐ落葉の間より雀飛びたつ光をひきて 原公子
    
平成二十二年三月号
滝のべの暖地多雨林闇ふかくなりて原初の静寂のあり 秋葉四郎
一茎の弔花を捧げ持つ人ら清虔沈黙のその列うごく 四元仰
茜する前の明るき西空にかたちやはらかき冬の白雲 飯塚和子
ひとり来てあゆめば満つる思あり子の亡き街の小春のひかり 加古敬子
聾のわれ妻に従ふ砂利道に砂利を踏むらんまぼろしの音 柳等
をりをりのわれの嘆きも忙しなき日々の流れにまぎれゆくべし 戸田佳子
ものなべて白く静まりゐる午前小鳥の声を聞くこともなし 佐々木美代
吹き荒るる気配に耳をそばだてて臥るひと夜の独り居寂し 渡邉貞勇
師を偲ぶ会の一日とめどなく雨降る生誕九十六年 小野満朗
午前零時買物車押しながら媼は道を悠然とゆく 清宮恵理子
    
平成二十二年二月号
雨晴れて秋のひと日のひややけし杖つき帰る刈り田のほとり 板宮清治
勢ひ立つビルのあはひに暮るる空極みなきまで余光にきよし 青田伸夫
朝雲の流るる空の反映に谷杉の幹数限りなし 大津留敬
誘はるる電話かかるかと待ちわびる老の孤独は極まりにけり 二宮敏夫
おすこやかなご長寿祝ふとあとがきにありしが三月先生は亡し 中村とき
遠からずこの身葬る墓原と思ひて立ちぬうらら悲しく 佐藤みちや
おもむろに人に隔り在りふれば山茶花つぼむ立冬の庭 森谷耿子
刈り終るを待ちしごとくに降りいでし雨にぬれつつやすらぎ帰る 衛藤次子
群像の中にて光そそがるる阿修羅一躯に朱にほひ立つ (躯は原作では正字)佐々木比佐子
かすかなる気配にめざむ野をわたり吹く風の音雨のふる音 佐久間由起子
   
平成二十二年一月号
稲田吹く風のある朝熟れし穂にあまた置く露きらめきやまず 片山新一郎            
いたましき記事などを見ず世に離る如くに老の心を保つ 小山正一
蕎麦の花咲くころとなり母逝きし三十三年前のかなしみ 小田裕侯
わが歩む朝はつゆけき道の辺に一叢紅き犬蓼の花 田村茂子   
途絶えたる便り寂しみ思ふとき夜半のカリヨン寂しく響く 梅崎嘉明
ななかまどの朱実照りつつたつ影のさやかに午後の空晴れわたる 大方澄子           
寂しさを思ふ暇なく押し寄する用なしをれば夜の明くるらし 菅千津子
つば広き帽子かぶりて畑隅のはこべに坐る老の身清し 菅原雨耳 
激ち降る雨の帰り路湾隔つ明るき空は川崎あたり 志村照子   
街路樹の枝のそよぎは差し渡る月の光にしづまるらしも 佐藤静子
  
 平成二十一年十二月号
お会ひするすべなく過ぎし五年間眼離れぬ師の笑顔はや 江畑耕作
ありがたき四十余年のえにしにて恩をおもへば恩限りなし 秋葉四郎
亡きひとに最後のつとめ果すべく旧盆の日々歌集読みつぐ 田野陽
小松菜の苗を移植しゐ給ひき柚子の実稔るほとりの畑 佐藤淳子
逝きまして早やひとつきか志満先生悼みてわれは一日つつまし 角田三苗
主なき庭に野花は如何に咲く夏空青き午後の日受けて 波克彦
平易なる言葉親しくひとつ生を切々として詠みたまひけり 香川哲三
水の面にをりをり映る赤き蜻蛉かすかにすぎてわが師を悼む 津田成子
唯遠く仰ぐが如くをりしかど親しき思ひに悼みいやます 安部恵美子
悲しみて五百首あまりの添削を繰れば言の葉いまさらに沁む 田村守
   
