〔歩道賞 一覧(S36〜H14) 作品 S36〜49 S50〜59 S60〜63 H元〜14年 (H15以降) 

 平成二十九年度 歩道賞受賞作    


   ダム湖        上野 千里

高速路のはての山々雪ひかりふるさと近し病む母ちかし
おとうとに伴はれ来し朝の土場冷たき空気に木材にほふ
土場に咲く辛夷はすでに花の過ぎしげる若葉に父の偲ばる
林業をなりはひとするわが生家おとうとの継ぎ三代つづく
胃ろうにて母のいのちをつなぐ管流るる液を見つめてゐたり
母見舞ひ病院出づる夕つかた磐梯山の黒きしづまり
かたはらに病み伏す母のゐるごとく春蘭の咲くふるさとの庭
山峡の五十八軒立ち退きてダムとなりたりわが生れし村
この深き山の()のダム水たたへ湖底の闇に春の日強し
幼年のわれのまぼろしあきらかに顕ちて寂しむダム湖を見つつ
ダムとなり三十余年の過ぎ来しが水のそこひを思ふことあり
かにかくに人をしのべば限りなしわれはたしかにここに育ちき
ちちははの恋しさ極まるひとしきりたたふる水に風わたりくる
空せまきダム湖の果てに雪の積む(いひ)()連峰(れんぽう)しろくかがやく
古き道木草せまりて昼日照るダムのそこひにつづきゆくみち
水没をのがれし友の家敷跡木々の育ちて羊歯のいきほふ
遠き日々わが遊びたる山の道熊出没の看板のたつ
ダムに注ぐ大滝川のひびきゐてわれに親しきその水の音
ありのまま繁るみどりの山裾に二輪草さく白き花群れ
手を引かれ歩みたる日のはるかにて祖母のぬくもりいまも身に沁む
春ふけてダムのめぐりに遠く啼く山鳩寂しわれもさびしき
空低く若葉のもゆる山のうへおぼろに白き昼の月みゆ
晩春の木下しづけきくさむらの延齢草はあをき実を持つ
人気なきダムの岸のべ昼ふけて夫とともにしばらくあゆむ
モニタリングポスト置かれてふるさとは代掻きさるる田圃のつづく
          
※モニタリングポスト=放射線自動観測装置
観測計にセシウム数値たしかむる踊子草咲く夕暮の上手
今年また春のめぐりて楢葉町仮設住宅あかりの灯る
桃の花明るく咲く畑うつくしくいまだに残る風評被害は
震災より六年すぎてふるさとのあふるるひかり悲しくもあり
朝より眠りゐる母いひがたく三日過ごしてふるさとを去る


歩道賞次席


   退 職        星野 彰

今日われは四十五年の勤め終へ思ひゐしより感慨のなし
七年の単身赴任の終ふることそれを何よりよろこぶ妻か
退職後の暮しのありさま浮べども妻には妻の思ひあるべし
何げなき妻の言葉に揺れやすきわれの心か職退きてより
また同じ夢は勤めのときのもの口の渇きて今宵も目覚む
みづからを励まし勤めに出でし朝いくどありしか妻の知らなく
給料日に妻と改札に待ち合はせ外食をせしこともはるけし
ふたたびは訪ふことなきを思ひつつ妻と語らふアメリカの日々
リストラに会社を去りし同僚が今更ながら浮びて止まず
やさしさか弱りし心かこの頃は妻の言ふ事ことごとく聞く
朝あさの特売チラシに目を通す吾はいよいよ主夫さぶるらし
ありありと縦にしわ寄る爪を見る医療費控除の計算しつつ
やうやくに古美術本の増してゆくこの部屋ここが終の栖か
ひさびさに語らふ機会の多かりし一日を思ひ駅に降り立つ
用のなき印鑑しだいに増えゆきて黒き一つに済ますこのごろ


