〔歩道賞 一覧(S36〜H14) 一覧(H15以降) 作品 S36〜49 S50〜59 S60〜63 H元〜14年 〕

 歩道賞受賞作     

   八 丁 堀       比嘉 清

三百年護岸をひたし潮のさす八丁堀の夕ぐれはやし
雪の降る八丁堀の舟だまり泊つるはしけのうごくともなし
流れなき街川照らす防犯灯素子発光の青ばむひかり
定年に帰ると告げて春まだきふるさと離れ十五年経つ
慣れがたき都市の生活かこつ妻思ひて三度住まひを変へき
残業より帰りて未だ片付かぬ仕事をおもふ自虐のごとく
わが生のおほよそ燃やし尽したるごとく勤めて定年となる
ひたすらに勤めし四十八年はただ生活の為のみならず
乳癌の妻の手術を見とどけて出勤したる日のよみがへる
子と離れふるさと離れ思はざる都市にわが住む定年の後
ふるさとの庭に咲く花ベランダに培ひ妻のうつつ慎まし
職のなき日々に食事を整ふる妻に負はるるごとき思ひす
老いたれど経験ありと勧められ八丁堀の職場に勤む
ふたたびの職得しわれの出勤を見送る朝の妻かひがひし
八丁堀の職場に近き大川のほとり歩めば潮の香のたつ
大川をへだつ向かうは佃島視界まぶしく高層ビル立つ
新しき職場に人の多からず湯茶の自給機置かれてゐたり
纏まらぬ会議続けば幾度もペツトボトルをわれは手にとる
拘束の時間に基づく報酬とおもひてゐたり会議の席に
やや強きビルの地震に沈黙す帰宅困難者になるやも知れず
赤穂浪士渡りゆきたる眼下まなしたの橋にくるまの往来絶えず
路上にて弁当ひさぐ車あり昼どきわれも列に加はる
工事つづく狭き通りに駐車して若き入らが昼寝してをり
広からぬ間口のならぶ商店街ながき不況をしのぎて来しか
河口近き波たゆたふる大川に水上バスの往還繁し
早春の光をかへし短艇がしぶきあげつつ大川のぼる
上司たりし人の急逝旅さきの携帯電話につつしみて聞く
おしなべて人には人の余生あり未だはたらく同期の友ら
ふたたびは住むことなしと決意してふるさとの家処分をしたり
古稀過ぎし心はげましゆく職場都市の柳の小さく芽ぶく




 歩道賞候補作(作者五十音順)

   北極光         大野悦子

頂上のなく梯形の山続き筋なす雪の朝日をかへす
年々に数粍東西に広がるとふ地球のプレートのあひだを歩く
風すさぶアイスランドの荒野ゆく色彩乏しく人影もなし
ストロツクルの間欠泉は空高く噴き上がり一気に風に乱るる
白濁の滝高きより紋様を織りなしながら真近くに落つ
やはらかく形変へつつ北極光空に広がり寒さ極る
満天の星をつつみてオーロラは幻のごとわが前にたつ
うつつとは思へぬまでにオーロラが闇に揺らぎて緑広がる
足裏に古代の息吹感じつつ熔岩原の草踏みめぐる
海水を導入してゐるプルーラグーン乳白色の温泉に入る



   施設に生きる      石井清恵

音たてて落葉散る音限りなく吾の心に還るすぎゆき
三度みたびもの大病越えしわが命仰臥といへど疎かならず
下半身萎えて施設のわが日々を逝きたる夫は知る由もなし
関節の徐々に痛みくる仰臥わが年重ねゆくは苦行にも似ん
身体の不自由分つといふ思ひありて入所の入ら親しむ
車椅子に廊下帰り来る媼らに湯浴みの後の柚子の香のあり
裏山の木々の風鳴り強くして冬至の空は荒く夕映ゆ
満天の星を仰ぎて迎へたり施設に生きつつ年改まる
戦時戦後すごししわれ等入所者はつながる思ひに話の尽きず
日本語の教師となりてベトナムヘ四月十四日娘発つとふ



