刊歌集  平成13年(9月)〜20年【作品】 【歌集一覧】 平成21〜現在【作品】 【歌集一覧】


  石原豊子歌集『柚の実』    星野 彰



 石原豊子さんの第一歌集「柚の実」は平成二十八年からの十一年間の作品集である。この歌集より先ず感じたことは作者の充実した日常である。愛する家族との生活、花のある生活と今の生を満喫している姿が浮かぶ。大病の夫を看取る生活は辛いことが多いであろうが、歌集には暗さがなく上述のような印象を持たせるのは作者のお人柄に因るものであろう。以下、特に印象に残った歌の感想を述べる。
  山間の川に入りしわが幼数多の蛙に大き声あぐ
 孫に向ける作者の優しい眼差しが感じられるとても暖かな歌である。情景が鮮やかに彷彿される。「大き声あぐ」には山間に響き渡る孫の声が聞こえて来るようだ。
  その(いのち)ながくあれよとひとり言ち夫とわが子に寿司作りたり
 夫と子への愛情の深さを感じさせる。「その生ながくあれよと」の大病の夫への直截的な物言いは読者の胸を衝く。結句「寿司作りたり」には淡々と述べられながら作者の様々な思いが寵って味わい深い。
  ベランダに出づれば見ゆる枇杷の花しづかに咲きゐて秋の日を受く
 歌集中枇杷を詠んだ歌は多いが、枇杷の歌では私はこの歌が一番好きだ。ゆるやかな歌調は作者の心境を思わせ読む者に幸福感を与えてくれる。三句の切れを体言止めとして「花のしづかに」と四句へ続く運びが良い。
  週末に届きし画像に三人の孫見てわれはただに会ひたし
 何の衒いもなく「ただに会ひたし」と強く言い切って読者をして孫が愛しくてならない作者の心情に同情させる。ここまで心情を吐露されるとむしろ清々しさを感じる。
  幼らの発表会を見つつゐて老いゆくわれの立ち位置おもふ
 「われの立ち位置おもふ」を私は次のように理解した。孫たちの発表会を見て、成長して行く孫達とこれからどのような距離感を持って接すればよいのか、延いてはこれからの夫と自分の生活をどのようにして充実させて行こうかと。作者の戸惑ひと同時にこれからの人生に向う静かな意気も感じられる歌だ。
  峡の道走りゆきつつ見る山の木々の若葉はみなやはらかし
  「若葉はみなやはらかし」は当たり前のようでいてなかなか出来ない発見と思う。四句まで「の」を三つ使って柔らかく繋いで来て、若葉の「は」で若葉を強く打ち出した助詞の適切な使用方が快い調べをなしている。
 一層の御献詠をお祈り致します。