刊歌集  平成13年(9月)〜20年【作品】 【歌集一覧】 平成21〜現在【作品】 【歌集一覧】


―懸命に生き、懸命に詠う―


   大方澄子歌集『門燈』      大塚 秀行


 読み終えて、あまりにも重く耐え難い現実に遭遇した作者を思い、私は心の震えを止めることができなかった。ただ黙して、必死に作者の心に寄り添おうとする自分がいた。大方澄子さんの第二歌集『門燈』は、そんな思いを抱かせてやまない歌集として、私の心の中に強く刻まれている。
 『門燈』は、福島の地の四季おりおりの自然に触れながら、家族との平安な生活の中で、大方さんが静かに老いを迎えてゆくところから始まる。
  回診にきて端的にものを言ふ息子ときにはたのもしくあり
  朝の日にたちまち融くる淡き雪残生のうちの冬また過ぎる
  ななかまどの朱実照りつつたつ影のさやかに午後の空晴れわたる
  喜びは鳥にもあらん寒き日のすぎ逝く春の庭にしき鳴く
 しかし、事態は一挙に暗転する。東日本大震災とそれに伴う原発事故に襲われたのである。大方さんにとってこの現実はあまりにも悲惨で過酷なものであった。その苦しみに耐え、切々と詠まれた歌に心が揺さぶられる。
  マグユチユード九にて震度七といふ立ち得ぬ揺れに唯々耐ふる
  浜の辺の母の生家は津波にて四代続く医院壊さる
  かくまでに過酷なる悲劇過去となる日のあるらんかわが生のうち
  線量計身につけて寝る罪のなき子らの将来恙なくあれ
  津波にて逝きたる子らに掲げたる鯉幟七百海空に泳ぐ
  世界初といふ原発事故に耐へてきし五年は重し行末おもし
 福島の現実を受け止めて、子らの来来を思う大方さんだが、更に悲劇が襲う。大方さんの人生の中で最も大切な存在である医師の息子さんが急逝したのである。筆舌に尽くし難い悲しみの中で、大方さんは、必死に耐えつつ詠う。一首一首が切なく悲しい。
  医師の子に過信ありしかインフルエンザ肺炎にて逝く悔い限りなし
  わが生のあるまで泣かん四十六年の子との過ぎゆきあまりに重し
  みづからの父の死知らぬ四歳の孫は遺影に日々声かくる
  折に来てゐたる亡き子を待つごとく暗む五時には門燈つける
 「門燈」をつける大方さんを思うとき、慟哭を禁じ得なかった。歌集『門燈』は、人生における過酷なまでの試練に対して、その現実を受け止め、懸命に生き、懸命に詠われた歌集として人々に感銘を与え続けるだろう。