大正十五年 和歌山県に生まれる
昭和三十三年 「歩道」入会
昭和四十九年 歌集『起動音』刊行
昭和五十七年 歌集『動輪』刊行
平成三年 永 眠
『起動音』より(向山忠三抄出)
さわがしき光となれり構内の灯のことごとく霧の輸もちて
冬の日の操作場にて旗を振る黄の作業衣のさながらさむく
始発する電車起動の音たてば慣ひとなりてわれは目覚むる
混銑車に注がれてゐる熔鉄の粘りもつ火の滴り終る
さながらに陽炎はこぶごとくゆく燃ゆる鉱滓を積みたる貨車ら
昇職の試験受かりておのづからわが生きざまの決るは寂し
電車遅延を責められてゐる罵りに耐へつつわれにきざす虚しさ
あかつきの駅見廻ればねぐらする鳩ら歩廊の梁にゐて啼く
かすかなる行為面映ゆしラツシユ時に手をとりて盲の客を導く
幾人も迷児保護してあわただしかりし祝日の勤めを終る
予期せざること起りくる日々にけふは自殺者の遺体をはこぶ
つのりくる電車の遅れ確めつつじめじめとつづく争議を憎む
昼夜なく遅るる電車にかかはりて勤むる日々によわき胃痛む
午前三時過ぎてやうやく一日の救ひのごときわが眠りあり
咳出でて眠れぬ夜に悲しみのごとく宿直の蒲団がにほふ
勤務としてわれの注射に来し妻の姿まぶしむごとく見てをり
病室に蜜柑の花のにほひくる夜ごろとなれば窓あけて臥す
長病みの後たどきなき日々過ぎて秋の彼岸の雨ひかり降る
ことごとにからだ弱きを負目とし消極に生きて終る一生か
からだ弱きゆゑに安易に即く心希望調書を書きつつおもふ
おほよそに病とともに生きて来し半生涯は早く過ぎたり
長々と堤防をゆく葬列のへだたりもてばはなやかにして
荒れながら昏るる冬海時折にくろき暗礁顕ちてかくるる
雲海のこむるはたてにさわがしく雲茜して朝の日出づる
季早きしぐれにぬれて飛ぶ鴉するどき岩のカルストのうへ
焼岳はゆふべの空に接しつつしづかなるかたち噴煙のぼる
長かりし茜消えたる空にたつ穂高はくらき山塊にして
唐突に霧のはれたる目の前に弘法麦はしづくして立つ
冷凍のまぐろ切りをりとび散れるのこぎり屑は凍る肉片
廃道が水の中にも見えをりて湖底となりし部落につづく
かたまれる島の墓地あり墓石にわたして春の若布吊り干す
クレ―ンにて吊り上げらるる原木の水を離れんとするさま重し
硫気噴く谿を過ぎきて熊笹の緑は秋の日ににほひたつ
淀川の中洲ひたして葦の芽を育てん春の潮満ちてゐる
見つつゐる海の大きく傾きてたちまちひとつの高波おこる
国体旗もつランナ―となるまでに育ちたる子よ妻と見送る
『動輪』より(由谷一郎抄出)
けふ限りの蒸気機関車動輪の重き響の速くなりゆく
いく日も動かぬ電車見廻りて歩む人なき歩廊は長し
ストライキ終りて駅にもどりたるこの喧噪のなかに漂ふ
をりをりに客の持ちくる花活けて駅長室に馴染みゆくべし
初発列車迎ふるホ―ムに蝕尽の終らんとして月光さむし
ひかりつつ吾のからだにそそがるる点滴の液にたよる命か
療養の日々といへども日曜はこころ自らくつろぐあはれ
管理職といふわが仕事思へれば病に臥してやうやく憩ふ
二階より降りくる妻が猫のごと音なく歩むときにおそれつ
たぶの木の老いたる幹にひびき吹く風と思へば音のさびしさ
しづかなる秋篠寺の春の日に競輪場の放送のこゑ
弔歌(佐藤志満)
さはやけくやさしき笑顔かなしきにいこひに入りし君と思はん