家族へのひたすらな愛
― 歌集『おもかげ』 ― 古賀雅
歌集『おもかげ』は、福岡市在住の安部恵美子さんの平成十四年から二十七年まで十四年間の作品を収めた第一歌集である。
夫君の家業医院を開院されてのち、七十七歳で「歩道」に入会され、すばらしい作品を作り続けている。佐藤志満先生や秋葉四郎先生の御指導への感謝が「あとがき」に記されている。
電話にて孫の声聞く
ぐさをしのぶ
かく迄も子や孫いとしきものなるか家に残る
もの思ひ出となる
迎へられ夫は今朝も出勤す六十有余年医師に
て励む
最初のころの作品には、お孫さんのかわいさや二人の子供さんの御活躍、元気な夫君の姿などを暖く包みこむ作者の姿が中心になっている。
足弱り何処にも行けずなりしわれ唯黙々と日
を暮らし居り
太き血管浮きたる手足ぎこちなく動くはかな
し夫病みたり
年老いて病に伏しゐる夫の身めぐり静けし水
底の如
手術後のわが身省みるいとまなしひねもす看
取るやめる夫を
御自分も体調をくずし、夫君の病も重くなり看病に付き添う苦しい体験の作品が続く。
長く病む夫を看取るなぐさめは木の葉のうつ
ろひ空のうつろひ
寝支度の整へ終れば眼をつぶる夫のいとし夫
のかなし
わが手にて看取りつくさんと思ひしに疲れ果
てたる今のわが身よ
夫君の病が更に重くなり、作者の体調も悪くなる。苦しい看病のありさまが切実である。同時に作品にますますの重みが加わってくる。
悲し悲し昔のわが歌目にすれば現に夫現れて
くる
ひたすらに互に心かけ合ひし六十五年余の日
々を忘れず
ことごとにたち来る姿おのづから長き年月の
夫のおもかげ
『おもかげ』は「目先にないものがいかにもあるように見える、そういう顔や姿や物のありさま」であるが、この三首には亡くなられた夫の「おもかげ」が明らかに示されていて、夫への愛情が表現されている。
作者には平成十九年「若き頃情に溺るとあらがひし短歌今こそわが命なり」の歌がある。病気や看病の苦しみの中で深化され、「短歌今こそわが命なり」の気概で、家族への愛を深める歌を数多く作られている。
この歌集は、夫の「おもかげ」を描いた作品が多く深刻な内容も多いのに、読後さわやかな印象が残るのは、種々の花が詠われていることによるのかも知れない。六十種以上の花が九十首以上の歌にあり、華やかな花々が多い。身近かに育てられている花も多く、作品に巧みに生かされている。
歌集に秋葉四郎先生の序歌三首がある。その中の二首。「おもかげは二人の生の夢うつつ一首一首の歌にかがやく」「身を尽し看取り送りし亡き人が君を護らんこれよりの日々」
これからも、暖かい序歌の思いを胸に、いよいよの力作を期待してやまない。