2024(令和6)年度 歩道賞受賞作
出 向 星野 彰
職退けばしがらみ全て無きものをいまだ尾を引くわが性かなし
あかつきの製造ラインの実習に眠気おさへて検品をせり
営業と決まりしわれに亡き父はつくづく言ひき「誠実にあれ」
長かりし勤めの日々のおほよそは予算達成に追はれゐたりき
目標の未達の部下をいさめつつ過大な求めに心はいたむ
タクシーは取引先に近づくもいまだ言ひ訳まとまらざりき
唐突に取引中止を告げられし日の戸惑ひをいまだ夢見る
帰り来る街はし吹きて夜もすがら開くスーパーの灯りのしたし
一泊の検査入院の夜にさへ販売憂ふるメールの多し
改札を過ぎつつまたもよみがへる思ひ掛けざる部下の退職
妬心なきわれの心と言ひがたし昇進辞令を掲示に見つつ
帰り来て生家の椅子に坐るとき胸のつかへの消えて行きたり
あたふたと取りし運転免許証持ちて赴任すニユージヤージーへ
手術後の体やしなふ妻置きて赴任せしこと今に悔いをり
聞き取れぬ英語の会議に臆しつつ帰任する日の遠きを思ふ
価格交渉のすべなく帰る国道にケンタッツキーの入り日が赤し
帰国する妻をゲートに見送りて戻りし部屋にボブ・デイラン聞く
崩れ行くツインタワーの中継に叫喚たぎつわれのオフィスは
伊勢崎の関連会社へ出向の内示の電話を米国に受く
つぎつぎに命はくだりて出向より転籍となりわがキヤリア終ふ
やうやくに曙光見えしが親会社は精算せよとにはかに命ず
朝礼に今期スローガンを誦せしめ心はむなし来期なければ
社員らに清算の旨告ぐるときわれの心のふるへ止まざり
それぞれの社員の行き先見届けてわれみづからの行方をはかる
さいはひに滋賀の湖南に職を得てふたたび単身赴任となりぬ
手の空けばわが励みたる工場の薔薇園いまも花みちゐんか
職を退く日の迫り来てよみがへる朝つとめに出づる父の背
目ざましの不用となりて久しかり職を退かんと決めしころより
職退きて十年なるもうちつけにかの日の悔いのかへる夜のあり
戦前の少年工のわが父が定年むかへし工場の見ゆ
歩道賞候補作
天草灘 荒木 精子
沖をゆく舟に付きゆく海豚見ゆ折々眺ぬるしぶきが光る
岸壁のマリヤの像に見守られ昏れゆく海へ漁船出でゆく
教会の畳敷きなる親しさや正座をなして静かに祈る
漁火は連なりしまま消えゆきぬ夜ふけて灘は霧のたつらし
薄明の海を飛び交ふ鳶の声透りて聞こゆ今日もはるるか
朝市のその身ひかりて腹太き天領鯖がたたきに並ぶ
西吹きて波のあるらし空おほふ冬海の音聞きつつ眠る
この朝灘をおほへる気嵐に視界はおぼろわが眼もおぼろ
春潮のたゆたふ砂嘴に南限の浜沈丁花香にたちて咲く
暗みゆく病む眼に確と止めんか天草の海天草の島
季は移ろふ 大塚 秀行
検診を無事終へ帰る道の辺に咲く紫陽花の藍身に沁みつ
午後に入り鳴きたる蝉のこゑ絶えてわが街けふも猛暑日となる
澄みわたる朝の空にあをき富士顕つ見え街は夏逝かんとす
うつし世は虚しかりけれ中東の報復の連鎖止むる術なし
癌の手術受け八年か支へられ今日ある生をわれ感謝せん
為すべきを終へたる夕べ安らぎは金木犀咲く花の香にあり
山麓のみ寺の石段休みつつ登りき妻もわれも老いたり
一年のかがやき終へて山並に沈みゆく日を庭辺に送る
つつがなき日々にてあれと丘に立ち雪山富士に祈る元旦
芽吹きたる柿の木下にふきのたう出でわが庭の季は移ろふ
鷗の声 樫井 礼子
秋分のちかき朝の日低く射し外川漁港の家並みあかし
山際にまばゆき光せつな見え仲秋の月たちまちのぼる
三昼夜雲をまとひし常念のいただき今朝は猛き雪嶺
歳晚の畑焼くけむり入りつ日にかがやき人の営みあはれ
真冬日の今日は日すがら薪を焚き病もちたる夫と籠もる
庭に干す洗濯物より蒸気出でダイヤモンドダスト突然に舞ふ
冷えまさる北アルプスに幅ひろき滝雲かかる大寒の暮
屋上に出づれば巡りは広々と震災跡地日に照りわたる
やうやくに水温むなどわが言ひて今年もこの地に春を迎ふる
