歌集『柘 榴』 大塚秀行
歌集『柘榴』は、宮城県に在住する大友圓吉さんの第二歌集で、平成二十四年から令和三年までの十年間の歌五百四首が収められている。
歌集は、東日本大震災後の大友さんの妻の病と寛解、弟の病と死、震災後の厳しい現実が綴られてゆく。
癌告知受けて一年薄氷踏む思ひにて妻を看取り来
寛解の妻と朝々体操をするこの幸に胸熱くする
弟は一人孤独に過ごすらん死を待つのみのホスピスの夜
看護師も気付かぬままに弟は病舎に一人生を終へたり
海に立つ虹を渡りて帰りませ津波に逝きし姉の御霊よ
五年経て津波の塩害収まるか荒れしわが田に白鳥もどる
そして、旅の歌が紡がれてゆくが、大友さんにとって旅は単なる物見遊山ではなく、自然の景に自らの生を投影し凝視する場でもあった。
茂吉の碑見んと来りて潟沼の岸辺尾花の立ち枯れて寂ぶ
秋芳洞打ち静まりて永劫の一水の瀝に石筍育つ
この山に母に心を遺しけん知覧飛び立つ若きもののふ
お互ひに老深まればこの旅が最後と思ひ奥入瀬歩む
波音を遠く聴きつつ背温む砂蒸し風呂に眼を瞑る
見巡りて特攻兵士の文読めば涙零れて文字の霞める
歌集は後半に入り、老いを迎え自覚する大友さんがその境涯をしみじみと詠嘆する歌が綴られてゆく。
病む妻に替はりて三年する炊事いまだに火傷切り傷絶えず
慎ましく生きつつをれば柊の花咲き満ちて冬深みゆく
ゆくりなく唾飲むときに噎せるなどこの冬越えて老の深まる
夜半醒めて闇に向かひて自問する何故生きて何成さんとや
親指の割れて痛むを老い人は冬の名残といひて侘しむ
老われに長くて長い一日が過ぎゆき終焉そつと近づく
大友さんのこれまでの生と老いの現実を真正面から見据えたその歌は清深になっており、次の歌は特に感慨深く心に沁みる歌として迫ってくる。
米粒の見える弁当持ちし日は机に伏して隠し食ひたり
平らけき母の一世と思ひしにノー卜の歌は苦渋に充つる
ささやかに正月用意整へて妻と語らひ除夜の鐘待つ
歩道会員の皆様の愛読をお願いしたい。