田丸英敏歌集『屋上』 波克彦
歌集『屋上』は田丸英敏氏の第二歌集であり、第一歌集『備後表』を上梓してから二十年間、平成六年から二十六年までの作品五百八十一首を収めてなる。作者の四十九歳から六十九歳という、人生の熟年期の二十年であった。その間に苦楽を共にした妻の急逝に遭い、失意の中で娘との二人の生活には人知れない苦労があったことが想像される。妻の逝去後十年間「歩道」誌も休詠した。この歌集は畳職人として五十余年を過ごしてきた中での日常の矚目を中心にし、また幾つかの旅において目に触れた矚目を適宜収載して成る。
日常の矚目には実直な作者の生活態度から生まれる写生短歌として印象深い作品が多い。その中から紙面の許す限り幾首かを次に挙げる。
夕立のたちまち止みし仕事場に湿りて熱き風の入り来る
敷込みし畳の
続きたる夜業に身体重くして布団に沈むごとく眠りぬ
冬の日の弱くさし入る仕事場に蜂が飛びゐるよりどころなく
新草の表仕入れて圧すごとき香りのなかに一日仕事す
いち日の終章として屋上に出でてしばらく夜風にひたる
畳縫ふ調べある音畳截る乾きたる音けふ機械良し
春彼岸すぎて寒さの戻る日に
服用する薬もノーベル化学賞に関はりありと知りて嬉しも
フリーターと呼ばれる娘ひとつ家に生活時間を異にして住む
畳を縫ひ畳担ぎて五十年わが
雷鳴の近づきくれば口惜しく製畳機器の電源を切る
わが妻の十三回忌の法要に歩み初めたる孫の加はる
夜廻りとわが打ち嗚らす拍子木の音は寒空の町にひびかふ
また、旅の矚目を題材として詠われた歌にも作者の人柄を表す機敏な眼差が感じられる作品の数々があり、例えば次の作品は作者の視点を共有できる。
夕暮の海に航跡曳かずして浚渫船が重々帰る
倉敷の祭礼に群るる人のなか山車のひとつが慎ましく行く
合歓の木の影やはらかき下道に商ふみれば憩へるごとし
明けやらぬサイゴン河を往く船の汽笛の大き音に目覚めつ
石垣島に祭あるらし海遠くへだてて小さき花火の上る
古稀を迎えた作者の今後一層の健詠を期待したい。