歌 歴
大正三年 山梨県に生まれる
(戦前は「満州短歌」及び「短歌中原」に拠り、八木沼丈夫に師事)
昭和三十年 「歩道」に入会し佐藤佐太郎に師事
昭和三十八年 「歩道年度賞」受賞
昭和四十三年 歌集『樹海』刊行
平成五年 永 眠
敗兵がいまだ住むとふルソン島逃れ来し記憶生々ともつ
銀杏を焼きつつおもふルソン島わが飢ゑて食ひし木の実草の実
『樹海』より(加藤正明抄出)
離陸せる飛行機の車輪が空転しはぜ釣る舟の上をすぎゆく
丘の上より見下してゐる冬の海光をはこぶ如く波寄る
外灯のめぐりを飛べる虫の群風吹くときに扁平となる
桜島の頂きにあかき噴煙が風なき空にねばねばと立つ
火山灰島のめぐりに沈めれば海荒るるときあかき波立つ
池の面に片寄りしあかき萍が風をさまりてほぐれつつゐる
スキ―場日暮れんとして雪山を人の香のなきリフトが登る
寺庭に落ちし落葉が風のため滝の如くに石段を落つ
中問をダムに断たれてわが歩む道の続きが対岸に見ゆ
冨士山を離れし雲が下降して重く影おく樹海の上に
風下に圧縮される如くにて眼下を雲がつらなりて飛ぶ
山頂より吹き下す風に落葉松の青き芽がとぷ残雪の上
樹木なき山の夕べのしづけさや沢に落石の音しきりにて
冬の日の輝きながら雪煙樹林地帯を下降してくる
雲海より出でし朝日がひびくごとわが立つ山の雪渓に射す
海五つ高さ異なりて見えわたる畳の山頂に足冷えて佇つ
樹海の上飛びゆく雲の断片を高度差のなき山に見てゐる
さまざまの鳥なきゐしがいつしかに樹海は風の響となりぬ
密度ある雷雲出でてものぐらき雪渓の上稲妻はしる
茫々と霧移る匍松地帯にて消えなむとする雪渓一つ
沢深く落ちゆく石がみづからの立てし砂塵の中にかくるる
竹細工しつつ農閑期を過しゐる少年の履歴書を今日もわがもつ
長き貨車通る踏切に佇ちてゐる混血児連れし女とわれと
体力の相違が無意識の制動となりゐて妻とわれ争はず
家出せる夫を探すついでにて吾を尋ねて来し女あり
停電となりたることが決断のきつかけとなりて家出でてゆく
目のあたり見し貧しさは借金の言訳よりもわが心打つ
度の強き眼鏡を家族全員がかけゐる隣家常にしづけし
秋祭りの御輿の列は人家なき所にくればきほふことなし
徹夜せし人居りたれば浄からぬ空気滞る朝の事務所に
停年にて去りゆく友が幾日もかかりて机の中を整理す
聴力と視力と共に失ひて団樂の中孤独なる母
佐藤佐太郎『樹海』序歌
こころ厚き君の行為はすがすがし工場の歌も山ゆく歌も
世の常のすがたに君のみとめたる有情滑稽はわれにも親し
端的にことばをすゑし君の歌われはよろこぶ吾のみならず