〔歩道賞 一覧(S36〜H14) 作品 S36〜49 S50〜59 S60〜63 H元〜14年 (H15以降)

平成十四年歩道賞           


  濁 流          本間百々代


底ごもる音ひびきつつ利根川の濁流渦巻く土手すれすれに
水防の人ら慌しく土嚢積む堤ものものし雨募りつつ
利根川の堤防高しと思ひしにわれの足元濁流迫る
根こそぎに倒れし柳濁流に押し移りゆくわれの目の前
洪水の危険去りたるわか街に蝉鳴き出づる暑さ戻りて
水退きて泥の干割るる利根川の川原をゆけば潮の香のする
葉を削がれ打上げられし葦の類堆くして秋日にひかる
濁流にひとたび没しし葦の原今日吹く風に乾く音する
嫁もわれも働くゆゑに遠く住む次男の新居訪ひしことなし
子の転勤きつかけとして進みゐし離婚話にわれは驚く
勤務地の隔りしかば子は嫁と別れ住みゐき一年近く
子の住める社宅に一度も来ざる嫁多忙なるゆゑと思ひゐたりき
短絡性われに似たりと思へれど次男の離婚諾ひがたし
子の無きが救ひのひとつ三年の絆むなしく嫁と別るる
別れたる嫁の暮せる大阪の街を電車に過ぎつつ悲し
離婚して一人住みつつ暇なく働くわが子安らぎありや
職ひきて家出でざれば勤もつ夫よろこび猫のよろこぶ
この道に続く生家に立寄らん今日はあゆみの距離をのばして
丘のうへに幾年売れぬ家のあり今年もしろく雪柳さく
職ひきてあるがままなるわが暮し気がむけば庭の草などをとる
行けざりし旅にしばしば出づるなど職ひきし後の一年はやし
齟齬ありて長く行かざる子の家に子守頼まれ今日は出で来つ
あの坂を登りてゆかば幼の家電車の窓に見えてもどかし
亡き父が転居を望みゐし街に思ひがけなくわが子らの住む
われの手にいたはり摘みし莢豌豆洗へば桶に花柄の浮く
午睡より覚めたるわれを包むごと玄関の蘭の花匂ひをり
かすかなる地震に覚めてとりとめなく夫話し再び眠る
夫々に薬を出して夕飯の後に飲みをり夫とわれと
腎臓の摘出うけて四十年かにかくわれは命を保つ
いささかの恙はあれど夫とわれ結婚四十周年迎ふ

〔昭和十五年千葉県生、昭和五十六年歩道入会〕


◇選考委員〔香川美人、吉田和氣子、秋葉四郎〕


◇候補作として推薦のあつた十篇について検討したところ、今年は群を抜いてゐる作品はないやうに見えた。その都度選考委員の意見も聞きつつ、候補作十篇を丁寧に再検討した結果、本間さんの「濁流」一連が今年度の歩道賞に最も相応しい作晶と判断した。身近な利根川の濁流といふ自然の相を確かに歌ふと共に、生活上の厳しい現実もしつかり詠嘆してゐる。この両者はもともと全く異なることだが、不思議に響き合つて全く無関係とも思はせない。さういふところもこの一連の良さである。本間さんの最近の意欲的な作歌態度も当然考慮され、今後の飛躍も期待できる(佐藤志満)。







平成十三年歩道大賞


  満 潮          村上時子


歓声のごときその音城堀にいま満潮がほとばしり入る
小さなる鴎なれどもその力みなぎる見えて水面とび立つ
内港に積荷はこびし渡海船海橋成りて廃れてゆくなり
遠くまで引きたる潮に現はれし岩礁くろく輝きて見ゆ
岬なる枯芝の上あたたかく目のくらむまで蜆蝶とぶ
静かなる海の向うは日に近し貯油タンク群まぶしく光る
海の上を渡り吹く風岬丘の木立に入りてその音強し
われになき平安の声子らのこと友の話すを黙しつつ聞く
離別せし孫のをとめごわが家に来て学びをり一日声なく
夫逝きて遺産をめぐり諍そひし義妹もわれも共に老いたり
老づきし現さびしく独り身の子と逃れ得ぬ日を送りをり
石鎚のふもとは広き農耕地寒気の中に麦あをく伸ぶ
この峡の季の移ろひあわただし雷とどろきて春の雪ふる
愚かなるわが言葉にて離れゆきし友の苦しみわれの苦しみ
薬玉を掲げ幔幕を張りし船はればれとして浸水を待つ
親しみし灯台に船が座礁して春の潮の波かぶりをり
灯台をめぐる満潮丘の如きうねりとなりて押し寄する見ゆ
移りゆく時のわびしさこの島も余剰の伊予柑畑に捨てらる
流木を焚きてかまどにゆで上ぐる若布にほえり島の渚に
乾きたる若布を切りて整ふる快き音なぎさに響く
この島に亡き夫知る人はなし墓石の前に佇み帰る
邂逅といはばいふべくこの島の樟の古葉がわが前に散る
帰路に見る欅の若葉朝よりも伸びてさやけき道と思ひし
夕づきし島に帰り来るいくばくもなき人乗せて渡船着きたり
久々にふるさとに来てめぐる庭若葉のにほひ滴るごとし
目に見ゆる勢ありて葉煙草の花咲き初むる頃となりたり
みづみづしき若葉ひろげし煙草畑ひすがら花を摘む人のをり
摘み取りし煙草の花をかかへ持つ人かがやきて畑より帰る
旅ゆきて息子の居らぬニ日間罪のごとくに心をのばす
山峡にほととぎす鳴く頃となり六十九歳の生日近し