   涸 沢        横山 節子

汗垂りて登りし尾根に見さくれば白く刷けたり山のうへの雲
千切れつつ流るる雲の落とす影わが立つ尾根をましぐらにとぶ
涸沢にて朱にかがやくななかまどふたたびも見つ十年を経て
険しかる穂高にいく度登りしか夫もわれもすこやかなりき
あくがれて夫と登りし涸沢にひとりわが来つ散骨のため
わづかなる真白き遺灰わが手より涸沢カールの岩間にかへす
散骨せんとわが抱きこし夫の骨ねがひ叶へつ七回忌了へ
虚しさと寂しさあれどわが心のぞみとぐれば安らぐあはれ
亡き夫の好みし穂高目の前にみたま安かれと深く祈れり
ひとつ事為したるゆゑかゆくりなく無心となりて岩にはらばふ
いちめんに岩肌染むる紅葉は雪来るまへの山よそほへり
いくたびも君と通ひし涸沢にて祈りのごとき歌の湧きいづ
いただきに湧きたる霧のうごきつつわが穂高岳くれゆかんとす
山小屋に出会ひし入らと打ち解けて山の談義にストーブ囲む
星空を見んと寄りゆく窓外は際限のなき闇のしづかさ


歩道賞候補作(十首抄) ※作者五十音順


   リハビリの日々    池野 国子

下半身焼けつくごとき激痛に歩み叶はずただ耐ふるのみ
入院は最短にても五十日夫の一人居心もとなし
東京より子ら兄弟の帰省して父見守ると言へば頼もし
手術後のわれを介護する妹の仕草をりふし亡き母に似る
病床に長き夜くる恐ろしさ手足ほてりて眠られずをり
屋上のヘリーポートに轟きてドクターヘリの飛び立つらしも
秋雨の沖より晴れて窓に見る家並音なくかがやき放つ
七十年母と暮らしてうとみたる日もありにしがしきりに恋し
リハビリ室に足の訓練しつつ見るドクターヘリが東に向かふ
人工の両股関節足に同化して過ぎゆく一日一日を惜しむ


   夢の花畑       樫井 礼子

二十五年まへなり毎朝この浜に不登校生徒を迎へに来しは
誰もゐぬ漁港に霧のいきほひて午前三時の海に吹きゆく
震災の外川の津波に遭ひし友PTSD癒えざるといふ
引き波に漁港の底が見えしとぞ津波後六年今さらに知る
かわきたる冬空常念の嶺高し母の薬をたづさへ帰る
つひにして鳥インフルエンザに感染の白鳥あらはる犀川の辺に
七百羽の白鳥越冬する川辺防疫ゆゑに封鎖のつづく
氷点下の架線に青き放電をともなひ始発の電車が過ぐる
いただきは常に疾風の吹くといふ常念岳に雪けむりたつ
ひもすがら水道管を温むる通電の音こもるわが家


   硫黄島        工藤 百合枝

戦死せし父の忌日に逝きし母百三年の歳月はやし
リウマチを長く病めればわが父の果てたる島にひたに行きたし
亡き父の夢見る夜の続きたり硫黄島に行く決心すれば
長く病むわれを気遣ふうかららの思ひを負ひて硫黄島へ発つ
わが父の果てし硫黄島風熱し昼顔の花砂に咲きゐて
硫黄が丘より流れくる硫黄の香父の吐息のこもれるらんか
骨ひとつ見つけし収集団員の声の聞こえて芝原をゆく
警備隊204の碑のめぐり黙して持参せし水をまく
合歓の木の下に眠れる兵士らの遺骨収集たはやすからず
見おろせば波静かなる海ひろし摺鉢山の頂きにして


   我は生きたし     小堀 高秀

十五年飼ひたる犬の逝きし日もわが入院の日も雪の降る
小止みなく降れる霙のうら寂し待ちわぶる妻の未だ来たらず
二人子の帰らぬ正月さびしきに膝埋むるまで雪降り続く
吾よりも早く逝きたる子の夢に目覚めし夜半風吹き荒るる
帰省する娘を待ちて立つ路地に寒の眉月冴え渡るなり
外出の叶はぬ我の病む部屋に妻は一枝梅活けくれし
降り積みし雪溶けゆきて紅梅の香りかすかに臥所に届く
眠らずに看取りくれしか暖かき日差しに妻はうたた寝しをり
芽吹き立つ木々の勢ひ病める身に満たしめ給へわれは生きたし
待ちわぶる春はいつ来ん凍み雲は臥所に今日も翳おとしゆく


