歩道叢書(昭和60年代 その1)

    歩道叢書(昭和六十年代 その一) 

  
拍 動(昭和六十年)  種子島敬司
はりつけの如く置かれしこの猫は解剖台に深く眠れる
入院費払はぬ故に溜りゐるブードル犬は番犬となる
母の愛知らず少年期を過したる姉とわれとは過去には触れず
赤錆びしごとき山肌あらはなる遼東岬にあはれ日の映ゆ
入海にたえまなく風の吹く渚遠浅の海荒れて膨らむ

  春 蘭(昭和六十年)  佐藤淳子

夏たけていまだ穂の出ぬ峡の青田みつつ寂しき故里に来て
雪いまだ消のこる櫟林にて落葉がにほひ春蘭の咲く
新しくわれの起こしし夕畑にかすけき桑の花風に散る
わが家に子らの遊ぶをたしかめて再び風の吹く畑に来し
ひとりにて耕すゆゑのやすらぎか秋づく畑に草の穂光る

  
海 光(昭和六十年)  香川美人
ビルデイング(かげ)なく曇る昼すぎの空の重さは煙霧の重さ
ひびくごとき寒の青ぞら昼たけて白くなりたりビル街のうへ
一群の雁に遅るる二羽三羽過ぎてまた遠き一群の雁
昨日会ひしこと既に忘れけふの会ひをただによろこぶ衰へし姉
島山にいこひて居れば島の影島におよびて冬日かたむく

  
動 輪(昭和六十年)  金岡茂
けふ限りの蒸気機関車動輪の重き響の速くなりゆく
ストライキ終りて駅にもどりたるこの喧噪のなかに漂ふ
初発列車迎ふるホームに蝕尽の終らんとして月光さむし
管理職といふわが仕事思へれば病に臥してやうやく憩ふ
たぶの木の老いたる幹にひびき吹く風と思へば音のさびしさ

  
雪 峽(昭和六十年)  片山新一郎
老いながら臨終は斯く苦しきか肋のくぼみにたまりゐる汗
気性強く生きしひと生を思はしむ指の根固く組みたまふ母
峡に見る夕空しづかなるゆゑにたやすく闇になじむ梢ら
臥す老の躰細ればその床のうへに日々身をのりいだし診る
月蝕におびゆる雁か暗む田に啼き交ふ声の鎮りがたし

  
春 来(昭和六十年)  大橋美恵子
寒からぬ風音のするひろき部屋いたく小さく母が臥しをり
病みながら五年変化のなき母を看取りゐる兄いたく老いたり
ことさらに背すぢを立てて歩むなど悲しみをもつ一日終へたり
帰り来てすゆき香のたつ珈琲を飲みをり今日の悲しみ癒えよ
水底の藻を動かして水流る春に来向かふ日々の楽しさ

  
鐵 塔(昭和六十年)  滝川愛親
転勤をおそるるごとく待つごとく噂の中にわが日々は過ぐ
断ちがたき苦き思ひのありてけふ停年となる職を惜しまず
鉄塔のひづみゐるとも我に見ゆる視覚の中に工夫は登る
みづからが生たしかむる声としもめざめし母の呼ぶ声を聞く
幼らのあそぶを見れば冬の日といへども声も身もやはらかし

  
島 影(昭和六十年)  五十嵐邦夫
きりたちて海にかたむく玄海の島影くらし夕映ののち
著しく潮位がさがり無気味なる時すぎてチリ地震津波襲ひ来
蛇行行進に入りたるデモの一群に老婆をりて人のあとにつきゆく
霜どけの土乾きたる暁の雨戸繰るころはうら悲しかり
わが窓にみどりかげなす一つにて桑の大木は青き実をもつ

  
石 蕗(昭和六十年)  鈴木真澄
家族らのなかに居るとき義歯はづし母の休息のさま痛々し
新聞を読む老父の身辺を残して朝の掃除を終へぬ
かかとより歩むつたなき音のして朝の厨に幼児が来る
商にこころまぎれて一日すぐ硬貨の匂ふゆふべ寂しく
午すぎの日の照りかげりする道路風に吹かれて葬列がゆく

