刊歌集  平成13年(9月)~20年【作品】 【歌集一覧】 平成21~現在【作品】 【歌集一覧】


  『遠き山』について ~ 風土の力  秋葉四郎


 自ら描いた磐梯山のスケッチが表紙になっている佐藤順子さんの第一歌集『遠き山』を一読して、斎藤茂吉がそうだったように、作歌の原点にみちのくの山々、風土が強く影響し、自然に対して敬虔であり、山の気を受け、粘り強く緻密に物事を成し遂げる、そういう人の作歌だということを強く感じた。一巻を通して作者のその気息が伝わってくる。そして、「歩道」での三十年の作歌が、何時の場合にも佐藤さんの日々を支えている。作歌の本道を進んでいる証にほかならない。
 佐藤さんの三十年の作歌のうち、最もつらい時期は御主人が人工透析後に、脳梗塞で倒れ、寝たきりになり、それを介護した三年余であろう。次のような作がある。
  入院の夫の許に通ふ日々待つ人あるをさいはひとする
  磐梯と飯豊をつなぐ大き虹萎えたるわれの心を照らす
  病院への四通りの路気まぐれに日毎に変へて孤独に歩む
 そして、自宅介護になる。
  幼子にもどりし如き夫看つつ楽しむ日あり子のなきわれは
  介護するわれの心を映すごと夫とわれの哀楽の日々
  眠りよりうつつにかへる哀しさや傍へに平たく夫臥しをり
  仏壇に向かひて夫亡き父母に詫びを言ひをり病み臥しながら
 そうしてついに御主人の死を迎える。
  救急車に頼りて行くは幾度かまたうろたへて夫を運ぶ
  三とせ余の夫の介護を終へしいま悲しみよりもただ虚ろなる
 こうして作者は、自身が夫を見送れたことに安堵さえするのである。十分に看取り得た心からの詠嘆である。強い生き方である。茂吉に通う「みちのくの風土性」を本集に私が感じるのも決して誇張ではあるまい。佐藤さんは言う「たくさんの方々に助けられての介護でしたが、作歌することによって救われる毎日でした」(あとがき)。「純粋短歌」を継承し深めようとするわれわれにとって、喜ぶべきことであり、本歌集の誇るべき特色が先ずここに在る。
 更に、本歌集をいろどっている秀歌に、雪を点景にしたものがきわめて多い。
  坂なせる町の通りは人気なく融雪の水滝のごとしも
  絶え間なくふりくる大き雪片は地に近づくをためらふごとし
  わが窓に降る雪の影慌し夕べ街灯の点る頃ほひ
 最初の数ページにこれらがあり、
  ポストまで往路につきし足跡を辿りて帰る雪降る夕べ
  行く道のふぶきにたぢろぐ午の空雪雲透す日輪まぶし
  雪原に若きが操るスノーモービルたちまち遠き光にまぎる
等、作者の作歌の原風景「みちのくの風土」を思わずにいられない。また、
  飼犬の体に日の丸巻きつけて送りし戦時を媼の語る
  学校にて軍需の仕事せしわれらの卒業証書葉書大なる
等、長い人生経験の輝く作品もあって一巻は自在だ。「歩道」の誇るべき歌集の一冊とし
て多くの人に読んでもらいたい。