今年また早き雪消か五月尽常念岳はあをあをと立つ
選考経過 波 克彦
今年の歩道賞の応募は十五編で昨年より少なく寂しい状態であった。しかし長年「歩道」で修練している方々が積極的に応募し、また既に歩道賞を受賞している方も応募して歩道賞を盛り立てていただき、一方初めて応募した方もあって喜ばしいことであった。
応募者の名前を伏せた作品の写しを事務局から選考委員の秋葉四郎、香川哲三、波克彦の三人に送り、三人がそれぞれ候補作案を選出し、八月四日に波克彦を選考委員長として三人がWEBで選考会議を開催して審査にあたった。秋葉氏は二人、香川氏と波はそれぞれ七人を候補作候補とした。その結果は別表の通りで、選考委員二人以上が採った作品を歩道賞候補作とし、今年は四人が該当した。その中で選考委員三名全員が選んだ作品が一編あった。今年はその一編、すなわち「出向」と題する三十首からなる応募作を歩道賞と決定した。作者は星野彰氏である。
星野氏作品の「出向」一連は、会社人としての人生のあわれ•悲哀が強く出ており、一首一首に、また三十首全体として読者に訴えるものがある。会社人生を振り返ってこのように三十首を纏めた努力を高く評価する。「出向」三十首は歩道賞に相応しい力作であった。
また、選考委員二人が候補作とした作品三編(荒木精子氏、大塚秀行氏、樫井礼子氏)はいずれも三十首が安定して読める作品からなっていて良い歌が多く、力量のある作者の作品群であった。ほかに上野千里氏、戸田民子氏、青木伊都子氏の作品群にも訴えるものが多くあった。
歩道賞の選考に当たって 香川 哲三
本年度の応募数は例年に比べて少なかったものの、純粋短歌と呼ぶに相応しい作品が何れの連作にも認められて、全体的に読み応えのあるものだった。そうした中で星野彰さんの「出向」、長谷川淳子さんの「明暮」、樫井礼子さんの「鷗の声」、大塚秀行さんの「季は移ろふ」に取分け私は注目した。これらの応募作に共通しているのは、詩情と響きを具備した作品が枢要を成していること、何故に三十首を成したかという必然性が感じられたことである。受賞作「出向」は、勤務者としての過去と退職者としての今を、一つの時間軸上に結んだ連作で、随所に勤務に関わる桎梏が滲み出た力作であった。例えば「価格交渉のすべなく帰る国道にケンタツキーの入り日が赤し」など、主客渾然たる詠風が目を引いた。作歌を始めて十数年となる星野さんの、短歌に対する熱意と、これまでの作歌努力が実を結んだ受賞を心からお祝いする。
なお、水準を超えた作品を三十首揃えるということは、簡単では無いと思うので、今から準備を始めて、来年は多くの人が歩道賞に応募してくださることを心から願うものである。
受賞の言葉 星野 彰
私は平成二十三年に歩道短歌会に入会致しました。短歌の世界のことは全く知らず、ただ誰かの指導を受けたいという気持ちからネットで探っていたところ歩道短歌会に出会い入会致しました。一年間は香川哲三さんに添削して頂きましたがその時、香川さんから言われた言葉が「短歌は人生を豊かにする」ということでした。その時は何を大袈裟なと思いましたが、現在は全くその通りという思いで一杯です。何よりかけがえのない仲間が沢山出来ました。己をさらけ出す短歌を通したお付き合いは気が置けないものです。今、残念に思うことは、もっと早く短歌を始めれば良かったということです。子育ての歌、勤めの歌をリアルタイムで詠みたかったということです。勿論、これらのテーマは回想としては詠みますがリアルタイムの感慨とは違うような気がします。でも、老には老の歌があります。そして短歌への情熱を失わない限り、何歳になっても上達できると信じています。今回、幸いにして歩道賞を頂くことが出来ました。これからの短歌制作への励みとし一層の精進をしたいと思います。有難う御座いました。