小林智子歌集『白露』 樫井礼子
長野県在住の小林智子氏の第三歌集「白露」は、平成十一年から平成二十六年前半までの作品五百四十八首を納め、歩道会員としても大ベテランの充実した老境を展開している。
小林氏には数年前にお目にかかったことがあり、その際に伺った佐藤佐太郎先生を師事する情熱の深さに感銘を受けた記憶が蘇る。
信州の自然の中で、厳しくも美しく澄んだ四季の情景を自分に引きつけて抒情豊かに歌う作品群は読む者の心に沁みてくる。また、家族を看取り、海外に住む子らを歌って篤い人情を吐露しつつ、保護司としての観点から歌う作品など積極的に社会に対峙する逞しさも作歌の原動力となっていると思われる。
まず、佐太郎への畏敬の念より生まれる作品は歩道会員にとって特に切実に響く。佐太郎歌碑については四季折々に訪ねて歌い、その真心の籠もる姿勢に胸を打たれる。
みづからの厳しき手形示されし師を偲びをり
立秋ちかく
先生の歌碑建つる場所定まりて憩ふ彼方にや
まぼふし咲く
幾度も振り返りつつ先生の歌碑に別るる雪吹
きくれば
先生の歌碑のみまへに開きたる黄月忌歌会の
車座親し
ご自身や家族の生老病死に際しての作品、特に若い家族を葬送しなければならない歌には哀切の情があふれ、胸に迫るものがある。
予後の身に夏をしのがんにんにく味噌ねりゐ
る厨に蜩きこゆ
抗癌剤呑みゐて食を厭ひゐる嫁の背を撫づ老
いしわが手に
餌づけせし雉鳩二羽の歩む庭夢のごと美知子
の柩出で行く
哀韻の歌ばかりでなく、保護司として少年等を導き見守る立場から詠まれた歌は懐の深い愛情を基底としてあたたかい。
新成人になりにし君を想ひをり三百頭の牛飼
ふ聞けば
身近な自然と心情を歌った清澄な作品群には、丁寧に視る姿勢と無常観によって捉えられた万物の儚さを切々と表現している。
幾度の寒のもどりに逢ひし梅長く咲きつつ盛
りなく散る
峡の空限りし山の頂に及ぶ朝焼しづかにをは
る
老いの身に耐へつつ過ぐる猛暑の日柿の青実
の落ちつぐが見ゆ
作者の生業としてきた営農の歌は圧巻であり、老を悟りつつ働き、農作業しつつ老を肯わねばならない現実につよい感動をおぼえる。
葱を作り馬鈴薯作り瓜作る老いて励むに佗し
さのあり
楽しみて五畝ほど作る菜園に八十過ぎのわが
影うごく
朝光に真白く露の輝けり放射冷却の畑しづま
りて
一方で宇宙に思いを馳せる歌などに作者の内にある活気が認められ、読む者にもその生気が伝わってくる。
接近しさかる火星に探査車の着くとふニュー
ス胸あつく聞く
佐太郎短歌を多くの人に伝えたいという熱い志と「作歌真」を拠り所として作歌に励まんとする純粋な情熱に打たれつつ、今後も御健詠されることを期待申し上げる。