薩 摩 慶 治


                     


大正三年生まれ
昭和三十年  歩道入会
昭和三十六年 歩道賞受賞
昭和三十八年 歌集『葦州』刊行
昭和四十九年 永眠
歩道評議員


  『葦洲』より(河原冬蔵抄出)
伯母の不幸を聞きゐる吾は金銭にかかはりてくる話を恐る

貝殻のすれ合ふ如き感じにて銭にこだはる妻と吾がをり

よみがへる罪の意識あり傷つきしところをなむる犬の如きか
潮満つるさきがけとして白き泡中洲の芦の間にたゆたふ

しめりもつ吾が作業衣はストーブの輻射の熱に蠟の香がたつ

乳房きりて胸扁平になりし妻肩を落してもの言ふあはれ

ダンプカーより石炭おろす音きこゆ共鳴のなき音の集り

重々しく雪を混へて堀川のこほらむとする水動きをり

昼火事の現場に近き堀川に首を並べてねずみが泳ぐ

靄こめし夜の工場の残置灯油しみたる土塀を照らす

夢殿のめぐりの松は夕映の光のなかに花粉を落す

海よりの霧流れ来て砲台のめぐりの草のしめる夕ぐれ

冬の靄しづむ工場の中庭に残業終へし人等出でゆく

吾がきたる峡の部落は家ごとに墓もつ掟あるに驚く

朝々のこころ緊りて蠟の香のただよふ如き工場に入る

深谷をのぼる夜霧は山の家をめぐる馬酔木に音たててゐる

山峡に林立したる土柱樹木なければ鳥もあそばぬ

あらあらしき夕映のなか海没の水に浸りてたつ墓石群

送泥管を伝ひておつる泥の上に泥にまみれて動く魚と貝

干拓地は海近くしてまぎれ来し海猫いくつ沼をめぐれる

夜の靄こめし操車場に連結を離れし貨車が灯をよぎりゆく

雪ばれの日に照らさるるカルストの岩群なべて湯気たち昇る

砂浜に轆轤巻く人或る位置に歩み来りて影ながく引く

着換へたる吾が作業衣に体温の移りゆくとき匂ふ蠟の香

飛行機の高度降りて山火事の炎が谿を移りゆく見ゆ

入海の岸を境に夜光蟲の光ひろがる風つのるとき


 遺詠抄
病院の片隅にゐて切々と生きねばならぬ思ひこそすれ

善悪をしめすデータの上下して吾の病の定まりがたし

残年はこころゆたかに送らんと思へどつひに吾は病臥す

病院のつめたき食を好まねど空腹なれぼ否も応もなし

身にひそむ生命あらん老人に老人らしき輝はあれ

おだやかに心保たんとつとめれど不意に襲ひくるこの不安感

全粥の膳はこぼるる朝も夕べも含水炭素を副食として

わが部屋の隣にありて附添へる女が夫をはげます声す

ゆふぐれのわが病室に灯をともし自問自答の沈黙つづく

病院に居ればいつしか病人となりて食薄く声細くなる

工場にゐる夢見るは楽しかり覚めしうつつの心いたきまで

衰へしわが手の脈をはかりゐる弾力にみつる看護婦の手よ

くれなゐの朝空ひろし火のごとく四月三日の朝焼赤し

病院がつひの住家かと惑ひつつ惑ふこころと吾は闘ふ

ただ狭く病のために在る日々かこころ幼きまでに老いゆく

働けるうちは働く原則をまもりがたからんわが癒ゆるとも

先生の歌碑のたちたる当麻寺に藤の花房いまこそひらけ

病院のまへの道路に妻が見え何か逡巡してゐる妻は

ぶよぶよになりたる吾のふくらはぎ壁に寄添ひ廊下を歩む

ひすがらに風に揉みあふ槻の木の梢しづかになる夜を待たん