二〇二一(令和三)年十二月号
仙石原の宿に籠りてテレワークしをれば午すぎ雷雨のしぶく 波克彦(神奈川)
除染にてりんごの樹皮を悉くはがしゐる友暑き日のなか 近藤千恵(福島)
稲妻の鋭き音も搔き消され豪雨車道を叩き響けり 小川明(東京)
豊かなる未来祈りて百一歳のわが手に重きみどり児を抱く 中村とき(岩手)
立春を過ぎて大雪降りしかば客まばらなる店にわが立つ 猿田彦太郎(茨城)
知らざりしこと多ければみづからを恥ぢつつ見たるパラリンピツク 仲田紘基(千葉)
亡き後のこと言ふ妻も聞くわれもさりげなくして夕飯終る 杉本康夫(埼玉)
台風のあとの朝空澄みわたり友の形見の玉すだれ咲く 細貝恵子(埼玉)
配信の動画にアツプされゐたる原本「茂吉の日記帳」読む 前田弥栄子(千葉)
二階より見ゆる多良岳連峰の今朝は霞みて黄砂降るらし 六田正英(長崎)
二〇二一(令和三)年十一月号
とこしへに続く命と思はねど友逝きたればほとほと悲し 多田隈良子(米国)
そびえたつ空中楼閣のごときものビル上端のラウンジともる 中里秀男(東京)
激動の昭和を超えて平成に令和と生きて白寿に近し 梅崎嘉明(ブラジル)
目ざむればかすけき音の聞こえきて暁雨のふりつづくらし 元木良子(徳島)
四か月かけて仕上がる大屋根を見つつ涙があふれて止まず 腰川昭子(千葉)
老ゆるとは寂しきものかことごとく人を恃みて暮しをささふ 森美千瑠(茨城)
暑き道来りてしばし蔭広きアメリカ楓の木下に憩ふ 鈴木八重子(岩手)
宵闇の庭にし咲ける白粉の花のさやけさ今日黄月忌 畑岡ミネヨ(岩手)
しろじろと社務所のたたみを照らす月夏越の幣を折りつぐ夜に 南條トヨ子(埼玉)
二十七歳の息子看取りし夫とわれ互みに老いてその事言はず 右田恭子(島根)
二〇二一(令和三)年十月号
スーパーに鮨買ひて食ふ子供の日孫居ぬわれ等かく慎ましく 田野陽(東京)
職域接種済ませたりとぞ次男より夕べささやけきメールの届く 鈴木眞澄(千葉)
夫との仲らひ六十三年ぞ足病み入院六度目となる 池野國子(島根)
四時間をかけて花びら開きたる蓮に静かにつゆの雨降る 仲田紘基(千葉)
雨境峠にむかひ行く道のところどころに四照花さく 依田絹枝(長野)
新緑の谷間にそへる狭き道コロナ禍さけて歩む人々 長谷川淳子(京都)
十万羽の真雁一斉にとび立ちてウトナイ湖の上列なしてゆく 濱口美佐子(三重)
気象現象さまざまにして川霧が夕べの土手越え町になだるる 及川良子(宮城)
からうじて心保ちしこの夕べ友がたまもの梅の実漬くる 折居路子(岩手)
鳥のこゑ花の輝きあびながら人なき道をはればれと行く 佐々木勝則(神奈川)
二〇二一(令和三)年九月号
ゴルフ場の芝丘動く影のなく明方の日の照らふ静けさ 大野敏夫(神奈川)
離れ住む無人の家は村祭り終りてみかんの花咲く頃か 檜垣文子(愛媛)
今年また路傍に赤き立葵さけばしきりに亡き父こほし 戸田佳子(千葉)
長征の再突入の残骸がモルデイブ近くに落下せしとぞ 林眞須美(山口)
梅雨の間の日ざしに匂ひたつごとく花ばな開くあぢさゐ通り 草葉玲子(福岡)
雲動く空見えながら山法師並木の道に光あたらし 小川昌子(岩手)
梅雨晴れに東京湾の波ひかり夏至の夕日が時長くさす 小高千代子(千葉)
満々と水張る湖水に咲きほこる桜一樹の花の清しさ 山形礼子(青森)
弟の納骨終へて盛岡の蔦の葉あかき寺町あゆむ 佐々木比佐子(東京)
ワクチンを待ちゐる間に変異種の感染にはかに広がり始む 工藤妙子(北海道)
二〇二一(令和三)年八月号
わが生みて育てし息子が六十歳定年退職となりて驚く 森田貞子(兵庫)
夜となれば老いのみとなるこのホーム夕餉のすめば物音のなし 小山正一(新潟)
先生の白梅歌碑の前に座し四元仰の旅立ち伝ふ 小林智子(長野)
肋骨の打撲の痛みに耐へ耐へてわれの五月の連休終る 平抜敏子(宮城)
コロナ禍の終息見えず入院の夫と会へず一年近し 上田婦美恵(静岡)
月のなき空と海とを二分けて島の街の灯音なく清し 早川政子(広島)
紫のにほひまつりか咲く庭に季節はづれの寒き雨降る 小池早苗(愛媛)
うす暗き斜面をおほふしやがの花ほのかに匂ひ花明りたつ 永原竹子(石川)
朝の日の及ぶ萌黄の山の面をしづかに雲の影はうつろふ 髙橋ノブ(岩手)
突然の入院となり家族とふよるべなき身の憐れさを知る 佐藤順子(福島)