   父のこゑ        門 祐子

ことごとく花芽を鳥に喰はれたる庭の桜が幹太くたつ
やり場なき思ひを言へば致し方なく聞きゐるか夫黙して
交流がインターネツトに多岐なれど背景に人の孤独を思ふ
日盛りといへども風の寒き道萩の花咲く光放ちて
ラジオにてプロ野球聞くが唯一の娯楽なりにき老いたる父は
父逝きて一年ぶりに遺書ひらき戻ることなき時をくやしむ
寡黙なれど己の意思を貫きて逝きにし父か今に思へば
わが裡に沈める澱をいかにせん吹雪の中をひたすら歩む
長き時間涙流せばおのづから泣くに飽くらし涙の止まる
雪山に差す夕光仰ぎゐて聞ゆるごとし亡き父のこゑ



   わが町         草葉玲子

高齢化すすむわが町ひさびさに鯉のぼり立つ丘の上の家
製鉄に栄えしまちの名残にて山のなだりは人家ひしめく
山の上の老の暮らしに今年より買物タクシー坂を行き交ふ
夏まつり近づくゆふべ稽古する子らの太鼓を打つ音聞こゆ
合歓の咲く木下に待てば遠くより来向かふ御輿のこゑ聞こえくる
乗降の客に開きしバスのドアなだれ入る?の声あらあらし
苗もらひ気乗らず植ゑしサルビアが季ながく咲きわれ楽します
街川をへだて防犯パトロールの一団がゆく夫も見えて
高台に空き家の増えて栄えたる町も高炉も遠きまぼろし
マンションの狭さ託ちて置きに来る子の荷に倉庫の片付きがたし



   アイスランド紀行    小堀高秀

噴火より数千年経て青あをと岩に生ふ苔弾力のあり
火山灰降りにしならん岩原に溶けざる雪は皆黒み帯ぶ
馬術用に輸出されゐる純粋馬みな脚ふとくたてがみながし
雲間よりときをり洩るる冬の日に遠き氷河は鈍くかがやく
                 
(スナイフエルスヨークトル)
街空に出でしオーロラ鮮やけく手に触るるほど近々と見ゆ
                 
(フルージル)
帯をなし渦をなしつつオーロラは潮引くごとく移りゆきたり
アラスカにまみえざりにしオーロラを長く見てゐつ冷え沁む庭に
難民を国をば問はず受け入るるアイスランドを親しく巡る
極北の旅の途中に歌友らと三・一一の黙?捧ぐ
とどろきて三十メートル吹上がる間欠泉は風に煽らる

                          (ストロツクル)



   朝 顔        佐々木 比佐子

あかときの起床は在りし日の父の習慣にして今日よりまねぶ
復学に苦しむわが日々朝顔のあらたにひらく花の明るし
光悦の書体に慣れしこの日ごろ嵯峨本の歌の翻字仕上ぐる
痕跡を重ねし地層よみ解けば過去に幾たびか大津波経る
帰途に聞くシユプレヒコール渦を巻くデモより歩みさかりて悲し
たやさずにペツトボトルの水を買ふ震災以降飲食のため
大震災のち一年が百年のごとしとしばし思ふ時あり
震災に遭ひ毀たれし亡き父の書斎に墨の小片拾ふ
亡き父の蔵書整狸の明暮に聞きし杜鵑とけんの声は鋭し
大津波しのぐ雄勝おがつの石を葺く東京駅の屋根今日あふぐ



   停 年        中村 達

呼ばずとも常身辺にゐたる子が何時しか吾より遠ざかりたり
昇りたる月の光の増す庭に草木親し立つものの影
病室の妻に添ひつつこの夕べ互に話す声ぎこちなし
いくたびも巣立促す親燕雛の口には餌を与へず
声にしてやさしき言葉わが妻に言ひたるのちのこの寂しさは
収穫の前の大豆が秋の日にそこはかとなく莢爆ぜる音
世の常といふといへどもわが口を出づる言葉の虚飾を疎む
廃線のレールを切断する炎青き火花が土に滴る
切断を終へしレールが運ばるる鉄の匂を雨に放ちて
七曜のけぢめさへなき日常にまだ慣れがたし停年ののち



   常ならぬ夜      長田邦雄

衰へし母を見舞ふは娘ゆゑ妻切実に時を惜しみつ
臥す母に添ふ妻廊下に過ごすわれ秋の一日は永く静けし
わが妻はその娘にて心落ちつくか添へばしばらく母眠りたり
薬にて痛み遠のけど相対に声力なし臥しゐる母は
母と子のかけがへのなき時間とぞ廊下に居りてその声を聞く
母の生命つなぐ酸素の響く部屋妻は声なく手に手を添ふる
常ならぬ夜といふべし命逝く母の手にぎる妻とわれとは
逝きし母を霊安室に安置して三人の寒き夜を過ごしつ
通夜守る妻とわれとはあらためて話すことなし一夜はながく
一生過ぎわづかに残る母の骨守りて帰る秋の日しづか