〔昭和七年愛媛県生、昭和四十四年歩道入会、歌集「樹海の螢」外〕


◇選考委員〔香川美人、吉田和氣子、秋葉四郎〕


◇候補作として推薦のあつた十篇について丁寧に読み検討した結果、全体として歩道大賞としてはやや物足りなさを感じたが、その中で村上時子さんの「満潮」三十首は内容と表現とのバランスがよく作品の粒が揃つてゐる。ありふれてゐない日常生活に去来する輝きと響きとが捉へられてゐると言つてよい。一連に哀調も徹り、力作である。よつて本年度の歩道大賞は村上さんに贈ることにした。贈ることにして振り返つてみると村上さんはこのところ毎年のやうに候補に上つてをり、さういふ継続的な努力も当然評価してよいことだと考へたりした(佐藤志満)。







平成十二年歩道賞


  執務室          波克彦


リストラの計画立ちて転進を勧むる立場にわれもなりをり
朝々に会ひゐたる友職を退き駅のホームに出会ふことなし
暖かき日と寒き日の交々に来りて異動の内示日迫る
また一人転出の内示伝へつつ共に働き来し日々思ふ
風雨強き春の一夜の寝ね難く明日の業務の手順を思ふ
講演のため訪れし工場の窓より白き爺が岳見ゆ
疲れたるままに出張の旅に来て早々と寝る宿に安けく
歳晩のわが執務室夕つ日の長く入り来てひととき明し
殊更にいだく感慨なきままに新年休暇のたちまち終る
仕事始の朝の電車は空きをりてホームに止まる時間の長し
十四時間の交渉終へて深夜われ車走らすラジオ聞きつつ
薄明の白きシベリア飛び行けば満月低く北に輝く
商用のためパリを発つ早朝の列車にしげく雪吹きつくる
ゆくりなく国際列車に運ばれて持ち来しテープの楽を聞きをり
歳晩の車せはしく流れゐるセーヌ河畔にひとり飯食ふ
帰国せし成田の空の雲間より緑の淡き水漬田が見ゆ
三叉神経永く煩ふ老母を迎へんとして高速路ゆく
神経ブロック治療受けよと決断を迫れば母は言葉少し
神経ブロックの手術を受けん老母と来し病院に朝の日のさす
花粉飛ぶ季節となりて春眠を覚ゆるからだ今日も運びつ
米国より届きし電子メール見ればコンピューターウイルス潜む驚き
乗換のときを惜しみて講演の帰路駅舎にて冷麺を食ふ
会合に行く冬の午後乾きたる日のさしてをり青山通
弁護士の友を交へて高原の清き涼気を吸ひつつ歩む
執務室の引越終へし休日の夜同僚をしばし労ふ
統一に退職する日の近づきて挨拶に来る職退く人ら
夜をこめてパソコン打てばブラインドを透きて朝の明りの及ぶ
たまたまに早く帰らん通ひ路は夕べ七時の空の明るさ
突然にかつての上司辞職せし夏巡りきて暑き道行く
昼休ゆゑに執務を断ち来り楠に風鳴る公園歩む

