刊歌集  平成13年(9月)~20年【作品】 【歌集一覧】 平成21~現在【作品】 【歌集一覧】




   歌集『堀川』賛    加古敬子


 
歩道名古屋短歌会の仲間石川英子さんの第一歌集『堀川』が上梓された。石川さんが「歩道」に入会し作歌を始められたのは平成七年、六十三歳の年である。
 短歌会で言われる批評を素直に学んで実践するという基本的な歩みを続けて二十年、『堀川』にその豊かな実りを見る事が出来る。六十年の間に著者の中に蓄えられていたものが、短歌という表現の器を得ておのずから表出されてきた。
  雪解のぬかるみさけて歩みをり母の形見の手袋はめて
 三頁目にすでにこのような作品がある。上句の丁寧な具体的な表現が下句の母への追慕の情を深くしている。素直ないい歌である。
  母を焼く火をもつ茂吉しのびつつ金瓶火葬場あとにわがたつ
 「火をもつ茂吉」とまで思いを馳せる人は少ないのではないか。著者は日本歴史が好きである。多分、人物に寄り添い人物を目で見るように読まれるのであろう。その奥行きのある心が現在の事象を把えていて、『堀川』が存在感のある歌集となっている。
 著者は夫君の定年ののち二人でよく旅をされた。
  とろとろと落ちる夕つ日平なる宇登呂の海をしばし照らせり
 十五年後次の一首があって感慨深い。
  追憶の中に生きゐる病む夫けふの心は宇登呂にあそぶ
  蜩の声の聞こゆる浜道の舟屋の中に(をさ)の音する
  采女の袖吹きし明日香の風浴みてゆたかに実る柿見つつゆく
 堀川の歌から三首、
  わが生れし町に流るる堀川の石敷の橋にけふひとり来つ
  古き名の小舟町より橋わたり仕舞屋(しもたや)つづく塩町あゆむ
  のぼりくる潮のいろなす堀川に見るゆふぐれの街は鮮し
 移りゆく時代にあって著者は新しい景物を機敏に把えている。
  われのみに自動階段うごき出づ音地下道にひびきわたりて
  薪能の背向(そがひ)の闇に抜き出でてテレビ塔下る昇降機みゆ
 日常の歌から、
  寒あけし日差にとくる屋根の雪冬の余韻のごとく滴る
  老ふたり住むわが家のをりをりに未来をもちて孫がよりくる
 著者はあとがきで「私と夫との貴重なるこの二十年」と記されている。内、四年余りを夫君の介護に尽くされたが、折々に聞くゆき届いた介護のありように畏敬の念さえ覚えたのである。その作品から数を惜しんで、
  癒ゆるなき夫をつれて帰る庭虎耳草(ゆきのした)の花雨にゆれゐる
  やみおもき夫笑へばひとときを病わすれてわれも笑へり
  病室の夫に夏を知らせんと窓あけて蟬の声をきかしむ
  病む夫の余命刻むごと学校のチヤイム聞こえて一日暮れたり
 『堀川』の上梓を喜び、これからも励まし合って共に進みたいと願っている。