新刊歌集  平成13年(9月)〜20年【作品】 【歌集一覧】  平成21〜現在【作品】 【歌集一覧】

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◇著者名 

◇発行年

◇発行所

◇定価

◇内容

 代表作品



  第一歌集「東海」
◇猿田彦太郎
◇平成二十年
◇短歌新聞社
◇二五〇〇円
◇茨城県在住の著者の昭和五一年から平成三年までの作品五百六十八首を収める。


春雷の気配にたちまち冷えこみて桜の花が疾風にとぶ
一年のわが働きを電卓にかける税理士とひととき向ふ
朝の仕込する米の粉手にとれば温き昨日のほとぼりのあり
饅頭の注文ありて朝けより一石五斗の餡練り上ぐる
噴火より三月のたちて住宅を埋めし熔岩いまだに熱し



  第一歌集「ふねひき」
◇大方澄子
◇平成二十年
◇短歌新聞社
◇二五〇〇円
◇福島県在住の著者の昭和六一年から平成十九年までの作品八百四十余首を収める。


知る由もなき日々を経てわが前の子は医師らしき風格を持つ
兄逝きて半年となりわれの日々支へあるごとなきごとく過ぐ
雪解けの道乾く午後鴉らの羽ばたく音のひびく折ふし
季々の片曽根山や少女よりわれの心を育てしところ
病みながら命永らふる人多し予防医学の進みし今は



  第一歌集「白木蓮」
◇椎葉和子
◇平成二十年
◇本多企画
◇非売品
◇東京都在住の著者の昭和五十九年〜平成十七年までの作品五百三十三首を収める。


咲き初めし白木蓮の花に降る雨静かなり日曜の午後
部屋部屋のさま縁側の庇さへ記憶にありて今はなき家
この街に住みて四十年店閉ぢて馬橋稲荷に初めて詣づ
亡き兄が山より移し植ゑしもの定家葛が道にしだるる
まれに会ひし妹に見る細き爪亡き父に似ていたくなつかし



  第三歌集「九段坂」
◇戸田佳子
◇平成二十年
◇角川書店
◇二七〇〇円
◇千葉県在住の著者の平成十四〜十九年の五一五首を収める。


駿河台の街に響けるニコライの鐘の音われのこころ鎮めき
しづまれる研究室にままならぬ論文思ふわが髪冷えて
地下鉄を出でてきたれば夕づきてゆく九段坂時雨降りいづ
民族の対立思へばその遺恨に力及ばず思想のたぐひ
海空のもとにあらはに跳ぶ鯨したたる潮ともども光る



  第二歌集「かりがね」
◇近江あやめ
◇平成二十年
◇山本印刷
◇非売品
◇宮城県在住の著者の平成十〜十九年までの四百五十五首を収める。


一羽鳴けばそれら答ふる雁の群列を乱さず西へ向かへり
目の弱きわれと耳遠き夫とひと日補ひ合ひて昏るるは早し
油彩画の乾くまでとて草花を愛づる夫の健やけき顔
この佳き日娘家族の訪ね来てあはせて十人の笑顔のまぶし
癒えし姉とかはししことば思ひつつ温みの残る日傘をたたむ



  第一歌集「逝川」
◇田中則雄
◇平成二十年
◇(株)教育出版センター
◇非売品
◇徳島県在住の著者の昭和六十一年〜平成二十年までの作品を収める。


堰き止めし水はたちまち盛り上がり夜の闇広き田に流れ入る
たうたうと崩れてやまぬ石の城はかなきものを人はつくりし
ダム涸れてわづかに溜る灰色の水より夜の霧湧きはじむ
今際近き母の出で入る息見つつわれらはらから術なくゐたり
ゆゑよしもなく涙出づ八十の生日近き春のあしたに



  第一歌集「夕庭」
◇前田弥栄子
◇平成二十年
◇短歌新聞社
◇定価 三千円
◇千葉県在住の著者の平成十三〜十九年までの六百八十七首を収める。


たらちねの母の形見の和服解く春の雨降る昼ふくるころ
入りつ日に茜わたりて砂嵐収まりし戈壁に物の影なし
わが船に寄りて鯨の噴く潮がふた分かれして虹のかがやく
蓮華寺に茂吉しのべばその歌碑に時雨ふたたび音立てて降る
決断のならず煩ひゐる夕べ雨ともなひて春雷の鳴る



  第二歌集「赤雲」
◇香川哲三
◇平成二十年
◇角川書店
◇定価 二七〇〇円
◇広島県在住の著者の平成十一〜十九年の五三六首を収める。


電子化のなかにかすかにわが生きて朝々訃報のメ―ルをひらく
ヘツドライトの流動満つる橋のうへ光に圧され現身はこぶ
怱忙の残滓まとひて夕あかりあまねき街を壮年帰る
父の帽子かづきて畑の草を刈る風かぐはしき晩夏のゆふべ
山影に入りし畑に見ゆるもの波静かなる海の夕映



  第四歌集「迎へ火」
◇石井伊三郎
◇平成二十年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇埼玉県在住の著者の平成十四〜十九年の作品四百二十六首を収める。


迎へ火の炎に立ちし戦友の面若々し炎暑の墓地に
蛇蜥蜴食ひて飛行場守りゐしかの日思ほゆあかとき覚めて
復員せしわれを迎へし母の顔ありありと顕つ明時の夢
茎立ちし葉牡丹並ぶ小園に明るき午の雨降り止まず
本読めず物書くことも叶はずして眼を病む一日の永き夕暮



  第二歌集「眼のない魚」
◇中村淳悦
◇平成二十年
◇熊谷印刷
◇非売品
◇岩手県在住の著者の平成三〜十八年までの作品を収める。


地底湖の日の及ばざる水に棲み色うしなひし魚に眼のなし
三日晴れ二日雪降る閉鎖棟庭の枯木が風にもまるる
家垣にもたれてなびく白萩の花は先端よりひらきそむ
若くして定職なきはわが負目あしたの糧をいかに得るべき
崩壊の不安のありて脳を病む死の安らぎもまたよきものか



  第一歌集「冬の香」
◇大柳勇治
◇平成二十年
◇短歌新聞社
◇定価 二千八百円
◇千葉県在住の著者の、作品五五一首を収める。


ふるさとの冬の香のするマルメロが籠にあふれて母より届く
海風を受くる島山萌え出でてひかる木五倍子がなだりをおほふ
街灯に輝く青のすがしさをアガパンサスは闇にし放つ
とりあへず二十キロ歩み昼時となりて鰻をむさぼりて食ふ
縁側に南瓜ならべて収穫の豊けき秋の一日終はる