〔昭和十九年兵庫県生、昭和五十三年歩道入会〕


◇選考委員〔香川美人、吉田和氣子、秋葉四郎〕


◇候補作として推薦のあつた十篇について検討したところ、波克彦さんの「執務室」と戸田佳子さんの「黄昏」が群をぬいてゐた。この二篇を主として素材、表現力など十分に吟味し、その都度選考委員の意見も聞きつつ、今年度の歩道賞は波克彦さんに贈ることにした。波さんの今回の作品は、現代企業の幹部として働く日常を点景として、自らの心の起伏を描いてゐるもので、一つの現代性があり、一連三十首が新鮮に読めた。将来の飛躍も期待できる。表現にやや物足りなさもなくもないが、総じて歩道賞にふさはしい作品と言つてよいであらう。戸田さんのは内容切実だが、素材がやや一般的であった(佐藤志満)。







平成十一年歩道賞


  少 年          中村達


妻をらぬ二日少年はしばしばも父われを母と呼び間違へる
今日帰る母を待ちつつ少年は素直になりてわれにもの言ふ
明方の驟雨やうやくむつまじき音と思へば眠りたるらし
変声期近からん子かあるときはわれを呼ぶ声いかりのごとし
皮むきてわが妻が両の手につつむ光のごとしその玉葱は
夜遅き保線作業にわが目覚めふたたび眠るまでのわびしさ
正確に答のいづる算数を好むわが子をときにあやぶむ
暁のまどろみの中に見し夢を覚めてしばらくわがあたためん
野外活動にゆきしわが子を思ひつつ妻と吾との夜はふけたり
アレルギーおさへん薬あらかじめ飲めば一日まばたが重し
夕暮にきざす寂しさみづからの声が躰の中よりひびく
玄関に飾る繭玉いく日か経て床に落つ花びらのごと
妻とわれ仕事終へたる午前二時いこふいとまのなきまま眠る
婉曲に「ではないですか」と語尾を上げ若き女性は主張貫く
酒たちてはやひと月か現身の清しともなく日々を重ぬる
幼子を叱りつつゐて何時となく吾に言ひ聞かすごとき寂しさ
不況にて仕事はやばやと終へし午後あはれ自ら眠ければ寝る
見し夢のこわさをわれに言はぬまで幼いつしか少年となる
気づかずに眼鏡の上より目薬をさししあはれを人には言はず
昂ぶりしときの言葉がよみがへる生々しきわれの声となりつつ
疲れたる身はありのまま眠らんか十時過ぎてより月上りたり
ひとり子は少年となりわけへだてなく妻のこゑわが声をまつ
わが妻と諍ふときに来訪者ありてたがひの一途を救ふ
保線作業の荒き声にもなれたるかこの夜わが犬騒がずにゐる
夜更けてソファーに眠るわが妻の安らかなれば声をもかけず
夕暮るる前の明るさ仕事場にまぶたを閉づることさへも憂し
羽化したるごとく目覚めしあやふさや現に妻の呼ぶ声遠し
寝返をうつさへたゆく眠りしがとぶ蚊の音にたちまち目覚む
ゆくりなく雲雀のこゑにわが仰ぐうるほふ雨後の青空低し
残暑の日の夕映あかき家路地を人あゆみゆくいのちせつなし

〔昭和二十一年東京生、昭和五十一年歩道入会、歌集「回送電車」〕


◇選考委員〔香川美人、吉田和氣子、秋葉四郎〕


◇候補作として推薦のあつた七篇について十分吟味し、その都度選考委員の意見も聞きつつ、今年度の歩道賞は中村達さんの「少年」三十首に贈ることにした。中村さんの今回の作品は内容が軽くなく、且つ重すぎもしない。一連はわが子の成長を点景として、自身の歌境を深め、将来の飛躍が期待できる。又表現も的を得てゐて、歩道賞にふさはしく充実してゐる作品である(佐藤志満)。