  
赤 土(昭和六十年)  棚橋誠
にはとりの立ちどまるとき霜解の水しみ出づる黒き土の上
肋骨を除りて窪める胸の上に汗溜りをりまどろみのひま
わが意思にかかはりもなく手術創のあたり筋肉の動く寂しさ
ゆふべには西風しづまるを常として余光の中に黄砂降る見ゆ
わが掌より妻のてのひら固きこと即ちつまに拠りて生き来つ

  
春夏秋冬(昭和六十年)  葛谷治子
老づけば季節の風にさきがけて手足の皮膚の乾きくるらし
わが前を歩む夫の咳が風静まりし冬野にひびく
わがめぐり包み一斉に散る桜ひえびえとして音なく寂し
青梅の採るべくなりて三日すぎ五日すぎつつ落ちつかずをり
秋さむき宵の空気に夕顔は明日咲く蕾たちて力あり

  
樹 液(昭和六十年)  長田邦雄
包丁を研ぎつつ水の匂して水の匂はわれにまつはる
自動車の通るをりをり冬の日を乱して店の商品照らす
火の中に燃えたぎちつつしみ出づる樹液の如き言葉あらんか
人気なき夜の地下駅に空間を押し上げながらエスカレーター動く
濃密に青き香は庭のいぶき窓より満ちて一人わがゐる

  
寒 雷(昭和六十年)  戸田佳子
かがまればわれみづからの髪匂ひ屈折したる感情のわく
雨やみし宵の舗装路爪音のするどく犬がかたはらを過ぐ
限りなく浸蝕さるるこの台地海風のなか甘藍そだつ
黄の葦の林を歩むねぐらする雀も吾もともに寂しく
明方の空に響ける寒雷のいさぎよき音短く終る

  
夕 潮(昭和六十年)  谷栄一
退院の荷を送り終へさむざむとなりしベツドの傍に飯食む
晩夏の日のかたむけば尖り波立ちつつ昏き海峡の潮
鬼押出しとよぶ熔岩の群塊は天のひかりを鎮めて黒し
消燈せし隣病棟月に照り澄みたる空をゆく風の音
海潮とまじはる紀の川の水のはて膨れつついま寒き日がさす

  
二弦の琴(昭和六十年)  阿部フミ子
幽邃(いうすい)に心の鎮みゆくままに八雲小琴を息ながく弾く
過去といふ言葉しきりに浮びくる夜半にさめつつ聞く雨の音
吾が命捧ぐる時と書き征きし特攻隊員の遺書は短かし
朝市にわら細工等並べ売る媼は道ばたの呉座に座れる
いづこにも椿咲きゐる佐渡が島流され人も心やすめしや

  
楠(昭和六十年)  安嶋弥
春ゆゑに散る楠の木の古き葉は風立つときにさやさやと降る
皇子と行く木の下道にさやかなる紫陽花ありて広原に出づ
赤き砂にテントを張りて王も兵も共にたむろす野戦のごとく
銭湯に父の白き背流したる戦のあとの静かなる日々
金堂の壁画に飛天二体あり胸ゆたけくて天かけりたる

  
黄 雲(昭和六十年)  秋葉四郎
唐突に心たかぶりその澱のごときさびしさ今宵もいだく
一筋になすことあればわが躰森然として病むこともなし
おのづから中年となり太首のわがうつしみは亡き父に似る
晴れとほる原のはたてに低く見ゆマッキンレー白き輝として
長身の子がある時は新しき存在のごと妻らにやさし

  
花 餅(昭和六十年)  黒田淑子
四十年ほしいまま来しわがめぐり若きらいつか多くなりたり
眠ければ宵より眠るわが暮し身を養ひて心衰ふ
職を退くことも思ひて苦しみし秋過ぎて咲く地しばりの花
れんげ田に躰埋めて花を摘む幼を目守る門に立ちゐて
稲妻のふるひて芙蓉は花を閉づ川に沿ひつつ帰る夕ぐれ

  
春 暁(昭和六十年)  板宮清治
けふひと日アスパラガスの苗植ゑて心そよぐといふ思ひあり
暖かき日ざしとなりてわれの刈る稲よりゆらゆらと蟷螂がとぶ
雉鳴きて時間のゆらぐ春山は木々の梢の空にかがやく
かへりみる午前をすでに遠しとも思ふ暑き日畑かがやきて
雁のこゑはるけくなれど棒のごときその一群をつぶさに送る