  第三歌集「春雪」
◇北舘迪子
◇平成二十年
◇短歌新聞社
◇定価 三千円
◇岩手県在住の著者の平成四年〜十九年までの作品を収める。

春雪は辛夷の花芽ぬらしつつ過去の涙を消すごとく降る
流星のごとく落ちゐる点滴は意識なき八十三の夫を救ふ
諦めて心やすけし病む夫と平凡ならぬ日々の起き伏し
木々いまだ騒だち聞こゆ台風の余波のゆふぐれ火の如き雲
まなしたは散りし熊笹の明るきに死後など思ふ夕暮の雨



  第五歌集「方丈の天」
◇岩沢時子
◇平成十九年
◇龍書房
◇定価 二千円
◇千葉県在住の著者の平成十七年以降の作品を収める。


悲しみも傷もただに受け止めて耐へきしわれの体ぞあはれ
ストレスのおほよそ我欲にかかはるといふ声聞けば然りと思ふ
窓の高さまでベツド上げ臥しをれば方丈の窓方丈の天
俯瞰する家屋根おのおの生活のあらんかすべていとしきものを
母われの診断結果にその心痛めゐる息子おもへば泣かゆ



  第一歌集「島道」 歩道叢書
◇濱口美佐子
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇三重県在住の著者の昭和六三〜平成一八年までの四九六首を収める。


胃腸風邪引きてわれのみ島へ行けず十七回忌の父偲びをり
母のつひに遅れし姉の嘆きふかく暫し記憶を失ふあはれ
家の中杖に歩みし姑逝きてこの静けさをいかに埋めん
低気圧の近づく夕に答志港出づるわが船しばし傾く
小さき実は柚の如くに香りあり答志の原木やまとたちばな



  第一歌集「春疾風」
◇渡邊久江
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇埼玉県在住の著者の昭和五十七〜平成十九年までの作品を収める。


夜の雨くまなく晴れてこの里の植田いづこにも落水の音
彷徨癖増したる姑の悲しかり杖の音にもわれは怯ゆる
初めての検査待つわが傍らに夫ありてこの幸ひ思ふ
今日よりはかくて生くべし影一つ先立たせゆく午後の坂道
出でてゆく人なく帰る人のなきこの家の窓に満月昇る



  第三歌集「夕映」
◇齋藤尚子
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇東京都在住の著者の平成十五〜十九年までの二百二十七首と童話三篇を収める。


病院の電話を連れ合にかけしめし弟よ如何に逢ひたかりけん
微かなる意識に弟は聞きてゐんわが歌ふ京城大学予科の歌
梔子の花に朝日のとどくころ弟は逝くわが弟は
漢江を共に語りし弟の逝きて虚しき梅雨の日々過ぐ
弟の逝きて俄に衰へしわれか木槿の咲く庭に立つ



  第一歌集「鉄の香」 歩道叢書
◇黒岩二郎
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇定価 二千八百円
◇長崎県在住の著者の昭和二十一〜平成十八年の千四百九十一首を収める。


新しく入荷の機械店頭に置けば即ち匂ふ鉄の香
組み立てて今朝は並ぶる井戸ポンプ店先にして紺に輝く
今しがた争ひし妻がわがシャツを庭に高高と干してゐる見ゆ
固定費の合理化限界を越えたりとつぶやき机より立ち上がりたり
六十年の過去となりたり国境の塹壕より仰ぎし冬の夜の月



  第三歌集「朱き月」 歩道叢書
◇中埜由季子
◇平成十九年
◇角川書店
◇二千三百八十一円
◇京都府在住の著者の平成十四〜十九年の三一五首を収める。

春一番といふ風吹きしを境とし愁は愁を促しやまず
春きざす風聴きとめて飛びたてる鷺のするどき羽音に目覚む
あかときの北山連峰みゆるまで新秋はれて照る月あをし
わが祖母の逝きたる齢となりし身と気付き温泉に泪ぐみたり
後方支援とふ言葉おだしく秋うみの皺波ひろげ自衛艦発つ



  第三歌集「ナンゾ吾身の此世にありや」
◇高橋正幸
◇平成十九年
◇(株)チョコレート
◇定価 二千五百円
◇北海道在住の著者の平成九年から十九年の作品を収める。


いつ果てん命と知らず日を送るこの世の些事に心煩ひ
諍ひしことなく拒みしことのなきすぎゆき寂しわが性かなし
妻ゆゑにわが平穏の日々はあり恨まず嘆かず怒り移さず
輝きてみえし戦後はまぼろしか願はぬかたに世の移りゆく
冬木々の間に朝の日のありどかすかに見えて雪の流るる



  第一歌集『薺』
◇黒田フジ
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇二千五百円  
◇宮崎県在住の著者の昭和五十八年〜平成十七年までの作品五百六十首を収める。

隣り家の梅咲き盛りわが家の納戸の窓は花明かりする
十余年逢はざりし兄の弔に椎の花満つる峡路越えゆく
はらからの術なく見つめゐる中に深く息して母は逝きたり
をりをりに互みに所在たしかむる夫とわれの老の暮しは
西風にのり来し黄砂けふ多く台地は木々も古墳もおぼろ



  第一歌集「韮の花」 歩道叢書
◇吉沼良子
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇茨城県在住の著者の昭和五十六〜平成十九年春までの五百四十二首を収める。


スト―ブを焚きて霜より守りたる青きトマトの匂ふときのま
木洩れ日のひかり明るく揺らぐ庭車椅子の父とコ―ヒ―を飲む
むし暑きひと日終りて暮れぐれの夕靄のなか韮の花咲く
孟宗の竹林深く夕日さし今年竹古りし竹ともに輝く
山羊小屋の傍の無花果わが食めばその実欲しがり山羊の寄り来ぬ



  第一歌集「栴檀」 歩道叢書
◇舛井照恵
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇茨城県在住の著者の平成元年から平成十七年までの四百八十一首を収める。


一年余夫と過ごしし病院の夜の廊下の淡きともしび
熱いでし姑看取り添ひ寝する夜のつづきて立春となる
老吾にささやかなれど為す事のありて日の過ぎ早きこの頃
一面に蕎麦の花咲く畑にして台風余波になびく明るさ
通院の道に仰ぎ見る栴檀の花おほらかに空に耀ふ



 第三歌集「冬靄」 歩道叢書
◇塙千里
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇茨城県在住の著者の昭和五十六年から平成十八年までの六百九十七首を収める。


煙りつつ火事鎮まりて一時間沼の向うはつねの夕ぐれ
よべの霙いまだ残れる空畑に土這ふごとく冬の靄たつ
原子炉の最上階に人をみず大き筒状の炉の静まりて
盆の日はかく静かにて二人をり病みて老ゆる妻老いて病むわれ
短日は寒くなりつつわがいのち幻影として一日一日すぐ