繰り返しアクセスしたる深夜にてワクチン接種予約の叶ふ 前田弥栄子(千葉)
勤務者の少なき家電量販店ここにも及ぶコロナの影は 藤島鉄俊(千葉)
生きること死にゆくことの尊厳を自らに問ふコロナ禍の日々 長谷川真由子(京都)
河岸に傾きて立つ黒き幹被爆えのきに水照りやまず 清水勝子(広島)
昭和より平成令和を建て替へて明治の建物つひに失せたり 足立セツ子(大分)
汚染度の積まれて十年人住まぬ町に辛夷の白花ひかる 鈴木桂子(福島)
二〇二一(令和三)年七月号
やうやくに春になりしと思ひつつ独りの縁に時をつひやす 加古敬子(愛知)
自粛するわれを憚りゐるならん一年ばかり息子かへらず 渡辺謙(神奈川)
付け替へる橋の袂に建つ家を持ち上げ曳家の工事始まる 垣内家惠子(三重)
感染のクラスター収まる白馬村雪山見んと久々に来つ 樫井礼子(長野)
登り来しはわれ等のみにて山また山国見ケ丘の昼のしづけさ 井上孝(宮崎)
入学式オンラインとなりマスクする孫を画面にひたすら探す 日下部扶美子(千葉)
一日の感染死者数四千人そのブラジルに孫帰り行く 白井弘美(石川)
ミヤンマーを旅ゆく道の看板に幾たびもみきアウンサンスーチ 大貫孝子(東京)
三月の庭に梅咲き椿さく那須に移りて再びの春 守屋はるみ(栃木)
わが畑に来て唐きびを喰ふ狸雪積む庭に足の跡あり 千田マス子(岩手)
二〇二一(令和三)年六月号
コロナ禍に葬儀の出来ず四十年交り深き人を見送る 佐保田芳訓(東京)
気忙しく所移して目白飛ぶ寒さ戻りて降る雪のなか 大田いき子(島根)
簡素なる衣服に花の髪飾りアウンサンスーチーいよよ老いたり 中村達(愛知)
放牧の青草ふみて立つ牛らみなたくましき隠岐の島山 菅千津子(愛媛)
池の面に風紋のたつ夕まぐれ群れゐる鴨は陣をくづさず 田丸英敏(東京)
夕光の空にひとたびまぎれたる衣笠山にとほく日がさす 中埜由季子(京都)
お好み焼作りて一人の雪見酒楽しむ雪のなほ降りつづく 河野映子(大分)
フロントに行けば笑顔のコンシエルジユ言葉交はして心は和む 長内ふく子(北海道)
火星にて吹く風音を聴きてをり味噌汁にほふ朝の厨に 岡田紘子(岩手)
夜の雨上がりし朝青空に山茱萸の黄は輝くばかり 田代直美(福岡)
乾燥の続く如月わが町に原野火災のたびたび起る 池田せつ子(千葉)
十年目の激しき余震にをののきて眠れぬままに夜明けを待ちぬ 今井洋子(千葉)
二〇二一(令和三)年五月号
六か月の療養のさま死のさまを隣床の人伝へ給ひき 八重嶋勲(岩手)
帰り来る人なき暮しにいつか馴れ夕早ばやと玄関とざす 福田智恵子(東京)
コロナ禍に明け暮れし年もすぎゆきて曇に明るく菜の花の咲く 森田良子(熊本)
遠近の山につづける一月のわが立つ丘は風ひかりあり 鎌田昌子(岩手)
再びは渡ること無き廊下なりホスピス病棟その奥にあり 大友圓吉(宮城)
十年余夫の介護に明け暮れていま自らの限界に耐ゆ 山内聖子(青森)
千枚のソーラーパネルに雪積もり午後の光のなかにしづもる 山本豊(岩手)
長兄と次兄の突然死八十代病むなく痛まず静かに逝けり 安田恭子(千葉)
ホームステイ永く続けば恐れゐし歩行の不自由現実となる 小山孝子(京都)
コロナ禍のこの世に生なき父ははの晩年おもへば心のさわぐ 上野千里(千葉)
妻逝きて早や七回忌コロナ禍の下にひそかに子等と弔ふ 六田正英(長崎)
二〇二一(令和三)年四月号
わが縫ひし服を喜ぶ客ありて忙しく楽しかりし若き日 森田貞子(兵庫)
遠くより泡だち岸に寄する波冬の寂しきひかりをはこぶ 山口さよ(三重)
自粛してひとり正月迎ふるに台風なみの風吹き荒るる 堀和美(香川)
花赭くなりて散らざるくちなしの花を吹きゐるゆふぐれの風 清水雅彦(神奈川)
体調を維持するために日々歩く道につつじの花返り咲く 杉本康夫(埼玉)
山近き杉森暗くしづもりて気温三度の雪の村道 永原竹子(石川)
やうやくに寒気やはらぐ街川のうへに乱れて岩燕とぶ 坂本信子(宮崎)
マスクずらし病廊を行くわが夫と位置を隔てて頷き合ふも 小林ミツ(岩手)
コロナ禍といへど己の病にて大病院に人のあふるる 積田優(千葉)
人工の星かとしばし眼をこらす雪雲あつきおくがのひかり 高橋とき子(秋田)
弟のいまだ回復せぬままに千両万両朱実かがやく 青木伊都子(千葉)
二〇二一(令和三)年三月号
