歌壇の窓  【最新版】 【2003(平成15)年~2025(令和7)年一覧




   二〇二六(令和八)年「歩道」二月号    


     写実の縁              佐々木比佐子



 洋画家高島野十郎についての書籍『野十郎の炎』(多田茂治著 弦書房二〇〇六年)に掲載された一枚の写真に目が留まった。「博多大丸の個展」と記されたその写真は昭和三十二年、六十七歳のダンディな野十郎を写した一枚で、「片山摂三氏撮影」とクレジットされていた。片山摂三は、佐藤佐太郎の肖像写真を撮影した写真家である。
 佐太郎の歌集『天眼』の、昭和五十一年、五十三年の作品に、また『星宿』の、昭和五十五年、五十六年、五十七年の作品に、片山摂三と佐太郎の交流が偲ばれる短歌が見られる。これら十七首ほどの作品の中から、次に数首を挙げてみよう。
  わが顔に夜空の星のごときもの老人斑を悲しまず見よ
     (『天眼』「夏より秋」昭和五十一年)
右の一首には「片山摂三氏撮影の自照に題す」の詞書が添えられている。
  七十年生きて来しかばわが顔のさびて当然に愁ただよふ
     (『天眼』「膝上作歌」昭和五十三年)
そして『星宿』には、佐太郎の告白の如き七首が収められている。その中から三首を記す。
  家にゐるわれは安けく眼鏡せず物を見ずして時をゆかしむ
  灯の暗き部屋の隅にて顔錆びし老人黙すままに時逝く
  眼の悪き老人ひとり用のなき眼鏡をかけてここに写れる
     (『星宿』「再び自照に題す 示片山摂三氏」
      昭和五十七年)
佐太郎の、片山摂三に対する信頼あっての、これらの歌なのだろうと思われる。自身の視力の衰退を、悲しいほどありのままに表現した短歌を片山摂三に示すことにより、五歳年長の佐太郎は老いの現状を凄みある言語表現で伝えている。
 佐太郎の心を開いた片山摂三は、どのような人なのであろうか。『芸術家の肖像 片山摂三写真展』(三鷹市美術ギャラリー一九九六年)掲載の、裾分一弘の文章に少し驚いた。片山摂三のアトリエには伊藤左千夫の拓本が掛けられていたという。それは伊藤左千夫詠、島木赤彦書の「寂志左乃極爾堪弖天地丹寄寸留命乎都久都九止思布」(さびしさのきはみにたへてあめつちによするいのちをつくづくとおもふ)であったという。
 つづいて、『片山撮三写真展』(福岡県立美術館一九八九年)の年譜を見て、何か納得するところがあった。片山摂三は、御母堂から陶淵明の話を聞き、また短歌の指導を受け、写真における詩の重要性を知ったというのである。片山摂三が佐太郎を撮影に訪ねた日、それは大いなる邂逅であった。



   二〇二六(令和八)年「歩道」一月号    


     高島野十郎の短歌           佐々木比佐子



 高島野十郎は画家である。高嶋野壽という本名で、久留米の人。一八九〇年(明治二十三年)に生まれ、一九七五年(昭和五十年)八十五歳で野田市において逝去した。生涯写実に徹し、どの団体にも所属せず、数回開催した個展を発表の機会とした洋画家である。
 没後十余年に東京の目黒区美術館で展覧会が開催され反響を呼び、一九九三年十二月放送のNHK「日曜美術館」にて、その存在が全国的に知られるようになったという。
 そして今年二〇二五年夏は、没後五十年という事で大規模な展覧会が千葉県立美術館で開催された。しかしながら「高島野十郎展」のことは日々念頭に置きつつも、この夏の酷暑に負けて私はとうとう千葉市には行けないでしまった。作品そのものを直接見る展覧会という貴重な機会を逃してしまった。
 そういうわけで、この秋は『高島野十郎画集作品と遺稿』(求龍堂二〇〇八年)を捲っていたのだが、遺稿「ノー卜」に記された短歌が興味深かった。数首を抄出してみよう。
  二月堂その地茶屋にかけ居れば屋根の大空しみじみとあり
  山一つ彼方のかげにわびしくも櫻と共にひそむ岡寺
  月うかぶ空のまことのむなしくも我が身のほどの思ひ知らるる
  羽黒山登るによろしたヾ一人息つき居れば山鳩のなく
  三山の峰をも越えで帰り来し我れ老い知るや知らず老いしか
 野十郎が奈良を歩いたのは一九七一年と一九七二年で、八十一、八十二歳の時。山形を巡ったのは一九六五年七十五歳の時である。遺稿「ノー卜」はA5版二十頁の薄いもので、短歌の他に詩、芸術観が綴られている。晩年の折々に書き継がれたものらしい。短歌作品は老いの境涯を偲ばせながらもナイーヴでこころに沁みる。写実表現に命を懸けた画家の確かなる眼差しが、これらの短歌には息づいている。
 千葉県立美術館での「没後五十年高島野十郎展」を見逃してしまい、悄悄と悔やんでいたところ、この展覧会は数か所を巡回して開催されると知った。福岡県立美術館で十二月十四日まで、年が明けて二〇二六年豊田市美術館で一月六日から三月十五日まで。大阪中之島美術館で三月二十五日から六月二十一日まで。その後の夏の期間に、東京の渋谷区立松濤美術館で開催が予定されているらしい。宇都宮美術館での開催は九月二十日から十二月六日までの予定ということで、これら展覧会会場の近隣の方々には是非とも鑑賞をお勧めしたい。