  第一歌集「蕎麦の花」歩道叢書
◇生江福子
◇平成十九年
◇短歌新聞社
◇定価二千五百円
◇福島県在住の著者の平成九年〜十八年の作品二九五首を収める。


孫となる胎児の死にて火葬場に線香のごとき骨を拾ひし
群れて咲く福寿草なべて日に向ひ午後の日差に輝きを増す
長雨に打たれて咲きし蕎麦の花又台風に折れたるあはれ
祭礼の列にわが孫稚児としてはにかみながら通り過ぎゆく
子の病むを見るはつらしと涙して夫出でくる集中室より



  第七歌集「鯨の海」 角川短歌叢書
◇秋葉四郎
◇平成十九年
◇角川書店
◇定価二千五百七十一円
◇千葉県在住の著者の平成十四年の作品を収める。


ゆゑよしもなくすさびつつ銀座にて酒を飲みゐき今日のサンチヨ
峠より見えわたりたる凍雪湖涙とうせつこ  ぐましき光をかへす
善悪のなきかがやきを放ちつつ赤き日しづむ氷海のはて
手鰭てびれにて潮をしたたくさま見れば鯨も人もひとつせい
海空うみぞらに跳べばことさらおほき鯨ひきずりあげし波濤としづむ



  石井桂子遺歌集
◇石井桂子
◇平成十八年十二月十九日
◇オフィスフルプリント
◇非売品
◇神奈川県在住の著者の昭和五十年から六十一年の三百七十四首とエッセイを収める。


山茶花の散り敷く一夜月冴えて庭はただならぬ明るさ保つ
冬至とて明るきうちに湯に入りし夫かすかに柚子の香纏ふ
生かされて今日恙なく終らんとゆふべ仰げば空静かなる
夕靄に沈む入りつ日日常の思を越えてわが胸しづか
久々に来し母の家垣根越しに夾竹桃の花あふれ咲く



  第六歌集「新光」 歩道叢書
◇秋葉四郎
◇平成十八年十一月十三日
◇角川書店
◇定価 二千五百円
◇千葉県在住の著者の平成十二年・十三年の作品七百四十八首を収める。


厚底あつぞこの靴ガングロといふ化粧女性をめぐり世はあわただし
雄々しさの順に進めど群像の背のそれぞれに悲しみは満つ
あらたなる世紀すなはち先進の足跡はなし今日よりの日々
右にたつ砂塵ひだりに立つ砂塵見ゆる限りの地は砂はしる
突入する飛行機と炎上するビルと映りテレビに声のなかりき



  第一歌集「赤き峡谷」 歩道叢書
◇波克彦
◇平成十八年
◇角川書店
◇定価 二千八百円
◇神奈川県在住の著者の昭和五十三年から平成十二年までの作品七百九十五首を収める。


夜昼のけぢめ無きまま機上より音なく白きオ―ロラの見ゆ
暁に音こだまして山峡やまかひに氷河を出でて水流れゆく
眼下に赤き峡谷冬近き午後の日の影引きてつづける
「がんばれ神戸がんばれ芦屋」といふ旗が車窓より見え涙ぐましも
外国よりフアクシミリ三通予告なく届けば今日も夜業とならん



  第三歌集「窓の月」
◇渡邉貞勇
◇平成十八年
◇短歌新聞社
◇二千五百円
◇福島県在住の著者の平成九年から平成十七年までの作品四百八十首を収める。


雪雲は動くともなし片曾根の山にたむろし日すがら寒し
漸くに暑き一日は暮れしかどあゆむ鋪道は炎暑のにほひ
戦ひの怖さ知らざる若者が盾となりゆく紛争の地に
照り続く炎暑に馬鈴薯掘りをれば上る地熱に目眩のおそふ
終焉の安けくあれと連れ立ちてころり観音詣でて帰る



  遺歌集「白木蓮の花」
◇小林美知子
◇平成十八年
◇小林弘幸方
◇定価 非売品
◇長野県在住の著者の平成九年から平成十六年までの作品を収める。


早朝の厨にひびく湯沸しの音に目覚むる嫁わが悲し
大寒の朝日にひかる風花を仰ぎ立ちをり胃を切りしわれ
夫と住みしインドネシア懐かしく再び渡る病癒えきて
予後の身に烏骨鶏の卵効くと言ふ感謝して寒の日々にわが食ふ
山の小鳥次々に来て水浴みる様を見てをり窓外近く



  第八歌集「東京二十四時」
◇秋葉四郎
◇平成十八年
◇短歌新聞社
◇定価千円
◇千葉県在住の著者の平成十五・十六年の作品四百三十一首と紀行文一篇を収める。


冬波のかがやくまにま風に似る川上の音川下の音
わが気力かくやすやすと打ち砕き病なき兄の訃報がとどく
黄と藍とことさら映えて冬の虹時雨過 しぐれ ぎたる琵琶湖より立つ
み仏を支へに生きし父母恋し日蓮受難の島に過ごせば
究極の平和と謂はめオリンピツクの勝者のなみだ敗者の涙



  第一歌集「浜なす」 歩道叢書
◇細野政子
◇平成十八年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇埼玉県在住の著者の昭和五十四年から平成十六年までの作品六百数十首を収める。


新婚の野辺地の浜をうづめゐし浜なす今しわが庭に咲く
火傷せしわが手の甲の新しき皮膚みづみづし輝けるまで
裏黒き切符彼方にとびいでて改札口のわれに馴染めず
故しらぬ寂しさ湧きてとめどなし祖母常言ひし寂しさはこれか
わが記す家計簿何を思ひけん呆けし夫が微塵に破る



  第二歌集「煙草畑」 歩道叢書
◇新宮哲雄
◇平成十八年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇大分県在住の優れた葉煙草耕作者である著者の作品を収める。


幻聴のごとく蜩鳴くきこえ降る雨の音ふたたびはげし
目を瞠り夜半起き出でて来し老父亡母と夢に会ひしとぞ言ふ
痴呆病舎に父預けゐて罪を負ふごとく歳晩歳首をすごす
一斉に花穂立ち摘芯まぢかなる煙草畑に夕光わたる
豆つまむごとく稚き煙草苗箸もて植うる眼つかれて



  第一歌集「波の音」 歩道叢書
◇夏梅千代子
◇平成十七年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇千葉県在住の著者の昭和五十年から平成十六年までの作品六百首を収める。


きり立てる屏風ケ浦に北の風さけて塒す海鵜幾百
吹きあぐる海風はたと止む時のありて岬の波の音きく
いつせいに甘藍の花咲きいでて丘畑の 疾風はやてに乾く
金目鯛の水銀含有またも言ふテレビを消して厨に立てる
衰へしまなこひらきてわが顔を確めし姑ふたたび眠る



