藤島鉄俊歌集『前途』―境涯の短歌 土肥義治
歌集『前途』は藤島鉄俊さんの第一歌集であり、平成二十年から令和二年までの作品が収められている。藤島さんは平成十三年に「歩道」に入会し、秋葉先生指導の「歩道マルタの会」にて短歌実践の研鑽を積まれた。現在、日本歌人クラブ千葉県幹事など要職にあり、短歌普及に尽力されている。
藤島さんは「歩道」に入会された当時は郵政関係の重責にあり、職場の苦労や定年に伴う心情を詠まれてきた。いずれの作品にも情感が漂い心を打つ。
民営後の査定厳しく成りてきぬ賞与明細つくづくと見る
肩書のなき身となりて名前にて呼ばるる職場に馴染みてきたり
定年後の勤めの終はり仲間らと今日飲む酒のわが身に沁むる
多忙な状況においても、歌友らとの国内・海外への「短歌の旅」に活発に参加された。その折に詠まれた作品が数多く収められている。
「右かうや左きみい寺」と刻まるる石標残る関所にぞ立つ
渦をまきやがてカーテン状になり緑のオーロラ低く降りくる
さがり花咲き満つる宵マングローブの森より甘きかをり漂ふ
複雑な現代社会の光る断片や変化を確かに捉えた優れた作品もある。
放射能検査済との書状添へ鮮度よき桃いわきより着く
いづこかに戦禍のありてこの平和常なるものと思ひてはならず
あとがきに「父は四十年程前に亡くなっていますが、母が平成三十年五月に亡くなりました」と記されている。父への追憶、母との永訣と鎮魂、古里への郷愁、はらからへの感謝、境涯と生への陰影などが詩情豊かに詠われている。
寡黙なる亡き父にして酒宴にて吠えるがごとく校歌歌ひき
夢見つつ縁者と友と尽くるまで話をしたるか母つひに逝く
母の葬儀終へて二日目散歩にてひとりとなれば涙あふるる
また、あとがきに「ここを土台にして前を向いて踏み出していこうと感じています。健康を保ち十年、二十年の前途を楽しく、有意義に送りたいと願っています」と記されている。
期せずして短歌に拠りて十八年生くる前途の力とならん
詩の浄化作用を感ずることのあり日々の作歌を長く続けて
月一度の愉しみとして居酒屋の創作料理をありがたく食ふ
この歌集は作者の境涯を力強く歌い上げていて、読者に深い感銘を与えると思う。愛読をお願いしたい。