  
遠 雷(昭和六十年)  清宮紀子
雷の音遠く聞こえて丘畑に降る梅雨の雨ひすがら重し
日曜の午後費して冬物のつくろひをする窓辺明るく
朝夕にとほれる杉の木下道あたたかき今朝杉の実匂ふ
春の逝く昼すぎの丘いくたびも地を打つごとく雷鳴り渡る
化粧せず人にも会はず休日を過ごせば夕べ心安けし

  
昼の音(昭和六十年)  岩沢時子
みづからの卵育ちて内臓の破裂のために鯉死にゐたり
一片のレモンに茶の色薄れゆくとりとめのなき寒き日の暮
うら悲しく風のなぎたるこの夕べ病みゐる母の意識が戻る
ワクチンを用ゐて生を(つな)ぐ母肥りきたるも悲しきことぞ  
「繋ぐ」は原作では正字体
わが子らの幼き日々に育てくれしやさしき姉をけふ弔へり

 
 庭 土(昭和六十年)  岡野千佳代
悲しみに耐へつつゐんに吾になきその若さゆゑひたすら眠る
空間に神在すごとくわが祈るこころ窮まるときの常にて
かいま見る悲哀のごとく庭土にしろじろと寒の月照りゐたり
木犀の花過ぎてあたりしづまれるごとき思ひに幾日かをり
カトマンズの祭礼の夜の道の辺に眠る幼らの黒きかたまり

  
黄 昏(昭和六十年)  大野紅花
ポケツトのなき既製服などを着てものうき梅雨の街にわが居き
足元にうごける蟻はあらかじめ逃げ惑ふさまに定めなくゐる
哀愁にみちて四本の脚をもつ古き椅子一つわが客観す
黄に枯れし芝生あゆめば冬の日に日を吸ひためて芝暖かし
眠らざる夜毎夜毎に病む姉と部屋へだて聞く青葉木菟のこゑ

  
彩 雨(昭和六十年)  大野紅花
逝く春のむし暑き夜半とめどなく悔湧きながら悔は去りゆく
にはかなる気温上昇にわが躰萎えつつ老いし父よみがへる
強き香を放ちて檻にゐる狐眠れるみれば時に眼をあく
過ぎゆきは長かりしかど一瞬に葬るちからみづからはもつ


  
蘭の花(昭和六十年)  山上松根
迫り来し死に真向へる父なるにほほ笑みませり子が名呼びつつ
鷄のしきりに鳴ける午前二時思ひはすべて病む孫のこと
わが夫の馬車馬のごとき生きざまを思ひつつ一人草餅を焼く
まつはりし子の手を引きて麦踏みき戦場の夫のことを言ひつつ
感情の熱くこもれる相聞歌年経し故か憎く思はず


  
白萩の花(昭和六十一年)  菅野貞一
軒端まで雪の積みたる家暗く春分の今日電灯ともす
吾妻山の渓間に深く底ごもり最上川源流とどろきやまず
西空に残月かかる朝の道機能訓練の歩調はやむる
再婚の荷物を娘が幼子と整ふる音階下にひびく
ふたたびの離婚に幼と戻りきし娘に対ひわが言葉なし


  
遊 雲(昭和六十一年)  一戸みき子
働きて動くはずみにわが身より乳の香のせりわが子恋しき
吾子の声きこえしごとく思ふ夜交換台に心はさわぐ
夕光に咲きてかがよふ芹の花休耕の田を満たしてゆらぐ
ひたすらに川さかのぼる鮭の群空にひびきて水しぶきたつ
秋の日の行く道々にかがよひて会津の村は柿の明るさ


  
花 萌(昭和六十一年)  田野陽
高速道路の曲線あれば八階に灯の流速を見下して佇つ
幸うすき父に似てはや父のなき少女子ふたり目を見張りたつ
歩みゆくすももの畑枝ごとに満つる花ゆゑ影やはらかし
白鷺が風に吹かれて飄然ととまりゐる野の欅の冬木
靄がすむ路の日差にあはく曳く木々の翳あるひは行く人の翳