平成十年歩道賞


  キャンベラにて          海宝文雄


単身にて赴任し研究の日を送る娘のをればキャンベラに来つ
植林によれる木々にてこの首都をめぐる樹林のあをあをつづく
牧草のひろく輝く中の池のどかに群れて牛ら水呑む
夕暮の草原をゆく車中にて亡き妻顕つは子に逢ひしため
黒き岩の上に残月見えながら十字星やうやく光のあはし
稜線を限りて昇りくる光届きて砂漠の空の静かさ
横雲の幾層なせる地平線の上に輝き満ちて日の出づ
砂漠こえ直ぐに光の届きつつエアーズ・ロックはただに輝ふ
風ありて空気乾けば四十度越ゆる砂漠の暑くはあらず
褐色の砂漠に赤く光りゐるかの頂に登らんとする
十米単位に休み登り来しこの岩山の頂の風
風穴のあまた眩しく赤々と光を反す近づき立てば
風蝕によりて成りたる窪みにておのづから草も樹木も育つ
平坦に見えゐたりしに尾根辿りゆけば起伏の激しくつづく
幾億年海に堆積続けしかそそり立つ岩地層のあらは
山二つ交はる渓谷深くしてはざまより雲の流れゆく見ゆ
渓谷の流とどめて水ぬるむところに蝌蚪の泳げるあはれ
山下りくれば風欠幾百の見えつつ山容おだやかに見ゆ
岩の上に雲滞りかへりみるエアーズ・ロックひだ深々し
夕茜淡き砂漠に暮れ残る一つ岩山やうやく遠し
日のすでに落ちしゴールドコーストに人なく波の騒がしからず
雲海の現れしかと思ふまで塩の堆積この原こめて
外洋に近づけばうねり高まりて水路に午後の日眩しくそそぐ
人工になりたるごとく櫛状に水路通へり洲の町ここは
家ごとに持船繋ぐ桟橋の見えて水路を椰子の囲める
褐色の斑点あまた浮かびゐて煉瓦色なす地表の続く
おのづから季節寒暑の異なれる国に子を訪ひ一日語りき
耐へ難きまでに日ざしの強くして赤道上空雲の動かず
雲海と空のけぢめのくきやかに見えゐて残照長く続ける
残照のおほかた消えて闇深き雲海のうへ星の輝く

〔昭和六年生、昭和五十七年歩道入会、歌集「秋香」〕


◇選考委員〔由谷一郎・榛原駿吉・香川美人・秋葉四郎〕


◇応募作を私も通読し、候補作として推薦のあつた九篇について妥当であつたので、その九編について吟味し、その都度選考委員の意見も聞きつつ、今年度の歩道賞は海宝文雄氏の「キャンベラにて」三十首に贈ることにした。海宝氏は熱心な会員の一人で、ここ数年候補作にもなつてをり、今年の三十首は、格別力作であつた。キャンベラ自体、誰も歌つてゐないところであり、お嬢さんがその地で学研生活をしてゐるといふ旅に必然性があつて、一首一首の歌に微妙な重みがある。一連としての完成度も高い(佐藤志満)。







平成九年歩道賞


  硝子壁          香川哲三


そびえ立つ硝子の壁に断雲の映りて全天夕茜せり 
ビルデイング反り立つ狭き高空を紅色の雲おし移る見ゆ
硝子壁の中に灯りの筋見えてビルは孤独に夕映えてゐる
街空に抜き出でて建つ階の上緩慢にしてクレーン動く
まなかひのビルのテラスに若葉して伸び立つ木々は疾風に靡く
ビルひとつ撤去されたる方形の空間ありて裏壁聳ゆ
雲閉ざすこの街空のひとところ声なく群れて海鳥が飛ぶ
霧こめし宵街空におぼおぼと高層建築灯ともりて立つ
朝通ふ家間の道に刺すごとく空気の匂ふ一角のあり
重層の高架路空に美しく日に照りゐたり早朝さむく
水にじむコンクリートの地下通路出づれば遠き空の輝き
炸裂の光を浴びて五十年今に街行く電車にゐたり
自動車の行き交ふ橋を緩慢に春日受けつつ電車過ぎたり
軒ひくき家も工場もひしめきて下町の道朝霧閉ざす
どのバスも雨したたりて三階のこのターミナルにとめどなく着く
屋外の大型画面に轟きて衛星放送の映像をどる
地中にて工事の進む交差点厚き鉄板敷き並べたり
浅宵のバスの内より猥雑に人の群がる繁華街見ゆ
灯にてれる高架軌道の橋脚の寒く続きて雨降りそそぐ
夜もすがら車轟く高架の下酒店のありて赤き灯ともる
窓の無きビル雨に濡れ過ぎてゆく電車の光反映しをり
この広きデルタを覆ひつくしたる白きビル群煙霧にひたる
乱雑に団地拓きて家々の犇めきあへる都市の延長
茜さす泥濘の上幾つもの船横たはり街川暮れつ
満潮はあふるるばかり漲りて春の曇に川なまぐさし
一度は流れし桜の花あまた上潮に乗り川さかのぼる
潮満ちて高くなりたる川水に色あたたかく橋脚ひたる
水低き川を曳航し溯る船あり堤防に音こだまして
街中を流るる川の砂の上黄の色まぶしく菜の花が咲く
枝を垂れ緑の小花咲き満つる樟の大樹のこの安けさよ

