梅 田 敏 男

    歌  歴


大正十年       島根県に生れる
昭和十四年三月    島根県立益田農林学校加工科卒業
昭和十七年      佐藤佐太郎先生に書状を送り歌稿の添削を仰ぐやうになる
昭和十九年三月    島根県立農事試験場に入所
昭和十九年十一月   佐藤佐太郎先生に同行して粕淵、徒歩にて湯抱の近くまでゆく
昭和二十九年八月   第二歌集「三椏の花」出版(歩道短歌会)
昭和三十一年十一月    歌集「茅塔(三椏の花拾遺歌集)」出版(短歌新聞社)
昭和三十二年八月   第一歌集「遠山竝」出版(近藤書店)
昭和三十四年四月   東京歩道発行所にて主要同人会があり出席す
昭和三十四年七月   歩道全国大会が高野山で開かる。潮ノ岬に遊ぶ
昭和三十六年     第三歌集「寒林」出版(誠信書房)
昭和四十三年     大阪市富士化学工業株式会社に冬季間働く
昭和四十四年三月   第四歌集「峡の門」出版(初音書房)        
昭和四十六年十月   秋祭りに佐藤先生夫妻来訪(二十五日)、自宅に二泊さる    
(昭和五十二年)   第五歌集「冬旅」(未刊:「梅田敏男歌集」に収載)
昭和四十九年七月   田野原に自作歌碑建立
昭和五十五年     第六歌集「山帰来」出版(露草山房)
昭和五十九年六月   第七歌集「風ケ峠」出版(田戸印刷)
昭和六十年二月    第八歌集「野老歌抄」出版(青木書店)
平成二年二月     第九歌集「流れ田」出版(田戸印刷)
平成五年六月     第十歌集「莫愁行路」出版(田戸印刷)
平成七年六月     梅田敏男歌集出版(たど印刷)
平成二十六      永眠(九十三歳)




    代 表 作 品


 遠山竝(第一歌集)
なにがなく悲しと思ふ紅梅の木下に一人ちかづきしとき
戦ひの兄を思へば夕べゆふべ遠山竝の入日かなしも
日に光る苦力の背と石炭の崩るる音とときにまがなし
午後九時になれども未だ昏れきらぬ南太嶺の上の夕映え
ほの暗きランプの下に夜業する老いて貧しき父母が悲しも


 三椏の花(第二歌集)
夕おそく門田の面に居る鴉かはづの卵すすりをるらし
路の上に光れる斑雪見つつ歸るゆふくらがりに三椏匂ふ
柿の木にのぼりて柿を食ひてをりこの安らぎは空青きため
汗垂りて四人の僧ら經を讀む父の柩の静かなる前 (僧は旧字体)
吾がうへを飛びゆく鴉こゑせぬは玉蜀黍をつひばみゐたり


 寒林(第三歌集)
吾よりも重き丸太を背負ひゆく妻がしきりに今日はいたまし
諍ひて妻と蒟蒻を搗きてをり短かき歳晩の日が暮るるころ
二三日梟のごとき顔をしてまむしに噛まれし犬が寝てをり
雪深き椎の木叢をすぐるとき聲ひもじげに野鶲がなく
梅買ひの男が來り小半日梅をむしりて谷間に唄ふ


 峡の門(第四歌集)
大雪に飢えて死にたる頬白も鶲もをらぬこの峡のみち
日もすがら椎茸採りて林間にをれば枯葉の匂ひする妻
霧深き谿間を来れば鉾杉の木の間を昼もかうもりが飛ぶ
身の垢を洗ひ落せし感じにて銭なくなれば心落ちつく
山峡に人居らぬ家幾軒も板戸閉しつつ雪降りつもる


 冬旅(未刊歌集:「梅田敏男歌集」より抄出)
残業に疲れて来れば真夜中の月が明るし陸橋の上
すかんぽのたけし田の畦にかいかいと蛙はなけり行く春の日々
季節工と言ふ職名で呼ばれつつ今日より機械の中に働く
病む叔父を一目見むとぞ年の瀬に籠坂峠吾が越えてゆく
燕らが巣ごもるころになりたれば式町春夫の歌を恋しむ


 山帰来(第六歌集)
落葉してあらはになりし大鹿の山の巌に夕光赤し
昏くなり外に出て見れば大鹿山も庄本山も吹雪に白し
夜々に吹く木枯しの音きけば老いて貧しき生と思ひぬ
ミグ二五に乗りて逃亡して来たるソ聯正規軍の将校一人
猪追ふと夜々吾は闇深き棚田の畦を缶叩きゆく
凩の吹きて落葉の乱れ飛ぶ大鳥峠を昏れて越えゆく


 風ケ峠(第七歌集)
戦ひの罰を何時までも引きづれる如く戦後を遠く生き来し
昏れなづむ佐太郎歌碑に来てたてり四方の高嶺は皆茜して
樽床のダムに深々と水満てる六月昼の山竝の青
雪降りて日々家ごもる明けくれに千年鳥が軒移りなく
花見酒ひとりさげ来てあたたかき四月三日の裏山にをり


 野老歌抄(第八歌集)
生き残る山椒魚の如くにも狭間の奥の農に老いゆく
略奪の後の「ローマ」を描きしと言ふ「最後の審判」の裸婦像哀れ
四十年振りに起れる山津波峡の棚田の見る見る潰ゆ


 流れ田(第九歌集)
山津波に二度襲はれし吾が一生いよよ空しく終らむとする
少年の日より憧憬(あこがれ)学び来し佐藤先生は死に給ひけり
白鷺がこのごろ一羽来てたてる早稲刈りし田に雨ふり止まず
長かりし昭和の御代の変転を尊きいのち守り給ひぬ
「黄月」の歌を読みつつ先生の寂しき晩年の日々思ひをり


 莫愁行路(第十歌集)
我儘に生き来し吾につれそひて在りへし妻の一生も哀れ
この山の峡にひたすら妻連れて農に過ぎ来し事も儚なき
ポリープの摘出に来し病院に一日初冬の雪しぐれ降る
紙祖川の川音寒く年明けしこの峡の家に君死にたるか(斎藤伊佐緒追慕)
女良谷に昼なく河鹿うらがなし茂吉の歌碑の丘にひびきて
何時しかに古希すぎたると思ひつつ霰降り積む峡路を行く


   



 
     
佐藤先生御来訪(弥栄村田野原の梅田敏男宅))    佐藤先生一家と板宮君と私(梅田敏男)