  
藤の花(昭和六十一年)  原口はる
たより得るものにあらねど吾と犬互に生くる日々とおもはん
束縛のなきを羨しと人いへど束縛なきは即ち孤独
咳をする犬も交りて夜の庭に何処からともなく犬ら集る
一羽にて飼はるるインコ悲しみを伝ふる如く卵を産めり
見ぬテレビかけ放つなど一人居のわれは聞こゆる声に安らふ


  
韶 光(昭和六十一年)  加藤照
石打ちて出づる火のごとよろこびも嘆きも消ゆる火花と念へ
夜の闇に聞ゆる夫の独りごと対ひてひとのゐるがごとくに
夫亡き家にいねつつ夜半に打つ時計は故人の声きくごとし
川の水ひきたる池の水落ちに群らがる鯉ら背に力あり
雪解くる滴の音は残年の時を刻むと思ひつつ聞く


  
生 日(昭和六十一年)  丸井貞男
この夜更け月に光りて冴えざえと千切干は凍てりてゆかむ
野扱きして妻とかたみに払ひあふ埃りは入日に光りつつ舞ふ
日の残る門辺に焚けば迎火の藁灰かるくなりて舞立つ
海に入る冬の河口はつぐみなどゐて寒々と風の中に鳴く
唯白き河原は風に鳴る葦の音のひそけさ雪降り止まず


  
島 渚(昭和六十年発行)  由谷一郎
磯菊のなほ残りさく島渚輝る逆光の海あたたかし
見つつわが育ちしゆゑに寂しきか沖の暗礁にたつ白き波
おぎなはん術なき終の欠落と言ひて子の無きことを寂しむ
枯芝を踏みつつあゆむ島裏の浜暖かし逢ふ人もなく
老涙と言はん涙のしたたりて覚めをり死後を思ふともなく


  
黄葦林(昭和六十年発行)  江畑耕作
波しぶき届かぬ岩の入日さす窪みに降りて憩ふ海猫
苔の上青くわびしき日の光山肌暗き木の間よりさす
戦死せし兄の名を呼ぶ中風の父はわが家の過去恋ふるらし
かすかにて吐く息いまだ絶えざればわれより温かき汝の掌
嫁ぐ子に拍手してゐる現身の父と思へば自らあはれ


 
溶接音(昭和六十年発行)  宮田健
わがひと世熔接工にて終らむか油に汚れし作業衣を脱ぐ
時計もちて吾の作業の行程を計る生産管理部社員
苦しみて買ひたる家に子供等に喜ばれつつ共に住むなり
故里に帰りし今朝を喜ばむ病みてひ弱な父とわが居る
炭を焼く煙の彼方赤石の山ほのぼのと夕焼けのいろ


  
汐 騒(昭和六十一年)  脇坂節子
目も耳もとみに衰へゆく母は吾を抱くごと撫でてもの言ふ
海近き火葬場に子を焼きし日の汐騒よ浅き眠りにひびく
吾をめぐる空気希薄になる思ひ昨日も今日も人の死を聞く
昼たけて波に憩へる鳥の群水かぎろへば鳥もかぎらふ
わが生のおほよそに過ぎ家移る心限りもなく衰へて


  
明 暮(昭和六十一年)  桑野上枝
厨辺に入りきたる子が日の匂ふ肌を寄せきて水をのむなり
この日頃為す事ありて吾と夫無関心さが均衡を持つ
夕空の光の中に漂へる雲には雲のたもつ影あり
川の如光る鋪道にみづからの影をおとして人の過ぎゆく
哀楽を超えし心か菱枯れて澄みし水の上うつるさざなみ


  
苗 畑(昭和六十一年)  近藤千恵
家ごとに椿咲きゐて海よりの明るさかへる坂道をゆく
川上の狭間にうごく常ならぬ霧と思へば吹雪近づく
草ひけばいづる蟻の巣ほのじろき卵は羞恥をよみがへらしむ
枯芝の囲む噴水ひとときの吹雪ののちの水初々し
強風にもまるる杉のかたはらに光にごりて月のぼりゐつ


