高 橋 加 寿 男


  

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大正九年   東京に生まれる
昭和八年   満州に渡る
昭和十四年  八木沼丈夫主宰「満州短歌」に入会
昭和十六年  八木沼丈夫主宰「短歌中原」に参加
昭和二十三年 シベリア抑留より復員
昭和二十四年 「歩道」入会
昭和五十一年 『斎藤茂吉遺墨集成』編集担当
昭和五十二年 『佐藤佐太郎全歌集』編集担当
昭和五十三年 宮中御歌会始応募歌佳作入選
昭和五十四年 佐藤佐太郎歌集『天眼』編集担当
昭和五十六年 永眠
昭和五十七年 遺歌集『残像』及び『高橋加寿男追悼録』発行


 高橋加寿男遺歌集『残像』より(香川哲三抄出)
優柔にして老年の貧しかりし父想ふゆゑわれを(おそ)るる

膝に置く皺みたる手と滑らなる手とあり母娘ゆゑに哀しく

日に接し見ゆれば四十七階の鉄骨の先端白くかがやく

たはやすく体反応して曇日のけふ鬱々と頭が痛む

ひとところ明るく曖昧に曇る空街屋根寒く樹々寒くして

金属にて樹木(かたど)りし塔ひとつ暑き日昏れて無数の光

椎の木下に泡のごとくに消え残るかすけき雪に夕日さしゐつ

体内の痛みに堪へてゐる夜半に朦々としてわが五十年

暗き屋根のつづきに彩灯のそばだてる街あり人音のせねば寂しく

石浜の波荒きうへやすやすと鴉は飛べりしぶきに濡れて

九十八年生きたる伯父よ肉などの余剰なくなりて亡骸すがし

体内に痛み兆せば壊れもの運ぶごと朝の路上を歩む

吾と妻の墓地買はんかと思ふなど梅雨のあめ降る一日果敢なし

冬山の高きところに凍りたる滝みゆ蠟涙のごとく寂しく

わが残年の短からんと思ふとき家ごもりゐて心いそがし

幻に思ひゐしかば雉鳩の或る日わが庭の紅梅にゐる

彩灯のうごき間断なき駅界隈ひとは群れつつ孤独に歩む

雪凍るクルチイの森に木を挽きて夜となれば母を呼びて泣きしか

森のなかの凍土掘りつつ浅けれど友の(かばね)を五つ葬りぬ (凍土回想)

口笛のごとき幻聴日に照れる畑(よぎ)りきて竹群寒し

ほしいままに光うごかして空間に揺れをり雪柳の白き枝らは

針を百本うたれし躰横たへてをれば神なくわが言葉なし

いいぎりの赤実(さか)んに垂るる下一年の老を積みてわが行く

  街丘抄(昭和二十四年から昭和三十八年)
橋詰の小公園に昼の(いひ)をへし羽毛叩売(はねばたきうり)も立ちてゆきたり

濁流のごとき四年(よ とせ)の流れさへ不思議のごとくいま対ひをり (香川美人氏と邂逅)

絶壁のうへに生活の灯がみえてわがゐる谿は暗くなりたり

冬至過ぎし朝の混みあふ電車にて体傾きしまま運ばるる

苦しみに満ちし一日と思ふとき現実を断つごと部屋の灯を消す

唐黍畑の向うに子供等の声とよむプ―ルあり老と距たる世界

寒き風吹きあげてくる地下の階体あらがふごとく降りゆく

深夜業つづけば昼はおぼろにて夜半に意識の冴えくるあはれ

  海彼抄(昭和十四年から十八年)
幼くて蓬摘みつつ遊びにしその頃わが家傾けるらし

常凡にわれの一生も(をは)るかと兆す思ひに朝の風冷ゆ

幾年かおもひのみ経しスンガリ―を眼の前にしつ黄に濁る河

砲弾も鉄兜も並べ終へ兵衣寒々と帰る一隊