朝の日のかがやく空を帰りゆく今年の雁をつぶさに送る 近藤千恵(福島)
もの食ふも老は大儀か食終へし百歳のわれ大きく息す 中村とき(岩手)
陶石を採りてほろびし島山の一つ夕海の光にあらは 荒木精子(熊本)
列島をコロナ第三波の襲ふ日々紅き山茶花うれひなく咲く 安井はる子(千葉)
谷川岳伝ひ氷河に抉られし一の倉沢の断崖のぞく 関正美(東京)
採れたての白菜レタス両の手に持ちて友来る鶴飛ぶ夕べ 木下田都子(鹿児島)
過ぎ去りし九十年を思ひつつシヨパンのノクターンたどたどと弾く 平井直子(愛媛)
かぎりなき銀杏落葉の風にとび道の明るし町の明るし 花咲邦子(埼玉)
しろたへの砂ひろがりて石いくつ置く寺庭に満つる静けさ 大塚秀行(東京)
地吹雪の中をはしれる自動車のライトおぼろに路面を照らす 佐藤静子(秋田)
二〇二一(令和三)年二月号
コロナ禍にかかはりの無く季の過ぎ洗足池に公孫樹かがやく 波克彦(神奈川)
難聴のわれ聞き難くマスクして会話をするは悲しかりけり 村上時子(愛媛)
声のみの響きて寂し星もなき暗き夜空を白鳥渡る 佐々木勉(秋田)
玄関の戸口まできて息たえしまひまひひとつ冷ゆるあかとき 中里秀男(東京)
脱穀を終へし刈田に放つ火が他の面を低く燃え移りゆく 藤井富子(島根)
姉の手術終はらん頃かコロナ禍に看取り叶はず見舞叶はず 本間百々代(千葉)
書画まなぶわれにもさみしコロナ禍に関はる押印廃止のニユース 森谷耿子(東京)
わが村に出没したる熊一頭昼ごろ畑にて老夫を襲ふ 向宣子(石川)
池岸のひよどりばなを遷りゆく浅黄駮斑は時をいそがず 安藤勝己(岐阜)
仮設なるPCR検査室冬木の中に明かりのともる 雨宮慶子(東京)
二〇二一(令和三)年一月号
○ 菊澤研一(岩手)
むらぎもの蕩揺に似てなかぞらにただよふ月を星は見らんか
星かげのあまねき夜はふけゆきて日付替りしのちいかにある
月のなき天のひろさやしろがねの星のひかりを研ぐ風のおと
月あかき夜空にあそぶ龍族は星を食らひて日なかはねむる
咲く薔薇に官能ありとおもほゆれ花を出で入る熊蜂のこゑ
○ 秋葉四郎(千葉)
視界なく降りしきる雪に閉ざされて米沢あたりか列車過ぎゆく
トンネルを出でて車内の眩しきは窓近き木々雪凍り付く
米沢を過ぎれば雪無く暖冬の水田に水の豊かに光る
寒に灼け緋褪色なす杉叢が上山近き山々に見ゆ
茂吉記念館佐太郎室が相次ぎて「短歌」のグラビア飾りき今年は
二〇二〇(令和二)年十二月号
終熄を見ぬウイルスを懼れつつ令和二年も後半に入る 田島智恵(群馬)
すこやかに夫と旅せし日のはるかサハラ砂漠の朝明の雨 鈴木眞澄(千葉)
感染をおそれていまだ六郷川越ゆることなくわが夏終る 清水雅彦(神奈川)
ちちははの忌日九月の日のひかり浜菊の白涼やかにして 森谷耿子(東京)
遠々に白山連邦仰ぎつつ禊萩の花咲く道歩む 永原竹子(石川)
生きねばと闘病つづけし遠き日に心支へてくれし子二人 安田渓子(青森)
出荷する米百袋に記名する夜の灯火に汗ぬぐひつつ 宇野公子(三重)
上空を啼きながら飛ぶ白鳥の翼が冬の日に透きとほる 佐々木比佐子(東京)
秋の野の山辺へつづく長き道尾花は白く夕日に光る 柳生明子(香川)
山裾に車を置きて訪ね行くブーゲンビリアの花垣の家 山上みづほ(愛媛)
ひと叢の庭のあぢさゐ薄紅に色さだまりて梅雨のふけゆく 安藤勝巳(岐阜)
父母子らの居たる過ぎし日思ひつつ迎へる盆の灯一人点しつ 尾高節子(千葉)
しばしばのやませに青く稲の立ち蟬のこゑさへ久しく絶ゆる 立花良孝(岩手)
二〇二〇(令和二)年十一月号
十五年通ふ病院にかつてなき緊張ただよひ人ら声なし 坂本信子(宮崎)
コロナにて休みし歌会再開の友の電話の弾みたる声 木下田都子(鹿児島)
わが開けし戸を次々に閉めてゆくコロナウイルス怖るる義母は 向宣子(石川)
やむをえず家族葬とふ弟の葬儀偲びて庭に草引く 菊池トキ子(岩手)
六月の青葉風吹くこの昼に約束ありて来る人を待つ 竹川侑子(秋田)
一人娘のわれをこよなく慈しみくれたる母の灯籠おくる 戸田民子(東京)
わが街の生活用水湛へたる湖しづかにて梅雨降りそそぐ 尾崎玲子(千葉)
かなしみはとめどもなくて下りし庭秋海棠の白き花咲く 大畑千代江(島根)
第二波のコロナ感染おそれつつ施設の介護夏に入りゆく 上野里代(長崎)
振り返れば多忙極めし一年の決算増収増益といふ 神田宗武(千葉)
