『はけの蛍』について 花崎邦子
小島玉枝さんの第二歌集『はけの蛍』が上梓された。第一歌集『はけの水』に続き第二歌集『はけの蛍』には平成十七年より二十七年までの六七〇首が収められている。
あとがきに日常生活と旅行の歌をまとめたと記されているが、作者の率直な人柄が惜しみなく行間に溢れ魅力ある歌集となっている。
作者は昭島市に在住し、
はけの水沢道を越え眼下の蓮を乱せり雨降るあした
春早き荒き風吹くはけの道疎林にひくく水の音する
水の音単調にして篁のうちに入りゆく蛍ひとつは
水道水百パーセントが井戸の水うまきをのみて昭島に住む
これらの歌には真実味があり読む者の心を捉える。師の秋葉四郎先生もこれらの歌を「はけ」の恩恵だと評価して居られる。
風呂ほどのわが家の池にも春が来て金魚が泳ぐ三月一日
天空にひびき激しく降る雨に瓶の金魚を思ひてゐたり
睡蓮を入れて金魚の動き見る澄む水の中何事もなし
作者のライフワークとも言うべき一連の金魚の歌である。金魚への思いを吐露しひいては作者の心の有り様がうかがえる。実に暖かい歌である。
年齢はわが子ぐらゐの外科医師に病をあづけ早や五年すぐ
事務的に診察終ると言ひくれし声に五年の思ひのこもる
加齢にてある日気付けば白内障抗ひ難き手術うけんか
日帰りの手術を受けて帰りくる大き繃帯に戸惑ひ乍ら
幸せなる老いと見るらし人は皆泣きたき事を抱へをらんに
縁先より落ちたるわれの不甲斐なさ失意に変る老いといふこと
老を肯定し積みあげた人生の経験を糧にしてしみじみと歌い魅力ある作品となっている。
安堵にも似たる心地になりてくる如月ぬくき日のさしくれば
人の世の営みなどにかかはらず行雲白し歳晩の空
新しき細胞生れよ窓明けて若葉の匂ひ思ひ切り吸ふ
これらの歌はみずみずしい感性にて日常をのびやかに詠っていて心惹かれた歌である。
文語体片仮名まじる父の文とほき明治の詩のひびき持つ
思い入れのある一首にてお父上への供養と思いが十分に出ていて心うつ。実にすがすがしくもある。
「あとがき」に生家に歌の土壌があったと述べられ、お父上の短歌が掲載されていて胸を打たれた。
作者小島玉枝さんと私は長きにわたり池袋東武カルチャースクールにて机を並べ秋葉四郎先生にご指導いただいたご縁である。教室にても先輩である作者は豊富な知識にて私達をリードして下さった。その秋葉先生が『はけの蛍』の帯文に円熟を喜ぶと記されている。嬉しいかぎりである。ご出版を心からお祝いし、更なるご健詠をお祈りいたします。