  第一歌集「濁流」 歩道叢書
◇本間百々代
◇平成十七年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇千葉県在住の著者の昭和五十六年から平成十六年までの作品六百三十六首を収める。


水底にひそめる魚の如くにて靄深き今朝の事務所にゐたり
残りゐる鶏舎のかたへ茶の花の白く君亡き三年はやし
休日の互みのさびしさ電話に言ふ離れて住める夫とわれは
暮れなづむ戈壁ごびの地表ははてしなく続く砂礫に青淡くたつ
底ごもる音ひびきつつ利根川の濁流渦巻く土手すれすれに



  第六歌集「杖」
◇板宮清治
◇平成十七年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇岩手県在住の著者の平成十年から十六年までの作品四六六首を収める。


この道をゆきて戻るにはかどらず郭公の声にわが村しづむ
からうじて帰る足なえその音のとつとつとして定まりがたし
わが歩みひびく廊下に歳晩の三十分ほどの影の寂しさ
作業員が帰りしのちに日ぐれ待つユンボ無援の油のにほひ
谷間の深き底より風吹ける笛吹峠越えんとしたり



  第一歌集「阿久根」 歩道叢書 
◇河南誠一郎
◇平成十七年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇鹿児島県在住の著者の平成三年から平成十六年までの作品五百四十首を収める。


朝窓を見れば二月の雪降りて静けき庭に南天赤し
下校時に天秤かつぎ水汲みし少年の日は遠くなりたり
その顔の覚えなきまま逝きたまひ遺影に偲ぶ母の面影
冬海をへだてて見ゆる天草の稜線しるく常より近し
妻とわれ二人暮して四十年子なく孫なく先は語らず



  第一歌集「寒椿」 歩道叢書
◇野口登久
◇平成十七年
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇埼玉県在住の著者の平成十年から平成十六年までの作品四百十首を収める。


藷のつる返しつつ聞くみんみん蝉七月尽の暑き日盛り (「蝉」は原作では正字体)
子等が継ぐ畑に甘藷植ゑ終り七千本にひと日雨降る
若き日の夫馬にて代を掻く写真展にてただに懐かし (「掻」は原作では正字体)
くちなしの垣根に匂ふ朝まだき九十三歳姑逝きませり
入院の前夜は手の爪足の爪風呂より上がり時かけて剪る



  第二歌集「御裳濯川」 歩道叢書
◇松本一郎
◇平成十七年六月十五日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇三重県在住の著者の平成三年から平成十五年までの作品六百三首を収める。


膝進しつしん平伏へいふくも作法恙なく仕へて日昏 殿上てんじやうまかる
御簾みす四手しであたらしきぬさの白さえざえとあり大歳おほとしの灯に
時化降りにならん朝明けみ馬舎うまやのひさしに神鶏しんけい雨を避けゐる
冷しるき朝は五十鈴の川の瀬に白く息吹のともに移れり
夏休みになりて厨に妻と娘の話声すれば思ひやすらぐ



  第一歌集「たまゆら」 歩道叢書
◇田村ふさ
◇平成十七年三月二十五日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇群馬県在住の著者の平成六年から十七年の五百二十首を収める。


金柑のつぶら実幼の数へをり夕日に染まり唱ふが如く
それぞれに孫らの手跡残りたる達磨目映ゆし朝日にてりて
老二人朝餉をしつつ裏畑の?がん胡瓜の数をたしかむ
朝靄の深き浜辺に漁師らは投網の中より鯛を掲ぐる
天井の木目見つめて動き得ぬ日の吾が涙子にも知られつ



  第一歌集「季のはざま」 歩道叢書
◇伊藤滋巳
◇平成十七年五月五日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇神奈川県在住の著者の昭和六十三年から平成十六年までの作品六百五十二首を収める。


長き地震ありし未明の西空に黄の満月は煌々と照る
もどかしく言葉になりて来ぬおもひ医師に伝へんとすれどすべなし
幾種類もの薬を飲みてからうじておのがこころと躰を保つ
わがこころ貧しきゆゑと思ふとき涙のごとき寒の夕映
紫の立房の花咲きてをり山畑の端に一木立つ桐



  第一歌集「菜畑」 歩道叢書
◇下田徳恵
◇平成十七年五月五日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇千葉県在住の著者の昭和五十二年から平成十六年までの作品五百五十六首を収める。


草引けばこもりゐし蚊がむれ出でて数多の蜻蛉行き交ひて喰ふ
ところどころ青菜畑の残されて冬野をわたる風の音する
やうやくに受験期終へて家裏の畑に菜を摘む娘と二人
三歳に満たぬ幼が唐突に風の音するといへば眼の合ふ
わが街の畑をつらぬき連結の少なき電車橋の下ゆく



  第一歌集「時空」 歩道叢書
◇加来進
◇平成十七年四月二十九日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇大分県在住の著者の昭和四十八年から平成十六年までの作品六百首を収める。


亡骸といへどもいまだ現身の子に添ひ寝ねき晩春二夜
子の死をば共に悲しみし妻とわれいまわれ一人妻を悲しむ
この家のいづこ行きてもわが影のほか動くもの一つだになし
液化するもののごとくに光芒の失せて黄砂に太陽しづむ
いつせいに火を放てれば草枯れの山さながらに火の壁が立つ



  第四歌集「夜想」 歩道叢書
◇岩沢時子
◇平成十七年二月四日
◇龍書房
◇定価 二千五百円
◇千葉県在住の著者の作品四百九十六首を収める。
  

墓の辺に石椅子並ぶは亡き人と語るためとぞポンペイに聞く
ゆつたりと時流れゐて薔薇窓を通してあきの光がとどく
三人の子がそれぞれに独り住むマンションの合鍵常にわが持つ
わがうちにおもむろにきて死の備へ促すものを老といふなり
われのゆく機上に見ゆる満月やその球体を重く浮かべて



  第一歌集「鋼」 歩道叢書
◇松本嘉猷
◇平成十七年二月二日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇横浜市在住の著者の昭和六十三年から平成十五年までの作品五百六十首を収める。


波来土パ―ライトとふくはしき組織を学びしが吾と鋼のそもそもの縁
カテ―テルわが動脈を蛇のごと遡行するさましづかに目守る
やうやくに失語の老の眼にやどる深き哀しみ分からんとする
力なくゴム印を押す老の手に吾が掌重ねてはつかに押ふ
有明の月は朝ごとほそりゆきつひにかくるる五日の後に



  第一歌集「テキサスの四季」 歩道叢
◇岩弘光香
◇平成十六年十一月三日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇アメリカ・テキサス在住の著者の一九九四年から二〇〇四年までの作品を収める。