緑濃き奥入瀬川の遊歩道滝のしぶきに淡き虹立つ 成田光雄(青森)
立ちをれば背に止まりて啼く蟬にしばし不動の姿勢を保つ 加藤陽子(岩手)
降りつづく雨の激しさ濁流となりて荒ぶるわが街川は 高井須磨子(岐阜)
二〇二〇(令和二)年十月号
省みる九十年の生涯の是非を自問す梅雨くらき午後 檜垣文子(愛媛)
人の世のかなしき風にいとけなき水子地蔵の風車鳴る 森田良子(熊本)
いつ迄も空の明るき夏至の頃夕餉の支度の時間に迷ふ 橋本倫子(福岡)
遠くまで青田の光波なして夏ふかまりし風にしたがふ 畑岡ミヨネ(岩手)
耐へ難き戦の日々の甦りコロナウイルス終束を待つ 小山孝子(京都)
夏草の茂れる丘にほのぼのと咲きたる合歓の花の明るさ 佐藤静子(秋田)
コロナ禍にてしづまりかへるわが街にけふの夕日があかあかと照る 横山節子(東京)
故もなく不安わきくる梅雨寒の夕べはかなく月見草咲く 岩澤とし子(千葉)
コツプ酒口に運ぶ手震へゐき病み細りたる晩年の父 林田美奈子(千葉)
波しぶき纏ひし蓑にふり払ひ沖差しおらぶなまはげ凛々し 高橋重光(岩手)
二〇二〇(令和二)年九月号
四十か国の人らインターネツトにて会議に集ふわれもその内 波克彦(神奈川)
コロナ禍に友とも会へず行く先は病院のみぞこの三月ほど 鎌田和子(北海道)
コロナ禍の今年も路傍に立葵さきてわが町梅雨の近づく 戸田佳子(千葉)
やうやくに十分間の面会が許され夫の顔はればれし 太田たみゑ(静岡)
おだやかに令和の明けてわが知らぬ父果てし戦も遠くなりたり 草葉玲子(福岡)
四箇月振りの歌会にオンライン参加もありて皆活気づく 本間百々代(千葉)
赤き灯に燃ゆるがごときアラートの都庁舎つゆの夜空に高し 森谷耿子(東京)
悔のなき一日一日を生きゆかん左腎臓摘出の身は 羽藤堯(岩手)
降る雨に落ち敷く楠の小さき花足にやさしき土手道をゆく 清水勝子(広島)
在りし日に夫の植ゑたる白牡丹咲き継ぎ迎ふる十三回忌 佐藤マツエ(岩手)
二〇二〇(令和二)年八月号
ウイルスをおそれてこもる日のつづき放埒無惨の晩春となる 四元仰(埼玉)
衰老の身をばホームに養ひて保つ残生に何を恃まん 小山正一(新潟)
八ケ岳いただきの空ひかり満ち令和二年の初日かがやく 小林智子(長野)
八年の仮設暮しを耐へ凌ぎ新居に移りし友をよろこぶ 堀和美(香川)
宵はやき風呂場の窓に末枯れたる裏の葦原草明りする 藤井富子(島根)
先々を言ふ妻いまを嘆くわれ互に老いて孤独を託つ 杉本康夫(埼玉)
朝あけに何をねらふか前傾し鴉が屋根に足踏み直す 管千津子(愛媛)
一日に五粒の薬二十年飲みて八十のわが日々はあり 高橋洋子(岩手)
もう一年又一年と続けたる高齢者四人の短歌会閉づ 菅原伸(宮城)
降る雨に咲き極まれるしろたへの牡丹はららく土にやさしく 鹿島典子(千葉)
コロナ禍の日々を慎み家居する庭にさかりの躑躅を見つつ 猪瀬千代子(茨城)
訪ね来し佐千夫の生家晩秋の庭に紅のばら咲き匂ふ 中田球子(東京)
家にては見せぬ寂しき顔をして夕べの路地を妻帰り来る 小堀高秀(埼玉)
マスクつけ会話すること六時間仕事終れば足元揺らぐ 八鍬淳子(千葉)
広田よりふりさけ見れば冷々と阿夫利大山三月の雪 佐々木勝則(神奈川)
二〇二〇(令和二)年七月号
花満つる藪つばき窓に近くあり一羽の鳥のあそべば揺れて 加古敬子(愛知)
整ひし三光鳥の声を聞く四月一日雨の降る朝 太田いき子(島根)
如月のわが生日にスイスより賞を与ふと知らせのありぬ 土肥義治(神奈川)
往来の繁き通りの上翔びて烏は人の暮しおそれず 長谷川淳子(京都)
やうやくに意識もどりしわが腕に点滴の雫光りつつ落つ 河野映子(大分)
わが街にコロナウイルス発生の情報入りて一夜眠れず 山形礼子(青森)
満開のさくらに積もる春の雪半日降りて町に音なし 花崎邦子(埼玉)
春雨のやみし狭庭にしろ冴えて咲く木蓮のはなのすがしさ 松井藤夫(秋田)
磯の香の充つる答志の港の辺島人黙し若布仕分ける 村松とし子(三重)
寒き風吹く春の夜の中空にスーパームーンかがやき放つ 藤島鉄俊(千葉)
二〇二〇(令和二)年六月号
すくひえぬ命と思ふものながらこの哀みの長かりしかな 中里英男(東京)
月のなき空と海とを二分けて一直線の島の灯清し 早川政子(広島)
風あれば風にのりつつ白鳥の羽は一瞬ひかりを放つ 坂下公子(岩手)
