歩道叢書(昭和60年代 その2)

    歩道叢書(昭和六十年代 その二) 

  
雪 形(昭和六十二年)  小林智子
われの着る合羽が羽を弾く音驟雨に暗き田の中に聞く
風の向き利用して藁をまく午後は田の面に体軽く働く
疾風に飛ばされて来し梨の花光りつつ浮く水張りし田に
顔を見て鏡に遊ぶと言ふ母は素直に老いぬ健やかにして
ハレー彗星ちかづく年に還暦を迎へんとするわがつつましく


  
川 音(昭和六十二年)  鈴木元臣
盆道具あきなふ吾のやすらぎは茣蓙線香の匂より来る
砂糖買ふ客途絶えたる昨日今日店に冬日の深くさしこむ
雨あとのこの家裏にガス換ふるわれも容器も夕日に赤し
くもりゆゑ早くかげりし秋彼岸の一日のゆふべ父死に給ふ
狐火のごと田に連なりて藁燃ゆる火のしづかさは夜のしづかさ


  
柊の花(昭和六十二年)  貴志愛
上潮となりてふくらみを持てる川船つながれし岸べ明るし
塾生の忘れもの多き暑き日々歯型のつきし鉛筆もあり
梅林の斜面に広く菜の花の黄の密集の光りゐる丘
物をとりに来てその物を忘れゐる老づきたりし自らあはれ
季くれば柊の花咲きにほふこのすがしさに老いて親しむ


  
笹 丘(昭和六十二年)  三浦礼子
朝風呂をたてて呆けし父洗ふ健かなれば医師の来たらず
吹き荒れて晴れたる夕べ朱雲のひろごり移る雪山のうへ
谷水に山葵を洗ひ選りわけてひと日すがしくなりし掌
裏山の崩るるときに石垣の石の打ち合ふただならぬ音
春一番夜どほし吹きて雪消えし庭に短き水仙の咲く


  
歳 月(昭和六十二年)  矢野幸子
ラウル山日々穿たれて光りゐる鉄鉱石の荒き断面
わが知らぬ歳月を覗きみる如く職退く夫の荷物がとどく
老夫妻相いたはりてゆく見れば永らへ生きし者の寂しさ
よろこびも悲しみも子にかかはりて涙は老いし躯にひびく  
「躯」は原作では正字体
目醒めたるあかつきの床わが眼冷えゐて現の生の寂しさ


 
 岡 谷(昭和六十二年)  横田静子
凍てりゐるみづうみの沖に御渡の解けて一条の水のいろ見ゆ
水底に魚棲むごとく夜々を居り物音のなき独りの家に
わが夫の骸のかたへに声あげて泣きたりし人もいつしか遠し
この家にひとり眠るはあと三月凍るしづけき夜と思ひぬ
五百羅漢喜怒哀楽のあらはにてつくづく見れば人間寂し


  
余 波(昭和六十二年)  末成和子
春あらし朝より吹きて嬰児の驚きやすくかたへに眠る
飛び交へる蛍のなかに少年は両手をのべてひかりを掬ふ
夕光と月の明りと交々のひかりに寂し菜の花畑は
宵に降る雪つねならぬ明るさに満ちて二時間ほどの幻
はえの風ひと日すさびし目交に淡紅のはな杏咲き満つ


 
 造粒塔(昭和六十二年)  清水正広
工場用地のなかに湛ふる赭き水夕映の時さざ波ひかる
造粒塔の押し立つ下に近づけば日に透き走る粉塵光る
八階の冷えびえとする制御室自動記録の音高からず
平明に湛へし運河の一所光る海面に魚あまた飛ぶ
十八年を顧みすればかよわなるこの妻ありて支へられこし


 
 風 紋(昭和六十二年)  斎藤三枝
わが家に馴れたる嫁が厨辺にうたふ声聞けば涙ぐましも
日すがらに風荒れし砂丘夕かげり風紋のうへ冷えつつ歩む
物縫ひて疲れし眼しばし閉づ空気冷えゆくひとりの部屋に
芽吹きゆく木のしづかさや高原の雪野に光る白樺林
午後四時の庭は暑さのきはまりて葉の萎えしまま白粉の咲く


 
 桜 島(昭和六十二年)  近常操
岩の上に羽ひろげ立つ鵜の鳥の憩ふ形と思へば寂し
夜もすがら月の光に照らされし樫の実寒く庭に散りをり
時長く雷鳴りゐしが気の満ちて今ひたすらに降る雨の音
五千羽の鶴ことごとく押包み冬の時雨は降り注ぎたり
一塊となりてのぼれる噴煙の朝の日さして空に影あり