この夏を咲き続けたるハイビスカス十月いまだ次々と咲く
家めぐり氷と雪におほはれて夕べの光白々とさす
カリビア海の大きうねりに船ゆれて満月の照る海のさびしさ
呼吸いきのある夫の姿確かめてコ―ヒ―作る束の間に逝く
われ一人クリスマス・イブに墓に詣づ同じ思ひか人影動く



  書歌集「たまほこ」
◇長谷川淳子
◇平成十六年十月十六日
◇角川書店
◇定価 四千円
◇京都府在住の著者が自詠自書した書作品と書に因んだ短歌を中心に纏めた書歌集。


臨書するわが裡ふかく揺さぶるは線か形か六朝の文字
新春の書展にまじる六十のわれの書いまだおづおづと見ゆ
夥しく紙魚の喰ひたる紙に思ふわが半世紀紙に生かさる
是非もなく人は生まれてひたすらに生きてそれぞれの嘆き重ぬる
遠く近くひぐらし鳴ける愛宕山ひと足ごとに念仏まうす



  第一歌集「古座川」 歩道叢書 
◇菴田ふじゑ
◇平成十六年十月五日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇和歌山県在住の著者の作品四八六首を収める。


夫逝きしラバウルの海に投げ入れし心経長く風になびかふ
渡り来し鳥の幾千古座川の中洲をはさみ浮きて静けし
怠りて豆撒きもせぬ夜の更けに降る雨の音人の恋しも
ブラウスは風を孕みて自転車をこぐわが肌にはたはたと触る
うづまきの風紋の砂ふみがたくここ青島の砂丘に立つ



  第二歌集「風の道」 歩道叢書
◇檜垣文子
◇平成十六年八月二十日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇愛媛県在住の著者の昭和六十二年から平成十五年までの作品を収める。


雪山を吹きおろしくる風の道見えて琵琶湖に波荒れ始む
たたかひを終へし牛らは充血をしたるまなこに鎮まるあはれ
淘汰して残りし鶏哀歓のなきさまに庭の落葉掻きゐる
山茶花のはなの光は身にさむく夫亡きのちの庭に散りつぐ
何ごとも競はず励まず病弱を常意識して歳月をつむ



  第七歌集「秋茜」 歩道叢書 
◇由谷一郎
◇平成十六年八月三日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇神奈川県在住の著者の平成七年から平成十 五年までの三百七十九首を収める。


いくたびも草に憩ひて島の道老熟したる秋茜とぶ
もう遠く歩めぬわれかと思ひゐてめぐり音なき晴天寂し
草叢の中より猫が寄りて来る小綬鶏も鳴かずなりしこの島
結滞のありて来ん日を怖れをり早く目覚めし牀上にゐて
僅かなる水滴らす庭池に鯉の生きゐてしづかに泳ぐ



  第一歌集「家の灯」 歩道叢書
◇氏原敏子
◇平成十六年七月六日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇大阪府在住の著者の昭和五十六年から平成十五年までの作品を収める。


狸棲む山より帰りそのさまを話す幼のまなこかがやく
娘と孫が英会話するかたはらにわからぬままにその声たのし
朝毎に泣きて保育所にゆきし子の日本を語り世界をかたる
歩むため歩む夜の道水張りし田の面にあたりの家の灯うつる
山の背に沈む夕日の神々し一人庭にてとき忘れをり



  第三歌集「草もみぢ」 歩道叢書
◇長坂梗
◇平成十六年六月二十四日
◇角川書店
◇定価 二千八百円
◇東京都在住の著者の平成四年から平成十五年までの作品を収める。


掌に包むほどに小さき鷭の子は鷭のしるしの赤き嘴もつ
亡き人と何か語らひをりし夢さめて現は声のなき闇
不意をつくやうに鳴きたつひぐらしの声は殺伐の世の外のこゑ
啄める鳩らをめぐり悪役の面構へにて鴉ゐならぶ
みづからを何なりしかと恍惚の人言問ふは根源の問



  歌集「城堀川」 歩道叢書
◇笛木力三郎
◇平成十五年六月十八日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇群馬県在住の著者の昭和五十年から平成十 五年までの五百三十一首を収める。


冬日照る城堀川の散歩道凍てつく雪に足とられつつ
古里の甥の育てし山芋に父在りし日の味思ひ出づ
平常の数値を超えし血圧の悩み打ち消す医師のひとこと
落成の記念碑「友情」はこころこめしわが筆にして校舎に並ぶ
ふなべりに立ちて見下ろす長江の夕映えの雲かがやきてをり



  第一歌集「珈琲」 歩道叢書
◇森川忠子
◇平成十六年五月十五日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇千葉県在住の著者の昭和五十六年から平成 十四年までの四九九首を収める。


モノレ―ルの駅の灯をうけ咲く桜ひときは白きその下をゆく
かすかなる酸味に心なごみきて噛みしむるごと珈琲を飲む (「噛」の旁は旧字体)
なめらかに薄切されし肺組織いかなる腫瘍秘めゐるらんか
緊急の血液検査多かりき疲れしわれは仮眠に向ふ
林檎剥きゐるかたはらに老いたまふわが父母が声のなく待つ



  第五歌集「遠遊アンデス」 歩道叢書
◇秋葉四郎
◇平成十六年四月十三日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇千葉県在住の著者の平成七年から平成十一年までの八六五首を収める。


四日すぎて判明したる死者五千混じれる児童ら三百あはれ
ほむらだつ心に生きて先生の亡き後十年さながら一日
大破せし車より怪我のなき身出づさながら帰還飛行士のごと
稲妻の消えし暗黒に雷ながしアンデス四千メ―トルの空
二十世紀中盤に生れわが未来すなはち残生次世紀にあり



  歌集「月明」 歩道叢書
◇田島智恵
◇平成十六年三月二十一日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇群馬県在住の著者の平成八年から平成
 十五年に至る作品を収める。


残すべき一首だになし西山の月の明るき夜半に覚めをり
冬晴の雪の連山極まりて年改まるひかり満ちたり
奥入瀬の川幅せきてひとざまに水砕け落つ銚子大滝
老木の四季桜咲く偕楽園匂はぬ冬のさくら清しき
わが退院を待ちて夫の干しくれし布団は秋の日の匂ひ満つ



  第七歌集「岐阜蝶」 歩道叢書
◇黒田淑子
◇平成十六年三月二十日
◇角川書店
◇定価 二千八百円
◇岐阜県在住の著者の平成五年から平成九年までの四百三十二首を収める。