芥出し行くも帰るもリハビリと励む気力の寂しきものぞ 元田裕代(山口)
沈丁のかすかに匂ふ庭に立ち赤星山の残雪仰ぐ 平井直子(愛媛)
果て知らぬコロナウイルス拡散に心冷えつつわが手を洗ふ 浦靖子(埼玉)
一名の新型コロナ感染者出でて近隣子らの声なし 前田弥栄子(千葉)
施設にて長く暮らせば近隣はその死を知らずまた問ひもせず 田中京子(北海道)
肺炎に息つめ暮らす日々なれど庭の牡丹の芽はほぐれ初む 磯谷英子(千葉)
山茶花の花の終りて茂る葉に冷たき二月の雨降り止まず 柴田照子(宮崎)
二〇二〇(令和二)年五月号
銀色にひかりてのぼる冬の月去り来し家の夜空恋ほしも 飯塚和子(神奈川)
産卵の亀の来る日を待つ渚明るき砂に春の雨降る 仲田紘基(千葉)
風邪気味となりていつしか十日過ぐ新型肺炎ニユースの最中 小田那美江(愛知)
霜のなき庭ゆゑ宿根草の群れ葉のすこやかに冬の日々すぐ 有馬典子(千葉)
白鳥の空渡るこゑ聞こえつつ立春過ぎし部屋にまどろむ 山本豊(岩手)
信濃路のみづうみ氷に閉ざさるる夫とわれの育ちしふるさと 守屋はるみ(栃木)
てかてかと庭の山茶花照らしつつ令和二年の日が昇りくる 及川良子(宮城)
山峡に今年も伊予柑色づけば畑に励みし亡き友思ふ 小池京子(愛媛)
立春よりつづく寒さに決意して血圧降下錠剤を飲む 比嘉清(千葉)
けものらの足跡みえて雪原がおだしく今宵の月光を受く 鈴木八重子(岩手)
二〇二〇(令和二)年四月号
奥多摩のつらなる山に光たちふたご座流星群はかなく終る 佐保田芳訓(東京)
台風の事無く過ぎしと思ふ朝雲低く満ち再び風雨 古賀雅(福岡)
朝の日のかがやくときに帰りゆく今年の雁をつぶさに送る 近藤千恵(福島)
湧きいづる水に揺れつつカナダ藻のかすけき花は冬の日に咲く 荒木精子(熊本)
寒くなりしとはなすともなく妻の言ふ霜月ゆふべ日の暮るるころ 竹本英重(愛知)
蓮華岳鹿島槍ケ岳五竜岳きはの青空に雪けむり立つ 樫井礼子(長野)
清めたる息子の墓に暖かき令和二年の光がそそぐ 日下部扶美子(千葉)
幾年も帰宅叶はぬ避難者は親と子の家別々に建つ 吉田雅子(福島)
見はるかす日光連山雪かぶりわが北窓は冬に入りたり 小野満朗(栃木)
この大地揺るがすまでの春嵐寂しさ常なる瀬戸は白波 藤原佳壽子(愛媛)
百歳を目標にせる体操会心ひとしき人らの集ふ 千葉令子(岩手)
二〇二〇(令和二)年三月号
大岡川かつて溢れし名残にて川辺に死せる人の墓あり 渡辺謙(神奈川)
来客のなければ予定の畑仕事終へて一人の夕べはさびし 平抜敏子(宮城)
あたたかき再建の家に三年住み感謝限りなしわれの余生は 中村とき(岩手)
余光なく冬の日くれてたちまちに寒さ深まる十二月尽 石川節子(岩手)
風のなく晴れたる冬の朝にして遠き渋谷のビル群靄る 田丸英敏(東京)
夕早く飯を済ませて眠り待つ会話なければ憂ひ少なし 皆川幸子(青森)
バイカル湖の対岸ひとところ雲切れて空光るなり湖光るなり 青木義脩(埼玉)
かつてなき酷暑の日々を老二人部屋に篭りて息しゐるのみ 新宮哲雄(大分)
おごそかに夜空すぎゆく一列の光は衛星六十機とふ 河野恭子(大分)
長雨の晴れたる庭に散り敷ける山茶花の紅色あたらしく 岩澤とし子(千葉)
二〇二〇(令和二)年二月号
賢も愚も混沌としてあるがままひと日はすぎん立冬のころ 四元仰(埼玉)
わき上る大洲盆地の白き霧あらしとなりて肱川下る 村上時子(愛媛)
群れなして鮭のぼり来る奈曽川は朝の寒気に霧の湧きたつ 佐々木勉(秋田)
冬木々の枝芽吹かんか峡の路夫の亡骸にそひて帰り来 大野悦子(埼玉)
台風のなごりの風が吹くさ庭柚子の青実に昼の日のさす 清宮紀子(千葉)
九月ともなればコーヒーの白き花咲き満ちて広く香り漂ふ 梅崎嘉昭(ブラジル)
台風に幾千の屋根こはれたり青きシートにけふも雨降る 猿田彦太郎(茨城)
秋晴のひとひの光かたむきて永観堂禅林寺照りかげりする 中埜由季子(京都)
遠くもる野蒜海岸に寄する波千余の人を呑みし海なり 岩本旬二(宮城)
雲の増す涸沢カールを歩むとき落石の音はかなくひびく 細貝恵子(埼玉)
白鳥の飛来待つゆゑ拵ふる田の水あはき陽炎のたつ 高沢紀子(石川)
この秋は羆の出没多くして放牧の牛また喰はれしといふ 盛川小重子(北海道)
二〇二〇(令和二)年一月号
○ 板宮清治(岩手)
