久 住 滋 巍 



                     

大正十五年生まれ
昭和二十八年 歩道入会
昭和六十二年 歌集『西北風』刊行
平成三年   永 眠


 『西北風』より(杉山太郎抄出)
寂しさを歌によみつつ十年間貧しく病みて君は逝きたり 式町春夫氏

七厘にゆらぐ炎を見つつゐてわれより去りし妻おもひをり

母の無き児を東京の妹に託し永病む日々たどきなし

妻と別れ永病むわれを老いてより魚売る母思へば寂し

残りたる貧しき品を質に入れ酒のむまでにわれは荒びぬ

永く病むわれゆゑ常にいさかひの絶えざる義父と母思ひをり

癒えてわが幾許も経ず妻めとる罪負ふごとき行為と思ふ

ながき悪阻の時をへだてて胎動をよろこび告ぐるわが妻とをり

立ち上り何するとなく居たりしがまた膝を抱きかうべを垂れぬ

癒えたらばまためとれよとうから言ふおもひ遥けくわれの聞きをり

秋さりて海は澄むべし故郷に帰るのぞみも絶えて臥しをり

女瀬(めぜ)越えて白波さむく見ゆる日は宵より寝ると母の便り来

つまぐれの庭に散りつぐこの夕べ台風予報いでて静けし

環境も人もかはりて櫛の歯の折れ残るごと病みのこりたり

汚れつつ解けゆく雪になぞらへてわれの一生を想ひつつをり

窓そとの庭石のうへこまやかに秋の日さして麻酔よりさむ

二階より下りてくれば水瓶に水あふれつつ誰も人ゐず

片明りしつつ昏れゆく入海のいづこ行きても吹く風さむし

億劫のはてより帰るちちははのため庭に出で迎火をたく

西北の吹くころとなり船揚げて出稼ぎにゆく島人おほし

堤防に網ならべ干す処より潮の香たちて秋日あかるし


 遺 詠
天霧らし玄海灘に降る雨は風をしづめて日もすがら降る

麦熟れてめぐる年忌や妻とわれ疎遠になりし義母に詣づる

体よわき母より竈に飯を炊く術をおそはりし六歳のとき

うたたねの夢に見てをりわが母が日の差す部屋に綻びを縫ふ

沈むごと畳の上に転ぶなど老いてはかなき梅雨の日くるる

ひるがへる樟の葉群の音かるき樹下まで来てしばらく休む