カ―テンの色選びつつみづからに強き心を問ひてゐたりき
放たれし小さき岐阜蝶かたくりの花に動かずわれも動かず
風なきに揺るる二輪草咲き初めて花は空気に光に触るる
限りなく空青くしてアベリアの花散る道にただ悲しかり
今日くれば塀の外より吹かれくる桜のありと受刑者の言ふ



  第一歌集「線香花火」 歩道叢書
◇青木嘉子
◇平成一六年一月一五日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇横浜市在住の著者の昭和二十年から平成十 五年までの四九一首を収める。


小さき音立ててはじける線香花火あつけなく散る際に美し
七日月輝き増せば庭芝に頭小かしらさき我が影が落つ
おだやかに凪ぎたる海にかがよひて船の通りし路消えやらず
憂ひ事多き身なればひと日には一つ事のみ思ひ悩まん
運動会終りて安らぐ老二人帰路植木屋に長くとどまる



  第一歌集「音」 歩道叢書
◇毛藤美代
◇平成十五年十二月三十一日
◇アポック社出版局
◇岩手県在住で百歳を迎へた著者の戦時詠・昭和五十八〜現在に至る千五百九十一首を収める。
モ―ツアルトの墓地憶ひつつ死のさまを読み継ぎをれば暁の鐘
兄ら逝き弟逝きて初七日の窓の光に向ひて黙す
老ゆるとは機能一切の低下とぞ言葉離れて己が身に知る
辞書並べ語源を探る数日に満ちて厨にわれはいさまし



  第三歌集「妙高の日々」 歩道叢書
◇畑山覃子
◇平成十五年十一月三十日
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇新潟県在住の著者の平成八年から平成十三年までの四百五十五首を収める。


わが庭を流るる小川の辺にて大でまり今年も爽やかに咲く
味噌汁に浮かぶ蕗のたう心地よく共にすごしし夫思ひ出づ  (注)噌は原作では正字
妙高の山の裾にて満月はいまだかがやく朝五時三十分
霜柱やうやくとけて柔かく水気を持てる土となりたり
うつぼ草の紫の花色冴えて妙高の夏たけなはとなる



  第三歌集「石塵」 歩道叢書
◇四元仰
◇平成十五年十一月十三日発行
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇埼玉県在住の著者の昭和六十三年から平成十五年前半までの作品五百五十一首を収める。


日の光さわがしきまで石壁に照り石塵の天にただよふ
無花果の枝あたたかき夕暮を讃へんしばし黄なるふゆぐも
平潟の海べの風に吹かれつつこのかたみなる感慕もあはれ
葉の上に垂直に花立ちて咲くひとりしづかは白すがすがし



  第二歌集「いなづま」 歩道叢書
◇戸田佳子
◇平成十五年九月十三日発行
◇短歌新聞社
◇定価 二千五百円
◇千葉県在住の著者の昭和五十九年から平成十三年までの六百九十五首を収める。


いふべきもなきわが心稲妻が位置を変へつつしきりに光る
白線のオ―ロラ光が爆発をしたるごとくに全天おほふ
暮に見し枇杷の白花実を結び母の病の日に日に進む
点滴を受けつつ埓のなく思ふ癒ゆるあてなく病む母のこと



  第二歌集「歳月以後」 歩道叢書
◇斎藤尚子
◇平成十五年九月九日
◇短歌新聞社
◇定価二千五百円
◇東京都在住の著者の昭和五十二年から平成十四年までの五百七十二首を収める。


つづまりは来ん死をもちて決着となすべし引揚者われの哀しみ
手に触れてたやすく落ちし病む夫の髪を羽毛の如く寂しむ
夢に見る夫はいつも帰りゆく生死のきまり守る如くに
わが心許さんものは死者のみと母の形見の藤椅子に寄る



  第一歌集「花筏」 歩道叢書
◇浦靖子
◇平成十五年九月六日
◇創栄出版
◇非売品
◇宮城県在住の著者の昭和六十三年から平成十四年までの四百九十五首を収める。


城濠に浮く花筏鴨ら引く澪に形を変へつつ揺らぐ
夥しき数連なれる雁群がかすかな風圧残し去りたり
育つ命保たむ命共々の命並びて夫と孫臥す
危ふかりし病を越えて新しき世紀の光尊く浴ぶる
夫亡き十年思ふこの宵の月は心に触れて輝く



  第二歌集「冬天」 歩道叢書 
◇長栄つや 
◇平成十五年七月十七日
◇短歌新聞社発行
◇定価二千五百円
◇宮城県在住の著者の昭和六十一年から平成十四年までの五百首を収める。


閉店の時期を心にきめてより店頭に差す秋日を惜しむ
機上より見るツンドラに野火のごと光りあやしく油井の火燃ゆる
悲しみを癒さんとして飲みし酒身になじまねばひと夜苦しむ
うたがはず上潮を待つ小さきもの巻貝あまた護岸に乾く



  第一歌集「冬苺」
◇伊藤信子
◇平成十五年四月二十二日
◇短歌新聞社
◇定価二千五百円
◇東京都在住の著者の平成五年から十四年までの作品を収める。


夜おそく帰り来し道ストア―の明るき灯のみ見えて侘しき
炎天下の三国の海に泳ぎたる夫の姿まぼろしにたつ
久々に逢ひし友より冬苺とどけば厨に甘き香のする
泣きぬるる娘の声に老われの悲しさ遣らんすべさへもなし



  第三歌集「木の扉」 歩道叢書
◇加古敬子
◇平成十五年六月六日
◇短歌新聞社発行
◇定価二千五百円
◇愛知県在住の著者の平成二年から十四年までの四百四十五首を収める。


ほのぼのと丘の木立はけぶりをり小寒の朝霧はれながら
ばら畑に草を引きをりばらの木の優しき影のなかをすすみて
ひと日降る雨又つのる暮方の厨に糠を煮つめてゐたり
人音の全く絶えし昼ふけに短き草のかげ土にあり
弾力の乏しくなりしわがこころ人の言葉にながくこだはる



  第一歌集「鰊の海」 歩道叢書
◇山口昭三
◇平成十五年三月十五日
◇文芸社ライブラリ―発行
◇北海道小樽市在住の著者の平成元年から
 十四年前までの四百二十八首を収める。


少年のわが乗り込みし鰊船大漁なりし五十五年前
よどむ瀬に息整ふる如くゐし稚魚は本流にまぎれゆきたり
いづこにも蝦夷萱草の花咲きて吹くみなみ風霧を伴ふ
西風に凪ぐ沖はるかくきやかに雄冬岬をふゆ  の残雪ひかる



  第二歌集「匙の音」 歩道叢書
◇遠藤那智子
◇平成十五年一月二十日
◇短歌新聞社発行
◇定価千五百円
◇東京都在住の著者の平成二年から十四年前半までの四百三十八首を収める。