  
柿落葉(昭和六十一年)  出口喜代子
畦焼の炎まひたち早春の田を鋤く牛の息あらあらし
にらの花白々にほふ浅宵の開墾畑に月冴えわたる
七月の谷田に稗を切りをれば泥亀につまづきわれは驚く
両親に夫に縁のうすくして生き長らふる子は如何に見ん
夫の亡き四十年を耕して変ることなきこの畑の土


  
丘 畑(昭和六十一年)  寺井ウメノ
峡深く住めば人来ぬ日のありて足あとのなき雪道つづく
草負ひて帰る夕べの坂道に四肢を伸ばしてむささびが飛ぶ
ストありて汽車通はねば丘畑に時間の目安なくて草とる
あとかたもなく流れたる家跡の庭に戻りて矮鶏が日を浴ぶ
合歓の花咲けば小豆を播く時季と姑より聞きて丘畑を打つ


  
麦 畑(昭和六十一年)  柳沢淑子
解体の日の近づきし草屋根に露草の花群れて咲きをり
麦を蒔く畝ととのひてあらはなる土みづみづし夕映の中
風出でて田水さわげば苗を挿すわが手も体もひと時ゆるる
常ならぬ冷え憂ひつつ麦の花白く散り敷く畑道歩む
峡の田の薄氷さびしここにても風にゆれゐる枯葦見えて


  
くりやのおと(昭和六十一年)  長沢郁子
高きより落ちくる花が花を打つ庭の椿に春闌けながら
振り下す体温計の光るとき冬の日差のこぼるる如し
何故に強く響かせ釘打つと母の柩に手を当ててゐつ
刻みゐる胡瓜の青き匂して厨ひとときみづみづしけれ
新しき糠の匂のする厨くしやみをしつつ猫出でてゆく


  
街 空(昭和六十一年)  大塚久雄
転任の決り一日いちにちがねんごろにゆく三月はじめ
朝の日の満ちてやさしきバスのなか人を巡りて光は青し
全天のくらきに夜の虹たてり幅ある白き輝きとして
山葵田のなかを流るる水音を聞きつつ一日の平安をはる
高槻にひかりしづかにのこりゐて蜩のこゑ遠きさびしさ


  
港 影(昭和六十一年)  田村文男
みどり児の吾を残してみまかりし母の血縁の葬に列なる
河沿ひに並ぶ起重機それぞれの荷を揚げてをり日盛りの道
己が母を焼かん電源をさりげなく甥が押すときわが眼閉づ
倉屋敷しづまる街を遠く来しまばゆきかなや秋の薄ら日
サルビアの花こぼれ咲く休閑地を今朝通りたりひと日清しく


  
島 道(昭和六十一年)  赤松アヤノ
山火事に黒く焦げたる歯朶の葉が海を渡りてわが田に浮ぶ
島山をさながら空に引き揚ぐる如くに見えて靄たちのぼる
通学船にのるべくわが子いでてゆく未明の空の月光あびて
かつてありし小島崩れし荒磯に寒荒れの潮しぶきつつ飛ぶ
墓原も径にも水仙のあまた咲く過疎となりゆく島のわが村


  
黄 柑(昭和六十一年)  檜垣文子
採果終へて呆けしごとき蜜柑山ひもすがら温き冬日さしをり
豌豆の白き花咲く岬山に来島瀬戸の風吹きあがる
雪消えしあとの竹林切株に夜は氷らん水溜りゐる
寒風の吹き当つる時樹の上に蜜柑採るわれ枝ごと搖るる
放し飼ふ鶏三羽夫とわれの食ぶるに足る卵産みつぐ


  
秩父嶺(昭和六十一年)  山崎正男
腸管に癒着のあれば寒き日は石抱くごとくわが腹重し
輸血してあたたかく臥す窓の外茜して遠くゆく雲のあり
水漬田にひと日稲刈りて帰り来し妻冷えびえと水の香まとふ
倒れたる稲も実りて秋の陽の光しづかに広き田に照る
冠水田の引きゆく水は光りつつ倒れし稲のうへ流れをり


  
寒 椿(昭和六十一年)  織内広子
病む夫の常に用ひし力綱その結び目の手脂光る
忽然と死せる飼犬飯椀に雨の降り来て水溢れゐる
五年余り夫看取りてこの夜明けわが悲しみは遂に極まる
吹き荒れしひと日の埃かうむりて夕べ土色に池の凍れる
降る雪に夫の遺しし傘をさすもめんの傘の中あたたかし


