刊歌集  平成13年(9月)~20年【作品】 【歌集一覧】 平成21~現在【作品】 【歌集一覧】



   やさしさに満ちた心象風景
     ― 本間百々代歌集『花原』 ―   仲田 紘基


 本間百々代さんの第二歌集『花原』は美しい歌集だ。描かれたカバーの花の絵にまず心をひかれるが、それにしてもこの歌集名のなんと美しいこと。花の咲いている野原、「花原」。ありふれた二文字なのに手あかのついていないこんないい言葉があったのだと、あらためて思い知らされる。
  吾木香りんだうの花瓶に挿ししばし蔵王の花原しのぶ
 本間さんは何度も蔵王を訪れ、花の歌に限らずその都度何首もの印象深い作品を残している。蔵王は茂吉が幼いころから仰ぎ親しんだ山であり、その茂吉の生家にほど近い斎藤茂吉記念館に師である館長の秋葉四郎氏がいるからでもある。
  ひさびさにわが見る蔵王火口湖が狭くなりゐつ水の濁りて
  記念館の庭に蟬鳴き真向かへる蔵王の山に白雲の湧く
 秋葉氏の企画による「ドナウ河源流行」は茂吉の足跡をたどる旅だったが、本間さんはそれに参加した成果として三十六首をこの歌集に収めた。力作ぞろいで、歌集中の圧巻と言えよう。
  ドナウ河に沿ひつつゆけば正午にて修道院の鐘なりひびく
  八十年まへに茂吉の歩みたるブリガツハ川に沿ひてわがゆく
 作歌における師ということで言うなら、佐藤佐太郎のゆかりの地を訪ねた歌も目を引く。
  三度きて先生しのぶ渚道春のくもりに砂あたたかし
  少年にて心安けく過ごししか平潟の町に先生しのぶ
 師をしのぶ歌の底に流れるのは、ひたすらに敬いの心を注ぐ本間さんのやさしさだろう。そのやさしさは、もちろん短歌の師だけに向けられるものではない。例えば次のような歌がある。
  夜々にわが家にすごす野良猫に声を掛けつつ居間の灯を消す
  赴任にて夫留守の間わが子らは喧嘩せざりき過ぎて思へば
  山車のうへに笛吹きゐたる兄二人誇らしかりき夏の祭に
  三つの病院巡る夫の六度目の診察に今日われは付き添ふ
 本間さんの思いがしみじみと伝わってくるものばかり。かつて厳しい現実を詠んだ連作「濁流」三十首で歩道賞を受賞した本間さんの、さらに対象に迫る思いの深さ、作品としての完成度の高さを、これらの歌は示している。
  この道に今年も韮の花が咲きわれのさびしさ言ふべくもなし
 わたくしの好きな一首である。花原を彩る美しい花々もいいが、じみだけれど優雅でやさしい韮の花が本間さんにはよく似合うような気がする。