エンジンの振動つたへて匙の鳴る船の茶房に珈琲を飲む
轟音をたてて氷河の先端の海にくづるる水柱高し
とめどなく回遊する魚あはれめどみな静かなる光をひけり
喘息のをさまり深く吸ふ息に気管ひろがりし実感のあり



  第ニ歌集「水の余韻」 歩道叢書
◇近藤千恵
◇平成十五年一月二十日
◇短歌新聞社発行
◇定価二千五百円
◇福島県在住の著者の昭和六十一年から平成十三年に至る五百十一首を収める。


プ―ルより上りてしばしわが躰漂ふ水の余韻が残る
ひと冬の雪に圧されて緊まりたる田の泥くらし風吹く午後は
足よわく歩む夫よ若き日にわれの怖れし人としもなく
天と地のさかひはいづこ轟々とくらく雪とぶひと日なりけり



  榛原駿吉作品集 歩道叢書
◇榛原駿吉
◇平成十四年十二月十六日
◇短歌新聞社
◇定価二千八百円
◇東京都在住の著者の昭和二十六年から平成十二年までの二千百九十八首を収める。


勤め持たぬ吾にも安けき思ひにてめぐりの音は休日の音
蝉の声やうやく遠く残暑の香とろろあふひの黄の花にあり
ソ連軍の残しし地雷三百万アフガンの羊そのうへをゆく
クローン人巷歩むときはいつ老いてかかはりなしと思へど
いつまでも見てゐるわけでないわれに見しむる凌霄花のはな



  第二歌集「城跡」 歩道叢書
◇清宮 紀子 
◇平成十四年十一月十三日
◇短歌新聞社発行 
◇定価二千五百円
◇千葉県在住の著者の昭和五十九年から平成十四年に至る五百五十五首を収める。


過ぎゆきの十七年か城跡に来れば竹群多くなりたり
路地裏の垣根を越ゆる紫蘇の穂はそれぞれ勢ひありて花咲く
一日がたちまち過ぎて善悪のけぢめおぼろとなりてわがゐる
夕暮れて風強く吹く冬の日の空に小さく月はかがやく



第五歌集・第三漢詩集「地球照」 歩道叢書
◇箕輪 敏行
◇平成十四年八月二十五日 
◇短歌新聞社発行 
◇定価三千円
◇神奈川県在住の著者の平成七年から平成十四年に至る短歌及び漢詩を収める。


母の背に見たりし宵の地球照はるかなる日の夢甦る
われの名のつきし小惑星太陽を廻りゐると思へば今宵豊けし
ひつそりと枇杷の花咲き冬の蜂寒々として蜜を吸ひをり
八十になりても星を見るときは新彗星かと胸さわぐなり



  第一歌集「紺つむぎ」 歩道叢書
◇小林寿美
◇平成十四年八月二十五日
◇ランル社発行
◇愛知県在住の著者の昭和五十二年から平成十二年に至る作品を収める。


衣紋掛にかけて風通す紺つむぎ匂かなしくすぎゆきのたつ
積みあげし木綿の色のうつる床淡々として冬の日のさす
肉親の死に遇ひしよりわが心人に向ひてしづかになりぬ
蕎麦畑の昼の光に蜂群るる音を聞きをり時無きごとく



  第二歌集「薔薇咲く庭」 歩道叢書
◇安田 恭子
◇平成十四年八月八日
◇短歌新聞社発行
◇定価二千五百円
◇千葉県在住の著者の平成九年から十三年に至る五百九十四首を収める。


九十歳近き先生今年また蔓薔薇支ふと竹竿を組む
棟木などあらはに見えて人ながく住まぬ生家はさながら廃墟
ゆゑよしを自ら問はずこの庭に立ちて兆すはかかる哀しみ
アンデスの首細きラマこの園に荷役解かれてただに立ちをり



  第三歌集「寒月」 歩道叢書
◇石井 伊三郎 
◇平成十四年七月二十七日 
◇短歌新聞社発行
◇定価二千五百円
◇埼玉県在住の著者の平成六年から十四年に至る四百三十六首を収める。


召集令状受けしかの日の甦り仰ぐ中空に寒月の照る
いくたびか砲火を共にくぐり来し兵の友逝く短く病みて
汗拭ひ韮粥食めば面影のたちきてかなし横尾忠作
わが庭にながく咲きつぐ黄の小菊濡らして朝の時雨過ぎたり



  第二歌集「冠月」 歩道叢書
◇本多 茂雄 
◇平成十四年七月二十七日 
◇短歌新聞社発行 
◇定価二千五百円
◇宮崎県在住の著者の平成四年から平成十三年に至る四百八十一首を収める。


漸くに老いて愉しき境涯を思ひをりしが妻の病み伏す
やがて来る妻との別れは思ふなく夜更けの風を寂しみて聞く
冬の日の残照受けて光れるは遠く尾鈴の山に雪積む
輝きを納むるごとく日の入りて梅雨の晴間の一日は暑し



  第一歌集「弥畝山」 歩道叢書
◇河野 泰一 
◇平成十四年七月十五日
◇短歌新聞社発行 
◇定価二千五百円
◇島根県在住の著者の平成元年から平成十年に至る四百六十七首を収める。


霧深き峠越ゆればまなかひに弥畝の山は遠く横たふ
過ぎて来し日々ことごとく儚なくて父母が逝き吾も老いづく
山田荒れ茅野となれる向かひより雪解け水の音のみ高し
麻酔にて意の儘ならぬ唇に含ませし水が床にこぼるる



  第一歌集「女鳥羽川」 歩道叢書
◇清水秀子
◇平成十四年七月十五日
◇短歌新聞社発行
◇定価二千五百円
◇長野県在住の著者の平成元年から平成十二年に至る四百六十首を収める。


夕つ方五時ともなれば向ひ家の風呂たく音の轟々とする
唐黍の畑の向うに捕虫網かつぎし児らが見え隠れゆく
十歳となりたる犬は五月晴の朝より鼾たてて眠れる
雪まとふ大き欅は暁の森に光明のごとく見えをり



  第一歌集「島韻」 歩道叢書
◇香川 哲三 
◇平成十四年七月五日 
◇短歌新聞社発行 
◇定価二千五百円
◇広島県在住の著者の昭和四十三年から平成十年に至る五百八十七首を収める。


降りいでし雪をあびつつ夕近き島の丘畑に蜜柑を運ぶ
わが村のいづこ行きても人の声聞かず晩夏の昼ふけわたる
病院のベッドに細りし体置き欝然として箸をもつ父
そびえ立つ硝子の壁に断雲の映りて全天夕茜せり



