平 井 寛 







                     

大正十二年  福岡県生まれ
昭和二十三年 「歩道」入会 
昭和三十六年 歌集『工場街』刊行(昭和二十七年から三十五年の作品)
昭和四十一年 歩道年度賞受賞
昭和五十四年 歌集『樟森』刊行(昭和三十六から五十三年の作品)
平成二年   永 眠


 『工場街』より(山本昭子抄出)
梅雨あけの空に盛り上り混沌と青葉せる山が屋上に見ゆ

ひと日ひと日は相似るかなと夕暮れて葉を閉ぢしはぶ草畑を帰る

端的に光を希ふ形象(かたち)見ゆ丘のなぞへに立てる冬木々

少年の枝を折る音わが痛む錯覚となりよぎる時の間

確かなる木の根の如きもの欲しと思ふ夜遅く眠らんとして

実験のいづれも混沌とせるなかに黙すを吾の日常とする

物質界の秩序を思ふことありて研究室に心つつまし

機械音ひびく五階にこほろぎの来ゐて夜徹しはればれと鳴く

実験室にあはれを思はぬ日々なれど稀まれにして女性廊下を行く

電子らの結合しゆく炉の内部知り難き歓喜の如きものあり

火口湖に立ちて移らふ白き波ながき経過ののちに消えゆく

曇日の干潟を遠く歩み来ぬ濃厚にして陸の色はよし

見渡しの干潟の泥はいつまでも光りつつ湖の名残流るる

動物の親子のやうな悲しみのきざして浴室に子を洗ひゐる

わが心育みゆきて和ぐときのありや無花果の実に群るる蝿


  『樟森』より
研究室より夜ふけ帰り来労働によらねば充足感なき疲労

自らの家なく移りつつ住めばいそいそと老いし母もしたがふ

樟若葉すがしみ見ればあはれあはれ繖形花序の無数の微粒

月の夜の海面を群れて飛魚のとぶは月明きゆゑあそぶとぞ

飛行機に見れば雪谷に隣りつつ雪なき谷のありて人棲む

銀杏の樹に雌雄あることも楽しけれ遠く離れて受精するとぞ

わが生を統べ天際を統ぶるもの夜半にし思ふ安く眠るため

いつよりかわが得たる知慧解決を意識の奥にゆだねて眠る

リギ山の強き日あびてわが対ふ遠空になほ高くならぶ雪山

静かなる氷河と思へどたたまれる亀裂などやみがたき流動の跡

晩年のト―マスマン住みし広からぬ家見しを今日の幸とする

二十階のホテルの室に孤独なる夜々ゆゑ常ゐる蝿を憎まず

そのひと生不幸に耐へて我儘をわづかに言ひき昏睡の前

母ひとり子ひとりの涙のごとき過去胸にいだきて母をみとれる

意識なく臥す母の掌をとれるとき脈たえしこと偶然なりや


 『樟森』以後
はかなしと思へど吾を知る人の記憶のなかに残らんいのち

いつの日か吾をかなしまん少年と思ひて阿蘇に馬に乗らしむ

移り速き花ら惜しめば菖蒲咲き残るわが生の春ひとつ尽く

花尽きん夜の雷きけば雨つのり降るなか地のふるふまで鳴る

夜もすがら烏賊釣りし船の灯の群が残月しろき下に消えゆく

夜の山を鷽おもむろに移るこゑ夢はた現とおぼろに思ひき

立春のくもり動ける広き空病む窓に見つ不意に生きたし

昼夜なく工場に無理を通し来し四十年を病む床に思ふ

雨しげく降るよもすがら覚めをれば吾を浄むる禊と思ふ


 (梅崎保男抄出)
研究室に事故を怖れてゐる吾のをりふし人の声に動悸す(昭和三十七年)

梅雨雲に白々と陽の見えをりて干潟は牡蛎殻の乾くころほひ(昭和三十八年)

夥しき書類さばきて欝血せる脳の不快を古人は知らず(昭和五十年)

移り速き花ら惜しめば菖蒲咲き残るわが生の春ひとつ尽く(平成二年)

新しき医療によりて延びたる死いまだ切実ならず生きゐる(平成二年)