〔歩道賞 一覧(S36~H14) 作品 S36~49 S50~59 S60~63 H元~14年 (H15以降) 

2022(令和4)年度 歩道賞受賞作    

   埋み火        折居 路子
         
吹雪く日のつづきて籠るこのゆふべ今年限りの賀状を書きぬ
雪積めば雪掻く日々を疑はずこの地に生れて古稀をむかふる
わがめぐり凍土となりし夜の明けに鶴嘴もちて長男が来つ
解剖を終へてあかつき帰宅せし夫の背より雪の香たちき
余命知る夫看とりし半年の空白多き日記を捨つる
夫との約果たし得ず十四年悔かさねつつわが身養ふ
われの住む北緯三十九度の街立春過ぎて積む雪を掻く
あかぎれの指かばひつつ打診せし父を思へり雪降り止まず
しづる音ききて目覚むるこの朝落ちし垂氷に淡き日の差す
黄砂降るころにロシアの侵攻をききて今日また虐殺を知る
戦禍にて家失ひし人の列崩れし橋をわたりてゆけり
藁囲ひされし地蔵に手を合はす他国の死者に心寄せつつ
春浅き庭に遊べる四十雀うすらひの張る水飲みてゆく
雪残る土押し上げて蕗の薹もゆる三月季せめぎ合ふ
ながき冬終はらんとして畑土の匂をはこぶ風音したし
雪解けの水に淀める街川を見つつ茶房に無為のとき過ぐ
暁のあさき眠りに顕るる逝きし人皆こゑをもたざり
やはらかき闇迫りたる厨辺に友の採り来し蕨を湯がく
庭に咲く忍冬の花かをりよし道ゆく人が歩みを止むる
野茨の葉叢にねぐら定めしかゆふべ雀のかしましき声
こゑ上げて笑ふことなき独り居の口元さびし薄く紅さす
癌を病む友に託されわが庭に植ゑし黄の薔薇つぼみを持てり
行商の人の負ひたる籠なかの花にひそめる蜂の羽音す
わが思ひ言葉にならず黙すれば子は庭に咲く薔薇の香を言ふ
三人の男の子の父となりし子が口笛ふきてむつきを替ふる
午睡する幼の息に乳の香のありて安らふ留守居のわれは
まじなひを言ひつつ秋津飛ぶ空にぬけし乳歯を幼が放つ
うすれゆく遠き記憶にあらがひて父母の侍みし杖を磨きぬ
埋み火のごとく点れる街の灯を見つつ帰り来ひとりの家に
ゆゑもなく心貧しきひと日にて長く仕舞ひし聖書をひらく



歩道賞候補作


   彼岸花        青木伊都子

ホスピスを予約せし友思ふ夕わが窓近く冬薔薇ゆるる
コロナ禍に面会叶はず友逝きつ中天の月今宵明るし
救はれし命と思ひ続け来し献血叶はぬ齢となりつ
脳死後の臓器提供登録す家族そろひし五月の休日
足るを知り謙虚に生きよと言ひし母遺愛の鉄鍋磨けばゆかし
いくばくか後先あれど死後の世に亡き入ら待つと思へば安し
年を経て父母を見取りし悔恨も心なぎゆくわれも老ゆれば
昨日けふ心の晴れずわが義妹散骨を決め墓じまひをす
義父母見取り墓を守りて四十年夫われは今ともに老ゆ
菩提寺につづく畑道今年また義父の忌くれば彼岸花さく

   過ぎて三年      安部 洋子

難病と知りし衝撃に涙せし日より三年今日を生きゐつ
失語への症状いでてわが心伝ふる術なくのぞみ失せゆく
話せるは当然として生きこしに失語のいまの愁ひ深まる
覚めたれば言葉でぬかと思ひしに虚しき今日も朝を迎ふる
筆談とスマホ混へて用件を伝ふることにも慣れて三年
伝へたき事多ければ心急き筆談する手の震ひ止まらず
残生の見ゆる思ひに生きをれば寂しく今日のひと日も暮るる
治療にて転居せしより東京に住みつつ遠く古里を恋ふ
微かにも癒ゆる兆しのみえぬかと己の身体を守りゆく日々
病むわれに今日聞く医師のひと言を支へにこれより生きてゆきたし

   蹇          池野 國子

果たすべき家事全般のとどこほる蹇なれば自ら許す
日本海の防衛ならんか朝より機影の見えずその音ひびく
太陽のおぼろに見えて黄砂ふる畑に坐りて馬鈴薯植うる
頭痛もちの夫をりをり蹇のわれに替りて買物に出づ
玄関の戸を叩く音ひそかにて買物より帰りし夫のシグナル
酷暑の日々家ごもりつつ両足の痛みの激し如何になりゆく
水害に二度も遭ひたるわが生家つひに毀たれ更地となれり
穢れなき諸葛菜庭に咲きみちて海よりの風にその花ゆるる
安寧を祈りて祝ふ卒寿なる夫の生日雨降りしきる
輝きし若き日々過ぎ卒寿なる夫とわれとのつつましき日々

