渡 邊 良 平


        昭和四十五年大阪万国博覧会にて
     

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明治四十四年 山梨県生まれ
昭和三十一年 「歩道」に入会
昭和四十五年 歌集『笠雲』刊行
昭和四十六年 永眠  


    挽 歌(佐藤佐太郎)

雪山の富士のかがよふほとりにて六十年の命哀しも


『笹雲』より(昭和三十二から四十四年)から(佐藤志満抄出)

おほよそに曇りてをれど遠山の一つ照る見ゆ裾野高原

あきらかな星空にしてまむかひの富士のあたりはさながら暗し

平均に曇れる空の高ければ聳えたつ富士隈なく見ゆる

気流にのり流れ来し雲富士がねにさへぎられ高く空に乱るる

古里の井戸ばたに立ち富士がねを仰ぐ時われ心たのしも

富士がねにまつはる如く小さなる赤雲のあり晴れし夕空

大通りが急坂なしてつきあたりに大き富士あり裾原の街

雪の後温かければ富士山より小さき雲があまた湧き出づ

烈風に雪飛ぶならむ冬の富士頂のみが雪のうすしも

雨雲の切れ間に藍の色となる富士の地肌が空のごと見ゆ

午後のあひだかげりゐし雪の富士山が夕映に再び赤く輝く

富士がねに大き笹雲いく度かいでては消えぬ春の一日に

富士山にうちつけられし如き雲中空高く乱れかがやく

わが位置の次第に高くなりくれば真向の富士いよいよ高し

富士山をつつみゐし雲いつしかに笠雲となり空に浮きをり

初夏の富士雪深けれど麓より気流に乗り来て蝶が飛ぶとぞ

冬富士よりたつ雪煙光りつつ怒濤の如く青空に飛ぶ

富士山よりたつ雪煙日の光さしくる方にかがやきなびく

ところどころ雪の消えたる富士山の藍の地肌がひえびえと見ゆ

病みをりて眠られざれば月かげを部屋いつぱいに入れてわが臥す

    香川哲三抄出

冬空に立つ富士がねを仰ぐ時大雪壁の光るきびしさ

雪煙白くかがやく富士がねの裾遠々と水色の空

広々とつづく裾野を走るバス富士がねのみが暮れのこりたり

春にしてなほ耕さぬ畑にはなづなの花がいちめん白し

山中湖晴れてゐしかど加古坂を越ゆればただに吹きあぐる霧

河口湖半ば氷りて氷らざる中央部のみ青く波立つ

夕空に立つ富士がねの雪煙ところどころが赤くそまれり

大雨が一夜続きて今朝見れば地肌あらはに富士は立つなり

南の空全部を占めて富士山は聳えたつなり広き裾原

烈風に散る富士の雪夕日うけ紅き炎の如くに見ゆる

富士がねの雪の斜面に続きたる広き樹海は群青の色

ひえびえと降りたる雨の晴れし朝富士はま白し五月裾原

富士がねより立つ雪煙旗のごと片なびきつつ白く輝く

雪煙も立たず静けき富士の肌白絹のごと清く輝く

やうやくにあをみし裾野富士はまた昨夜の雪に隈なく白し

かげりたる午後の裏富士稜線に白く輝きて雪煙たつ

水光る広き田のなか一枚の菜畑ありて黄なる輝き

烈風に富士全体が燃ゆるごと天心にむかひ雪煙立つ

富士の傾斜皆新しき雪壁となりて秋日を反射しゐたり

はく息の次第に長くなりてきてたらちねの息絶えし昼すぎ

山峡にならぶわさび田紅葉せる木の葉一面に散りてゐるなり

春の日の裾野に風は激しくて終日富士に雲乱れ立つ

十日ほど病が重く見ざる間に今宵の月はまどかになりぬ

台風のなごりに木々のゆれてをり全けく見ゆる富士は紫

暖かき裾野冬原雪富士に雪煙なく清く晴れたり

病室のあかり消す時窓越しに隈なく夜の富士山が見ゆ