

歌 歴
大正三年 岩手県に生まれる
昭和二十一年 「歌と随筆」同人
岩手芸術祭選者
昭和二十六年 「歩道」に入会し佐藤佐太郎に師事
昭和三十一年 「盛岡短歌会」から合同歌集『未墾地』発行
「岩手短歌」創刊(平成六年通巻四百二十三号にて終刊)
昭和三十二年 岩手県歌人クラブ事務局長に就任
昭和三十三年 NHK盛岡放送局日曜歌壇「文芸ノート」短歌選者
昭和四十年 朝日新聞岩手版歌壇選者
昭和四十六年 歌集『汗滴』発行
昭和四十九年 岩手県教育委員会教育表彰(芸術文化部門)
昭和五十八年 岩手県歌人クラブ会長に就任
昭和五十九年 日本現代詩歌文学館理事に就任
昭和六十一年 岩手県芸術文化協会表彰
平成五年 岩手県歌人クラブ感謝状
平成七年 勲五等瑞寶章
永 眠
第四十八回岩手県芸術祭実行委員会感謝状
『汗滴』より(菊澤研一抄出)
土の上に遊びしづかなる蟻いくつ松の花粉をみなかむりゐて
南部藩始祖のみ墓は紅葉せる蔦のさがれる老松の下
二キロ位に必ず雑貨店などありて山村自給の崩壊過程見ゆ
ごりごりと夏蚕の桑を抜く父はイヴンの如く堅き
山峡の青笹村は牛のむら川瀬の道に糞はつづきて
しぐれ降る夜の町に太鼓打つごとく桶の
おもだかの花の咲きゐる浅水に田螺あそべりみな跡曳きて
冬眠のごとしと言ひぬ主義のため
ひかり射す泉の底の白砂に網目のごとき影うごきけり
穴掘りて蚕埋めゐし老農はスコップ立てて合掌をせり
宵よひの月まどかなる暈さして
桃いろの舌絶間なく動かして犬憩ひをり
ふるさとの
銭湯が近くにありて朝湯浴む農たりし父の知らぬ悦楽
わが立てる蕪島に湾にかぎりなき影あり海猫空にみだれて
奥山に開墾はげむ友が来て馬鈴薯の値のことを嘆かふ
穂のいでし青田の道を葬列は短く来たる造花ささげて
おのづから熟れて蔓より離れゐる
わが前に湯浴みしてゐる老の背のたるみし皮膚の刺青あはれ
峡川にこだま起してゐる
海よりの風まともにて肥したる土は春ごとに飛ぶとこそ聞け
裸木の桐の枝らに憩ひゐる七面鳥に隈なきひかり
決裁を得むと揉手し物言ひしわが立像を覚めて思へる
定年にあと十年の時ありて煩はし早く定年よ来よ
ニクロム線紅くなり行き埃など焼けてはかなき思ひのきざす
よろはざる心にしみて喉ふとき一番鶏よ涙とどまらず
薄あかきたらの芽食むと楽しみて煮ゆるを待てば喉こそばゆし
花さける林檎の樹々の向うにて
絶壁のくぼみの巣よりかめ蜂は翅張りて飛ぶ湾にむかひて
暁の界隈に鳴く雄鶏も減りて繁華になりしわが街
銅色の枯葉を垂りて早春の悲哀のごとし柏木立は
眼帯を右の眼にかけしかば顔せばまりしわが妻あはれ
白藤の花房垂るる池岸のせはしきひかりは蛙子のむれ
移り来し部屋の窓より夜学校生徒の学ぶ頭見ゆるも
のぼり行く径の馬糞も親しけれ
霜晴れの朝の歩道を整列し白衣さやけく看護婦ら来る
乾きたる土を両手にすくひをり古代の香する黒き湖底土
「汗滴」以後
雀らは時をさだめて寄りて来る牡丹の枝の揺れて止まずも
猩々の若葉のあかねくれがたく風筋のなか夕日を受くる
地の上の淡きわがかげ暁の月の下びにひとり立ちたり
けだものの眼はみづからの運命を知りたる如きかなしみをもつ