  
杉(昭和六十一年)  黒田敏夫
照りながら降りゐる雪はいつしかも杉伐るわれの背中を濡らす
絶えまなくベルトコンベアが落す砂さながら寒さのしたたる如し
鉢の菊みな葉を垂りて術もなし暑き一日の夕暮を待つ
霧うごく立山杉の母樹林の暗きなかより雫する音
春くればまた田を起し種を播くかくてこの峡にわが終るべし


  
百合の木(昭和六十一年)  塙穣子
クレーン車の吊りし鉄柱が工事場の人等の視線集めて動く
戦没の夫の供養に餅を撒くその音さびし海にひびきて
おのづから飛行機にみゆ炎だつ赤道直下の暮れがたき雲
最上川の河口は退潮どきにして一直線に白波のたつ
百合の木の花さかり咲く昼さがり疾風にちぎれ花落つる音


  
水 茜(昭和六十一年)  長栄つや
除草機を押す田の沖に沈む日をさながらに追ひ水茜踏む
露ふくむ畦草刈りてよごれし手稲の花浮く流れに洗ふ
風吹きて波かぎりなき水張田に働くひと日船酔に似る
山越えて湧く雪雲にせばめられせばめられつつ傾く西日
力尽きしさまにて夕べ止みし雪わが視野のなか動くものなし


  
波 音(昭和六十一年)  大和田葉子
ほとほとに老痴れし父ときたまにわが欠点を抉るごと言ふ
ひた凪ぎし海の上遠く平にてもの張りつきしごとき静けさ
雨あとの黄に濁りたる川水にをりをり鯉の色彩うごく
子の嫁とならん娘を育みし桑と小豆の畑中の家
三日ゐて三日雨降る寒きパリ栃の立房の花もすぎつつ


  
春疾風(昭和六十一年発行)  十時マツヨ
夕づきて鴨去りしかば呉山などさながら映す湖の明るさ
雲海を抽きたる百の雪山の朝日の反射わが機におよぶ
暖かき冬至の日暮れん癒ゆるなくいとなみのなき吾の半日
とどこほる思ひ放つと秋暑き畑に出でて紫蘇の穂を摘む
退潮の砂に湧くごと出づる蟹かかげし鋏のこもごも光る


  
夕 茜(昭和六十一年発行)  甲斐典夫
単純にものを思へと人言へり職場の単純は我を捨つるなり
張りつめて働きしこと勤続の三十年経て漸く疎し
雪の阿蘇間近かに見えて今日成りし墓に娘の遺骨を納む
群にゐて群に安らぎゐる鶴か体ふれつつ餌を啄む
盛り上るさまにゆらげる椎若葉風をまとひて静まりがたし


  
渦 潮(昭和六十一年)  片上愛
老眼鏡買ひ来し夜の針仕事糸を切るさへ歯当りのよし
はらからの不幸を思ひをりしかど唐突の雨をきつかけに寝る
渦巻きて波立つつづきは平滑の潮にて小さき渦あまた見ゆ
冷えしるく籠る一日に幾度も投機せよなどとはかなき電話
出棺の刻に茶碗を割る習ひ生死のけぢめと思ふかなしさ


  
夾竹桃(昭和六十一年)  杉原敏子
誰もまだ吸はざる空気満ち満ちて朝まだき道にわが子見送る
いつの間に転寝せしかわが横に姑も小さく寝ねて居たりき
かりそめの言葉ならんにこだはりて明方しばしまどろみしのみ
古き代も入り日美しく照らしけん奈良の冬野をゆきつつ思ふ
咲きのこる夾竹桃に日のさして台風あとの空夕焼す


  
縁(昭和六十一年)  福田智恵子
子を叱ることもいつしかなくなりて眩しみて見るその長き脛
昼すぎの淡き冬日に匂ひたちひじき干しありこの渚村
古利根の凍れる水の輝きにまぎるる鷺らをりをりに飛ぶ
亡き父を思ふときこの安らぎは厳かなりし自然死にあり
トルフアンの砂漠に崩えし城のあと熱砂の中に陶片拾ふ