   類 火        本吉得子

わが生家燃え尽きしとぞ風荒るる夕べ突然知らせのとどく
類火にて全焼したる生家まへ涙あふれてわれはただ立つ
消防車のライトに照らされ焼けはてし生家よりなほも煙の上がる
夜の更けいまだ帰らぬ見物の入らが火事を語る声する
何もかも焼けて崩れしわが生家今朝しろじろと霜に覆はる
いつの日も言葉少なき父が今日母亡き後の寂しさを言ふ
火事の事おもひ眠れぬ父なるか寺の廊下を徘徊はじむ
新しき部屋の机に亡き母の写真を置きて香焚く父は
雨の後雪になりたる今日一日寒き納屋にて味噌の仕込みす
恙なく母より存へ雪のなか一斗余りの味噌焚きをへる




  
選考経過           秋葉 四郎

 今年の歩道賞の応募は、三十九編であった。応募作の名前を伏せた作品を選考委員の鎌田和子、波克彦、秋葉四郎の順で回覧し、めいめいが十編を選出した。その結果は別表の通りで、選考委員二人以上が採った作品を候補作とし、今年はちょうど十人、十篇となった。この十作品を、さる八月二十七日、歩道発行所に於いて、秋葉四郎を選考委員長として選考に当たった(鎌田委員は書類参加)。今年は、三人の選考結果がほぼ同じところに集まっていたから、問題は少なかった。全候補作をすべて読みなおし、十分に吟味した結果、三人が採っている比嘉清氏の「八丁堀」三十首が今年度の歩道賞に最もふさわしい作品と決定し、歩道賞を贈ることにした。
 「八丁堀」は、高齢を迎えた作者が、定年退職を機に、夫人と共に故郷を後にし、都市に移り住む。やがて、技術を買われて再就職する生活を背景にして、作者の人生をしみじみと詠っている作品である。子供たちもそれぞれ独立し、再就職をめぐる夫婦の絆も、作品の必然性をもたらしている。何よりも、全作品に流れる境涯を背景にした哀調が強く迫ってきた。抒情詩短歌、われわれの目指す純粋短歌になくてはならないものである。昨年も候補になった比嘉氏の力作「門中墓」にはなかったもので、この進展を私はことさらに高く評価した。永い人生の経験が自然にもたらしているものである。
 他の作品も今年も伯仲している。本吉さんの「類火」も、悲しい事件に、真正面から取り組んで力作である。ただ三十首全体になると前半と後半の作品に断層があって、全体から迫ってくるものがやや淡い。これは他の候補作にも言える傾向である。
 その他、高齢で頑張って応募している作者、新たに挑戦している作者も多く、こころ強く思った。私もいろいろなところで様々な短歌作品の選考をしているが、「歩道賞」応募作品のレベルは高い。共感する作品が多く、誇りに思った次第だ。今後も大いに挑戦していただきたい。(秋葉四郎)



  
受賞の言葉          比嘉 清

 
定年後の日々に、思いがけない歩道賞受賞の知らせが届き感激しています。私は、長年にわたり欠詠をした苦い経験があり、再び短歌に取組んだのは定年の直前でした。
 会社を退いてからは、短歌に集中することにし、若者に混じってカルチャー教室や歌会等に通いました。正直に言って余生に役立てればと学びはじめたのですが、次第にその魅力にとらわれることとなりました。「八丁堀」は、長い会社生活を一旦終えて再び勤めはじめた頃の下町を添景に、働きながら見たこと、感じたことを詠んだものです。定年前後の悩み苦しみも、短歌に救われたように思います。
 今後とも自らを表現できる短歌の素晴らしさをかみしめながら、事実の中の詩を大切にする純粋短歌の道を突き進んでいきたいと思います。会社を離れ、未知の土地で短歌を学ぶ私に、指導と励ましをいただいた歌友の皆様に感謝いたしますとともに、選考委員の皆様に心よりお礼申し上げます。



  略 歴(比嘉 清


昭和十六年六月四日生(大阪府)
平成五年十月「歩道」入会
住所 千葉県我孫子市