小 林 慶 子 



   


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        『冬薔薇』のこと(加古敬子):クリック 



                   

明治四十二年 東京に生まれる
昭和二十五年 佐藤佐太郎に師事
昭和三十二年 第一歌集『聖餐』(近藤書店)刊行
昭和三十六年 歩道年度賞受賞
昭和三十九年 第二歌集『冬薔薇』(短歌研究社)刊行
昭和五十六年 第三歌集『いのり』(角川書店)刊行
平成九年   第四歌集『み翼のもとに』(短歌新聞社)刊行
平成十二年  『小林慶子全歌集』(短歌新聞社)刊行
平成十三年  永 眠


   『聖餐』より(以後、秋葉四郎抄出
清らなる流れに湧きし夕霧は水藻の花を包みそめたり

はかな事思ひて居ればさ庭辺の石蕗の花ゆふべ明るし

胃の中のもの皆消化する如く今宵は楽しゆゑよしもなく

予測せぬ想ひわきつつ目の中に入りたる塵の如しと思ふ

祈りたる後の心をいとほしむかつてなかりし想ひの如く

一椀の粥にただよふいきの如く底ごもりたる希ひなりしか

午前二時を過ぎしと思ふスト―ブのなほ燃えさかる炎見て居り

ひややけき土踏みながら対象のなき哀憐のこころきざしつ


   『冬薔薇』より
かくの如きわが明暮にたひらぎを求めて祈るおろかしくして

一切のものたのめなき夕ぐれに冬さく薔薇のくれなゐきよし

なにげなく立てる如くに茂りたるアイアンウッド松の木に似る ハワイ

一端は日に照りながら寒潮の渦をへだてて島ひとつ見ゆ サンフランシスコ

ロッキ―山上空にして近々と見たる山頂の雪きよかりき シカゴ

わが部屋の窓そとににして夜鳥なくするどき声の岩にひびかふ ロスアンゼルス

雪と雲けぢめなくして淡々とマッキンレ―山遠く見えゐる アラスカ


   『いのり』より
還暦の心のひとつ一人ゐることを安しとこのごろ思ふ

ほしいまま過ごししこともまれにしてわが七十年の誕生日今日

おほよそに寛容となりあはれともなく淡々と老いづくらしも

わが一生即ち夫の一生かと思ふことあり寂しともなく

諦念はわが残生のありかたとこの日ごろ安らひ思ふことあり

川なかの露台の上に生活といふべき態もあらず人住む 東南アジア羇旅

いろのなき砂の一帯寂しくて夜の砂漠の上空をゆく アラビアの旅

午後よりは刑場となる広場にて驢馬ゆき暑く物を売る声   〃

こひねがひ一切をすてひたすらに夫の病癒えよと祈る

暁を待ちつつ夫の枕辺にまどろまずして過ごす幾日か

手の甲に涙したたりみづからの祈りたのめなく思ふをりをり

ある時はしづかに時に切実に祈るを神の知り給ふべし

かたはらに神いますごと安らひて病む夫の辺に今日も看とれる


   『み翼のもとに』
覚悟せし永別ながら天かけりゆきたる夫になほすがりたし
消え難き悲しみもちてこれよりのわが残年をいかに生くべき

み柩の前さりがたく帰り来し蛇崩の道暗く悲しも

唐突の召天あらん唐突をあはれ希へり老人われは

眠れざる夜半の床にて思ひ出づ過ぎし良き日よ過ぎし心よ

われの死と死後のことなど当然のことと思へど思ふはわびし

わが好むしだれ桜のみちみつる花を待ちゐつ老のこのごろ

ヒマラヤのブル―ポピ―を賜はりて心はづみぬ老人ながら

涙して夕べ祈れり悲しみをわかち給へる神のいませば

朝の祈夕べの祈みづからの心ささへて今日も終らん


   『み翼のもとに』以後
点滴のしたたり見つつわが病癒えよと思ふむなしけれども

服薬の反応強くわがうちにこもる病にたへをり今日も

救急車のゆれはげしくて祈るべき祈もなくてただ横たはる

体調のたのめなくして一日過ぎ明日を希へることの空しさ

車椅子にいつしか馴れて自らも老いて心にためらひもなし

身辺に常にまつはる老犬の食にこの頃品貧欲ならず

東京を離れしのみにかくばかり老の心の安らふあはれ

それぞれの生活をもち孫たちは父となりをり母となりをり

孫達も曾孫も集ひ久々にわが家の夕餉あはれ楽しも

いそがしく日々過ごしつつ忘却も心安らふ糧となるらし

おん神と共に在せばうつしみの孤りの心豊かならしむ


   (弔歌 佐藤志満)

われの生に最もながく親しみし君今はなくただに思はん

まみえしより六十年かひとたびも不快なる顔見しことのなし

長生をし給ひしとは思へどもかくまで悲し君逝きませり