平成二十一年十一月号
高層のビルに展ける朱の空よ東京港より吹く風ひびく 佐保田芳訓
梅雨明のありとしもなく八月に入りて雨の日曇る日多し 島原信義
畑のへを走る電車はその音の余韻とともに遠くなりたり 佐藤淳子
亡き人の声きくごとし寒き雲うつして広く水さわぐ田は 近藤千恵
長生きをして悲しとぞ遺されし九十五歳の先生の歌 戸田佳子
ただ一度まみえし人の逝きましし涙ににじむとこしへの夏 堀江登美子
たかむらを凌ぐ一本若竹のさやぐ夕ぐれとき永くあれ 森谷耿子
救急車呼びて高なる胸たたき林の道を駆けのぼりたり 大岡幸子
穂の出でし稲田の向う昼ながら灯りを点す新盆の家 羽藤堯
娘の幸を願ひて重ねし石三つ天安河原に瀬音清しく 中路尚子
   
平成二十一年十月号
馬鈴薯畑の上にて白き蝶ふたつもつれつつ飛ぶ空間まぶし 片山新一郎
雲間よりわづかに見えて昏れゆけり沖の落日海の彼方に 内藤喜八郎
現とも夢ともつかず茫々と過ぐる老の日とりとめもなし 浅井富栄
パソコンの画面を長く見て過ぎし午後風花がすがすがと飛ぶ 波克彦
日蝕のあはき光の及びゐる山葵農場サイレンが鳴る 樫井礼子
幼児もその両親の間にて離婚成立の裁定を聞く 小高千代子
断崖は海抜五百八十メ―トルヨ―ロッパ大陸ここに果てたり 前田留里
足腰を痛めしさまの媼にて田植の差配声高になす 矢野洋子
二千人予約の患者ありといふ病院のうち整然として 有馬典子
女生徒の素足すがしも紫陽花のさかる石段雨にぬれつつ 石ケ森やす子
  
 平成二十一年九月号
一部屋の家に一年住みて来し終の住家はここかと思ふ 荒木千春子
今日ひと日トラクタ―にて代を掻く一町歩田の水に酔ひつつ 八重嶋勲
療養にこもる一日は長かれど磯ひよどりが窓かすめ飛ぶ 水津正夫
省みて七十余年は雑草のたね一粒のほどの生なり 高橋緑花
しがらみの一切を捨て老人の施設に兄は入りて清しき 高野スヱ
死に近き夫看とりて浮び来る五十余年の種ぐさの事 小野富子
集めたる柿の落花を浮かべゐる母のこころよいづこに遊ぶ 坂本信子
紅に咲ける睡蓮のしきつめし葉の上鷭のかるがる歩む 柘植佐知子
百歳の母を送りし向家の主は間なく病みて逝きたり 小池京子
ゆく春の光あつまる湖の辺りひな菊の花咲きみつる 山垣美枝子
   
平成二十一年八月号
夕ぐれとなれば不安の兆す妻もの煮るわれの側をはなれず 黒岩二郎
五月雨の強く降りつつ佐賀平野麦熟れわたる明るさのあり 大津留敬
ことごとく古葉を落としたる柏春の光に幹温まる 神田あき子
うら若き人の死心にひきながら摘む川海苔のやはらかき青 森田良子
ブラジルに住みて七十年いまになほ大和国原眼裏に顕つ 梅崎嘉明
移り来し施設にすぎゆく時ゆるくわれら二人の日々所在なし 高松蔦枝
桃畑の紅淡くつづきつつバスの中にも香りただよふ 安田恭子
参道を大師御廟に膳はこぶ僧は素足に雪をふみつつ 石川英子
すみとほる声近々と暁の梅の林を河原鶸とぶ 中冨貴代
人を呼ぶボタンを握り臥してをり生の綱を抱けるごとく 新村翠
  
 平成二十一年七月号
「横請」といふ暖かき言葉にて仕事分け合ふ街ここにあり 渡辺謙
靄こめし海より湧ける波の音夕べ渚のわが身をつつむ 遠藤那智子
五月はも厳しと主治医の言葉にてただに驚くおのれの命 岩沢時子
宙をとぶ草ひとひらも採り得ずと妻幻覚の断片をいふ 上村閑子夫
塾の日のひとひ一日を守り来て夫の意志継ぐわが二十年 近藤やよひ
花の形そのまま散りし桜にてひとつひとつの影道にあり 本間百々代
軒下に積む薪あまた乾きゐて空家多き村のしづけさ 遠藤八千代
遅れゐしわれの仕事を気遣ひて草取り呉れし母は世に亡し 佐々木利子
鳥の影しばしよぎれるあとさきの静寂のあり春はやき湖 勝又暁子
間伐と枝打ち終へし杉林晴ればれとして広き朝明 村上勝史
   
