新刊歌集  平成13年(9月)〜20年【作品】 【歌集一覧】 平成21〜現在【作品】 【歌集一覧】






「さやけき心」に溢れた歌集
 ー歌集『冬天』についてー  大塚 秀行



 歌集『冬天』は、宮城県多賀城市在住の大友圓吉さんの数え年八十五歳にして纏められた第一歌集である。本歌集は、大友さんのそれまでの歌歴により、「昭和の歌」「平成の歌」と大別され、編集されている。
 「昭和の歌」には、「あとがき」に「大半は立房集や特選欄に掲載されたもの」とあるように、確かにものを見、捉え、的確に表現した作品が続く。
  舗装路の窪みに溜る雪解の水氷りゐて月に輝ふ
  陸果つる岬の海は荒くして眼下の岩みな角をもつ
  朝おそき電車に居れば駅ごとに乗りくる人に老人多し
  ひとりわが上り来たりし坂の上天寒くして星雲光る
 歌集は「平成の歌」に入り、退職前後における日常詠、旅行泳が、しみじみと心に響いてくる。
  職退きし後の不安を消しがたく夜半覚めをれば遠吠聞こゆ
  職退けば無精となりておのが手の爪を切るさへ厭ひてゐたり
  指輪一つ贈りしこともなかりしに四十六年妻は従ふ
  那智の滝しのつく雨に見えざれば青岸渡寺を去り難くゐる
  若きとき無宗教と言ひたるに今わが老いて禅に帰依する
 このような日々を送る中で年を重ねる大友さんだが、東日本大震災、妻の病という重く厳しい現実に直面する。その只中にいて現実を凝視し詠嘆する作品が、強く魂を揺さぶる存在として圧倒的に胸に追ってくる。
  地震にて崩れし墓石分け行きて姉の遺骨を仮に納めつ
  紫陽花の残花の如く生きつぎて無為なるわれもかく醜きか
  残りゐし石榴もいつか落ち尽しわが行く丘は冬天ひかる
  癌告知受けたる妻は一呼吸おきて小さく余命はと聞く
  病む妻を夜半に思へば抑へても抑へてもわが嗚咽もれ出づ
  彷徨ひし荒野に天眼見し思ひ抗癌剤の効くとし聞けば
  山の湯に妻の快気を祝ひ来て二合の酒にいたく酔ひたり
 佐藤佐太郎は、「みづからのためにみづから言ふ言葉もとむる友は心さやけし」(『星宿』)と「郵政」の友に贈ったが、大友さんもその友の一人で、『冬天』はまさしく「さやけき心」に溢れた歌集として輝いている。