刊歌集  平成13年(9月)〜20年【作品】 【歌集一覧】 平成21〜現在【作品】 【歌集一覧】


 
堀和美歌集『潮流』を読む   加古 敬子


 『潮流』は堀和美さんの第一歌集である。文庫形式の歌集であり、昭和四十六年から四十三年間の作品一千三百八十余首が収められている。一巻を通じて詠風は調べが良く、落ち着きがあり、佐藤佐太郎先生を信じ、又下関に在っては直接の指導者兵藤正登司氏を信じ、迷いのない歩みを続けてこられたことを思わせる。
 昭和四十六年から五十年までの初期の作品に
  まのあたり生れし嬰児を見つめゐる娘婿は若
  き父となりたり
  父となり祖母となりたる婿とわれと思ひおも
  ひの心にねむる
 娘さんの出産の時、娘婿を作者は見つめ、その心になって把えているのが新鮮であり、温かい。又同じ時期の三首、
  雪積める鶴見岳よりしののめの雲おくごとく
  国東は見ゆ
  無造作に獅子頭もちて人のくる祭日の雨午後
  より晴れて
  日照雨(そばへ)降る光の條を負ひてゆく農馬のあとを
  駅にむかひぬ
 すでに驚くばかりの力量を示し、この歌集はいい歌集であろうと予感する。
  塒する鵯ら沈みし樟の木の(かたち)しづかなる病舎
  のほとり           (昭51)
  病む夫の苦しみ長き夜の来る窓外に青く古城
  あかりて             (同)
 昭和五十一年、五十五歳にて夫君が他界された。この二首の目の確かさが詩の味わいをもたらし、作者の言葉にならない心情を表している。
  玄界灘の風うけ茂る暖竹はおのづからにて島
  畑守る            (昭56)
 上句の堂々とした声調、下句の視点の温かさ、作者の歌の一つの優れた傾向を示している。
  ゆゑもなく心苛立つ夕べにてパン一斤の買物
  に出づ            (昭60)
 生活の歌。下句に無量の味わいがある。力量があって出来る歌である。
  無花果の実をむさぼりし熊蜂が終に飛び得ず
  土に落ちたり          (平8)
  わが軒に巣造る燕みてをれば運びし粘土しば
  しばおとす          (平12)
 熊蜂、燕の生態を興味ぶかく見ている作者は一瞬の機微をのがさず、温かい心をもって把え作品は笑いを誘う。
  清浄に育くまれゐる新生児の百の牀見ゆ硝子
  戸の内            (昭59)
  海風の通ふ喪の庭幾十の弔花は無機の音たて
  て鳴る            (昭61)
  新世紀を宇宙ステイシヨンに迎へたる人をり
  老の心にひびく        (平12)
  高潮のひきたるあとの泥にほふ露地に人音絶
  えし夕ぐれ          (平16)
 素材は幅広く、柔軟な感性がうかがわれる。
 巻末近く
  入り船か出船か知らず船音は追憶をよび暁ち
  かし
がある。作者は海辺に住み、生活の中に常に船音があったようだ。そして、
  歳晩の漁りにいづる船音をききつつ眠る老の
  揺藍             (平22)
 こうして余韻をひきつつ実り豊かな歌集『潮流』は終っている。八十八歳の著者の御健康を祈りつつ今後の三品を楽しみにしている。あ