昭和四十一年八月歩道全国大会にて(京都)

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歌 歴
大正二年 茨城県生まれ
昭和七年頃 作歌を始める
昭和十年 アララギ入会
昭和二十二年 歩道入会
昭和五十三年 永眠
歩道編集委員・幹事
『芝沼美重歌集』より(榛原駿吉抄出)
敗れしを幸としてみづからも信ずるごとく或る時は言ふ
ひろがりて日照りの土に萩生ふる薬師寺の寺蝉のこゑしげし
二日前生れし牛が干草に坐りをりその眼畏れをもたず
埋立地のくもりに茜たつみえて泥昏く水くらき夕ぐれ
おほどかに蝉の声こもる岬の山曽々木の浜に雨降りながら
貶しめて彼の宗教をいふ声す吾にかかはりありやあらずや
梅雨曇の空昏れゆきて泊つる船街のつづきのごとく灯ともる
夕食の後もタイプライターを妻が打つ生業にしてその音たのし
齢距たる故の不安をいつのころよりかわが抱き妻も抱くらし
広告のための光芒が立ちてゐる先端に夜の雨雲あかし
西空の遠き棚雲に日の入りてしばし雲に顕つくれなゐやさし
五十歳すぎて恒産のなき吾を妻に詰りてゐる義母のこゑ
海ぎしに出でて明るき砂の畑ゑんどうは冬の花まれに咲く
鉄梁の影暖かく象がゐるコンクリート冬の日に照る午前
色彩のある光束が雨空に顕ちて新宿の夜暑く行く
摘花せる桃の畑あり花あまた春たけて暑き土に散りばふ
いまのうつつに月面に人ゐるといふ無花果しげるうへの夕映
通りゆく路にだしぬけに残湯のにほひして午後の街に雪降る
音絶えて机に項垂れたるは働きていとまなき妻の眠れる
朝闌くるひかりは吾を疲れしむ花終りたる木槿の梢
(板宮清治抄出)
汚れたる衾の襟もみづからのものとし思ひうとむことなし
きざまれて白き甘藷が昨日より俎の上にありて乾ける
貧しかる象といはんそこばくの米を入れたる袋がありて
靄ごもる逆光のなか単純になりて方形の建物が見ゆ
道の上にコールタールを煮る煙なづさふ中に春日かたむく
暫くの憩のごとく機関車がとまりをり汽缶に焚く炎見ゆ
刈込みていまだ日を経ぬ芝生あり芝生は夕べほとぼりをもつ
雪解けに赤く濡れたる芝生あり一日曇りし園昏れんとす
水草のなかに伸びたる慈姑など秋日暖かき水のべを行く
日すがらの曇に見えてゐる干潟幾筋か寒き水つづきたり
見えわたる浜の木原は春雲のうごくともなき影落しゐる
妻の背に足垂れて睡りゐる幼ゆふぐれながき外より帰る
秋の日にさながらにしてわづらはし牛の瞼に蝿むれてゐる
みづからを宥して出づる涙とぞ思ひて夜半の部屋に起きをり
ポケットに懐炉暖かく街ゆけど常いとまある吾と思はず
晴るるともなく昼すぎて霜どけのほとびし土に石ころ乾く
雨の日の渚をゆきて見ゆる街いづれの坂も昼の灯ともる
たはやすくわが掌のよごるるは髪よごれをるゆゑにかあらん
輻射板のあるスト―ブにをりをりに咳響かひてわが籠りゐる
押されつつ電車にゐたり日すがらの雨にほとびし靴たのめなく
街上に散りぼふ煤がやすやすと動きて寒き道をわがゆく
くもり日の街見えをりて川水より直ぐ立つ壁のさまざまの色
いくつもの歯を抜きて暗き口腔が鏡にうつるをりをり寂し
角質の部分うつしみに育つこと唐突に思ひ出でて寂しむ
卒然と人は来りて蝦のごと屈まる吾を褥上に見ん
音絶えて机に項垂れたるは働きていとまなき妻の眠れる
友の肩につかまりて涙とどまらぬ夢なりしかど自らあはれ
芝沼美重君を悼む 佐藤佐太郎
運命に負けず苦悩に負けざりし人とおもひて君を悲しむ