平成二十一年六月号
土ひくく紫を敷くすみれなど見ゆれど歩み寄る対象ならず 長坂梗
雲暗き空の果てなる夕明りさむざむとして時雨はれけり 加古敬子
親兄弟相つぎ失火に逝かしめて遂に孤児たり甥子のあはれ 小田朝雄
黄砂降る街を歩めばうつしみの心寂しき午後三時すぎ 清宮紀子
ありなしの風に遊べる柳など萌えてはつかの緑をいだく 石川節子
田の水にゐる白鳥も土に居て眠る白鳥も声なき冬日 斎藤茂
一里坂手前に続く迎へ火の炎うつくし国道の闇 岩谷紀子
廃止近き夜行列車に客はなく見る人のみがホームに集ふ 塩島翔
子をたより近くに移り来し家の夜の雨寂ししみじみひとり 米山郁子
タミフルを飲みたる孫の目がうるみ家族全員に緊張はしる 高名稔
   
平成二十一年五月号
池に置く籠の小魚くちばしに銜ふる翡翠のうつきしき青 田野陽
かすかにて人の立居の音きこえわが住む高層寒夜明けゆく 飯塚和子
おもむろに夕べとなりし境内に咲く蝋梅の花明りたつ 石井伊三郎
孤立して牧野に草食む牛の群夕べは影の如くよりそふ 長栄つや
火葬場のあたりは今もさびしくてわが眼にことし始めての雪 堀和美
札幌の朝まち寒く吹く風はをりをり優しきリラの香運ぶ 草葉玲子
こと多きわれのめぐりに芙蓉咲き昨日の花殻ひそやかに落つ 大西通子
月あかりの深き森にて生活あり窓に明るく灯を点す家 小島玉枝
体内に潜みし腫瘍この小さき肉塊に翻弄されしわが日々 菊池悦子
暁の駅に始発を待ちゐたりめぐりほのかに雨の香のして 多昭彦
   
平成二十一年四月号
濃紺のあかつき空にかがやける落月静かに時はゆくべし 吉田和氣子
暗みつつ明りつつ降る今日の雪家にこもりてとりとめもなし 小田裕侯
三度目の手術時間の長かりきベツドに眠り思ひ茫々 木村龍二
わが心遠く展べゆく如くにて寺の晩鐘野辺渡りゆく 熊野育枝
銷川の堰のいくつに水光のたちて流るるけふの晴天 猿田彦太郎
病める人逝く人多きわがめぐり老かさねつつ年あらたまる 長谷川淳子
病院のベツドのすみにうづくまり姉はかすかな命を保つ 内藤春子
菊売りしわづかの蓄へ支へとし年越す四人の家族つどひて 伊藤淑子
川の面を覆ひつくして立ち上るけあらし零下十二度の今朝 波岡澄子
冬晴の蛇崩道に見上ぐれば桜紅葉の色あたたかし 丸山紀子
   
平成二十一年三月号
足萎のわれひとり見るさざんくわの花を啄む鳥も来れよ 江畑耕作
長くして病みつつをれば底ごもり持つ悲しみを人知らざらん 小山正一
聾われのめぐりくさぐさの音満つる様を想ひて安からなくに 柳 等
黄葉のくぬぎ林に放牧の牛らはひかりに紛れつつゆく 船河正則
夕雲のあはひに星のはや光る短日にしてこころこほしも 鈴木眞澄
夜勤者の首にかけゐし部屋の錠生あたたかくわが手に移る 元田裕代
癒えぬ足いたはり行かな片貝の川辺につづく冬草の道 依田絹枝
人逝きてこゑのなき庭清き尾の鶏一羽日を浴びあゆむ 津田成子
うす雲の移ろひ早き午後の日の光の中に水菜を洗ふ 千葉令子
夕暮るる広野を見れば水漬きて処処に墓石の建てるしづかさ 佐久間由紀子
   