   八 月        石川喜美子

虚しさに夜空見上ぐるわが肩にしづかに触れて雪の落ちくる
窓により聞きをり弥生十五夜をとぶ白鳥の声の鋭し
わがめぐり一人居多く晩春の今宵おのおのの窓灯りたり
五能線の車窓に蒼き海を見し婚六十年の思ひ出あはれ
けふひとひ何事もなくくらししと寝室にさす月に真向ふ
年老いし樹のしづけさよ葉桜の枝のびて芝の上に影おく
週に一度の買物終へて帰りくるマスク透して栗の花の香
若き日に茂吉記念館尋ねしが馬の絵デスマスクなべて幻
遠き日に茂吉の墓所を尋ねたり同人の六人今すでに亡し
八月の六日九日十五日手をあはせつつ蝉の声きく

   職          遠藤 寛

四十年昼食をとりし休憩室シヨベルカーは五分にて潰す
根こそぎに倒さるる桜の傍らに五十周年記念樹の札立つ
シンナーの匂ひに慣れしは何時ならん塗装の職に就きて半世紀
作業終へ溶剤に浸すブラシにて爪の間の黒き塗料を落とす
三昼夜かけて塗装せし印刷機造幣局にて今も札刷る
ペンキ屋が短歌かなどと言ひし父病みてひそかにわが歌読みし
歌誌歩道二つ折りにして作業着のポケツトに入れペンキ塗りたり
鶏頭の紅燃ゑ咲く日墓石を父は磨きし顔映るまで
背をさする母にすまぬと小さく告げ涙流して父は逝きたり
父逝きて三十年経しがわが家には狂ひなく父の雪見障子あり

   蒲生干潟       大友圓吉

景観は大きく変はり防潮堤小山の如く干潟に迫る
津波より十一年か辛うじて残りし干潟の再生進む
茫漠と続く護岸に立ちをれば津波の怒濤再び浮ぶ
行政にしげく掛け合ひ守る会蒲生干潟を残したるとぞ
轟は音叉のごとく護岸壁伝はり行けり河上指して
洲を越ゆる波白々と見えをりて蒲生干潟に光あまねし
津波にて回復不能と言はれたる蒲生干潟に水鳥遊ぶ
防潮堤に立ちて望めば水浅き干潟は冬の日差しに光る
退潮か干潟の水の動きそむ冬の光を照りかへしつつ
外海と干潟を分かつ砂丘は浜雑草の枯れて伏しゐる

   この地に暮らす    樫井礼子

ゆふぞらの曇に光滲ませて蝕はじまりし月のぼり来る
照る月をおほひゆく影われのゐる地球のかたちと思へば親し
欠礼の葉書に友の死去知りて半世紀前のおもひでに泣く
その面に雪煙ひろく上がるとき常念岳のかたちのおぼろ
結氷の水路がにぶく光りゐる雪の予報の出づる午後の日
寒風のをさまる道の辺ひとつ木に脹雀の群がしづまる
陽の差さぬところは日すがら凍りゐる移居十四年この地に暮らす
山麓に雪雲降りてゐる今日は雪残る田に鴉らの無し
深夜なる沖の漁火船団と潮騒の音ひとつとどろき
SNSの友より短歌を作りしと今宵のわれにツイートがくる

   足跛の日々      菊池トキ子

日脚のび片側融くる土室の藁錆さびと雪畑に見ゆ
うつ血性心不全とふわれながら思ひもよらぬ病名を知る
麻酔にて苦しともなく入るカメラ異状無しとの声の聞こゆる
六階の窓に見下ろす桜花部活の子らの活気な声す
遅き雪消残る田の原風寒し彼岸中日墓原冷ゆる
茄子きうり春苗植うる畑楽し病のあれば心せかるる
待ちてゐし雨降り出でて不揃ひの大豆や里芋生き生きとする
減反に豆蒔く大型トラクター時の間に終へ田を移り行く
里芋の広葉にまろぶ水玉の朝の光を反してゆるる
膝病みて杖引くわれの菜畑は胡瓜やトマト背の丈を越す

   アカシアの花     佐保田芳訓

骨髄の移植を終へて問ふわれに医師は余命二十年とふ
妻が病みわれも病むなど年齢を重ねる日々の現実厳し
目覚めたる朝のいとまにゆゑもなくわれみづからの行く末思ふ
病院に記憶力なるテスト受け妻の憂ひの払拭出来ず
上飾のカーテンを縫ふ夢に覚め過去よみがへり胸あつくなる
夕暮に吹く多摩川の風寂し遠く大菩薩峠の見ゆる
わが従姉九十二にて生き生きと働きギネスに登録さるる
結婚の記念日と言ひわが妻は二階廊下の絵をさし替る
幼子のかつて買ひたるあぢさゐの四十年経て庭に咲き満つ
夏至の日の空暮れがたく多摩川の風に吹かれて堤を歩む

