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歌 歴
昭和九年 埼玉に生まれる
昭和三十一年 「歩道」入会、佐藤佐太郎に師事
昭和五十三年 「歩道年度賞」受賞
昭和五十五年 歌集『断雲』出版
昭和五十六年 永眠
昭和五十七年 遺歌集『光束』出版
・歩道編集委員として活躍
『光束』より(『断雲』以前。香川哲三抄出)
充足はここにもありて昏れながら雨降る街に吾は佇ちゐし
見下ろせる峡の小さきたひらには畑あり黄なる夕暮の
ビルデイングの間ゆくとき前方の厚き夕靄に光束動く
霧はれし山いただきに立つ岩の象も反す光も寂し
生きざまを時に恥ぢつつ経しかども顧みるときなべては淡し
ひとざまの泥地と思ふ湿原を過ぎてみるとき水が輝く
かへり来ん力たのみて岩棚に互みに体結びて眠る
切り立てる岩にひびきて輝きの如きこの音ハ―ケンを打つ
地下鉄工事の地中よりさす光束が鋪道の靄にいくつも動く
四十度を超えし熱にて臥す吾をめぐるうつつはなべて静けし
見下ろせる平野のはたて秋日さす沿岸工場群硬質の光
山谿に雷たちをれば夜の折々尾根を隔てし空が明るむ
夕日さす雪の高原歩むとき雪の上遠く吾が影動く
雪厚き山塊静かなる夜半に遠き雪庇が月に輝く
祈るべき神のあらねばあるときは冬木の如く時を待ちをり
『断雲』より(板宮清治抄出)
未だ命あるかと母はいふのみに茫々と朝夕べを送る
耳しひの耳も焼かれてあはれなる一生終へきと夜半に涙す
冷々と静もれる池の面に射す冬日にわづか青き底土
埋立ててまだ柔かき土の原足になじまぬ土を寂しむ
高空に風ひびく午後枯木々は枝打ちあへる吾をめぐりて
篁のいだく光に竹の葉の散るとき古今未来はるけし
わがための声とし聞けど人間の歓喜の声は幼子がもつ
やうやくに風凪ぎゆかん午後三時曇のはての断雲映ゆる
地下工事の交叉路おほふ鉄板の上をあやしく人らは歩む
街路樹の青葉に降れる夕の雨潤ふものは木々のみならず
悔恨と羞恥に満ちしわが過去を吾にまつはる幼は知らず
四十歳すぎて愚鈍をなげくのみ夜の驟雨よいさぎよくあれ
わが希ひひとつ潰えて帰り来れば街の灯映る雲ゆきやまず
実を落とし葉を落としして木々老いん櫟の冬木明るき林
耳しひの母なりしかば夢にみる母にも吾は声かくるなし
戸を閉しつつ空間を限るとき空間もわが所有のごとし
『光束』より(『断雲』以後。香川哲三抄出)
入りて来し電車前面の風圧に時のまめぐりの音の遠のく
晴れ透る大気きらめくはまぼろしか熱ありてたゆき早春の午後
ひとつ家の家族といへど各人を単位としつつ日々過去となる
寄せながら退く潮の如悲しみの薄れてゆきし七年の日々
重々と暑さ身に負ふごとくゆくビルも街路も日を反す街
荷造りをされたる如く人満ちて電車が家並の上走りゆく
葬送の鉦の音ひびき人集ふ木犀の花散る昼の路地
晴曇を知るなくビルの一室に働きて夕べ雷におどろく
水槽のかすけき命守りつつ妻子ら留守の歳旦は過ぐ
街路樹は葉を保たねば目にたたず音伝へずに冬の日々ゆく
幼児の作品展を見てかへる櫟林は冬のあかるさ
涙なく声なく別れ告げながら風寒き路地に柩を送る 悼 高橋加寿男氏
妻の粥煮つつ思へば十年余わが労はらるるのみに過ぎにき
あざやけき一つ記憶の如くにて沖の遠くの島が日に照る
黒き雲覆へど降らずいづこにも虫にぎはしき帰路五六分
(香川美人抄出)
妻子睦む遊戯のあれば別れ住むもの見る如く心に沁むる
すみやかに艱苦に赴く神なれや篁わたるあかつきの風
テレビ見てひとり涙ぐむ幼児よ汝と別離のときも来るべし