新刊歌集  平成13年(9月)〜20年【作品】 【歌集一覧】 平成21〜現在【作品】 【歌集一覧】






堂々たる記念碑のかかやき
  ―歌集『似顔絵』について―  大塚 秀行



歌集『似顔絵』は、福島県田村市に在住する古川よしさんの第一歌集で、昭和六十一年から平成二十八年までの三十一年間にわたる作歌活動の中で紡がれた九〇四首が収められている。
 歌集は、古川さんの日常生活が日記を綴るように淡々と、そして静かに展開していく。
  朝早く水見廻りし峡の田に鶯鳴けり水にひびきて
  子には子の生き方あると思ひつつ小止みなく降る雪を掃きをり
  子ら夫婦帰りし後に嬰児の乳の香のする部屋にたたずむ
  嫁二人実家の風習それぞれに話す厨に除夜の鐘聞こゆ
  風邪に臥し食欲のなきわれのため夫煮てくれし白粥うまし
  をちこちに藁焼く煙たなびける夕暮れ近き畑に豆引く
 福島という豊かな自然の中で、農にいそしむ古川さん、心温まる家族の様子が、悠々と流れる大河のように詠われてゆく。
  無農薬野菜作りにこだはれば虫との戦ひ終ることなし
  離れ住む孫描きたる似顔絵に夫とわれの特徴のあり
  山峡に春耕の音こだまして土黒々と畝の立ちゆく
  明治より生き来し母はつつがなく今日百歳の賀寿を受けたり
  阿武隈川の夕日のあたるひとところ真鴨の群れのわづかに動く
  時雨やみうす日の差せる街空の山より山に大き虹立つ
 穏やかに日々を送る古川さんに大きな試練が訪れる。母の死、そして、東日本大震災による原発事故である。
  百五年の年月支へし母の御骨抱けばぬくもりつたはりてくる
  校庭に砂ぼこり吸ひ野球する孫の被曝を案じつつをり
  原発より四十五キロのわが家に気持安らぐことなく過す
  心まで汚染されんかと思ふ日々福島に住みて逃るすべなし
 原発事故の悲惨さを詠嘆する作品が続く。しかし、古川さんは、福島の立ち上がる未来に思いを馳せるのである。
その力強さに深く感銘を覚える。
  室内に遊ぶ幼ら福島の未来担はんわれは見得ねど
  明日食ふ三合の米研ぎ終へて今日一日の仕事の終る
 歌集『似顔絵』は、古川さんの歩んできた人生の集大成であり、堂々たる記念碑のごとく立つ歌集としてかがやいている。