〔昭和二十三年生、昭和四十三年歩道入会〕


◇選考委員〔由谷一郎・榛原駿吉・香川美人・秋葉四郎〕


◇応募作全てを私も読み、選考委員から推薦のあつた候補作七編について同感であつたから、七編について十分吟味した。その都度選考委員の意見も聞きつつ、今年度の歩道賞を香川哲三さんの「硝子壁」三十首に贈ることにした。日々生活する周囲の都市景観に思ひを托し、壮年の感性もよく働いてゐる秀作で、一首一首の完成度も高い。「歩道賞」にふさはしい作品である(佐藤志満)。







平成八年歩道賞


  宿 痾          大橋加洲巳


筋肉の収縮痙攣する疼き骨の髄より萎ゆるがごとし
日に四たび脊髄にいるる麻酔液疼み和らげどわが下肢萎ゆる
入退院繰り返しすれば入院の手続さへも馴るる侘しさ
椎間板病みて脊髄に麻酔うつかかるあはれを思ひみざりき
真夜中の下肢の疼きに耐へながら遠からぬ死をわれは思へり
激痛の夜半に襲へばわが命自ら断たんと思ふ日のあり
病む妻がわれを看取ると出で来しが意識薄れて点滴を受く
病牀にわびしみて見る窓外の雨に歳晩の日の昏れゆく早し
脊髄に麻酔の液の入りゆけばわが下肢冷えて感覚失    う する
昨日の夜の疼き激しく麻酔液増せば眠れるうつしみ哀れ
われ逝かばあとに残らん病む妻を思ひ娶らぬ子のこと思ふ
あなじ吹き絶えぬ風音聞きながら下肢の疼きに耐へ難くをり
麻酔にて痺るる下肢の感覚の失したれば蹇え立てず苦しむ
現身の激痛はしるわが下肢を切断すると夢見て醒むる
麻酔効き真昼安らぐ三時間半眠気もよほす現身あはれ
薬液によるわが体臭の篭るといひ妻芳香剤を部屋に置きゆく
麻酔にて下半身冷ゆれば湯湯婆 ゆたんぽ 四度容よたび  れ交へ躯温からだあたた
晴れし日のつづきて空気乾ければ疼きいくばく朝の間薄る
麻酔にて下肢適はねば洗面に三歩ゆく距離に椅子ひとつ置く
三本の麻酔の注射日毎打ちからだ幾許安らぎを得る
病む妻が疼き鎮めんとわが下肢を揉みくるる二人互みに哀れ
襲ひくる疼きに躯萎えゆけばしばしば思考の空白となる        
夕近く手術のあれば看護婦ら廊下の往き来慌しけれ
夜の更に疼き醒むれば月さえて窓より青くわれ照らさるる
起こりくる疼きらさんと本を読みをれば窓外いつしかしらむ
疼き臥す寒き日のなか暖かき日々のつづけばしばし安らふ
如月の寒き日昏れて病室の暗き窓そと侘しみ見をり
続けうつ麻酔によるかわが眉の真白くなりし老醜の貌
右足の痺るるままに物伝ひ蹣跚めき歩むわがさまあはれ
椎間板ヘルニア癒ゆることのなく宿痾となりてわれ苛まん
           注:(「躯」は原作では正字体)

〔昭和四年生、平成二年歩道入会〕


◇選考委員〔由谷一郎・榛原駿吉・香川美人・秋葉四郎〕


◇四人の選んだ十篇の候補作については私も同感であり、その十篇を慎重に審査した結果、選考委員も注目してゐる大橋加洲巳氏の「宿痾」三十首に贈ることにした。大橋氏は歩道における歌歴は長くないが、自身の境涯をつぶさに見詰め、そこから発する炎のやうな情感を良く捉へてゐる。三十首それぞれが充実して居て、「歩道賞」として相応しい作である(佐藤志満)。







