山 本 成 雄

           黒田淑子提供                                   
  

  


                             
  歌  歴
大正十五年        新潟県生れ
昭和二十五年~三十四年 「歩道」誌上で精力的に歌壇時評執筆
昭和三十九年      『現代短歌持続と断絶』発行(胡桃書館)
(山本成雄は「短歌研究」「短歌」などにもたびたび文章を発表。実作・評論双方に於て活躍し新鋭歌人として注目を集めたが、昭和四十年に失踪した)


  代表作品
 
  『歩道選集第一』(昭和二十三~二十五年)より
曉の光とならぬ明るさの中に息づくやひとり眼覺めて
雨雲のきびしき形象てらしたる遠稻妻もこほしきものぞ
常のごと歸るつとめ路もの憂くて蟻の列あれば蟻を見て立つ
命なきものの如くに砂の上に乾ききりたるひとでが居たり
曉に落ちゆく月に照らされて白蠟のごとき雲と思はむ
祝福を我にあたへよ苦しみに堪へて定まりしいまの心ぞ
急坂にただちに續く曇より唐突に白き自動車が出づ
渚風砂吹きあげて過ぎゆきしあとに小さき砂の渦立つ


  『歩道選集第二』(昭和二十六~二十七年)より
六畳のひと間を吾の據り處としときに怠惰に一年は經き
何もかも模型のごとき生き方か今日いささかの苺植ゑ換ふ
安逸に過ぐと言はなくに苺など草紅葉せる庭に下り立つ
みづからの蹄鐵の音ひびかふを舗道ゆきつつ馬は聞かむか
電車にて眠り居しかど並行になりたる汽車の音に目覺むる
さだめなく窓ふく風に安息を希ふともなく夜を迎ふる
戦争ののち幾年か苦しみて獨り身のときはやく過ぎにき


  『歩道選集第三』(昭和二十八~二十九年)より
生活の「あはれ」籠ると節分の豆撒く聲を聞きつつかへる
かがよひを収めし雲が蒼天の遠くに見えてわがかへりゆく
妻子らに寄する愛情もつづまりは吾みづからの安らぎのため
執拗に葉をおとしゐる銀杏樹ありすでにし暗くなりし鋪道に
ためらひのごとき薄明の一刻を經て夜に入るはいさぎよきもの
ネオンより發する息のごときもの赤き夜霧を見つつし歩む
冬の夜の白雲おもく動きをり地の彩光は雲にとどかず
                (注)「彩」は旧字体


  『歩道選集第四』(昭和三十~三十一年)より
みづからの内にひそみて生活を統べゐるものを思想といふか
晝と夜とせめぐに似つつ昏れ方の空はなやかにひと時見ゆる
とりとめもなく平らなる梅雨曇みづから純くかがよふに似つ
平和には遠きこころか土のおもて光のはばに霜解けてゐつ
夜ふけし道におどろきて立ちどまる猫の叶く息白く見えつつ
雨のなか走りゆきたる自動車が遠き暗闇にしぶきをあげつ
みのりたる麥生は夜もあかるくて激しき雨のなかに波だつ
動くゆゑわれは見て立つ暗くなりし麥生のはての小さき竹群


  『歩道選集第五』(昭和三十二~三十三年)より
人間のにほひを遠くへだてつつ立つゆゑ冬の靄をにくまず
たえまなく流動しつつ濃く厚くなりたる靄が濠をうづむる
屋上より見おろす街に立てる靄おもきひびきを底にたたへて
いづくにてもよし妻のこゑさなごの聲きこえこぬところあらぬか
街よりも高くたたふる川のおもて搖れつつ寒き潮さしかよふ
海のうへ遠く茫々とたてるもやあかるき靄のなかに波立つ
鍬の柄に身體ささへて立つ姿勢かかる憩ひのかたちもをも見つ
木柵をとびこえ道に出づるとき孔雀は敏捷にしてためらはず


  『歩道選集第九』(昭和三十八年)より
ことごとく古葉ふるひて立てる樫いくたびかわが心支へき
崖のごと立ちてしづまる杉の間に重くみちみちて動く夜の靄
日に照らふ吾が半身に喜びはあつまりたりとおもひてあゆむ
妻も子も去りたるのちの安けさを思ひをりつつ言ひ難きのみ
地ひくくうごきてやまぬ夜の靄の抽きてしづけし冬の樫立つ
杉の幹夕日にしばしあかれるは沈痛にしてしづけきものを
日の常の飢えのごとくに時おきて疾風吹きすぐる街上に立つ
夜の靄のなかより出でてこし犬の影もたぬことさびし冬夜は


  『歩道選集第十』(昭和三十九年)より
風いたるとき思ひきりとどろけり楡の樹立はみなたくましく
天主堂の前庭に朱のカンナ咲く地のいのりのこごりしごとく
危ふかりし日を経て心和ぎゐつつこの安らぎを常とおもふな
懺悔台しづかに幕を垂れてゐて堂内になつのひかりいたらず
息衝きつつのぼり来りし丘のうへ被爆のあとを天はとどめず
靄寒くまつはり動く墓あひに花のくれなゐが見えてかなしも
冠毛の風になびくをたのしみてゐるごとく立つかんむり鶴は
檻のなか間なく時なくうごきゐる熊のうへにも山茶花は散る