平成二十一年二月号
夜すがらの雨の晴れたる桜島人の香のなし熔岩の原 秋葉四郎
風の日の窓よりみゆる冬木立ひと木ひと木の振幅さびし 青田伸夫
平成九年以来病み継ぎ衰へてつひの三月は言葉なかりき 長田邦雄
湖岸に黄の葉ひろげて立つ櫟雨後の光をしづかに収む 大立一
夜となりてまだ静まらぬ春嵐家ゆるる度蘇るもの 中村達
遺産といふ財みな捨てしわれの身にあたたかく照るけふの冬日は 中埜由季子
秋晴れの続ける日々に臥してをりこの空白の時うめがたし 富山才子
わが余命いくばくならんか来し方を顧みるとき苦しき一世 小澤幹男
にはか雨上がりし道の水溜をりをりに差す光をすくふ 門祐子
亡き父の介護ベツドの在りし位置に母は小さく坐り居間せり 白土久美子
   
平成二十一年一月号
眠食をむさぼるとなくおのづから爪髪枯れて人をにくまず 菊澤研一
かすかにてサボテンの花ひらきをり円かなる月光れる下に 松生富喜子
中庭の草生にひばり生まれたり空広き施設受刑者暮らす 黒田淑子
城取りといふ遊びなど楽しみき村にあまたの子らをりし日々 仲田紘基
家ごとに花を育てて静かなり町を統べゐる一すぢの道 清水芳子
花原に薄雪草のなびきつつ蔵王山上風荒く吹く 前田弥栄子
たどきなく歩むわが前声かけず夫の自転車すぎてゆきたり 北舘紀佐
活断層の上の水田は隆起して亀裂を水の流れゆくらし 菅原勝利
土に咲く茗荷を摘みてほのかなる匂に思ふちちははのこと 田中五子
人の歩みに合はせて山の道をゆくよき石あればそこに休みて 有吉芳野
    
平成二十年十二月号
峡深き池に秋日のとどきをり羽虫ら光の外に遊ばず 大塚栄一
三十度超えたる夜の部屋の中一人静かにまなこを閉づる 畑山覃子
行く道に稲の花の香広くわたりわが悲しみも紛れゆくべし 米倉よりえ
黄に熟れし稲田すがしく空晴れて断雲ひとつ動くともなし 三浦禮子
七千の花房垂れて日に映ゆる藤の一木は幹太く立つ 仲田紘基
予告なく値上げされゆく鋼材の価格はすでに昨日にあらず 志村照子
黄月忌歌会に続く宴にも常のごとくに君いまししに 石塚浩
心筋にステント入れて生きてゆく日々に小さき希望をもちて 山下登志子
雨晴れし庭にそよぎてさはやけし秋冥菊の白のひと群 浦靖子
ガラス戸の外は小暗き森の中木の間に光る半月赤し 町田のり子
    
平成二十年十一月号
暁の空に輝くひとひらの雲見てゐしがうつつにかへる 松生富喜子
木津川の広き流れの沈下橋日傘をさしてゆく人のあり 三浦てるよ
佐太郎に文明にまみえし日ははるか茫々として歳月は逝く 梅崎嘉明
原油高日々更新し苦しみてガソリンを売る夫と二人 岩瀬和子
雨の降る音聞えつつ太陽の沈む明るさその空にあり 日下佳子
黄に点る橋の灯洩れてゐる水面くろき利根川潮満つるらし 樫井礼子
勤行の太鼓に目覚めし幼児が声なく一人歩み出したり 菅原雨耳
心病み生れてすぐに逝きし子を悲しむいとまなかりきわれに 工藤百合枝
木の香る家に一夜のとまどひは青き灯りに赤きセンサー 有賀優子
十か月献体の済み帰りたる骨壺の父わが手に抱く 太宰理恵
    
平成二十年十月号
梅雨晴の朝日さし入る病室にうつつに遠き思ひに眠る 浅井富栄
われの身を叩き叩きて看護師が名を呼びつづくその声遠く 近藤清子
梅雨ふけて庭の紅萩咲く花のあかるくわれの憂ひをひらく 船河正則
悲しければ悲しきままに涙出でゆりの木の影しく坂をゆく 戸田佳子
海底よりあがれる海女が火を囲むめぐり明るき水仙の花 鎌田昌子
貰ひたる猫死にゆきし寂しさや横尾忠作うつつに遠し 本間百々代
十年を単位に生き来し日ははるか一年単位に祈るごと生く 石井清恵
あらき呼吸収まりし夫の頬伝ふ涙拭きつつ思ひ果なし 我孫子正子
余震続く一日すぎゆき天空に小さき月は光を放つ 斎藤玲子
何処にも青きあふちの花咲ける長崎の街島原の山 河野恭子
    