平成七年歩道賞


  旱 魃                  《あなたみつ子


旱魃に日を追ひ枯れゆく広き田に容赦なきまで真夏日の照る
峡の田の枯死守らんと午前二時出でゆく夫闇に紛るる
炎暑の日やうやく暮れて足重く草いきれ残る畦道をゆく
今宵また乾く峡田にいくばくの水を引かんと夫出でゆく
こぼれ籾水の涸れたる川底に芽ぶきてあはれ青く勢ふ
用水も川水も涸れ夫とわれ炎天下の田をひすがらめぐる
乾く田にわが運びきて撒く水は深き亀裂にたちまち沈む
待望の雨にわが稲濡れてゐんその音聞きつつ昼にまどろむ
畦に立ち聞くせせらぎの音すがし水涸れし川にあした降る雨
旱魃の害まぬがれて明日刈らん田に惜しみなく暑き日が照る
豊穣の稲穂重たく山峡のわが村こぞりひと日にて刈る
乾燥機より放出さるる熱き籾とぶ音はげしたちまち嵩む
台風に裂けしわが庭の桐の葉に明方さむき雨の降る音
年々に山をめぐりて桧苗植うる夫もわれも老いたり
わがひとり乗りゐるバスは停留所に今日配達の新聞下す
ほとびたる畦わがひとり打つ鍬の音山峡の曇にひびく
新茶摘みまとふかほりのほのぼのと西日明るき畑道帰る
山畑に風のさやぎて摘み急ぐ新茶のみどりわが眼にまぶし
夜々に狸の出でて富有柿の実を喰ひし趾生々しけれ
ことごとく農作業終へし歳晩の夜に荒れたる手の爪を切る
雪除に柚子の若木にわが掛けし藁の香にほふ歳晩の庭
風いでし歳晩の夕わが山にたえまなく杉の枝きしむ音
寒気ゆるみ常見る川は雪どけの水を集めて谷押し移る
雪残る峡のわが田にをりをりに蛙なく声親しみてきく
風出でしわが水張田に孵化近き蝌蚪の卵嚢しきりに揺るる
わが播きし籾しろじろと芽のふきて育苗機の中香に噎びたる
雨晴れし道に耕転機の跡のこり泥生ぐさく夕べ匂へり
日を追ひてハウスの稲の緑増し熱き息吹のたつごとく見ゆ
群なして早苗田あゆむ鷺を追ふわが大き声谷風に乗る
隣村に落雷ありて一瞬のその音わが住む峡にとどろく


◇選考委員〔由谷一郎・榛原駿吉・香川美人・秋葉四郎〕







平成六年歩道賞


  冷 夏          松山益枝


わが町にかかる名所のありしかと老痴れし夫花の下ゆく
蝉の声嵐のごとき並木路に息整ふる夫をぞ待つ
脊に当てし懐炉恃みて雨寒き日すがら夫ものを言はざり
もの言はず病める夫の拘束の耐へがたければ庭に草ひく
衰ふる不安に夫の沈むとき如何にかもせん愚に居りて
病よりしばし離れて生日の夫わづかの葡萄酒をのむ
夢現の夫が空に手を延べて何たぐりゐん息呑みて見つ
花の模様つきし敷布を叩きつつ火が燃えゐると怯ゆる夫
つぎつぎに顕つ幻に声あげて亡き父母を呼びゐるあはれ
わが家に早帰らんと起き直る夫宥むる涙ながれて
夫病みてかへりみぬ庭あかときの薄ら明りにおしろい咲くも
病む夫のかたへに覚めて明方の夏なき如き冷夏に竦む
死期近く夫しばしばもの言へど聞きとりがたく聞き分けがたし
          (「しばしば」は原作では旧字体漢字)
耳鈍きわれに示せる夫の文字みつつ切なし何と答へん
一夜にて面変りせし夫の顔拭ひつつわが体震へる
死の予感夫持ちしか出勤の孫のをとめをしばし呼び留む
三十年以前の記憶のうちにのみ夫の生ありき死を前にして
みづからにかたく唇閉くち  ぢ息やみぬ遂に心をゆるめざりしか
床ずれのなき有難さ亡骸の夫拭ひつつ涙こぼるる
日照なき冷夏が救ひとなりにしか夫のかすけき生命のびしは
おほよそに言ひたき事も言はずして終りし一生思ひ涙す
着替さすたびに心の痛みしが嵩なきみ骨子と拾ひあふ
安らかに夫逝きしを救ひとし家解体の心定まる
亡き夫の手作りの家具五十年わが身辺にありて傷まず
若かりし夫のよく吹きしハーモニカ偶ラジオに聞きて懐かしむ
呆けしといへども夫在りし日は何故となき安心ありき
いつまでも言ひいだし得ぬ苦しみに絞るがごとく胃の痛みくる
漸くに耳衰へて亡き父の好みし夜の雨もきこえず
老呆けし夫と過ぎにし充実も一生のうちとわれ客観す
夫亡き悲しみやうやく遠のくに象なき悔おもく残れる