   終焉の軌跡      渡辺 謙

亡き父の骨肉いづこ戦ひの終りて平和訪れたりや
転倒の経過を幾たびも反芻し忘るるころにまた転倒す
吹く風に大方枯葉の散りしあと夕日に映ゆる遠丘の家
わが命やうやく尽きん遠雷の鳴る音今日は親しく聞こゆ
寂聴の先立ち逝けば歳うへのわれの寂しさいふべきもなし
青も黄もみな澄みわたり朝夕の空美しき季節となれり
冬の夜の互みにひかる星たちが慰め合ひてゐるごとく見ゆ
運動のために歩けど何処にも知る人はなしわれ老いしかば
一年に二度の梅雨が過ぎゆきて傷つきたりし山河よあはれ
果しえぬ事のあまたを思へども命のをはり目のまへにあり




   選考経過       波 克彦

  今年の歩道賞の応募は二十四編で、昨年とほぼ同じであった。応募作の内容は純粋短歌を基本とするもので日頃地区の歌会で研鑽を積むなどしてそれぞれの作風が親しく表れていて好感が持てる作品群が多かった。すでに受賞している会員が今年も積極的に応募して歩道賞を盛り立ててくれ、ありがたい。
 応募作の作者名を伏せた作品の写しを事務局から選考委員の香川哲三、波克彦、秋葉四郎それぞれに送り、めいめいが十編を選出した。去る八月二十八日の東京歌会の後、コロナ禍ゆえオンラインにて選考委員会を開催して、波克彦を選考委員長として三人が選考にあたった。十分協議した結果は別表の通りで、選考委員二名以上が採った作品を候補作として、今年は十一人が該当した。
 候補作十一編を改めて検討し、三人が選出している作品を十分に吟味した結果、今年は折居路子氏の「埋み火」三十首に歩道賞を贈ることにした。境涯が色濃く出ていて情感が豊かで三十首が全て採れる歌からなっていて纏まっていて秀逸であった。ウクライナの戦禍に遭って厳しい生活を送っている人々に寄せる思いが静かにしっかりと詠われているなど、読んでいて作者の人柄に打たれる。選考委員三人が迷うことなく決定した。心からお祝いを申し上げる次第である。
 今年初めての応募者も増え、三十首の中には更に推敲が必要な作品も混じっていて三十首を均質な作品群としてまとめる力を今後高めていくことが望まれる。一方で歌歴の長い会員も積極的に応募してくれていて、連作三十首をいかにまとめるか参考になる力作もあった。今後も会員は一層積極的に高いレベルで歩道賞に挑戦していただくことを期待する。


   懸命なる生の声    秋葉 四郎

 今年度も力作の応募が多数あり、選ぶにあたって何となくうれしいことであった。わが「歩道」がすすめている作歌は佐藤佐太郎が押しすすめた「純粋短歌」である。奇をてらったり、言葉遊びをしたりするものではなく、懸命に生きる個々の思いの発露したものでなくてはならない。そういう意味でかなりよい作品が目立った。
 その中で受賞作、折居さんの「埋み火」はとびぬけていた。独居となった境涯を背景に「歩道」で培った表現力がすぐれ、こころに沁みこむ力作であった。御受賞を心からよろこぶ者である


   選考結果について   香川 哲三

 歩道賞選考に当たっては、それぞれの応募作をじっくりと読み込んでゆくが、写生短歌、純粋短歌を希求する歩道会員に相応しい力作が多いという印象を、今年も抱いたのであった。一方で、詩としての条件「詩情・響き・境涯の影」を備えた作品を三十首揃えるということは、なかなか容易ではないということも感じたのであった。そうした中で、本年度の受賞作は、作意を感じさせない表現の中に、詩情が満ちており、先に挙げた三つの条件を見事に満たしているように思う。歩道で長年研鑽を積んできた人の中から、このような作品群が生まれたことが素直に嬉しい。その他の応募作にも、注目すべき作品が幾つもあったが、三十首全体をみれば、課題が残る作品が混じっており、その点が残念に思われた。来年に向けての応募作の準備を、今から意欲的になしていただきたいと願っている。


   受賞のことば       折居 路子

 平成八年、菊澤研一先生のご指導のもと「岩手日報カルチャースクール」に席を置き、翌年一月歩道短歌会に入会いたしました。
 介護が生活の中心であった私にとって、月二回の講座は緊張の連続であり、同時に大へん新鮮なものでした。受賞作「埋み火」は古稀を迎える私の身辺を詠んだものです。独り居ということもあり、さして変化のない日常ではありますが、老いてゆく自らを見つめ直すよい機会を与えていただきました。平成二十年五十六歳の夫が亡くなり、茫然自失の私を支えてくれたのは何より短歌であったと今、確信して居ります。このような賞を頂いたことに戸惑いはあるものの、この上なく幸福を感じます。長い間私を導いてくださった先生、歌友の皆様に心より御礼を申し上りげます。有り難うございました。



   略 歴

昭和二十七年十一月生(盛岡市)
平成八年岩手欅の会入会
平成九年一月歩道短歌会入会
現在岩手県歌人クラブ役員幹事