昭和36~57年年度賞(作品) 年度賞(受賞者一覧)


年 度 賞


平成六(二〇二四)年     


  追  憶    前田弥栄子


故郷は水田の光りゐる頃か朝より小綬鶏声張りて鳴く
ひと時の雨降りすぎて夕光のながき庭の辺梅の実育つ
孵化したる毛蚕を怖々覗きゐき祖父を囲みて幼きわれ等
雪の下咲き十薬の咲く庭に湿り帯びたる朝の風吹く
朝夕の寒暖にわが慣れがたく蕁麻疹出づ父の忌近く
朝光のはやばやと差す厨辺に甘酢漬けせん辣韭洗ふ
追憶は祖母にかかはり懇ろに絹さやを摘む梅雨の庭の辺
水引の花穂に朱の帯びゐつつわが生日の夕ぐれ長し
ありありとわが生れし日を語りたる姉はやも亡し鶏頭の咲く
半夏生のさみどり庭に暮れ残り母の享年越えたりわれは
亡き人の多くなりたる故郷をとほく偲びつ孟蘭盆近し
行く路地に花しろじろと韮の咲き地区の当番半年すぎつ




平成五(二〇二三)年     


  白き百日紅   原田美枝


今年またここの入江に渡り来て憩へる鴨ら二千羽ほどか
昨日の雨晴れたる午後の峡の道空にひびきて竹伐る音す
梅雨のあめやむ空暗く埋立地の入江にせめぐ満潮暗し
網膜の血流障害などと言ふわが身におこることを訝る
家ごもるわれに見よとぞ庭に咲く白き百日紅日にし輝く
コンテナを積み長々と貨車の行く朝より暑き風まきあげて
歯の弱き夫にと衝動買ひしたるバナナは重し散歩のみちに
病みがちのわれら気づかふ長男が帰省し数日テレワークする
道の辺の自生の一樹紫の花咲きてやうやく楝と気づく
海峡よりかすかに潮の上るらし入江の水面冬日にひかる
両の目の瞳孔開きし日の夕べ覚束無きまま食事用意す
夜明け近き四王司山の西の空昨夜見し満月沈まんとする




平成四(二〇二二)年     


  ひぐらし    佐々木勉


弟を看取ると病院へけふもゆく生きて逢へるはあと幾日か
弟の逝きて初七日わがあゆむ渚草むらに浜茄子熟るる
ひぐらしの遠く聞こゆる夕暮れにひとり飯食ふ弟逝きて
こころ病む苦悩つづりし弟の遺品の日記見つつ涙す
手をやすめしばしばものを想ふなど弟の遺品の整理すすまず
初馬を西の方角に向き変へて新盆最後の夕暮れ寂か
波荒らぶ新盆明けの朝の海西方浄土へ手を合はすなり
むし暑き初秋の空にほのじろく浮かぶ孤独の昼の月あり
老い独り酒酌みをれば親しけれ畳にこほろぎ一つ鳴きそむ
悔い多き記憶のみ顕つ寂しさや七十九歳を省みたれば
家族にておせち料理を楽しみし思ひ出はるか今独り老ゆ
歌詠めば老いの心のかく癒えて吹雪ける夜を眠らんとする

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