風やみてビニールハウスの音はなく夕方の空あたたかくなる
夕日さす畑の中の彼岸花にぎはひて咲く朱あざやかに
○ 菊澤研一(岩手)
絹糸の縫目のごときかなかなのこゑ聞こえをり水ゆふぐれて
夏ふけし路をせばめてそよぐもの木草のみどり硬くなりたり
○ 秋葉四郎(千葉)
十五六の母なき学徒われのため親身に支へくれし姉逝く
瞬間の風速57・5メートル身構ヘ一夜眠ることなし
二〇一九(令和元)年十二月号
※
三浦半島よこぎりてゆく台風の鋭き音を夜半にききをり 飯塚和子(神奈川)
どの家も電気を待ちてしづまれる暑きこの夜の次第に更けて 鈴木眞澄(千葉)
午前四時過ぎて猛威をふるふ風眠れぬままに朝明けを待つ 清宮紀子(千葉)
ライフライン断たれて十日被災地の不安つのらせて再びの雨 森谷耿子(東京)
夜となり颱風はげしく吹く音に三百五十年経し屋根案ず 腰川昭子(千葉)
停電の続きて不安にゐる夕べ市の放送を耳すまし聞く 日下部扶美子(千葉)
やうやくに電気通じし従姉の家通電火災に納屋消失す 小高千代子(千葉)
雨漏りのはげしき食堂天井の板剥れ落ちなす術のなし 鹿島典子(千葉)
台風禍の庭に散乱する瓦汗したたりて日すがら拾ふ 鈴木早苗(千葉)
濁流にしぶきの上がる荒川を電車の窓に眺め恐るる 大柳勇治(千葉)
台風に庇テントの剥がされて店並びゐるところを通る 藤島鉄俊(千葉)
断水と停電続き九日間広報無線をひたすらに聴く 斎藤智子(千葉)
台風の通過の時か午前二時風雨はげしき音に目覚むる 磯谷英子(千葉)
彼岸ゆゑ公園墓地に人ら参る桜の倒木あまたあるなか 海保照子(千葉)
台風の去りしわが町昼夜なく救急車ゆき消防車ゆく 武井康子(千葉)
雨戸打つ激しき雨風夜もすがらわが耳襲ひひたすら耐ふる 森 好(千葉)
雨風の音の激しき夜半となり眠れぬわれは階下に移る 山崎幸子(千葉)
見込みなき停電つづく食卓に灯す蠟燭こころもとなし 渡辺美与子(千葉)
三浦半島よこぎりてゆく台風の鋭き音を夜半にききをり 飯塚和子(神奈川)
どの家も電気を待ちてしづまれる暑きこの夜の次第に更けて 鈴木眞澄(千葉)
午前四時過ぎて猛威をふるふ風眠れぬままに朝明けを待つ 清宮紀子(千葉)
ライフライン断たれて十日被災地の不安つのらせて再びの雨 森谷耿子(東京)
夜となり颱風はげしく吹く音に三百五十年経し屋根案ず 腰川昭子(千葉)
停電の続きて不安にゐる夕べ市の放送を耳すまし聞く 日下部扶美子(千葉)
やうやくに電気通じし従姉の家通電火災に納屋消失す 小高千代子(千葉)
雨漏りのはげしき食堂天井の板剥れ落ちなす術のなし 鹿島典子(千葉)
台風禍の庭に散乱する瓦汗したたりて日すがら拾ふ 鈴木早苗(千葉)
濁流にしぶきの上がる荒川を電車の窓に眺め恐るる 大柳勇治(千葉)
台風に庇テントの剥がされて店並びゐるところを通る 藤島鉄俊(千葉)
断水と停電続き九日間広報無線をひたすらに聴く 斎藤智子(千葉)
台風の通過の時か午前二時風雨はげしき音に目覚むる 磯谷英子(千葉)
彼岸ゆゑ公園墓地に人ら参る桜の倒木あまたあるなか 海保照子(千葉)
台風の去りしわが町昼夜なく救急車ゆき消防車ゆく 武井康子(千葉)
雨戸打つ激しき雨風夜もすがらわが耳襲ひひたすら耐ふる 森 好(千葉)
雨風の音の激しき夜半となり眠れぬわれは階下に移る 山崎幸子(千葉)
見込みなき停電つづく食卓に灯す蠟燭こころもとなし 渡辺美与子(千葉)
※
金属の入りて重たき右足を持ち上げてより寝返りをうつ 福谷美那子(神奈川)
仏飯といふは寂しきともどもに朝食いただき五十年経つ 山内聖子(青森)
戻らぬといふより戻れずなりしとふ原発避難者八年を経て 佐藤順子(福島)
まどかなる月を見上げてベランダに小さき炎の送り火もやす 比嘉清(千葉)
衝撃音立てて電車が通り過ぐ車の破片引き摺りながら 神田宗武(千葉)
二〇一九(令和元)年十一月号
火のごとき憤怒も愚痴もありのまま妻にきかしめて心しづむる 四元仰(埼玉)
恙ある老びととなり故郷の千年杉を今日きてあふぐ 小田祐侯(島根)
大凡は夏の光に育ちゆく早苗のみどり水に影して 大野敏夫(神奈川)
返り咲く紫淡き藤の花ひと月おくれの盂蘭盆迎ふ 平抜敏子(宮城)
かすかなる花らかすかの実を結ぶ紫式部木下の三つ葉 末成和子(山口)
消し来しが未だに残る薬毒に身は苦しみて臥所に転ぶ 後藤健治(福岡)
