歌 歴
昭和十年 岩手県に生まれる
昭和二十八年 歩道短歌会入会、佐藤佐太郎に師事
昭和二十九年 「短歌研究」第二回五十首詠に入選。「夏日雑詠」
二十二首を「短歌研究」十一月号「十代作家特集」に発表
昭和三十四年 「榛の木について」五十首が第五回角川短歌賞最終候補となる。
九月、佐藤佐太郎夫妻の八幡平行に同行
昭和三十九年 短歌研究社より第一歌集『麥の花』出版
昭和四十一年 「冬森」三十首により「歩道賞」を受ける
昭和四十八年 第二歌集『風塵』を短歌新聞社より出版
昭和五十三年 現代歌人協会会員となる
昭和五十七年 第三歌集『待春』を短歌新聞社より出版
昭和五十八年 『待春』により、岩手県芸術選奨を受ける
昭和六十年 第四歌集『春暁』を短歌新聞社より出版。昭和五十九年十月に
雑誌「短歌」に発表した「桃の実」二十一首により第二十一回
短歌研究賞を受ける
昭和六十三年 『自解百歌選 板宮清治集』を牧羊社より発刊
平成元年 第五歌集『木枯らしののち』を短歌新聞社より出版
平成十七年 第六歌集『杖』を短歌新聞社より出版
平成十八年 歌集『杖』により「第三十三回日本歌人クラブ賞」受賞
令和六年 永 眠
『麥の花』より
野菜市場に冬日さしつつ乾きたる人参或ひは吾のてのひら
雨の降る山上にわがかへりみし鉱山街暗きひとつかたまり (松尾)
しづかなる月照りをりて前方は際限もなく暗き畑ぞ
踏切りの朝かがやきのむかうにも遮断されたる少女等が立つ
苗代の泥濘の中ひと日ゐて日の沈むころ虫歯が痛む
『風塵』より
苗代の泥に人ゐてさながらに寒きひかりの面を均らす
朝の霜とけゆく頃は葱畑の葱の香甘しわれは過ぎゆく
あかつきの雨降る故に目覚めつつ今日刈る稲をわが思ひをり
わが庭にひと夜積りし雪の厚さ悲劇を超えし心のごとし
風邪ひきて昼眠りしがともる灯のはかなき頃に夕飯を喰ふ
貯水池の水のむかうにくれなゐの桃の花照りわが心照る
馬鈴薯の花夕ぐるるかたはらに今日の暑さをなげきあひたり
暗き灯の下に酒飲むとり入れを終へて肉厚くなりしてのひら
『待春』より
塩を振り酒を供へて太杉の雷にうたれしを製材したり
日だまりの土蔵の壁に群がりて足長蜂ははや力なし
一日の炎暑を浴びし田草より帰らん体茫々として
生死を分くる境に喉出づる声と思ひてある夜は黙す
長男の声われに似る当然におどおどとして今宵酒飲む
田を植ゑて北上川のかがやきのあまねき村を
かへりゆく今年の雁のつひの声病みおとろふる母も聞くべし
強震のとどろくときに雪原の面村落を乗せつつたわむ
こほろぎのゐる暗黒に降る雨を聞きつつゐたり眠らんとして
咲く萩に海の香ありと朝の日を受くる岬の畑を歩む
こがらしにひと夜吹かれて木々の上に因縁軽き雲よこたはる
ことごとく水田となりて水さわぐひと日のめまひに似たる寂しさ
『春暁』より
ひばの木に物音たえて降る雪を今日の孤独の
雉鳴きて時間のゆらぐ春山は木々の梢の空にかがやく
起き出でていまだ暗ければ年老いし父さしあたり庭にしはぶく
町並の上の夕日を追ふごとき帰途の電車に沈黙しをり
亡き人の声聞くごとき冬の日が路上にありとわがかへりみつ
雁のこゑはるけくなれど棒のごときその一群をつぶさに送る
むし暑き月出でてゐる路傍には桃の実ふとる夕闇のあり
わが庭の芙蓉の花に声ひびき帰りゆきたる妹二人
森暗き涯いづくにも月照ると夜の電車に身をゆだねゐつ
窓外の風雪の闇見えがたきものをのぞきて寝につかんとす
薪割りてわが働けばよみがへる戦後はるけき冬日の匂ひ
『木枯ののち』より
妹が酒の肴にとどけ来し蕗の薹食ひて苦きを感謝す
田草よりもどりて瞼重くゐる昨日の梅雨今日の晴天
風音を空に放ちてゆらぎをり青田の畦の胡桃ひと木は
飛ぶ雪はいづこにとぶと定めなき森の上の空ひと日とどろく
木々の上の夕日ゆらぎて泥濘に汚れし雪が再び凍る
一畦の葱一畦のキャベツ育つ庭あれど新しく住む顔知らず
おそくまで灯りのともる台所のぞけば妻が居眠りてゐる
鯉のあらひつくりたるゆゑ弟をよびて雨天の午後酒を飲む
あらあらしくたつ潮の香や目の前に鮭をひらきて腹子が出づる
亡き母の老眼鏡かけて辞書を引く夜半のわれのこの独り言
蔓のびし胡瓜の苗が風に遊ぶ畑遠雷のきこゆるままに
浜道のたをりは萩の盛りにて秋の日晴るる颱風ののち
芥子菜が畑に吹かれてやうやくにおとろへゆかん午後のこがらし
昼食にもどる路上の栗の実をたまたま拾ふ妻も拾へば
『杖』より
この道をゆきて戻るにはかどらず郭公の声にわが村しづむ
からうじて帰る足なえその音のとつとつとして定まりがたし
わが歩みひびく廊下に歳晩の三十分ほどの影の寂しさ
作業員が帰りしのちに日ぐれ待つユンボ無援の油のにほひ
谷間の深き底より風吹ける笛吹峠越えんとしたり