平成二十年九月号
わが建てし本社ビル売らんと決断すそれより沈黙のこの一時間 黒岩二郎
ただざまに海になだるる岬山の葎に咲けるひるがほの花 神田あき子
副業の煎餅製造が社を支へ銚子電鉄畑野を走る 小田朝雄
わが未来おしなべて知る相共に子のなき姉を看取りつつゐて 早川政子
まぐさ負ひしとど濡れゐる父と牛田植近づく朝の夢にて 金子十郎
わが顔の母に似て来しこといふを聞きて詫びをり母百二歳 女鹿洋子
夫逝き子が逝き孫と嫁とわが生日六月つつましくゐつ 宗像友子
起きぬけに今日もお世話になりますと呆けし母が頭を下ぐる 河野映子
クロアチア・スロベニアの旗それぞれに高くそよぎぬ寂しき境 叶玲子
七十余年連れ添ひし人逝きてよりこころおぼろの姉を寂しむ 大森恵美子
    
平成二十年八月号
春宵の酔余のあゆみ懈けれど月の光はさはりなく差す 青田伸夫
春寒く暮るるこの宵時ながくかみなりが鳴るいたく静かに 飯塚和子
鉄線の花庭先に開きそめ昼吹く風にきらめき止まず 石井伊三郎
過ぎゆきのなかに未来があるといふ残年われに否も応もなし 田村茂子
戸を開けて初めて今日の風に逢ふ病みあがりたる肌にやさしく 長栄つや
日をつぎて瞼の弱り現身はまなこ瞑りてもの食ふあはれ 北舘廸子
中耳炎病めるわが耳朝夕に疼きてやまず咳すればなほ 鈴木淳一
朝の光浴むる鶏舎に二千羽のにはとりがゐて吐く息白し 加藤洋子
若葉もゆる公孫樹並木路歩みゆく今宵の眠りさやかなるべし 角田美和子
篁の幹の打ち合ふ音きこえ風吹くひと日筍を掘る 藪内真智子
    
平成二十年七月号
菜の花のさかりと思ふ遠くよりみゆる畑は黄の一いろに 内藤喜八郎
集まりて君を歎けばさむざむと三月尽の雨降り止まず 小田裕侯
欠食の続けば粥を待ちゐたる白く光りて澄みゐたる飯 伊藤妙子
柚子いくつ手許にしばしひき寄せて冬至の風呂に心の遊ぶ 大田いき子
降る雨に風の出づるを寂しめばはや暁のひかりとなりぬ 鈴木眞澄
山いくつ越えゆく辺路にかすかなる集落ありて梅の花咲く 荒木精子
たけき音ともなひ水のほとばしる千度に焼けし熔鉄のうへ 西澤悟
アパ―トにひとり身をおく境涯に今宵の月は余りあるなり 石ケ森やす子
姑に仕へて友は五十年一人となりて支へ失ふ 河野博子
かがよへる水田のはてに咲きさかる桜しづけし峡の高空 佐藤静子
    
平成二十年六月号
花時を過ぎて散りゆく梅の花庭土白く寂しきなかに 香川美人
傍に眠る夫をしばし見つ結婚五十七年の朝目覚めて 多田隈良子
冬海の漁夫の捜索打ち切りの儀式「浦じまひ」寂しき言葉 加古敬子
五十年前と変はらぬ柔和なるこの一人悠然と会社率ゐる 古賀雅
七十歳のこころ徐に展くるか春たつころの夕べの明かり 末成和子
そこなはず擒へし魚かとびてゆく鶚の趾にひかりのうごく 上村閑子夫
きれぎれに見し友の夢おもひゐつ午前三時に静かなる雨 在川道江
荒れし田にわれは来ぬれば涙出づこの田に稲を植ゑしは遥か 佐伯和光
作意なく話す言葉も行き違ふ耳衰へし老の身二人 鬼丸早苗
脳を病む妻を看とりて十五年馴れし動きとやさしき声と 藤岡春江
    