ゆく道の楝の花過ぎさびしきに今朝ねむの花の紅に会ふ 原田美枝(山口)
広沢の池に灯籠流されて見つむる人らの長き沈黙 長谷川淳子(京都)
ラーゲルの苛酷な日々を語るなく逝きましし父の遺影を見あぐ 木村公子(愛知)
ATM一台残し唐突に銀行支店はわが街を去る 佐瀬壽朗(岩手)
二〇一九(令和元)年十月号
還暦にて職を退くとふわがくすしさみしき言葉今日聞くものか 多田隈良子(米国)
夫逝き五十年長くすぎゆきて八十八歳の生日むかふ 村上時子(愛媛)
十七年臥しゐし人の訃報きく音なき梅雨の雨の降る夜 大方澄子(福島)
人の影人の声なき阿寒湖に打上げ花火さびしく終る 田丸英敏(東京)
百歳の叔母がホームに花活ける華道師範玉翠として 渡邊久江(埼玉)
月いまだ昇らぬ夏至の星空をヘリコプターの明滅移る 山本豊(岩手)
街の音遠くにありて萱草の花開きそむ梅雨の夕ぐれ 鹿島典子(千葉)
下山せしのちに降りたる大雨にウルバンバ川激流となる 細貝恵子(埼玉)
雨のふる夕ぐれ時の庭に咲く白き紫陽花ほのかに明かし 石川英子(愛知)
古里に慰霊のサイレン鳴り渡る君は還らぬままに二年 小林よしこ(福岡)
二〇一九(令和元)年九月号
今年またわが往反の道のべに立葵さき亡き父の顕つ 戸田佳子(千葉)
しなやかに木槿の若葉ゆるる朝母の祥月命日迎ふ 清宮紀子(千葉)
父ははは十人のはらから宝とぞ育て給ひき貧しき農に 佐藤スミヱ(大分)
日の入りしのちの光にしばらくは黄砂の滲む空の明るし 中村達(愛知)
満開のにほひまつりかの香たつ庭に一日の疲れを癒やす 小池早苗(愛媛)
朝覚めてをれば静かに降り出でて止むとしもなし冬に入る雨 新宮哲雄(大分)
震災にて崩れし石垣七千個の石積み直されて小峰城たつ 佐藤順子(福島)
とぼとぼと長き砂利道杖ひきて武蔵野陵にわれは詣で来 鬼丸早苗(静岡)
山深きわがふるさとはいよいよに消滅集落となる日も近し 尾崎玲子(千葉)
歯科医師の切り口上の説明も口開けをれば声発すのみ 大場わか(茨城)
つまづきてふみとどまれず転ぶなど老いを諾ふはけの長坂 小島玉枝(東京)
二〇一九(令和元)年八月号
過ぎ方の桜の花は降る雨に寒き光となりて散りゆく 佐保田芳訓(東京)
北上川より揚水のわが水田川の魚が時には泳ぐ 八重嶋勲(岩手)
別れたる夫は悩の病いえ大学教授となりて生終ふ 森田貞子(兵庫)
黄蝶とび白蝶のとぶわが庭よ春になりしと亡き人にいふ 加古敬子(愛知)
生あらば四十二歳の生日ぞ息子の遺影に令和を告ぐる 日下部扶美子(千葉)
歩みゆく白き参道にならび立つ北山杉のかたちさやけし 大貫孝子(東京)
空渡りゆくかりがねの声きこゆ平成尽くる四月の寒さ 石ケ森やす子(岩手)
さくら咲く街の西空丹沢が今朝雪山となりてかがやく 大塚秀行(東京)
くさむらのなかに紫蘭の花増えて人住まぬ庭花のさきつぐ 上野千里(千葉)
平成の御世惜しみつつ四月尽陛下の御言葉つつしみて聞く 羽多野茂子(長野)
二〇一九(令和元)年七月号
冷えびえとひと日の曇昏るるころ日向水木の黄のうすあかり 神田あき子(愛知)
添ひゆかん人亡く伴ふ人もなく一年経ちてまた梅の咲く 岩瀬和子(愛知)
いづこにもみにくき策動あるらんかSNSを見れば疲るる 樫井礼子(長野)
植木屋の編む青竹の四つ目垣棲み古るわが家の結界にして 森谷耿子(東京)
かにかくに平成の御代はありがたしたたかひなくて三十余年 池田禮(千葉)
シベリアに旅せし孫に伝へをりその曽祖父の抑留の日々 坂本信子(宮崎)
山小屋を出づれば立山夕映えて風紋の影たをやかに顕つ 関正美(東京)
帰郷せし子らと眠らん久々に人の香のする闇やはらかし 菅原伸(宮城)
身に近き人皆逝きてほとほとに寂しと思ふこの夕まぐれ 浦靖子(埼玉)
海沿ひの街の復興成らぬまま八年を経て新堤防立つ 相澤寿美子(宮城)
二〇一九(令和元)年六月号
書店なく病院のなきわが町はもはや住みよき町にはあらず 島原信義(宮城)
年老いて呆くるといへどおのづから人は境涯の影持ちて生く 小山正一(新潟)
吹雪やみし後の夕焼ことのほか輝きわたる三月二日 鎌田和子(北海道)
寛かに流るる大河渡り行く二千五百米のつばさ橋にて 小川明(東京)
風なきに散るべきは散りわが庭の簡素になりし木々に雪降る 池野國子(島根)
