棚  橋  誠 


                     
大正八年生まれ
昭和二十六年  歩道入会  
昭和四十三年  「歩道年度賞」受賞 
昭和五十九年  歌集『赤土』刊行
昭和六十年   永 眠


 『赤土』(榛原駿吉抄出)
気胸痕のヨードチンキが匂ひゐて暁方に吾ははかなむ

おぼおぼと妻の声せり麻酔より醒めて漂ふごとくゐたれば

ゆふべには西風しづまるを常として余光の中に黄砂降る見ゆ

わが掌より妻のてのひら固きこと即ちつまに倚りて生き来つ

黒き門くぐりて入りし城趾に寒蝉のこゑとほるさびしさ

硯石の産地とぞいふ徳慶を兵として若き日に通りけり

小銃の菊の紋章を削り居き珠江にて三十五年前の今日

見をさめといふにあらねどわが庭に秋あかね翔ぶ夕日明るく

一眼が見ゆるばかりに軽率に動きて物に打ち当りたり

根かぎり働く妻か帰り来て飴ねぶるまま居眠るあはれ

胸郭に塡めて禍の因たりし樹脂の玉十個惜しみて棄てず

長き影路上にひきて佇つ妻に歩みてゆけば泪出でんとす

痛みのみ残りて視力絶えし眼に僅かに腹の立つときのあり

午后三時すぎつつ翳る歳晩の街に怖るる肺の冷ゆるを

計らずも吾を看取りに来しごとき妻の一生は何と云ふべき

茫々と三十余年病むひまにわが医師三人壮くして逝く

予め起こる発作と知り得ねば厠にもニトロを持ちてわが立つ

かにかくに墓地定まりし安けさかわが生あながち暗しともなし

麻痺したる足に草履を穿きしまま寝て気付かずにゐるといふ妻

あはれあはれ追はるる如くわが墓地を買ひて一年の春来んとする

人の手に掴まれてゐる晩蝉の遠ざかるこゑ吾は聞きをり

にはとりの立ちどまるとき霜解の水しみ出づる黒き土の上

花どきの蕎麦の一畑水のごと見えてゆふべの風に騒立つ

雨後の庭しづかなる夕映に溢るるばかり辛夷花咲く

肋骨を除りて窪める胸の上に汗溜りをりまどろみのひま

わが意志にかかはりもなく手術創のあたり筋肉の動く寂しさ


 (遺 詠)
血行に障害ありて手の冷ゆる妻は手袋をして眠りをり

みづからの胸の中なる気泡音ながく馴染める音を聴きゐつ

病む妻の稀に出で立つ夕庭に黄菊白菊さきあふれたり

喘ぎつつ暮し来しかど立冬を過ぎて最終の薔薇庭に咲く