藪弘子歌集『この山里に』 星野 彰
歌集『この山里に』は藪弘子さんの第一歌集であり、平成二十三年から現在までの四百六十二首を収めている。この集を通して感じることは作者の質実な気性と在地に根を下ろした繕わぬ自然な生活、日常である。その中に生起する悲しみ、苦しみ、喜びを淡々と詠って静かに感情を消化して行く作者の生き方に共感させられる。巻頭の歌。
かすかなる花のふれあふ音聞こゆ馬酔木の赤き花房ゆれて
は作者が歩道短歌会に入会した平成二十三年の歌であるが、既に作者の心性と今後の方向性を暗示する、静かな情緒ある歌である。作者の家族愛は娘、孫、夫を詠って余す所ない。夫への挽歌、
鳴く鹿の寂しき声を聞きてをり唐突に来し夫との別れ
観覧車ゆつくり回り天辺に来し時亡夫との距離は最短
は作者が歩道入会より研鑽を重ね、人生の重大時に当って遺憾無く力を発揮したものである。「観覧車」の歌は夫を失った作者の悲しみと孤独感に溢れて読者の涙を誘う。娘の歌
リビングに薔薇の香りの漂ひて明日嫁ぐ娘のブーケを作る
は嫁ぐ娘を祝福する気持ちと少しの寂しさが綯交ぜになった複雑な気持ちを主観語を用いずに上手く表している。
店並ぶ万古祭りの人込みをすり抜け走る孫をひた追ふ
は孫を詠って甘くならず、孫と作者の姿を生き生きと彷彿させる。また、羈旅歌もこの歌集の大きな魅力である。
山深き大峰山にわれは来て女人結界の標識きびし
千二百匹の鮪あがりて魚市場活気を帯ぶる勝浦の朝
これらの歌は単なる叙景の歌ではなく作者の心の有様を思い起こさせる歌である。固有名詞がそれぞれ意味を持って歌の味わいを深くしている。そしてこの歌集に通徹する安穏さは日常詠・生活詠の中に顕著である。
人参を間引く頭上に低く鳴く秋の雲雀の声は物憂し
夕闇の迫り来るころふはふはと青田の上に蛍飛び初む
これらの歌には生活者としての作者がいる。同じく日常を詠っているが
風強くあがる花火の歪みたり夏の終りを寂しみて見る
には作者の独特の感性を垣間見る。最後に、健康を気遣う歌を挙げる。
地底より響き来るごとき音恐れMRI検査受けをり
壊れゆく骨の叫びを聞く思ひエコーの部屋はひんやり暗く
これらのは単なる病気詠から一歩抜き出でて抒情詩として成立させている。
これからの御健詠をお祈り致します。
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