  第五歌集「月下」 歩道叢書
◇杉山 太郎 
◇平成十四年六月二十九日 
◇短歌新聞社発行 
◇定価二千五百円
◇神奈川県在住の著者の平成七年から十三年に至る四百六十首余を収める。


辛うじて救急病院まで歩きうづくまりをり灯に照らされて
人の世を再度生きたるごとき過去その転生も終末近し
歩みつつしばしばおもふ人の世の善悪生死万象は夢
胎内の日月を加へ八十年かすかに生きて終焉を待つ



  第一歌集「樹下」 歩道叢書
◇伊藤 千代子 
◇平成十四年六月二十日 
◇丸の内ハイデ印刷出版社発行 
◇長野県在住の著者の昭和二十八年から昭和五十九年に至る五百九首を収める。


輝ける冬陽のなかに日もすがら悲しみに似てかたき庭土
草野より子が採りて来しかまきりの冬越す卵かわきて軽し
幼子のかざす花火は夕立に濡れたる草をひととき照らす
片影と呼べるやさしき言葉ありそのかたかげのなかを帰り来



  第二歌集「春の光」 歩道叢書
◇桜井 富子 
◇平成十四年五月五日
◇櫟発行
◇非売品
◇長野県在住の著者の平成四年から平成十二年に至る六百五首を収める。


川掃除終へてよどみのなき水が春の光を載せて流るる
咲きのこるあづまいちげは花閉ぢて二輪草明るき寺の裏山
共に行く旅など遂になかりしを連れ添ふ老らを見つつ思へり
湧きいづる富士の霊水八海にあぎとふ鯉ら背に傷をもつ



  第三歌集「辛夷の影」 歩道叢書
◇磯崎 良誉 
◇平成十四年四月十五日 
◇短歌新聞社発行 
◇定価二千五百円
◇東京都在住の著者の平成四年から平成十三年に至る作品を収める。


わが前の原稿用紙に影ゆるる庭の辛夷を風わたるらし
耳かゆく身震ひせしに膝のへに箔の破片のごときが落つる
散るために花咲きしごと夏椿しろき花片夕闇にちる
夕食の卓にしづかに悲しみにたふべく妻は箸をうごかす



  第一歌集「歳月」 歩道叢書
◇佐藤允子
◇平成十四年一月三十日
◇短歌新聞社発行
◇定価二千五百円
◇宮城県在住の著者の平成四年から平成十二年に至る五百三十八首を収める。


補聴器をつけしおつとは吾が畳む新聞の音にさとくとがむる
すさまじき吹雪遠のき静かなる夜半は柱わるる音聞く
母の胎内に在りし安らぎに帰るごと哀しき夜は身を丸め寝ん
塩鮭の骨を砕きて生まれくる子のため食みき物の無き頃



  第二歌集「京の曙」
◇中埜 由季子
◇平成十四年一月一日
◇角川書店発行 
◇定価二千八百円
◇京都府に在住の著者の平成八年から平成十三年に至る三百三十一首を収める。


凄まじく思惟の生れれば浅はかにわが身はゆらぐその思惟のなか
青麦の伸びゆくかなた積乱雲わきて劇しき朝はじまる
子の経験はわが経験にてかぎりなく悲し遺体第一発見者吾等
後先を見るなき行為批判すれど顧みて若きわれもして来し



  第四随筆集「二人静」 歩道叢書
◇畑山 覃子のぶこ 
◇平成十三年十二月十五日 短歌新聞社発行
◇定価二千五百円
◇新潟県在住の著者の平成十年から三年間にわたる作品を収める。
    ―ねむの花―
ねむの葉は風にそよぎて桃色の花柔らかし葉の上に咲く
 「七月十九日(水)庭にねむの木が一本ある。玄関を出た所である。このところ、毎日暑い日が続いている。ねむの木は大きくなった。風が吹く度に葉がゆらゆらとゆれている。花が咲かないかなと或る日、木を見に行った。咲きだした。赤い花である。赤い花が葉の上に咲いている(以下略)。」



  第二歌集「夏日」 歩道叢書
◇五十嵐 邦夫 
◇平成十三年十二月四日
◇短歌新聞社発行
◇二千五百円
◇東京都在住の作者の昭和六十三年から平成十三年までの作品四百五十首を収める。


万両の落実そこここに芽生えをり根をおろしたるものの親しさ
明るさの未だ残れる日の暮にけぢめの如く雨戸を閉ざす
地中より湧き出でて来し真清水は鉱物の如き輝きをもつ
蛍光のあかりを消してしばらくは残像のいろ見つつ眠らん



  第一歌集「余映」
◇上倉すみ
◇平成十三年十一月十六日
◇豊友印刷発行
◇非売品
◇神奈川県在住の著者の平成元年から平成十三年に至る作品を収める。


春雨のけぶれる朝は快し臥床に永くわれはまどろむ
こほろぎの鳴く声夜毎繁くなり季節はまぎれなく移りゆく
子の髪に白髪のあれば改めてわが年齢を思ひ知らさる
夏暖簾はや片付ける頃となる短かき夏の名残を惜しむ
厨辺に煮炊きするのも好もしき季なり青菜茹でつつ思ふ



  第一歌集「日照雪」
◇中田 正夫 
◇平成十三年十一月十六日 
◇短歌新聞社発行 
◇定価二千五百円
◇北海道在住の著者の昭和二十六年から平成十三年に至る千五百四十一首を収める。


地震なゐやむや程なく雪が降り出でて更に風をも伴ひ始む
わが腹に重くひびきて石炭列車ストライキ終へし今朝動きゆく
停電の続きゐてひそとせる街に遺体着くと言ふ終列車にて
いくさにて果てたる人ら何思ふ長寿世界一海外旅行千数百万か



  第三歌集「春容」
◇渡辺 兼敏 
◇平成十三年九月二十七日
◇求龍堂発行
◇定価三千円
◇著者は青森県在住。


つつましくなりて見て佇つ万作はつめたき中に花開きつつ
夕ぐれのひかりの中にからうめのその香ただよふ風ふきしかば
しめやかに降り来し雨は大粒のあられとなりて冬ぞ来向ふ
木枯しは嶺を超えきて熊笹のそよぎの音も聴くべくなりぬ



  第四歌集「来往」 歩道叢書
◇秋葉 四郎 
◇平成十三年九月二十六日 
◇短歌新聞社発行 
◇定価二千二百円
◇千葉県在住の著者の昭和六十三年から平成六年までの作品七百七十三首を収める。


陶磁器に入りし亀裂のごときもの感じつつ組織のうちに苦しむ
まのあたりビルの全面ミラ―壁冬空ふかきころの寂しさ
夏花の葵咲きいで一叢のみどりのほとり人のまぼろし
あかつきの空わたる風息ながし人の営為を交へざる音