◇選考委員〔榛原駿吉・香川美人・秋葉四郎〕


◇松山さんの作品は、切実な内容を、「歩道」で修業した確かな表現力で三十首に堂々とまとめてゐる。歩道賞にふさはしい作品と言へるだらう(佐藤志満)。







平成五年歩道賞


  仔 牛          佐藤スミヱ


体温のいまだ残れるさきがらを霊安室にはこぶ切なし
霊安室にふたり居りたり亡骸となりて声なき夫とわれと
朝の日に植田まぶしくひかる道亡骸となりし夫と帰る
慌しく葬儀終りて献体のため送らるる柩と別る
夫の葬終へ来てひとり牛小屋にまぐさ刻めば涙滴る
夫への思ひひとつづつ消すごとく牛舎のめぐり片付けて焼く
刻み置くまぐさにまじる唐黍の実を夜半に来て猪が喰ふ
牧草を育てん畑に思ひきり堆肥ひろげてわれは耕す
午後八時牛舎よりもどり絞るまで汗にぬれたる作業衣を脱ぐ
死の前日夫の耕しし裏畑に小豆蒔きをり雨にぬれつつ
夫逝き雨気の意識のなく過ぎて葛の咲くころわれは病み臥す
かへり咲くきすげの花に蜂のゐて憩ふ牛舎の庭あたたかし
難産の牛を獣医とさすりつつ不意に胸迫る悲しみ襲ふ
牛に餌を与へんと来つ熱とれず力なき足ふらつきながら
四頭の仔牛の体に刷毛かくる雨ふる一日心すむまで
指折りてたどたどと夫の詠みし歌三十首あり形見となりぬ
ひとり住む家となりたり娘らの帰りし夜更呆然と居つ
難産にて産れし仔牛いたいたし腰萎えをりてをりをり転ぶ
長くかかりて牛の仔産れ帰り来し夕べわが膝震へ止まらず
仔を産みて弱りし牛が敷藁を取替ふるわれにすり寄りてくる
干草にかかはりをりて気のつかず四頭の仔牛いちどきに病む
もどかしく注射持ちつつ乳飲めぬまでに弱りし仔牛抱きをり
生れ来て日を経ぬ牛に注射うつと抱けばあはれ息生臭し
四頭の仔牛の病めば気の重く棕梠咲く道をひとり帰り来
仔牛二頭売り来て空しき牛小屋の土間に夕べの光りさしをり
辛子入りゆゑに噎せつつ朝夕に牛の腫瘍に薬塗りやる
献体をして一年か帰りこぬ夫を思ひ墓地の草ぬく
塵埃を巻きて春はやち吹く庭に置物のごと牛の寝てゐる
降るごとく来て椋鳥の群しづむ夕べ篁に憩ひてをれば
牛の仔をやうやく産ませ帰り来つこの喜びを言ふ夫亡し


◇選考委員〔由谷一郎・榛原駿吉・香川美人・秋葉四郎〕


◇あらかじめ応募作品全部を一読、選考委員四人が推薦してゐる佐藤スミヱさんの「仔牛」三十首に私も注目してゐたので、迷ふこと無く、今年度の歩道賞を贈ることにした。御主人を亡くされるといふ生活背景の中で、自身をしつかり見つめ、単なる感傷に走らず、歩道の作者らしく、確かな表現をしてゐる(佐藤志満)。







平成四年


該当なし







平成三年歩道賞


  紅蜀葵の花          得津紀美子


わが躰さながら舐めて円盤のごとき器械がゆっくり動く
癌細胞あらば写らん巨大なる器械が躰の上移りゆく
予期をしてゐたる結果か癌細胞検出されしを淡々と聞く
父母あらば兄あらば如何に思ふらん癌宣告を受けたりわれは
副作用少なきことをさとされて抗癌剤を今日より服す
老を死を避くるが如く来りしが俄かに迫る死といへるもの
眠りより覚めて一瞬癌細胞身にあることの悪夢の如し
手術中に死ぬるを得なば安からんかかる思ひは不遜なるべし
終焉の時遠からじと思ふとき凡人ゆゑに涙出でたり
来るべき死を思ふより六十八年の生感謝せん心しづめて
おろかにも母の齢にあと二十年ありと思ひてゐたるもあはれ
平静をよそほひ人に向へども時に乱るる癌患者われは
絶望的になりゆく心はげまして精一杯に生きんと思ふ
減量の中々出来ざりし体重がこの頃じりじりと減りゆく哀れ
歌に書にたづさはり来て得難かる友得しことの幸を思はん
予め手術の過程聞きゐたり危険性充分ありとひそかに思ふ
雲出でてさす日の光かうむりてベッドにゐたり手術日の朝
手術すみて意識おぼろの中に聞く励ましくるるわが友のこゑ
手術後の二日昼夜をわかずして酸素マスクの中にあぎとふ
深々と息の吸へざるもどかしさ肺手術後の当然として
手術後のかく息苦し気がつけば出で入る息を絶えず意識す
命ありて帰り来にけりわが部屋の窓に紅蜀葵の花あきらけし
さながらにけものが傷を癒すごと手術の後の身を湯に浸す
筆をもつことなくすぎし四ヶ月目標を失ひし如きわが日々
芳しき畳の香は佳し小康のわが活力とならん墨磨る
この後は病ひとうまくつきあへと友の言葉の心にぞしむ
雨あとの雲閉ざせれど西空に真澄のありて夕日かがよふ
曇りつつ昏れはやき庭山茶花の白みづみづしわれの生日
手術うけていくばく伸びし命なる六十八歳の生日迎ふ
わが生の節目となりしこの年の後半早く歳晩となる