噴気孔のめぐりは雪の融けをりてはだらに赤き谷の静まり 仲田紘基(千葉)
雪降らず雨の降らざるきさらぎのわが住む空を帰る白鳥 菅野幸子(岩手)
三十年続きし歌会人減りて解散となるこの春寂し 橋本倫子(福岡)
三河なる丘のなだりの広き畑冬日あつめて甘藍きほふ 戸田民子(東京)
たわいなき言葉を残しわが夫は余命を二か月永らへて逝く 佐藤文子(福島)
二〇一九(令和元)年五月号
うつしみに筆もつことも久しくて今日の集ひに淚したたる 浅井富栄(島根)
傾きし日にてらさるるひと所森のなだりの木々は冬枯 飯塚和子(神奈川)
あらたまの年の光はながながと生き来しわれにもやさしく届く 山口さよ(三重)
葉も茎も枯れて水澄む蓮池に冬日明るく水鳥あそぶ 佐々木勉(秋田)
しののめの黒く棚引く雲間より日の出づるらしほのかに明く 堀和美(香川)
やはらかき窓のあかりが雪にさすこのつつましき家のあかとき 中里英男(東京)
久々に一夜降りたる冬の雨北上川の水盛りあがる 八重嶋みね(岩手)
飼ふ人のかなしみ思ふ豚コレラ三万頭の殺処分とぞ 鈴木ひろ子(千葉)
孫たちに冷やかされつつ歳かさねわが生日のエープリルフール 大里啓子(青森)
次々と葬儀の花輪を薙ぎ倒し赤城颪は吹き荒ぶなり 小堀高秀(群馬)
平成三十一年四月号
安穏の病み処の一夜かく明けてビルの上部に朝日差しくる 田野陽(東京)
池の空ひとときめぐり鷗らの一団岸にふたたびいこふ 佐藤淳子(埼玉)
円かなる夕月ひかりを伴はず暮るるに間ある街の親しさ 田島智恵(群馬)
三代の御代を生き来てすこやかに白寿とならん年を迎ふる 中村とき(岩手)
冬鳥の数ふえくればこもごもに鳴く声したし湖の辺の道 荒木精子(熊本)
ETCのバー目の前に跳ね上がる老鈍われに慣れ難きもの 中村達(愛知)
南天のあかき実冬日にひかる道秩父颪に吹かれて歩む 杉本康夫(埼玉)
たまはりし命とおもひ癌いえし夫と新春の光に憩ふ 安田渓子(青森)
戦争に線路供出せしこともありし小谷は今過疎の村 斎藤永子(長野)
玉石の清しき宮に神馬まつこの年つひの朔日参り 村松とし子(三重)
平成三十一年三月号
昼ながら物音のせぬ丘の道歩みてをれば限りなくひとり 黒田淑子(岐阜)
姿なく声なき夫を偲びつつ悲しき日々の今日も暮れゆく 中島良子(神奈川)
錦木の赤きもみぢに耿々と照る月未明の戸外のあかり 鈴木眞澄(千葉)
したたかなる時雨のすぎてわが歩む日暮の街に逢ふ人のなし 早川政子(広島)
仕事やめ機音のなき日々の庭金木犀の香り漂ふ 夏目冨美子(愛知)
ゆふぐれの時雨に濡れて遠くまでつづく桜のもみぢ明るし 草葉玲子(福岡)
われよりも生くる気力を持つ媼九十にして運転をする 中村リツ子(岩手)
引潮の海の静けさ寒空に白きユツカの花は咲きつぐ 藤原佳壽子(愛媛)
午後二時の日の差す銀座四丁目交叉路あゆみ襟巻を解く 佐々木比佐子(東京)
天空の駅と言はるる宇都井駅三江線も廃線となる 藤岡春江(島根)
平成三十一年二月号
夕飯を食へば用なき老人は明日の生命を臥して養ふ 長田邦雄(埼玉)
老々を恃む子供ら遠くしてうつつ今宵の火星煌く 大田いき子(島根)
朝まだき娘はスカイプ会議とふ時差七時間のスイスに居りて 林眞須美(山口)
移住者の途絶えて久し現今に生きつぐ移民は年毎に減る 梅崎嘉明(ブラジル)
さながらに彼岸に向ふ心地して車椅子にて花の中ゆく 細田伊都代(和歌山)
子がひとり住む高層の窓に見ゆ幹線道路の果ての満月 村瀬湛子(愛知)
山峡の底ひにひしめく源流の石青ければゆく水あをし 菅千津子(愛媛)
寺庭の斜面に枝垂れ咲く萩の白き花紅き花に雨降る 山本尚子(神奈川)
若き友に守らるる旅今日終へて九十二歳のわれの生日 中田球子(東京)
老いてこそ赤が似合ふと言ふごとし友がまた買ふ赤きブラウス 深谷粋子(茨城)
秋の日のひと日暮れつつ初冠雪の鳥海山におよぶ夕映 松井藤夫(秋田)
平成三十一年一月号
板宮清治(岩手)
午後の空くもりのままにすぎてゆき廊下を歩く影おぼろなり
地震起るありさま見つつひと日すぎ夕暮れの頃の空を寂しむ
菊澤研一(岩手)
残老をさまたぐるもの無しといひありといひわが過去を弔ふ
色のなき液体の香をもてあそびかつて乱れてはや力なし
秋葉四郎(千葉)
ひもすがら眩しき街が午後となり斜陽にビルは個々の影引く
白き雲の一群おもむろに移動して秋山蔵王晴れわたりたり