 
 地吹雪(昭和六十三年)  高橋正幸
かき暗し降る雪空の青みゆき幻のごと街あらはるる
雨あがるニセコアンヌプリより朝の日のさしてわがゆく笹原光る
身を慎しみ人に憚り生き来しはわが生涯の誤りなりや
憤ろしき一つのことを思ひつつ歩みてゐしが家につきけり
久々に訪ねし母は耳遠くなりてわが言ふ度に顔寄す


 
 榧の木下(昭和六十三年)  千田伸一
雪雲は日に輝きて移りゆく心寂しくおもひゐる午後
制動のかかりし貨車はそれぞれの車体寄せあふごとくに止る
肉うすくなりたる母のてのひらを妻は体温移しつつ揉む
あかつきの雲ふくらみて見ゆるとき稲刈る妻の声ひびきあり
垂れぬ穂を見つつ田の畦ゆくわれに近き空より雨は降りくる


 
 朝 霧(昭和六十三年)  青山弘
曇りより続きて暮るる街屋根に煙は低く吹き乱れゐつ
屋上に道ゆく人を見下ろせば人はおのおのつつましく行く
わが眼鏡しきりにくもる休日の雪降る街に買物に出づ
秋に入る男鹿半島は低く見ゆいまだ曇れる夕べの海に
秋に入る暑き陽のさす電柱に蜂むらがりて翅の輝く


 
 朝 畑(昭和六十三年)  村瀬ハツヱ
舅逝きて夜明はかなくめざむれば目的のなき朝と思へり
児等の為の点訳といへど顧みておのづからわが心養ふ
過不足のなきあけくれにありなれて老の心の気負ふともなし
鍬仕事終へて帰らん自転車に乗ればさながら憩へる如し
台風の余波にさわだつ稲の田にうす曇りたる月光のさす


 
 風 響(昭和六三年)  小田朝雄
利根川にゆふべ潮の満ち来つつ青葦群はひかり騒がし
生れてより持病となりし喘息に齢十三の命を終へき
喪ひし母もひとりぞわがめぐり葬多かりし年逝かんとす
つづまりは従ふほかなし葉桜のそよげる下に心を展く
山茶花の紅咲きそめてなにがなし身のひきしまる冬としなりぬ


 
 枇杷の実(昭和六三年)  浦上茂子
恢復の望みなき母の麻痺の肢曲りしままに細りゆくなり
すでに眼も開かぬまでに衰へし母のべに活く白梅の花
青畳匂ふ部屋にて亡き母の闘病語るものすでになし
湖に音なく雨の降れるなか子等と釣りたり一尺のふな
芍薬の花蕊大きく広がりて明るき昼の光たたふる


 
 瀬 音(昭和六三年)  小淵ルリヱ
幼き日三人の義母に育てられ貧しき少女期を過しき母は
家前のせせらぎに下りゐし鷺一羽飛び立たんとし光るその白
手術後のしばしとはいへ病巣を取りたる後の安らぎにをり
間伐材高値に売れしといふ息子夫逝きて得たる遺産の一部
夫逝きてひとりなる日々激つ瀬のごとくに涙湧く時のあり


 
 断 片(昭和六三年)  原由太郎
思はざるところに月は昇りゐて夜勤に向ふ雪道遠し
催涙弾投げん構へにひしひしとわれらに迫りくる機動隊
歩道橋の上に夕日はあたりゐて鳩呼ぶ少年のながき口笛
亡き母の留守居するかと思ふまでしづかに暗き家に戻りぬ
島裏の村は日ぐせの雨晴れて烏賊干すにほひただよひ始む


 
 西北風(昭和六三年)  久住滋巍
立ち上り何するとなく居たりしがまた膝を抱きかうべを垂れぬ
窓そとの庭石のうへこまやかに秋の日さして麻酔よりさむ
二階より下りてくれば水瓶に水あふれつつ誰も人ゐず
億劫のはてより帰るちちははのため庭に出で迎火をたく
西北の吹くころとなり船揚げて出稼ぎにゆく島人多し


 
 すぎゆき(昭和六十三年)  小沢三代
曇日の海の明るさ大島も利島も近き荒海のうへ
赤々と灯を連ねたる船いくつ沖の海豚を追ひて近づく
渚橋境に波の荒き海ここより見えて川のしづかさ
苦しみの立場異る二十年虚しき思ひ互みにもちて
灯を消して空家のごときわが庭の虫らひととき鳴き休むなり


