菅千津子歌集『驟雨』 清宮紀子
菅千津子さんの歌集『驟雨』は、第二歌集であり、平成十二年より二十五年までの作品が収められている。
「あとがき」によれば、「本集を編む十四年の内の五年程には、人退院を繰り返した夫の介護、その後に迎えた死に関することが含まれております。そのことは、これまでの八十年近い私の人生のなかの驟雨のようなものであったと思います」、と書かれている。菅さんは、ご主人の死の前後の一年間を詠んだ三十首「驟雨」により、平成二十二年「歩道賞」を受賞されている。その時「ささやかながら残生は短歌に捧げ短歌に依って生きようという思いを強くしております」と述べている。本集はまさにその精神が貫かれた珠玉の歌集といえる。
平成十八年「入院」「石積のダム」より
まれまれにケーキを買ひて病室に二人にて食
ふ夫の生日
吉野川に沿ひつつひと日あそぶまで夫癒たり
思ひみざりき
平成十九年「水音」より
人体の不思議と言ひつつ病巣の消えしこと医
師はわれらに知らす
平成二十年「運転免許」より
再起への意欲と思はん病む夫が運転免許更新
をする
晩秋の日ざし溜れる門さきに夫を迎ふる車椅
子おく
平成二十一年―二十二年「桜鯛」他より
久々の帰宅かなひし病む夫にさくら鯛わがさ
ばきて造る
あるときは苛立ちわれにもの言ふを夫の保つ
気力と思ふ
だ温かし
常恋ひし古里よりの新米を逝きて間のなき夫
に供ふ
入院されてからの五年間ご主人を看取りながらの作歌であり、夫婦の心の通い合いが、一首一首に込められている。歌集の帯に寄せられた秋葉四郎氏の文章の中に「長年連れ添った夫君との永訣が哀韻となって一巻の抒情を深くしている」とあるが、まさに真実を捉えていると思う。序歌に「こころ篤く夫君を看取る日々の歌いはばバラード涙
いましがた過ぎ驟雨を拭ひつつ祖の地に夫の
御骨納むる
ひたすらに夫看取りし歳月はたまものなりき
過ぎて思へば
序歌の二首目に「相ともに見たる琵琶湖もアラスカもその実相をとどめて親し」がある。
平成二十三年「アラスカ短歌の旅」に参加され多くの歌を作られた。
まのあたり崩るる氷河の末端は青の鮮らし鋭き
断面
草木のもみぢ美しき丘のはて新雪けぶるマツキ
ンリ―は
三回忌終へて出で来しアラスカの涯なき黄葉夫
は知らず
菅さんご自身の経験を尊重し、境涯にしたがい一期一会のなかの直観に詩を求めて、これからも努力されるであろうと思われる。
自らが育む
ゆかな

