刊歌集  平成13年(9月)~20年【作品】 【歌集一覧】 平成21~現在【作品】 【歌集一覧】


   巽谷一夫歌集『コロナマスク』  星野 彰


 巽谷一夫氏の第二歌集『コロナマスク』は、第一歌集『朝の道』の上梓から僅かに三年弱にしての上梓であり、作歌への志気の高さに驚かされる。第一歌集名が『朝の道』とあるように巽谷氏の歌には朝の歌が多く、『コロナマスク』にも朝の歌が多い。朝の歌と言っても、叙景歌あり、境涯詠、日常詠ありと内容は様々である。そしてそれらいずれの歌にも作者の瑞々しい感性が溢れている。また、瑞々しい感性があるからこそ一日の始めである朝に心が鋭く刺激させられるのであろう。叙景歌としての朝の歌では次の歌が私は好きである。
  降りそそぐ朝の光に溶けるごとわがゆく道に若葉もえたつ
  朝の日をゆたかに浴びて時をまつ冬枯れて高き公孫樹の並木
 どちらも朝日が詠われて主観語はないが、作者の存在、清々しい気持ちに居る作者を感じさせる。結句の「若葉もえたつ」の終止形止め、「公孫樹の並木」の体言止めできりっと収めて一層そのように感じさせる。境涯詠、日常詠としては
  梅雨たけて霧ふ朝道あぢさゐの濃すぎぬ色の花に憩ひき
に惹かれた。「あぢさゐの濃すぎぬ色」に憩うところに作者の心境が現れているように思う。気持ちの消極的にある時であろうか。時事詠•社会詠には作者の正義感と不公平に対する怒り、悲しみに満ちていて読む者の心を打つ。
  富裕層と貧困層の分断を「パラサイト」映すつつみ隠さず
  砂糖きびの刈取り奉仕に参加せし与那国島に基地増えしとふ
  日本法が米軍の公務に及ばざる条約が問ふ真の独立
 これらの歌には単に社会的事象を詠むことを越えた作者の悲しみが内包されて、淡々と詠まれていながら読者の同情を得るのである。
 境涯詠•心象詠としては
  左膝に被弾し生涯義足にてあゆみし父の逝きてひさしも
  白兵戦の痕跡といふ切つ先のこぼれし父の軍刀を見き
 の亡き父を詠った歌に感動した。一首目も二首目も事実を具体的に述べて作者の感慨の深さを思わせる。「生涯義足にてあゆみし父」「切つ先のこぼれし父の軍刀」には作者の言いようのない悲しみと父への深い愛情に溢れている。以上、『コロナマスク』は作者の健全たる精神のなかにも内に湛える悲しみも見せて奥深い、味わい深い歌集である。