横 尾 登 米 雄 


                     

明治三十一年一月十日 東京都に生まれる
昭和二十三年     歩道入会
昭和三十八年     「歩道年度賞」受賞
昭和三十九年     歌集『遠小波』刊行
昭和六十二年     永 眠


 「遠小波」より(佐藤志満抄出)
鞠のごと高き乳房もあるときはわれに思はしむ魯鈍なるもの

肩寒く夜半に目覚めていくばくの隔たりもなき地と思ひき

遥かなる追憶ゆゑにこころ憩ふ少年にして貧しかりにし

二つの魚身をすりよせて鎮まれば卵は生れて水に拡がる

誕生を過ぎしばかりのわが孫も作り笑を折々にする

木犀の香りあまねき夜の庭雨そそげれば土も薫らん

球状のタンクそばだち日の当たる面けぢめなく翳に連なる

地下道を登らんとしてあらかじめ気流の動く夜のこがらし

いにしへの制度のままに富をなす者なき島のなべて貧しき

島の道ゆきつつ眉白きうつしみを意識したるは何のよすがぞ

年老いし猫は老いたる貌を持つこの当然を見過ごしがたし

あからさまに空気の動く激しさを持ちて檻なる鷲がはばたく

老人の一団街を歩みゆく見つつ寂しき行楽のさま

溶暗のごとく意識の薄れゆくことを眠りともまた死ともいふ

埋没のなかの安らぎ夕方の電車にわれは押合ひてゐる

譬ふれば折々にして顕はるる礁のごとき罪の記憶ぞ

遥かより見れば動くなき小波のごとくにわれのひと代過ぎゆく

忍従のこころ夜の床にわが足の暖まらんを待つごとくゐし

悦こびもはた悲しみもそれぞれの支へざまにてわれを支ふる

やみがたき男をみなのなからひを原罪といふこころ悲しく


 『遠小波』以降(榛原駿吉抄出)
喜寿の日に賜ひし杖を米寿の今病みて初めてありがたく突く

衰へし脚に歩めば微かなる道の起伏も踏みしめてゆく

目の疎き吾は庭に来る鳥を聴き妻はつぶさにその数を言ふ

言ほぎを数へ年にて言ふ慣ひならばこの吾もすでに卒寿ぞ