斎 藤 伊 佐 緒 





                     

大正六年         島根県に生まれる
昭和三十二年       歩道入会・緑野入会
昭和四十八年十一月十三日 佐藤佐太郎先生ご夫妻を自宅に迎へる。
昭和四十九年       歌集『山葵田』刊行
平成三年         永 眠


 歌集『山葵田』より(板宮清治抄出)
みづうみにやがてなるべきこの村の米の検査を終りて帰る

米の検査するわがめぐり酒くさき息を吐きつつ農夫らが立つ

たちまちに降り来し霧のなかにして妻に声かけ草を刈りをり

豪雨報らすスピ―カ―の声夜の峡に伝はりてゆく木魂しながら

せり売の日の近づけば牛の仔に煮麦を日ごと妻はあたふる

毒飲みし女親子のあはれさを言ひつつ妻とれんげ刈りをり

あつき日を透さぬ橡の林間に山葵の苗をひとり植ゑをり

下肥の桶を担げるわが影が日のてる道を踊るごとゆく

いくたびも植ゑ足す畦の豆を食ふ鴉を朝はやく来て追ふ

山の田の稲負ふ吾を柿の木にのぼりし猿がながく見てゐる

猿に喰はれし残りの椎茸かごに負ひ山下りゆく吾と妻とは

草刈りてゐるわが上を蜜蜂が黒き固まりとなりて飛びゆく

産卵を終へし岩魚が木片のごと葦の間の水に浮きゐる

田植機を買ひて植ゑゐる隣の家今日も幾人か人の見にくる

倒伏の稲を刈りをり根づく穂を土よりはなすときに音する

補聴器のきかなくなりし老母がテレビの角力見てゐるあはれ

串にさす捕へし蝮にほひつつ夕映ながき谷下りゆく

大寒のあたたかき午後蜜蜂が巣箱を出でて雪のうへ這ふ

いく日も田植つづきて手の爪のすり減りし痛み今宵妻いふ

炭負ひて妻が下りし山の径雪のうへ黒く炭の粉が落つ

梨の木の枝につきたる分蜂を採りをり若葉の匂ふ木のうへ

流れのこりの山葵をひろふ谷の空時雨するごと落葉する音

春になれば離村をするといふ鍛冶の槌音ひびく朝の雪路に

作業衣のままらふそくの灯の下に流石の音聞きて夕餉す

猪のひづめの跡が凍りゐて雪の山畑にみつまたを伐る

独活を掘る山ひそかにて雑木々の芽吹の音の聞こゆるごとし

休耕の田に伸び立ちしよもぎなど狐の匂沁む草を刈る

玄関のガラス大戸にこの夜ふけ庭あゆみゆく狐映れり


 『山葵田』以降(斉藤巻江抄出)
夕靄は谷に沈みて雨あとの碑青く濡れてかがやく

単純に土を愛する本能を祖父より受けて貧し一生は

栃の葉の谷を覆へる山葵田の空よりひびく蜩のこゑ

山葵田に昼餉しをれば音たてて杉の花粉が谷こえて飛ぶ

郭公のこゑ簡潔にひびく沢獨活(うど)の匂ひをまとひつつ掘る

ひとときの停滞もなく虹鱒ら黒く固まり池めぐりゐる

四千年土中に埋れゐし石斧なめらかにして光沢をもつ

長き冬巣箱にこもりし蜜蜂ら雪解の畑に出でて土這ふ

蜩の鳴く声を背に下りゆく山葵田の径ながき夕映

蟻のごと貯へしもの食ひつなぎ雪の降る日日こもる寂しさ

妻や子をおきて先立つ日を思ふ冬の訪れ運ぶ雪空

可能性いくばく吾に残りゐん距離を伸ばして試歩路を帰る

透析を受けゐる吾の血流の音が深夜の枕にひびく

除外例なき死を思ふ雪の夜半つづまりは吾が独りゆく道

妻も子も安らに眠るこの夜更独り起きゐて余生を思ふ

吾が生の終の日のこと思へどもさしあたりつねの刻を逝かしむ

草木の名さへ年ごと忘れゆく老とはかくも寂しきものか

紫のいちはつの花咲き出でぬ生きて再びその花にあふ

彼の岸に至りつきなば佐太郎も茂吉もいますと慎み思ふ

夕光の中に大根菜間引く妻わが亡き後は幸せにあれ


 弔歌(佐藤志満)
柚味噌をたたへし夫も君もなし山茶花の花縁に散りゐん