   ほととぎすの花    戸田 民子

やうやくに新築せしに住まふなく子は命ぜられ海外勤務す
海外に単身赴任する息子いかにせんかと心みだるる
戦場に行くに非ずとわが嫁は息子と離るる寂しさ言はず
シンガポールに子の赴任して留守の家香の豊かにてジンジャーの咲く
やうやくに咲きたる庭の碗豆の小さき花に雪降りしきる
弟の病みてむなしきこの夕べ聞こゆるバツハの曲に親しむ
一切の苦より解放されたるか棺に眠るおとうとうつくし
母に代り育てし弟の灯籠が洗足池の闇にたゆたふ
ほととぎす庭に咲く頃帰国せん息子をおもひ夕べ水やる
またしても任期ののびて帰国せぬ息子待ちゐる三年(みとせ)の長し


   生きる        福谷 美那子

子どもらと遊びゐる夫たまゆらに少年の如き表情をする
やや遠きをとめらの声聞きてをり弾みをもてるその澄みし声
耳遠くなりたるゆゑか電話にて伝へし後に便りを綴る
スーダンヘ派遣医として発つ息子母の哀しみ今宵は言はず
子を叱る息子を見つつ苦笑する若き日の夫の姿思ひて
いささかの抵抗もなく夫とわれ尊厳死協会へ書類を送る
気の弱くなりたる今宵遠く住む息子の手紙くり返し読む
急逝せし姉の墓辺に佇みて鳶鳴く声をいつまでも聞く
ふり向かぬ亡き弟を追ひてゆくわけの分らぬ明け方の夢
夕街を帰りつつ魚を煮る匂このありふれしものの親しさ


  選考経過        秋葉 四郎

 今年の歩道賞の応募は三十六編だったが、力作が目立って選考委員も自ずから勇んで選考にあたった。応募作の名前を伏せた作品を選考委員の、香川哲三、波克彦、秋葉四郎の順で回覧し、めいめいが十編を選出した。その結果は別表の通りで、選考委員二人以上が採った作品を候補作として、今年は九人が該当した。しかも三人が選んでいる作品が四点あって、昨年同様作品のレベルが拮抗し慎重な審査が要求された。さる八月二十四日、遠く広島から出向いてくれた香川哲三氏をまじえて、歩道発行所にて、秋葉四郎を選考委員長として選考に当たった。
 三人が採っている候補作のすべてを改めて検討し、特に各選者が一番に推す作品を十分に吟味した結果、歩道における歌歴が比較的少ない(七年余)上野千里さんの「ダム湖」三十首に、選者挙って今年度の歩道賞を贈ることにした。
 上野千里さんの「ダム湖」一連は、胃瘻にて入院中の母親を見舞い、定期的に郷里に帰る。それを一連のテーマとして自身の出自を顧みる作品を改めて作り足し非凡である。一首一首が必然性に裏付けられた詠嘆であり、一連としての迫力がある。結果的に「歩道」
の伝統を踏まえた堂々たる作品である。
 又星野さんの生涯に一度のテーマの「退職」、横山さんの山好きの亡き夫君の希望を果たした「涸沢」(ここへの散骨)も力作であった。二人のテーマは二度とできないことだから、協議して、歩道賞次席として讃えることにした。結社誌だからこんな配慮も大切ではあるまいか。候補作も皆よいところを持っている。矢張り境涯の声がこもっているのが強く響く。樫井さんのように、ベテランで年々応募してくれるのもありがたい。必ず自身の宝になる。



  受賞の言葉            上野 千里

 このたびは名誉ある歩道賞をいただき、感無量です。
 今年の五月の連休に母の見舞いを兼ねて久しく行くことのなかったダム湖に行き、実家の近くの土手を散歩し、ふるさとの三日間の滞在に見たもの感じたことを詠みました。
 短歌がこれからの残生のいかなる時にも支えになることが確信できるようになり、作ることが楽しくなって来たところです。
 私のような未熟な者にこのような大きな賞を与えて下さり、これをはげみに「純粋短歌」「作歌真」の教えを忘れることなく、歩道の会員としての自覚を持ち一層精進いたしたいと思います。
 ともに短歌を学ぶ歌会の皆様のご指導はげましのお言葉に感謝いたします。
 選考委員の皆様にこころよりお礼を申し上げます。ありがとうございました。
   
 略 歴
昭和二十一年四月生(福島県)
平成二十二年四月 歩道入会
住所 千葉県八千代市





★は候補作