◇選考委員(由谷一郎・榛原駿吉・香川美人・秋葉四郎)


◇予選委員から推薦のあった作品を中心に全作品を通覧したが、今回は得津紀美子さんの「紅蜀葵の花」が特出してゐた。厳しい状況に置かれた自身を凝視して、「歩道」で長年鍛へた表現力を存分に発揮してゐる。ためらはず「歩道賞」を贈ることにした。賞が決定してから、作者が病気中とのことであったから、激励のつもりで内定の知らせをしたが、得津さんの病状は相当に悪かったやうだ。入賞を知らせると「なんぎやよ」といはれ大変に喜ばれたといふ。「なんぎやよ」とは最も嬉しいときの言葉だといふ説明を聞いて、私も本当に良かった、病気の回復にいくらかでも役立つだらうと念じたのであった。ところが数日して得津さんの死が知らされて来た。何ともはかなく悲しい。そしてかへりみるに得津さんは最後の力をふり絞ってこの一連を作られ、応募されたのだった。受賞は当然だったといへる(佐藤志満)。







平成二年歩道賞


  道東の冬          鎌田和子


冬空に首ながくのべかがなけるつがひの丹頂吐く息白し
ところどころほとびてなかば透明の雪に丹頂の影青くたつ
尾のごとく見ゆる翼の黒き羽根雪原わたる風になびける
舞ひあがる八瓩のからだ軽々と見ゆるは鶴の脚長きゆゑ
雪原の餌場に数十の丹頂がいたくしづけし腹満ちゐるか
北狐より身を護り川の中に夜過ごすとぞこの丹頂ら
降る雪のなかにかすみて丹頂の立ちゐるさみし遠く見つれば
素枯れたる北葭つづく湿原にひるの光が平らかにさす
湿原のむかうに釧路の街かすみその果あはく冬海ひかる
峠に来てたちまち昏しバスの窓襲ふごとくに雪降り乱る
蝦夷鹿が角とぎしあと生々し椴松の若木皮削がれゐる
雪降りてはやき夕暮干草のにほのめぐりに馬ら動かず
霧のなか落石岬へ行く木道こぞのサビタの花に逢ひたり
木道のほとりの雪に蝦夷鹿の足跡ありて岬へつづく
ひる暗き赤蝦夷松の林には水芭蕉の葉ばうばうと朽つ
北狐の排泄物に白きもの野鼠の歯を見て過ぎにけり
冬木々が濃霧にかすむ道を行く根室半島高層湿原
流氷をカムチャッカより追ひて来し大鷲の群羅臼にあそぶ
助宗を満載したるトラックが時にこぼしてせはしく走る
沖合の氷原に夜過ごししか高空きたる大鷲の見ゆ
海面下にかがやくみどり岸近し昨日はなかりし流氷の群
磯浜に打ちあげられし流氷片はぐれ氷と呼ばるるあはれ
たゆたへる一坪ほどの氷盤に背黒鴎の群ひかる見ゆ
たくましきをみなら港に手際よく助宗鱈を網よりはづす
望遠鏡に見れば氷塊つづく果ソ連の大型漁船よこたふ
たはやすく動かず憩ふごとく見ゆ流氷帯の三百の鷲
急斜面に峙つ水楢岳樺向きさまざまに大鷲とまる
ひと枝に四羽の大鷲止まりつつたわみてゆるるその枝と鷲
おほかたの鷲塒するサシルイ谷暮れゆく早し日の落ちしかば
昨日けふあまたの大鷲見しかどもひと度もその啼声聞かず


◇選考委員(由谷一郎・榛原駿吉・香川美人・秋葉四郎)







平成元年


該当なし


〔 年度賞 〕 (S36〜57)