刊歌集  平成13年(9月)~20年【作品】 【歌集一覧】 平成21~現在【作品】 【歌集一覧】


  作品は永遠に生き続ける―歌集『霧氷』について―

           大塚 秀行



 歌集『霧氷』は、東京都昭島市に在住された野澤洋子さんの平成十七年から二十八年にわたる十二年間の作品を収めた第一歌集である。
 野澤さんは、十五年程前より短歌の勉強を始め、秋葉四郎先生の御指導の下、「歩道」短歌会に所属し、この度の歌集発刊に至ったとのことである。
 ところが、誠に残念の極みだが、野澤さんは、平成二十九年六月十九日急病にて逝去され、この歌集『霧氷』の完成を見ることはなかったのである。
 歌集『霧氷』には、明るくほのぼのとした作品や周囲の人々への思いやりにあふれた作品が多く見られる。
  内気とぞ思ひし孫がソロに踊るまばゆきばかり堂々として
  やうやくに空に上れる凧一つ繰るは幼風しばし吹け
  来て立てば岬は今日も風強く子らと来たりし思ひ出が湧く
  点灯に遅速のありてマンシヨンの人らのくらし夕べ見てをり
  幼名を呼び合ひながらそれぞれが病のありて話のはづむ
 孫、子、周囲の人々、ふるさとを見つめる野澤さんの眼が慈愛に満ちて、読む者の心を温かくする。
  無造作に積まれし石のすき間より草に花咲くわが散歩道
  大小の魚のおよぎ目に楽し水槽のなか衝突もなく
  わが下の川沿の木々霧氷して水晶の華咲く如く見ゆ
  山奥の自然のくらしみつつ過ぐ闇にかすけき灯見ながら
 日常生活におけるささやかな発見に安らぎを覚え、旅における豊かな感受に共感する。秋葉先生が「わが下の」の中の「霧氷」を以て歌集名とされた。
  一人ゆく土手道たちまち暗くなるこの道ゆくより他に道なし
  ひこばえの伸びる強さにあやかりて吾も生きんか命のかぎり
  死に近くいくたびも見する母の笑み姉妹三人が見守りてをり
  親子孫三代にてわれ旅をせし事など思ふ午後のたまゆら
  身の震へ精神の衰へ思ふとき気丈なる母がまなうらに顕つ
 現実をあるがままに受け入れて、真正面から強く生きていこうとする野澤さんの姿に深い感銘を受ける。
 そして、豊かに生き抜いた野澤さんの人生が短歌に結晶され、作品は永遠に生き続けるだろう。