刊歌集  平成13年(9月)〜20年【作品】 【歌集一覧】 平成21〜現在【作品】 【歌集一覧】


  鈴木眞澄歌集『遠朱雲』  八重嶋勲



 鈴木眞澄さんの「石蕗」『通雨』に続く、第三歌集で、平成十二年から平成二十六年までの作品五百四十首を収めている。
 昭和四十四年歩道短歌会入会、佐藤佐太郎先生に師事され、丁度入会の年に発表された「作歌真」の教えに従って四十五年の長い間、作歌に精進されてきた。そして、歩道賞や千葉県短歌賞受賞の実績をもち、千葉県歌人クラブ事務局長を務めるベテラン歌人である。
 作者は、大姑、姑から引き継いだ文具店を営む商店主。小学校の校門近くに位置するらしい。商店にかかわる独特な感覚の歌が多い。
  夕飯を作りながらに耳さとくゐて店に来る客
  の声待つ         (平成十二年)
  わが店に止まらんとしてためらへる如き車が
  過ぎてゆきたり      (平成十四年)
  おびただしき硬貨あやまたず数ふると一心な
  るわが貧しき姿      (平成十五年)
  児童等の下校の声は雪まじり降る雨の中はづ
  みつつゆく       (平成二十四年)
  前払ひといふわが店の規約にて人を帰ししこ
  ころの痛み       (平成二十五年)
 次に、一家の主婦として、家族に対する愛情、家の歴史などの歌が多いが、孫の歌などでも決して甘くなく、しっかりと見つめ、どの歌にも本当の愛情がにじみ出ている。
  わが子等の性の厳しさ遠き祖の武田の武士の
  血などを思ふ       (平成十七年)
  やうやくに歩みそめたる幼子の靴に乾きて保
  育所の土         (平成二十年)
  子のあらぬ叔父の系図の末にゐて遺産相続わ
  れにも及ぶ       (平成二十一年)
  傍らにひとり遊びをする幼覚えし言葉つぎつ
  ぎに言ふ        (平成二十三年)
  幼子は聞き分けのよしある時は五歳と思へぬ
  寂しき顔す       (平成二十四年)
 次に、日常の中の、自分を見つめた歌も結構多いが、数を惜しんで次に掲げる。
  降りしきる冬の夜の雨かたはらにわれの一部
  のごとく猫居り      (平成十三年)
  衝動にて出でし言葉はこの人の内の心ぞわれ
  をさいなむ        (平成二十年)
  忘れ得ぬわが恥ひとつ知る人の死去を伝へて
  はがきの届く      (平成二十四年)
  二百ページの日記の終りこの年の苦しき日々
  も過去となりたり    (平成二十五年)
  くもりつつ海光明るき早春の台地うづめて甘
  藍育つ         (平成二十四年)
 また、抜け難い商店経営のかたわら国内外の旅行にも出かけられている。旅行は、ともすれば観光に終わってしまいがちであるが、作者は、真摯に作歌に向き合っており、見るべきものを逃さずしっかりと捉え、歌に残している。殊にも次に掲げる、外国旅行詠は出色である。
 平成十五年「廃墟―トルコにて」より
  地中海内湾の町夕焼けて低くコ―ランの祈り
  のひびく
  火を焚きし跡あらはにて隊商の身を休めしか
  この石床に
  異教徒の迫害のがれ地下深くうがちて三千の
  民住みし跡
 平成十六年「冬の驟雨―モロッコにて」より
  雨過ぎし未明の砂漠塵の無き空にまたたく星
  座の群は
  激ちたる雨の痕跡ありありと見ゆる砂漠に日
  の赤く出づ
 平成十六年「ワルシャワにて」より
  ことごとく人ほろぼされ千年のユダヤ文化が
  消滅せしとぞ     (東欧ユダヤ文化)
 平成二十二年「俑坑」の歌も印象深い。