 
 麗 日(昭和六十二年)  斎間万
吊皮を手に乗り居れば聞えゐて耳はづかしも人の愛語は
橋桁に水かげろひの映るさへ遠き日のひと思ひ佇む
とまり木にわが近づけば梟のみめよく眠りたる目を開く
麗しくこの世見えきてひと日づつ近づきをらん塵にかへる日
公園の中に光りて出る水に人遠ぞけば鳩が来て飲む


 
 樟の木(昭和六十二年)  浅井喜多治
鉾杉に積みたる雪は風強き谷につぶてのごとく吹き飛ぶ
眼射てその球体の見えぬまで光芒を引く春の入日は
空通ふ春の疾風は樟の木の幹もろともにその根にひびく
操業を止めて人居らぬ工場の屋根を洩るる日床移りゆく
長江を上りゆく船の太笛は月照りわたる空にこだます


 
 黄 花 (「歩道」昭和六十三年五月号の書評より。著者名・刊行年月日等不詳)
つらなりて夜空を区切り飛ぶ雁の声なく消ゆる形象哀し
子をもたぬわれに堪へがたき寂しさや子に逝かれたる友を見舞ひて
女ゆゑ侵されし癌の一塊の全摘哀しと妹のいふ
辛かりし日々の記憶も薄れゆく茜のごとき断片ひとつ
楢林にをりをり見えて合歓の木のめぐりに花のかげろふゆらぐ



 
 アラビアの海(昭和六十三年)  飯田重利
ガジユマルの気根に暗き並木路の向うアラビアの海光り見ゆ
大理石の庭に雨水溜りゐて輝く金色のパコダを写す
遠く来しサマルカンドの街の向う天山の雪山輝きて見ゆ
熔岩の黒き浜辺に群れて翔ぶ一千の鷗雪降るごとし  

啼き渡る雁を仰げばヒマラヤの山々夜空に白くかがやく


 
 島 山(昭和六十三年)  森本千代子
渦潮のたつ海峡の潮筋をいるかの群が縫ふ如くゆく
蜜柑摘む峡に夕べの迫り来て鼻栗瀬戸の潮鳴ひびく
草刈機使ひし振動残りゐる如きわが手をなでつつ憩ふ
六十年ぶりに写真の兄に会ふその父母よりも叔父に似たるか
嫁ぎ来し嫁の荷物に地下足袋も納めてあれば涙あふれぬ


 
 花 芽(昭和六十三年)  斎藤文子
春早く寒のもどりし風吹きて森の上ゆく雲とどまらず
ひと雨にて散りてゆきたる黄の牡丹土の上にて黄の鮮けし
老いて病む夫とわれと隔りて入院のまま年を加へつ
身につきし心電計がかすかなる音立ててをり目覚めし夜半に
副作用強き抗癌の点滴を今日より受くる命生きんため


 
 山 藤(昭和六十三年)  田中喜美子
足萎えて部屋ごもりゐる老い母がしきりに恋ふるその父母を
もや沈む草千里浜夕づきて遠きいかづち音のひびかふ
晩秋の五色沼の辺風寒く仰ぐ磐梯に雪ひかり見ゆ
もろ木々の緑に囲まれ山藤の花高々と初夏の日に照る
散髪に伺ひし事もはるかにてそのをりをりの先生思ふ


 
 立 秋(昭和六十三年)  佐藤志満
朝床に海の風音聞きゐしが草枯れし庭の上のしづけさ
いつ怒り何に怒るか知りがたくわが四十年安き日のなし
夕畑にゐる鶴のむれ首立ててしづかにゐるは腹満ちしもの
又春になりなば行かん蛇崩の桜の木下花散る椅子に
夜すがらにまなこ見開きゐしといふ死の前なにを思ひをりけん


 
 竜飛岬(昭和六十三年)  番場充映
高きより藁靴売れる声のして雪はわが家の窓をこえたり
客来しと思ひ出づれば店の戸のくらきを打ちて吹雪のあるる
寄る波の打ち上げし如いささかの土地に住みつく九艘(くそ)(どまり)(むら)
後添の生みし幼に安らひて寡黙に息子四十となる
病もつ友に歩みを合せつつ忽忘草(わすれなぐさ)のはかなきを摘む