平成二十年五月号
七箇月のみどりご這ふこと覚えしにわが側にくる瞳あかるく 板宮清治
再発のきざしなけれどなきままに病み納め得ぬ一年はやし 田野陽
くもりつつ日暮るる冬至の街上に雨の降りくる白く光りて 佐藤淳子
転移癌担ふ聾われ腰痛に苦しむ妻とのひと日またひと日 柳等
積雪に梢の遠き杉木立日のたけしかば雪の香うごく 檜垣文子
起き伏して雪つむ広き牧原は天地の境なきまで吹雪く 石川節子
傾けるままになほ立つ土の塔八角七層庇を持たず 冨田善一
冬霧の奥処に浮かぶ滝ひとつ見えて届かぬその水の音 伊藤チセ子
雪未だ残りし畑に雨の降る朝あたたかき土の香のして 吉田芳枝
ゆくりなく湧ける寂しさ咲く梅に優等劣等なきを思へば 山本和之
    
平成二十年四月号
さざんくわの花を渡りて蜜を吸ふいまだ幼き冬の鶯  江畑耕作
うつしみの四肢はかたちのなきまでにかくすがすがと焼かれ給ひき 四元仰
細々と黒煙の立つビルありて朝の街空音なく広し 齋藤尚子
高層の病室に身を哀れめば一筋の川街を流るる 高橋緑花
夫ゐる家に帰らん錯覚を時に持つなどうつつのさみし 秋吉幸子
厚き雲被ふ有明海の果ゆふべかすかに黄の余光あり 原田三枝
贈らるる胡蝶蘭の白春をよぶひかりとなりて花垂るる枝 森谷耿子
三百年のやまももの厚き葉に触れてわが手にひびく闇みづみづし 中埜由季子
夕ぐるる世田谷の空整然と列なし飛べる幾十の雁 戸田民子
着信の楽が突然鳴りひびく亡き弟の携帯電話 勝又暁子
    
平成二十年三月号
新しく雪被く栗駒山仰ぎあゆむ野の空動く雲なし 片山新一郎
沿ひてゆく小川の上流凍りをり去年の水去年の時をとどめて 秋葉四郎
雨上る強羅に荒き風ふけば色とぶごとし紫陽花の群 高橋正幸
病みつぎし今年も遂に終らんか目覚めて寂し時雨降る音 宮川勝子
香にみちて花もかがよふ夜となりぬ月下美人の花開くとき 安川浄生
裏の家の庭に三種の木槿さくそれぞれ逝きし人植ゑしもの 楠川和子
川の水涸れて寂しき赤谷川よどに山女の泳ぎゐるなり 笛木力三郎
うしろ背に首さしのべて憩ひゐる白鳥の傍しづかに通る 比嘉清
初日拝む母はつましく百一歳なほすこやかに生きたまふべし 千葉千代子
日を継ぎて友逝く報に積む思ひきれぎれにして遠き幻 松本トモエ
    
平成二十年二月号
西窓をあけてももみぢ日の入りは昨日よりやや南に寄りて 長坂梗
夜すがらの暑さしづめて月の上に金星輝くあかつきの空 黒田淑子
九千部の峰に笹雲滞り北より時雨の雨となるらし 大津留敬
死を告げて有線放送鳴りひびく昨日につづき今日また一人 水津正夫
立冬のゆふべ茜のまぶしきに一群の雁つばらかにゆく 近藤千恵
晩秋のたかき鉄骨に作業する人ら動けば光も動く 大平洋子
穏やかな性格と人われに言ふ主張なき者は常にさびしき 松帆喜美代
あたたかき秋の曇に小鳥らの声は聞こえず病の床に 中村淳悦
記憶なき母を偲びて七十年われの寂しき一生終らん 安部スミ子
天心を分けて東に茜雲西には蒼き満月のあり 伊藤春枝

   
  平成二十年一月号
渦を巻き北上し来る大風を待つごとくゐつ秋晴れひと日 吉田和氣子
夕ちかきころむなしきに上空の雲みだれつつ形うしなふ 菊澤研一
改めて整へし畑柔かくこのしづかなる土に日は満つ 長田邦雄
十九階の窓より見ればいつさいの街音のなし秋の日の中 岩沢時子
海橋に見放くる海に浮くごとき灯の集団はわれの住む町 高野恵美子
高層のビルに沿ひつつとぶ鳥がつひにその上越ゆることなし 中村達
青空に椋鳥の群ひるがへる朝日の光及ばざるころ 元田裕代
雨あとの晴れし光にさはやかに秋海棠の花のくれなゐ 高本輝江
脳出血して千五百日か杖つきてわが家にもどる秋晴れの道 山口保
押し車に身を任せ歩く母の背に明るき秋の日は柔らかし 羽島孝子